歌声は恋を隠せない

三島 至

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過去・バントアンバー

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 レユシット家が有数の貴族で、王の覚えも目出度い名門ならば、バントアンバー家は、暮らしぶりを見れば、平民と変わらないほどの、貴族の末席であった。

 それもそのはず、バントアンバー家は元々家名を持たない平民だったのだ。
 何代か前、バントアンバーの娘がその代の王に見初められ、体裁のために与えられた家名に過ぎない。
 拒否権はなく、娘は王に無理やり嫁がされた。ただの平民が貴族に名を連ねる。娘本人も、家族も望んだ地位ではなかったが、風当たりは強かった。悲劇は家族にしか理解されず、他の貴族からは当然、良い顔をされない。
 それでも、王が家名を取り上げない限り、血が途絶えない限り、バントアンバー家はあり続ける。
 娘が亡くなった後、バントアンバー家は栄えることなく、衰退の一途を辿った。
 そして、バントアンバーの血筋は、とうとう父親と娘一人の、たった二人にまでに減ってしまう。
 家名を与えられた当時、王に嫁いだ娘には兄弟がいた。その子供の直系であった。

 王家に優遇されることはなく、貴族社会に馴染めるはずもなく、ひっそりと生きてきた。
 そのまま遠くない未来、消えてなくなる家名だ。
 その事実は変わらないし、バントアンバーの父と娘も受け入れていたが、そうなる前に、面倒ごとが舞い込んだ。

 中堅貴族が催す夜会で、何故か貴族というのも疑わしいバントアンバー家が、招待リストに載ったのである。

 その貴族は変わり者であり、気になった相手を手当たり次第招待しているようだった。
 何故そこに選ばれたかといえばーーバントアンバーの家名を見て、その成り立ちを調べた時に、「王に見初められた家系の娘」は、大層美人なのではないか……と興味を引かれたからである。

 こうして、期待はずれもいいところの容姿をした父と娘が、おそらく最後になるであろう夜会に出向くことになったのだ。






 弟のオーキッドが養子として迎え入れられる前、妹のビオラがまだ生まれても居ない頃。
 グラジオラス・レユシットは、父親に連れられて、ある夜会に来ていた。
 父は周りに見せびらかすように、グラジオラスを夜会に連れまわす。
 グラジオラスは口には出さないが、本当は人前に出るのが嫌いだ。
 彼はとても綺麗な子供だった。そして、自分の容姿が非常に整っている事を、至極冷静に自覚している。
 自分に向けられる視線に、不躾な、決して好ましく無い感情が含まれていることにも気付いていた。
 溺愛してくる父には言えなかったが、褒められることを気持ち悪く感じた。
 愛想を振りまくことが恐ろしかった。
 そのままどこかへ連れ去られてしまいそうな恐怖が、常にあるのだ。
 レユシットの家名がなければ、実際暴挙に出るものも居ただろう。
 グラジオラスは幼い頃から魔性の美しさを持ち、それゆえに、常に気味の悪い思いをしていた。

 グラジオラスが人の目を盗んで行動するのは難しい。
 どうしても人の視線に耐え切れなくなって、彼は正直に、気分が悪いからと言って、会場を出た。
 案内された部屋で大人しく休む事にする。

 誰もがグラジオラスの容姿を褒め、父親に取り入ろうとした。
 グラジオラスがどれだけ努力した所で、誉められるのはいつも容姿だ。内面や能力を見てもらえないことは、まだ子供であるグラジオラスを段々と捻くれ者にさせた。
 自分を可愛がってくれる父親でさえ、グラジオラスが何かを成し遂げても、「グラジオラスは可愛いなあ」と、見当違いなことを言う。
 見た目しか評価されない。
 恵まれた環境に、恵まれた容姿。内面も見て欲しいなど、人から見れば贅沢な悩みだ。
 グラジオラスはそのことをよく理解していた。だから口には出さなかった。
 しかし、名門レユシット家と、整い過ぎた容姿は、多くを望まないグラジオラスにとっては、大きすぎたのだ。
 彼は人並みが良かった。
 だが人並みとは言いがたい家柄だ。
 腐ることはなかったが、彼は貴族社会に合わない自分の性根に、疲れきっていた。

 夜会の終わりがけに、グラジオラスは休んでいた部屋を出た。
 人もまばらになり、視線があまり気にならなくなる。
 何の気なしに、パーティー会場ではなく、庭に出てみようと思った。
 彼は無意識に、人が少なそうな所を探して行動していた。

 屋敷の窓からもれる室内の明かりが、ぼんやりと、広い庭を照らしている。
 思った通り、庭には人が見当たらなかった。
 少し散歩してから戻ろう、そう思った時だ。

「余計な事ばっかしやがって!!」

 物陰から聞こえた声に驚いて、グラジオラスは咄嗟に身を隠した。
 掌で頬を叩く、高い音が響く。
 やや抑えた声で、誰かに向かって男が叫んでいた。

「奴らはな、俺らを笑いものにしようと呼んだんだろうさ! 大人しくやり過ごせばいいものを、勝手にしゃしゃり出るんじゃない! お前のせいで余計な恥をかいた!」

 ばしん、と再び叩く音。
 グラジオラスは、どうしていいか分からず、隠れたまま音と怒声を聞いた。

「ごめんなさい、お父さん……」

 少女のか細い謝罪が聞こえる。
 父が娘を叱っているようだが、男の言動はあまりにも乱暴だ。
 グラジオラスは、父にそんな扱いを受けたことが無いので、酷く衝撃を受けた。

 ごほ、と男が咳き込む。
 咳は一度では収まらず、苦しげに何度か続いた。
 度々そんな様子だったので、男は体が強くないのかもしれない、とグラジオラスは思う。

「大丈夫、お父さん……」

「うるせえ!」

 娘が声を掛け、父はそれを振り払ったようだ。

「……バントアンバーなんて家名、役にたちやしない」

 男は自嘲して、少女に語って聞かせていた。

「……アザレア、お前の母親はな、俺が家名持ちだから俺に近づいたんだ。だがバントアンバーが貴族の末端で、平民より貧しいって分かった途端、生まれたばかりのお前を置いて逃げたんだ」

 周りに誰も居ないと思っているのだろうが、グラジオラスが聞いている。
 これは聞かないほうがいいのかと思いながら、今移動すれば見つかるかも知れないという思いと、見つかったらどうなるか分からないという思いで、グラジオラスは動けずにいた。
 いかにレユシットの家名があっても、人気の無いところで男に見つかるのは良くない気がする。
 仕方無く息を潜めて、引き続き会話に耳を傾けた。

「貴族なんか、大嫌いだ……」

 男の声には、様々な感情が垣間見える。
 先ほど叫んでいた時よりは、幾分落ち着いたようだった。

「アザレア、俺はこの後寄るところがある。お前、一人で帰れるな?」

「うん。大丈夫……歩けない距離じゃないから……」

「当たり前だ。俺たちみたいなのが、馬車なんて上等なもん、乗れるわけ無いだろう」

 会話にまた驚く。歩いて帰ると言った、少女の言葉に。
 二人の家がどこにあるかは知らないが、このあたりは中堅貴族の屋敷が集まっている。
 さらに下級となると、もっと離れた所にあるので、少なくとも、少女はそこまで歩かなくてはならない。
 確かに歩けなくはないだろうが、普通は馬車で移動する距離だ。一晩中歩き続けるつもりだろうかと思う。
 まさか、来るときも歩いて来たのだろうか。

 グラジオラスが一人考えている内に、言い終えた男が去っていく気配がする。
 芝生を踏む音が止み、完全に静かになってから、ほっと息をついた。

「もう出てきても大丈夫ですよ」

 明らかにグラジオラスに対して向けられた言葉に、心臓が跳ねる。
 つたない喋り方だった。言いなれていないのだろうな、という思いが、頭の隅に浮かぶ。
 少女はグラジオラスが隠れていた事に気付いていたのだ。
 グラジオラスはやり過ごす事を諦めて、そっと顔を出す。

 少女がじっと、グラジオラスを見ていた。
 無感情の瞳で。
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