44 / 91
過去・バントアンバー
しおりを挟むレユシット家が有数の貴族で、王の覚えも目出度い名門ならば、バントアンバー家は、暮らしぶりを見れば、平民と変わらないほどの、貴族の末席であった。
それもそのはず、バントアンバー家は元々家名を持たない平民だったのだ。
何代か前、バントアンバーの娘がその代の王に見初められ、体裁のために与えられた家名に過ぎない。
拒否権はなく、娘は王に無理やり嫁がされた。ただの平民が貴族に名を連ねる。娘本人も、家族も望んだ地位ではなかったが、風当たりは強かった。悲劇は家族にしか理解されず、他の貴族からは当然、良い顔をされない。
それでも、王が家名を取り上げない限り、血が途絶えない限り、バントアンバー家はあり続ける。
娘が亡くなった後、バントアンバー家は栄えることなく、衰退の一途を辿った。
そして、バントアンバーの血筋は、とうとう父親と娘一人の、たった二人にまでに減ってしまう。
家名を与えられた当時、王に嫁いだ娘には兄弟がいた。その子供の直系であった。
王家に優遇されることはなく、貴族社会に馴染めるはずもなく、ひっそりと生きてきた。
そのまま遠くない未来、消えてなくなる家名だ。
その事実は変わらないし、バントアンバーの父と娘も受け入れていたが、そうなる前に、面倒ごとが舞い込んだ。
中堅貴族が催す夜会で、何故か貴族というのも疑わしいバントアンバー家が、招待リストに載ったのである。
その貴族は変わり者であり、気になった相手を手当たり次第招待しているようだった。
何故そこに選ばれたかといえばーーバントアンバーの家名を見て、その成り立ちを調べた時に、「王に見初められた家系の娘」は、大層美人なのではないか……と興味を引かれたからである。
こうして、期待はずれもいいところの容姿をした父と娘が、おそらく最後になるであろう夜会に出向くことになったのだ。
弟のオーキッドが養子として迎え入れられる前、妹のビオラがまだ生まれても居ない頃。
グラジオラス・レユシットは、父親に連れられて、ある夜会に来ていた。
父は周りに見せびらかすように、グラジオラスを夜会に連れまわす。
グラジオラスは口には出さないが、本当は人前に出るのが嫌いだ。
彼はとても綺麗な子供だった。そして、自分の容姿が非常に整っている事を、至極冷静に自覚している。
自分に向けられる視線に、不躾な、決して好ましく無い感情が含まれていることにも気付いていた。
溺愛してくる父には言えなかったが、褒められることを気持ち悪く感じた。
愛想を振りまくことが恐ろしかった。
そのままどこかへ連れ去られてしまいそうな恐怖が、常にあるのだ。
レユシットの家名がなければ、実際暴挙に出るものも居ただろう。
グラジオラスは幼い頃から魔性の美しさを持ち、それゆえに、常に気味の悪い思いをしていた。
グラジオラスが人の目を盗んで行動するのは難しい。
どうしても人の視線に耐え切れなくなって、彼は正直に、気分が悪いからと言って、会場を出た。
案内された部屋で大人しく休む事にする。
誰もがグラジオラスの容姿を褒め、父親に取り入ろうとした。
グラジオラスがどれだけ努力した所で、誉められるのはいつも容姿だ。内面や能力を見てもらえないことは、まだ子供であるグラジオラスを段々と捻くれ者にさせた。
自分を可愛がってくれる父親でさえ、グラジオラスが何かを成し遂げても、「グラジオラスは可愛いなあ」と、見当違いなことを言う。
見た目しか評価されない。
恵まれた環境に、恵まれた容姿。内面も見て欲しいなど、人から見れば贅沢な悩みだ。
グラジオラスはそのことをよく理解していた。だから口には出さなかった。
しかし、名門レユシット家と、整い過ぎた容姿は、多くを望まないグラジオラスにとっては、大きすぎたのだ。
彼は人並みが良かった。
だが人並みとは言いがたい家柄だ。
腐ることはなかったが、彼は貴族社会に合わない自分の性根に、疲れきっていた。
夜会の終わりがけに、グラジオラスは休んでいた部屋を出た。
人もまばらになり、視線があまり気にならなくなる。
何の気なしに、パーティー会場ではなく、庭に出てみようと思った。
彼は無意識に、人が少なそうな所を探して行動していた。
屋敷の窓からもれる室内の明かりが、ぼんやりと、広い庭を照らしている。
思った通り、庭には人が見当たらなかった。
少し散歩してから戻ろう、そう思った時だ。
「余計な事ばっかしやがって!!」
物陰から聞こえた声に驚いて、グラジオラスは咄嗟に身を隠した。
掌で頬を叩く、高い音が響く。
やや抑えた声で、誰かに向かって男が叫んでいた。
「奴らはな、俺らを笑いものにしようと呼んだんだろうさ! 大人しくやり過ごせばいいものを、勝手にしゃしゃり出るんじゃない! お前のせいで余計な恥をかいた!」
ばしん、と再び叩く音。
グラジオラスは、どうしていいか分からず、隠れたまま音と怒声を聞いた。
「ごめんなさい、お父さん……」
少女のか細い謝罪が聞こえる。
父が娘を叱っているようだが、男の言動はあまりにも乱暴だ。
グラジオラスは、父にそんな扱いを受けたことが無いので、酷く衝撃を受けた。
ごほ、と男が咳き込む。
咳は一度では収まらず、苦しげに何度か続いた。
度々そんな様子だったので、男は体が強くないのかもしれない、とグラジオラスは思う。
「大丈夫、お父さん……」
「うるせえ!」
娘が声を掛け、父はそれを振り払ったようだ。
「……バントアンバーなんて家名、役にたちやしない」
男は自嘲して、少女に語って聞かせていた。
「……アザレア、お前の母親はな、俺が家名持ちだから俺に近づいたんだ。だがバントアンバーが貴族の末端で、平民より貧しいって分かった途端、生まれたばかりのお前を置いて逃げたんだ」
周りに誰も居ないと思っているのだろうが、グラジオラスが聞いている。
これは聞かないほうがいいのかと思いながら、今移動すれば見つかるかも知れないという思いと、見つかったらどうなるか分からないという思いで、グラジオラスは動けずにいた。
いかにレユシットの家名があっても、人気の無いところで男に見つかるのは良くない気がする。
仕方無く息を潜めて、引き続き会話に耳を傾けた。
「貴族なんか、大嫌いだ……」
男の声には、様々な感情が垣間見える。
先ほど叫んでいた時よりは、幾分落ち着いたようだった。
「アザレア、俺はこの後寄るところがある。お前、一人で帰れるな?」
「うん。大丈夫……歩けない距離じゃないから……」
「当たり前だ。俺たちみたいなのが、馬車なんて上等なもん、乗れるわけ無いだろう」
会話にまた驚く。歩いて帰ると言った、少女の言葉に。
二人の家がどこにあるかは知らないが、このあたりは中堅貴族の屋敷が集まっている。
さらに下級となると、もっと離れた所にあるので、少なくとも、少女はそこまで歩かなくてはならない。
確かに歩けなくはないだろうが、普通は馬車で移動する距離だ。一晩中歩き続けるつもりだろうかと思う。
まさか、来るときも歩いて来たのだろうか。
グラジオラスが一人考えている内に、言い終えた男が去っていく気配がする。
芝生を踏む音が止み、完全に静かになってから、ほっと息をついた。
「もう出てきても大丈夫ですよ」
明らかにグラジオラスに対して向けられた言葉に、心臓が跳ねる。
つたない喋り方だった。言いなれていないのだろうな、という思いが、頭の隅に浮かぶ。
少女はグラジオラスが隠れていた事に気付いていたのだ。
グラジオラスはやり過ごす事を諦めて、そっと顔を出す。
少女がじっと、グラジオラスを見ていた。
無感情の瞳で。
0
あなたにおすすめの小説
拝啓、許婚様。私は貴方のことが大嫌いでした
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【ある日僕の元に許婚から恋文ではなく、婚約破棄の手紙が届けられた】
僕には子供の頃から決められている許婚がいた。けれどお互い特に相手のことが好きと言うわけでもなく、月に2度の『デート』と言う名目の顔合わせをするだけの間柄だった。そんなある日僕の元に許婚から手紙が届いた。そこに記されていた内容は婚約破棄を告げる内容だった。あまりにも理不尽な内容に不服を抱いた僕は、逆に彼女を遣り込める計画を立てて許婚の元へ向かった――。
※他サイトでも投稿中
【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない
くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、
軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。
言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。
――そして初めて、夫は気づく。
自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。
一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、
「必要とされる存在」として歩き始めていた。
去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。
これは、失ってから愛に気づいた男と、
二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。
――今さら、遅いのです。
わたしは夫のことを、愛していないのかもしれない
鈴宮(すずみや)
恋愛
孤児院出身のアルマは、一年前、幼馴染のヴェルナーと夫婦になった。明るくて優しいヴェルナーは、日々アルマに愛を囁き、彼女のことをとても大事にしている。
しかしアルマは、ある日を境に、ヴェルナーから甘ったるい香りが漂うことに気づく。
その香りは、彼女が勤める診療所の、とある患者と同じもので――――?
お二人共、どうぞお幸せに……もう二度と勘違いはしませんから
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【もう私は必要ありませんよね?】
私には2人の幼なじみがいる。一人は美しくて親切な伯爵令嬢。もう一人は笑顔が素敵で穏やかな伯爵令息。
その一方、私は貴族とは名ばかりのしがない男爵家出身だった。けれど2人は身分差に関係なく私に優しく接してくれるとても大切な存在であり、私は密かに彼に恋していた。
ある日のこと。病弱だった父が亡くなり、家を手放さなければならない
自体に陥る。幼い弟は父の知り合いに引き取られることになったが、私は住む場所を失ってしまう。
そんな矢先、幼なじみの彼に「一生、面倒をみてあげるから家においで」と声をかけられた。まるで夢のような誘いに、私は喜んで彼の元へ身を寄せることになったのだが――
※ 他サイトでも投稿中
途中まで鬱展開続きます(注意)
裏切ったのはあなたですよね?─湖に沈められ記憶を失った私は、大公女として返り咲き幸せを掴みます
nanahi
恋愛
婚約者ウィルとその幼馴染ベティに罠にはめられ、湖へ沈められた伯爵令嬢アミアン。一命を取り留め、公女として生まれ変わった彼女が見たのは、裏切り者の幸せな家庭だった。
アミアンは絶望を乗り越え、第二の人生を歩む決意をする。いまだ国に影響力を持つ先の王弟の大公女として、輝くほど磨き上げられていったアミアンに再会したウィルは激しく後悔するが、今更遅かった。
全ての記憶を取り戻したアミアンは、ついに二人の悪事を断罪する。
物置部屋に追いやられた伯爵令嬢ですが、公爵様に見初められて人生逆転しました〜妹の引き立て役だったのに、今では社交界の花と呼ばれています〜
丸顔ちゃん。
恋愛
伯爵家の令嬢セレナは、実母の死後、継母と義妹に虐げられて育った。
与えられた部屋は使用人以下の物置、食事は残飯、服はボロ。
専属侍女も与えられず、家の運営や帳簿管理まで押し付けられ、
失敗すれば鞭打ち――それが彼女の日常だった。
そんなある日、世間体のためだけに同行させられた夜会で、
セレナは公爵家の跡取りレオンと出会う。
「あなたの瞳は、こんな場所に閉じ込めていいものではない」
彼はセレナの知性と静かな強さに一瞬で心を奪われ、
彼女の境遇を知ると激怒し、家族の前で堂々と求婚する。
嫁ぎ先の公爵家で、セレナは初めて“人として扱われ”、
広い部屋、美味しい食事、優しい侍女たちに囲まれ、
独学で身につけた知識を活かして家の運営でも大活躍。
栄養と愛情を取り戻したセレナは、
誰もが振り返るほどの美しさを開花させ、
社交界で注目される存在となる。
一方、セレナを失った伯爵家は、
彼女の能力なしでは立ち行かず、
ゆっくりと没落していくのだった――。
虐げられた令嬢が、公爵の愛と自分の才能で幸せを掴む逆転物語。
許婚と親友は両片思いだったので2人の仲を取り持つことにしました
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<2人の仲を応援するので、どうか私を嫌わないでください>
私には子供のころから決められた許嫁がいた。ある日、久しぶりに再会した親友を紹介した私は次第に2人がお互いを好きになっていく様子に気が付いた。どちらも私にとっては大切な存在。2人から邪魔者と思われ、嫌われたくはないので、私は全力で許嫁と親友の仲を取り持つ事を心に決めた。すると彼の評判が悪くなっていき、それまで冷たかった彼の態度が軟化してきて話は意外な展開に・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
【完結】6人目の娘として生まれました。目立たない伯爵令嬢なのに、なぜかイケメン公爵が離れない
朝日みらい
恋愛
エリーナは、伯爵家の6人目の娘として生まれましたが、幸せではありませんでした。彼女は両親からも兄姉からも無視されていました。それに才能も兄姉と比べると特に特別なところがなかったのです。そんな孤独な彼女の前に現れたのが、公爵家のヴィクトールでした。彼女のそばに支えて励ましてくれるのです。エリーナはヴィクトールに何かとほめられながら、自分の力を信じて幸せをつかむ物語です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる