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196.協会と教会。

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「なんとかしてくれるのか! 」
 カールがぱっと表情を明るくした。
 コリンは小さく首を振り
「見てみないと何とも言えない」
 と、硬い口調で言った。
 それでも、カールは嬉しそうに
「ぜひ会ってくれ! コーナー君たちの都合が良かったら‥今すぐでも構わない! 」
 と、コリンの両手を取って言い、すくっと立ち上がった。
 都合が良かったら‥なんて言いながら、拒否権はなさそうだな‥コリンは苦笑いして、それに従った。
 カールは全員分のレジでの支払いをさっさと済ませると、「早く早く」とせかすように‥乗合馬車の乗り場に急いだ。
 貴族といっても、カールも「その程度」だ。お抱えの馬車を持っている家なんて、大貴族でもない限りそうない。だけどそれは、財政面の問題もあるけど、社会全体が「そういう風」に変わりつつあるからだ。
 
「しかし、カールの身内に会うとは思わなかったな」
 ぼそっとコリンが呟くと、
「カールに似てるの? 」
 ってロナウが聞いた。
 カールは俯いて‥
「顔は‥似てるかな。でも、性格は全然違う。あいつは俺と違って頭がいいんだ。あ‥成績がいい、とかじゃないぞ。なんか‥そういうことじゃなくてさ。
 頭の回転がはやいんだ。話も面白いし、会話も凄いスムーズだし‥
 向上心も高い。
 あいつも魔術紋を持ってるらしいんだけど、「結婚するのには要らないから」って両親は教会に行かせてやらなかったんだ。教会に行くより‥学びたいなら女学園でしょ? って言って‥。(※ 女学園は貴族としての常識やら作法を教える学校で花嫁修業の学校的なところ)
 だけど、あいつは教会に行きたかった、って‥この前初めて聞いた」
 辛そうに言った。
 カールの口調からは、妹を大事に思う気持ちや心配する気持ちが伝わってきた。
 あと、妹が大好きなんだなってのが良く分かった。
 そんな様子は、同じ様に兄たちから可愛がられている末っ子のコリンにはこそばゆく感じられたが、兄たちから全然相手にされてないロナウは「妹だから可愛いのかもしれないな」とただ、他人事のように感心した。
 コリンはそのこそばゆさを
「あ~」
 苦笑いでごまかした。
「‥なるほどねえ。女学園。向上心が高い妹さんには不満だろうね‥」
 女学園かあ‥。貴族の子女の選択肢だよな。平民には絶対にない選択肢だ。
 コリンはそんなことを思った。
 カールは妹が可愛くて仕方が無い。
 そして、妹の方が自分よりも出来がいいことを自覚しているんだ。
 だからこそ、‥カールは、妹に引け目を感じてるし‥「悪いな」って思ってるんだろう。
 好きな勉強が出来なかった出来のいい妹。無条件に教会に行かせてもらえた「そんなに出来が良くない」自分。
 跡取りの、長男だから‥いずれは他家に嫁ぐ妹とは違う‥。
 それを本人たちが望んでいようとも望んでいなくとも‥だ。
「貴族ってさ‥。つまらないことに「そういうところ」がまだあるからね。男だって、三男は養子に出される‥ロナウだってそうだろ? 」
 ロナウは、ふ‥と頷くでもなく、苦笑いした。
「あいつには‥幸せになってもらいたい‥」
 じゃないと‥可哀そうすぎるでしょ?
 って付け加える。
 自分の気が済まない‥と言わなかったのは、カールのせめてのプライドなんだろう。

 貴族って‥つまらないな。だから、ナナフルさんも貴族をやめたくなったのかな。
 ふと‥そんなことを思った。

 その後は、妹の現状‥って話に戻した。
「妹さんは元から向上心が高いタイプだったんだろ? じゃあ、元から自信に満ちてたり、やる気に溢れてたんじゃないの? 」
 コリンが首を傾げると、カールが首を振った。
「人知れず努力するタイプだったんだ。うちは両親が古い考え方の人間だったから、妹にはお淑やかに育ってほしい‥って育ててたから」
 ああ、成る程娘を女学園に入れようって親だからな。
 コリンは頷いた。
「だから、この頃の積極的な妹の様子に両親たちは驚いて、「早く結婚先を決めてしまおう」って焦ってる」
 ロナウは眉を寄せて「成程」と頷いた。
 カールの妹は、今まで両親に遠慮して(っていうか、両親の逆鱗に触れないように)大人しく暮らしていた。好きな勉強もひっそりとしていた。だけど、(たぶん魔薬のせいで)気持ちが大きくなり、「両親なんて恐るるに足りない‥」って気付いたってことだろう。

 問題は、「本当に魔薬を服用したのか」と「どこでそれを購入したのか」ってことだ。

「妹さんは、よく出歩いたりする方なの? 」
 早速「差しさわりの無い範囲」の聞き取りを始めた。
 服用したかどうかは見ないと分からない。だから、それまでに妹の情報を集めておきたい。
 その中でも、行動パターンは最も聞いておくべき情報だと思う。
「良く‥って程ではないと思うけど。時々お茶会に呼ばれていく位かな。‥といっても、そんなに参加するわけでもない。ごく親しい友達と‥って位かな。うちは、自分でパーティーを主催するって程の家でもないしね。
 その他の日は‥家の中で静かに本を読んでいるタイプだよ。ああ‥本屋に行くために街に出ることはある‥っていってた。その時、侍女とお茶をして、ケーキやなんかを僕にもお土産に買ってきてくれるよ」
 ロナウの問いに、カールはにこっと微笑み‥妹自慢をした。
 お茶会と、本屋。‥というか、街か‥。
 街に彼女は侍女だけを連れて‥きっと乗合馬車で‥行き、本屋に行き、お茶をして戻って来る。

 カールが思う以上に、彼女の行動範囲はきっと狭くない。

 一度尾行してみた方がいいな‥。
 お茶会‥彼女の交友関係は、調べたらすぐ分かりそう‥かな。
 だけど、‥多分「魔薬の売り子」との接点は街にある‥と思う。彼女の友人ならきっと貴族の令嬢だろうから、なにか「変わった点」があればもっと問題になっていてもおかしくない。カールだって気付くだろう。だけど、そんな話をカールはしていない。(例えば、「妹の友達の誰それも妹と同じ時期におかしくなった」‥とか、怪しさしかないもん、気付くよね)きっと、‥そういうことはなかったのだろう。
「他に彼女と最近親しくなった者はいないのか? ‥出入りの商人とか? 」
 ってロナウが聞いたら、カールは首を振って、
「出入りの商人が呼べる家でもないさ」
 って苦笑いした。お前も分かるだろ? って付け加える。それにはロナウも苦笑いだ。カールは男爵家令息で、ロナウは騎士爵家令息。いずれも貴族とは名ばかりの「貧乏貴族」なんだという。
「恋人が出来たとか? それで、その恋人の影響で性格が変わった‥ってことは? 」
 ロナウは「魔薬を服用していない可能性」について検証している様だ。
 ‥まあ、そうだよな。そういうこともあるかもしれないよね。恋って、人の性格を変える位大きい影響を与えるよな。
 うんうん、と心の中で小さく頷いて、コリンはカールを見た。
 カールは肩をすくめて苦笑いすると
「妹は、恋愛とか全然興味がないんだ。‥結婚は貴族の義務で仕方が無い‥っていうタイプだな」
 って言った。

 総合すると‥
 カールの妹は、上位貴族令嬢ではなくって、顔はカールに似て平凡で、読書が趣味。社交的ではなく、恋愛に興味はない。
 話が上手で頭の回転は速く、向上心が高い。教会に行きたかったようだが、両親に反対され、多分彼女はそのことに不満を感じていた。
 ってところか。
 意に沿わない結婚をさせられる未来に対して不満を持っている‥とかではなさそう。「それは貴族だから仕方が無い」って諦めてる‥って感じ。
 それよりむしろ、彼女が不満に思っているのは、両親の性格や自分に対する対応‥「女だから」という理由で、勉強がしたいのにそれを許してもらえなかったこと。

 そういうところに付け込まれたんだろう。
 聞けば、出入りの商人が出来たわけでもないし、彼女の交友関係も以前と変わってないらしい。 
 街で売り子から魔薬を買った‥と考えるのが妥当だろう。
 売り子の顔は知っている(勿論、一人ではないだろうが)というか‥売り子の検討はつくようになった。きっと、彼女と会っている者が売り子であるか否かは見ればわかるだろう。
 問題は‥
 売り子が、たまたま彼女を選んだのか、彼女を選んで近づいたのか‥ってことだ。
 彼女を選んだのだとしたら‥なぜ、彼女が選ばれたのだろうか? 
 魔術紋を持っているから? ‥それ以前に、教会にもアカデミーにも通っていない彼女が魔術士紋を持っている‥ってなんでわかる? ‥わかるだろうな。彼女は貴族だから。貴族は、生れた時に教会で調べるから。

 魔術士紋を持っている、魔力量、属性‥は教会ならわかるだろう。
 教会なら、教会で学んでいない者の情報も持っている‥ってことだ。(教会で学んでいる者については、属性以外のより詳しい情報もわかるわけだしね)

 そうか‥協会が教会に接触した初めの目的は、「協会に所属していない魔術士紋保有者」の情報を知るため‥だったってことか?

 初めは‥教会内にスパイを紛れ込ましたか、教会内の人間を買収したか‥。そして、教会の情報を手に入れる「確実なルート」を築くために、協会は教会に正面から協力要請を提案した。
 その交換条件‥いや‥「口実」が、資金面の援助、就職先の斡旋、それから「共同体」の提案だ。
 共同体については‥「魔術のより良い使い方」とでも説明したか? そこら辺までは‥勿論分からないが‥きっと、いいように言って騙くらかしたんだろう。
 そして、次第に教会は協会とずるずると協力体制を築いていった。(教会はどことも資金難だしね)
 共同体制度も、表向きには「悪いところなんてない」ように見えるしね。
 ‥ってところかな。

 心臓がどきどきしてきた。
 そうじゃないかもしれない。だけど‥それで合っている気がする。
 兎に角彼女に会おう。
 彼女に会えば、「何かが」分かるかもしれないから‥。
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