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243.成長して人間っぽくなる子はいるけど、「人間らしい」誓約士はいない。

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「コリン・コーナー。少しお時間いいですか? 」
 嫌ににこやかな男と無表情な地味な女がコリンを訪ねて来たのは、次の日だった。
 二人は、誓約士でコリンの先輩たちだった。

 思った以上に早かったな。
 コリンはこころの中でため息をつく。

「少し、誓約士協会の方で話してきます」
 ザッカたちに何でもない口調で説明して「最低限度のお出かけセット」が入ったリュックを片手に立ち上がったコリンは、最後にチラリとシークを見た。
 
 ‥再び会えないってことはないって思う‥会えないってこと‥なければいいな。

 って思った。


 向かったのは、街の方ではなく、裏山だった。
 その許可(※ 事務所の私有地に立ち入るから)は、さっきにこやかな男ファンレルがザッカに取っていた。
「協会は遠いので遷移魔法を使うので少し広い場所が必要なんです。さっきは、こんな場所があることを知らなかったので‥わりと遠くから歩いてきちゃって‥もう疲れちゃったんですよ~」
 ってにこやかに説明している。
 ‥んだけど、ザッカは「なんだこの男‥怪しいな」って表情が物語ってる。‥口には出さなかったけど。
 ナナフルさんとシークさんは心配そうに僕を見ている。
 フタバとロナウは「コイツ、見覚えあるっけ」とか‥記憶を総動員させて考えてる様だけど‥絶対知らないだろう。だってファンレルは教会出身者じゃないし、年も僕らより二つほど上で(※ 全然興味なかったから知らない)接点はない。
 アンバーには隠れてもらっている。(だけど、きっと近くに隠れてて二人を「詮索」しよう‥とか思ってるかもしれないが、詮索は目を合わせないと出来ない。目を合わせる様な距離に居たら‥普通にバレるだろう)
 ファンレルは、あんな口調であんな表情の「頼りない兄ちゃん」だけど、勿論見掛け通りの奴なんかじゃない。(なんせ誓約士だからね)
 ‥ザッカさんはその辺り一瞬で見抜いたみたいだけどね。

 裏山に入り、事務所が見えなくなったところで、
「コリン・コーナー。貴方に協会法違反の疑いで身柄の確保の命令が出ています。‥拒否権はありません」
 シャロン嬢(← 無表情で地味な女の方)が言った。
 一瞬心臓が凍り付いたけど‥全く予想外の出来事ってわけじゃない。

 何となく‥危ないんじゃないかなって予感はあった。 

 あ~。まさかこんなことがあるなんて学生時代には思いもしなかったな。
 これから自分に起こるであろうことに対する恐怖心だとか心配よりむしろ‥「やっちゃったなあ」っていう呆れっていうか、諦めっていうかそういう感情しか起こらない。

 そうか、人間「いよいよ」ってときは‥こんな感じなのか。
 今まで好き勝手やってきた報いを受ける時が来たって‥達観する気にはなれないけど、不思議とそこまで悲観していない。
 逃げ出そうとかしたら、絶対‥「事務所の皆」に迷惑が掛かる。
 ファンレルは、事務所の人間を巻きむ程の(勿論わざわざ巻き込んでいくんだ)大技を使って僕を捕まえようとするだろうし、シャロン嬢は一瞬で事務所の人間を人質に取ってくるだろう。
 二人は、僕が事務所の皆を大事に思ってることを一瞬で見抜いた。
 ‥誓約士に「弱み」なんか見せちゃだめなんだ。
 というか‥人の弱点を把握してそこを狙うのって、基本だ。
 僕は‥誓約士として‥というより、「攻撃系魔術士」として‥随分ポンコツになったもんだ。

 あ~あ。
 コリンは自分が情けなくって、大きなため息をついた。

 今まで‥僕は油断しすぎた。
 油断?? いや、それは違う。それは‥違う。
 僕が変わったから‥こんなことになったんだ。
 以前の「仕事に忠実で、魔法が大好きで、ただただ冷静」な自分だったらこんなことならなかった。
 でも‥別に後悔なんてしてない。
 十分楽しかったから。
 今までの人生で一番位楽しかったから。

 僕は頷いてシャロン嬢を見た。
 以前の僕とそっくりな‥人なんて信用しないぞって目をした誓約士。
 誓約士らしい、誓約士。

 隣のファンレルが
「もうちょっとスマイルスマイル~。
 シャルル嬢ってば、顔が警察官みたいになってるよ~」
 って満面の笑みを浮かべてる。
 でも、コイツも僕と同じ人種だ。
 つまり、「仕事に忠実で、魔法が大好きで、ただただ冷静」な人間ってこと。
 コイツは「社会人はスマイルデショ」って‥信じ込んでるに過ぎないだけで、別にフレンドリーな人間ってわけでは無い。

 誓約士には二種類の人間がいる。
 もうアカラサマニ人間が大嫌いで、しかもそれを隠そうともしない仏頂面の奴と、人当たり良くって愛想よくって「人間のこと大好きです! 」って振りしてる「社交派気取った」人間嫌い。
 前者は人間は信じらなくって人との間に壁作っちゃってる‥って以後改善の余地アリタイプだけど、後者は端っから人のことを見る気すらもないって感じの、修復不可タイプ。(この二人だったら前者がシャルルで後者はファンレルだな)
 彼らにとって何よりも重要なことは、「仕事に忠実で、魔法が大好きで、ただただ冷静」である‥ってこと。
 そういう人間しか彼らは認めなかったし、人間性はどうであれ、「そういう人間」であれば彼らはそれでよかった。(どうせ人間性なんて見てない訳だからね)
 以前は、そんな「ドライで干渉しない」人間関係が心地よかった。
 だけど、「ドライで干渉しない」のは、プライベートだけのことで、ひとたび「異分子」を見つけた彼らは‥それこそ、真っ白な服についた黒点か? っていうほど‥目ざとく見つけ出して、執拗に攻撃した。

 彼らは‥人間を見ないんじゃなくて「見れない」んだ。
 裏切られるのが怖い、傷つけられるのが怖い‥
 みんな何かしら心に傷を追って、それから逃げるように強い振りして‥強がって、武装して‥自分なりに「力」をつけたような人たちだから。

 それでも、「健全な精神を持つ人たち」だったら、鍛錬して「自分なりに」体力や腕力をつけることを選ぶよね。そりゃ、一番にはなれないよ。だけど「自分を守る力」位なら‥って。
 でも、それって(僕らに言わせれば)随分理想的っていうか‥理性的だ。
 そんな悠長なこと言ってられる? 降りかかる火の粉は払わねばならぬ方式より、火の粉を振りかけて来るような奴は殺す‥位の気概は持たないと! 
 人と関わることは怖がるくせに、危害を与えてくる人間には容赦しない‥そういう人種が彼らだ。

 一番好きなのは魔法で一番信じてるのも魔法‥とそれを使いこなせる自分。
 魔法の腕が落ちたら「魔法に見捨てられた」って‥もう絶望しかなくって「もう死ぬしかない」ってなる極端な人たち。
 誓約士だから死と隣り合わせって仕事も多いんだけど、好きなだけ魔法を使えるこの仕事に不満はないから、「捕まって魔法の軌跡を読み取られるなんてことない様に、‥死ぬときそれこそ灰も残さず消え去る」。今冷静になって考えたら怖いことなんだけど、‥ちょっと前までは「そんなこと当たり前」って思ってた。
 ‥魔法の為に死ぬことにためらいはない。
 誓約士ってね、そんな‥ちょっと(?)やべー人間の集まり。

 今まで僕もその中にいて、そういうことに何の疑問も抱かなかったんだけど‥、今ね、毎日が楽しくってちょっと躊躇したりすることもあってね。
 ちょっと‥臆病に‥人間らしくなってた。
 
 誓約士って、人間らしくなったら出来ない職種なんだね。‥僕、今までそんなこと気付かなかった。
 同情とか同調とか、職務より大事なこと‥考えてたら出来ない職業なんだ‥。
 そもそもね。‥今まで、考えないんじゃなくって「考えられなかった」んだよ。
 そうするのが最良っていうよりは‥そうするのが楽だったから。

 ただ職務に忠実に、公平に、冷静に、そして‥無情に。

「なんでコリン、中間報告なんて入れちゃったの? 一人で解決できない~って、怖気づいたの? だっさいなあ。職権使用の報告いれるのが遅くなっちゃったんだったらさ~、最後までスタンドプレーで乗り切って、最後の最後で「事後報告」入れたらよかったんじゃない??
 報告の件って何だっけ‥
 違法薬物の製造現場の報告? そんなちっちゃな案件すら自分で片付けられないとか‥。ちょっと‥ねえ」
 ファンレルがいつも通りの満面の笑みを浮かべたまま言った。
 フレンドリーで人当たりが良さそうなのは、口調と表情だけ。言ってることは毒たっぷりだ。
「貴様の破った協会法は、容疑者奪取と隠匿だ。
 容疑者の尋問幇助を警察側からの要請でするというのが誓約士の仕事だろう? それを‥警察組織に留置されている容疑者を理由もなく無断で奪取して、しかもその事実を今まで隠匿して‥そのまま犯人を半年以上かくまうとか有り得ないだろう?
 ‥まさか、貴様犯人に情が移ったのか? 」
 シャロンがコリンに冷たい視線を送る。
 全く信じられないって顔してる。
「情が移る‥うんうん、そんなこともあるだろう。だって人間だし。
 捕まえて、でも話してるうちに情がわいて‥「このまま逃がしちゃう? いや‥一緒に逃げちゃう? 」って思っちゃったんだね? ‥惚れちゃったってこと? コリンも人間っぽいところあるんだね~。
 ‥だけど、事態が思った以上に深刻になってきちゃった‥とかかな? 
 惚れちゃった、よし、犯人を擁護して犯罪を隠匿しちゃえ。でも、犯人の元の仲間が犯人を取り戻しに来たぞ?? どうしよう、一人じゃどうにもできないよ! もう仕方が無い‥協会に助けを求めよう‥とか? 」
 だっさ! あはは! ってファレルがわざと大笑いする。
 コリンは何も言わない。
 ‥だって馬鹿馬鹿しいし。勝手に言ってろって感じ。‥ここで反論とかしたら相手を喜ばせるだけだ。(※ 魔術士は論争も大好き)
 ファンレルが、笑うと糸のようになる細い目を微かに開けて、コリンを見た。
 にやり‥と「楽しそうに」笑う。
 
 コリンはふう‥と、ちいさく息を吐く。

「容疑者の奪取について、さっきシャロン嬢は、「警察組織に留置されていた」と言いましたが、それは誤りです。あそこは、犯罪組織に買収された「警察組織の姿を借りた場所」でした。僕はあのままでは証拠隠滅で容疑者を殺されかねない。そうしたら事実が隠蔽されると判断し容疑者を奪取してきたのです。
 その証拠に、容疑者が連れ去られたってニュースが出ましたか? 出てないでしょう? 出せないんですよ。奴らは犯罪者だから。
 あと、報告が遅れたのは、これも報告したと思うけど、容疑者の尋問にちょっと時間が掛かったんです。
 確保した当時、犯人は雇い主によって洗脳状態にあり、その状態は「新たに洗脳を重ね掛けしなければ」時間と共に解除される‥と判断したため、私の職場で拘束して‥経過観察をしていました。
 その後、話を聞いて「この件は違法薬物だけでは済まない案件だ」と判断しました」
 真っすぐにシャロンを見て、「考えて来た嘘交じりの事情」を説明する。
 容疑者の奪取のあたりはホントだけど、「当時アンバーが洗脳状態にあった」ってのは‥嘘だ。
「‥ふうん? 
 まあ‥話は協会で聞くわ。それで、たいしたことない案件だって判断されて免許停止どころか免許剥奪されないことを‥祈ってるわ」
 ふふってシャロンが嫌な笑いを浮かべる。
 祈ってるとか言う言葉がこれほど似合わない奴もいないな。なんて、コリンは苦笑いしながら思った。 
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