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一章.相生 四朗
1.俺と家族
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「兄ちゃん」
弟が泣きそうな顔で俺を見る。手にした紙がしわになりそうで、俺は慌てて弟に駆け寄る。
弟が手にした紙は戸籍謄本。祖父に言われて俺が先日役所でもらってきたものだ。
まだ中身も見ずにもらってすぐ封筒に入れ、ほったらかしにしていたのを弟が見つけたらしい。
「へ~。俺、戸籍謄本なんて見たことない。見せてよ」
そんなことを言って、笑いながら弟がこの紙を封筒から出したのはほんの数秒前のことだった。
直後、弟の手と視線が止まり、顔から笑顔が消えた。
紙をつかむ弟の手に力が入る。
「おい? 」
ただならぬ様子に訝しがりながらも紙の救出に向かった俺に弟がゆっくりと顔を上げ、視線が合った。
その時の弟の顔がさっきの顔だったわけだ。
ちょうど弟の手が握りしめていた辺り…母親の欄に、「俺たちの母さん」の名前はなかった。
代わりに知らない女の名前が書いてある。
西遠寺 桜
聞いたことがない名前だ。
戸籍謄本をもらってきた封筒に戻す。
「‥ま。それは、父親の事情で俺たちの事情じゃない。俺は、母さんしか自分の母親だと思える人はいないって思ってるし。…博史はなにか気になるのか? 」
何でもない、を強調するような口調で言った。
なんてことない。再婚とか別に、よくある話だ。父さんはモテてたらしいし。(今もモテてるかとか、それは考えないことにしよう)
障子の向こうで、カタリ、と音がした。博史と俺の視線がばっとそっちに集まる。
‥誰かいる?
博史がぶんぶんと首を横に振る。
「そ、そうだよな。別に俺も気にしねえし」
と、俺たちは「この話はこれで終わり」を障子の向こうの人影に対して強調した。
「さあさ、奥様、お食事の支度がそろいましたよ。お二人にもお伝えいただけますか? 」
障子の向こうで、お手伝いさんのお清さんの明るい声が聞こえた。
お清さんはさっき来たばかりのようだったから、さっきの人の気配は母さんだったか。
聞かれたかな、と思ったが、別に聞かれて困る話でも、ないよな。
‥あるのかな。
自分が本当の母親じゃないって知られること。
俺には問題じゃないけど、母さん的にはあるのかな。「あんまり触れて欲しくないな」的な感じ? それとも、‥俺に気を遣ってくれてる?
(何か問題が)あるのだとしたら、俺は負い目を感じなきゃいけないのかな?
自分が産んだ子じゃないのに分け隔てなく育ててくれてありがとう、とか?
「二人とも、ごはんよ! 」
そんな考えを全部吹き飛ばすくらい、今日も明るい母さんの笑顔。ばん、と勢いよくふすまを開けてくるその様子に、遠慮なんて様子はない。年頃の男の子の部屋だから、気を遣うとか、そんなのも。
ない。何も、ない。そうなんだ、うちには何もないんだ。事実がどうであれ、俺たちは何も変わらない。
「清さん。ありがと~。今日もおいしそ~」
机に並べられた食事に明るい声を出す。その様子を、姑である祖母と清さんが穏やかに目を細めて見る。まるで実の娘を見るように。
清さんは、俺たちが産まれる前から(多分)ずっといて、祖母の話し相手であり、母の家事の先生でもある。俺たちにとっては、第二の祖母ともいえる様な存在で、家族の一員だ。
「母さん、これ、懇談会」
博史がカバンから紙を出し渡し、母親がそれを受け取る。
「あら、いつ? 」
昔ながらの座卓を囲む夕飯の席には、祖母、母、俺たち兄弟、そしてお清さん。父と祖父の姿はそこにはない。
海外での仕事が多い二人が、この家にいることは少ない。
かくいう俺も、高校に入ったころから父に連れられて仕事についていくことが増えた。
まあ、今のところビジネスの場に慣れるのと、お得意様に紹介されることがその目的だ。
もっとも、積極的に俺を連れて行きたがっているのは父親だけで、祖父はどちらかというと俺を連れて行くのに難色を示している‥って感じ。
「その必要は、ない」
ある時、(とうとう)厳しく言った祖父を一瞬父親が睨んだ気がした。
日に透けると明るい茶色に見えるこげ茶の瞳の、絶対零度の視線。表情は普段と変わらない穏やかな微笑を浮かべているのに‥だ。
あれだ、顔は笑っているけど、目は笑っていない。
父親は‥だけど、普段から「表情が読めない人」だった。人のよさそうな優し気な微笑を浮かべて、控えめな態度で祖父の横に立つ、所謂影の薄い息子って感んじ。だけど、祖父の言いなりというわけでは無くて、言わなきゃいけないことは「うま~く」言ってる彼は見掛け通りの気弱な優男ではない。
言いなりにはならないけど、尊敬してるって感じ。
見るからにやり手で頼もしく華やかな祖父と、仕事は丁寧で真面目。物腰は柔らかで優しい雰囲気の父‥二人は頼りになる「先輩方」だ。
(‥実は、仕事以外でそう会うことがないから家族というより上司って感じかな)
そんな父が祖父を睨んだ?
ほんの一瞬のことで、「気のせいだったかな」と思った。
父親が祖父に微笑以外の顔を向けることなんてないと思っていた。
整った顔は、俳優のような華やかなものではなく、どちらかというと雛人形と対になって飾られるお内裏様を思わせた。その顔を、微動だにしない微笑で塗り固めているものだから、はたから見たら人形そのものだ。
もっとも、誰に対しても、というわけではない。祖父に対してのみ、だ。
自分の父親にそんなに緊張するもんかね?
‥不思議には思うが、厳しくまた美しい祖父の前は父でなくとも落ち着かない。
といっても厳しくするのは跡取りである俺と、前跡取りだった父の教育に対してだけなのだ。
教育以外は、厳しいことは言わない。年齢は父より勿論の事ながら上なんだけど、フットワークも軽いし、遊び心もある。‥実際に遊んでるし。
齢56にして、未だ現役って感じのダンディな親父。上品なんだけど、時折見せる「ちょい悪な」笑顔が素敵! と老若男女をメロメロにしている所謂「イケオジ」だ。
ああいうの「艶のある男」っていうんだろう。
片やちょい悪イケオジ、片や常に微笑を絶やさない「微笑王子」
祖父と父親はベースはまったく同じなのに、何故だ? って思う位全く違う顔に見える。
父親と祖父、そして、俺。
自分で言うのもなんだが、全く同じ顔をしている。
違うといったら、瞳の色くらい。
祖父と俺が色素の薄い目の色をしているのに対して、父の目は深いこげ茶で、その点だけが違う。(弟も父親と同じ色の瞳をしているんだ)
健康的とはお世辞にも言えない陶器の様な白い肌、艶のある細い黒髪。鼻筋の通った整った顔は、人間味を感じさせず、まさに精巧な生き人形のようだ。
祖父たちはその美貌をきちんと自覚しており、実に「上手く」利用している。それこそ、表情すらきちんと管理している徹底っぷり。
なかでも、ここぞという時の「その顔反則~(婦女子談)」な笑顔(キラースマイルと俺は影で呼んでいる)。あれは‥絶対ちょっとしたヒーローの使う必殺技より強そうだ。
語学力が堪能で話術が巧み‥「頭脳の相生」だなんて言われてるけど、半分以上あの美貌で外交しているに違いないと俺は常日頃思っている。(話術が巧みってのもタラシっぽいスキルだよね)
さぞかしモテるだろう、絶対浮気位しているだろう。と思われようが、あの二人、女好きだそんなに馬鹿じゃない。仕事に支障をきたすような付き合いは絶対しないし、素人を相手することもない。そもそも‥仕事相手はほぼほぼ中年男性だ。母さんや祖母が心配するようなことは無いだろう。
しかし、一体何の仕事してるんだろう。仕事をしているのは見たことがないんだよな。だから未だによくわからない。(人様に言えない仕事だったらどうしよう‥)
話しはそれたが、俺たちの一族の子供はほぼほぼ同じ顔をしている。
その傾向は、跡継ぎになる一人が最も強いように思える。
普通は目の色まで遺伝するらしいんだけど、長男である父が双子だからかな‥? と祖母が話してくれたことがあった。
俺には、博文という5つ年下の弟がいる。
中学に入ったばかりの弟は、テニス部に所属して毎日キラキラとした青春を謳歌している。
日焼けした肌は血色がよく健康的で、きらきらと光るこげ茶の瞳はくりくりとしてて‥まるで仔犬みたいな可愛さだ。「え~勉強は兄ちゃんが専門ってことで! 」って笑う笑顔も可愛くって、ついなんでも「そうかそうか~任せとけ~」って言ってしまいそうになる。
あの笑顔はいい。
父さんたちみたいな営業用スマイルとか不健全な(失礼! )キラースマイルじゃなくって、もっと素直な健康的な笑顔なんだ。
笑いたいときに笑う。声を出して、顔をくしゃくしゃにして自由に笑う。‥当り前の事なんだけど、俺にはこれが出来ない。「笑うところ」で笑う、と意識して笑う。こういう「人としてどうなんだ」的な不器用なところ、父さんたち案外もそうなのかもしれないな。
(父さんと祖父の様に)第一印象から俺たちはあんまり似ていない様に見えるけど、たぶんそれは表情とか性格から来てるもので、僕たちは本当によく似ている。‥どちらも父親似なんだ。
いつも一緒にいる母さんではなく、たまにしか会わない上司の様な父親似。
‥この十年以来ずっとこころの奥底で感じてきた自分の顔に対する‥この「自分のものじゃない」感は、そこら辺から来てるのかもな‥って思う。‥つまり、祖父に対する反抗なんだろう。きっと。ちょっと子供みたいな話だけどね。
西遠寺 桜
どんな人だろ。生きてるのかな。
実母が、もしかしたら日本のどこかにいるかもしれない。死別じゃなかったら、って話なんだけど。
だけど、不思議と特に会いたいとは思わなかった。
さっき弟に言ったことは本音だ。義母兄弟だろうと弟であることには変わりないし、俺の母さんは今の母さん・静さんだけだ。俺たちは、普通の幸せな家族だ。
だけど、‥十歳の時のあの事故以前の記憶はない。事故のショックで頭の奥底に引っ込んでしまったその記憶はどんなに努力してもよみがえっては来なかった。
忘れてしまって、不便。苦しい、悲しい、もどかしい。
そして‥何よりも皆に申し訳ない。
弟が泣きそうな顔で俺を見る。手にした紙がしわになりそうで、俺は慌てて弟に駆け寄る。
弟が手にした紙は戸籍謄本。祖父に言われて俺が先日役所でもらってきたものだ。
まだ中身も見ずにもらってすぐ封筒に入れ、ほったらかしにしていたのを弟が見つけたらしい。
「へ~。俺、戸籍謄本なんて見たことない。見せてよ」
そんなことを言って、笑いながら弟がこの紙を封筒から出したのはほんの数秒前のことだった。
直後、弟の手と視線が止まり、顔から笑顔が消えた。
紙をつかむ弟の手に力が入る。
「おい? 」
ただならぬ様子に訝しがりながらも紙の救出に向かった俺に弟がゆっくりと顔を上げ、視線が合った。
その時の弟の顔がさっきの顔だったわけだ。
ちょうど弟の手が握りしめていた辺り…母親の欄に、「俺たちの母さん」の名前はなかった。
代わりに知らない女の名前が書いてある。
西遠寺 桜
聞いたことがない名前だ。
戸籍謄本をもらってきた封筒に戻す。
「‥ま。それは、父親の事情で俺たちの事情じゃない。俺は、母さんしか自分の母親だと思える人はいないって思ってるし。…博史はなにか気になるのか? 」
何でもない、を強調するような口調で言った。
なんてことない。再婚とか別に、よくある話だ。父さんはモテてたらしいし。(今もモテてるかとか、それは考えないことにしよう)
障子の向こうで、カタリ、と音がした。博史と俺の視線がばっとそっちに集まる。
‥誰かいる?
博史がぶんぶんと首を横に振る。
「そ、そうだよな。別に俺も気にしねえし」
と、俺たちは「この話はこれで終わり」を障子の向こうの人影に対して強調した。
「さあさ、奥様、お食事の支度がそろいましたよ。お二人にもお伝えいただけますか? 」
障子の向こうで、お手伝いさんのお清さんの明るい声が聞こえた。
お清さんはさっき来たばかりのようだったから、さっきの人の気配は母さんだったか。
聞かれたかな、と思ったが、別に聞かれて困る話でも、ないよな。
‥あるのかな。
自分が本当の母親じゃないって知られること。
俺には問題じゃないけど、母さん的にはあるのかな。「あんまり触れて欲しくないな」的な感じ? それとも、‥俺に気を遣ってくれてる?
(何か問題が)あるのだとしたら、俺は負い目を感じなきゃいけないのかな?
自分が産んだ子じゃないのに分け隔てなく育ててくれてありがとう、とか?
「二人とも、ごはんよ! 」
そんな考えを全部吹き飛ばすくらい、今日も明るい母さんの笑顔。ばん、と勢いよくふすまを開けてくるその様子に、遠慮なんて様子はない。年頃の男の子の部屋だから、気を遣うとか、そんなのも。
ない。何も、ない。そうなんだ、うちには何もないんだ。事実がどうであれ、俺たちは何も変わらない。
「清さん。ありがと~。今日もおいしそ~」
机に並べられた食事に明るい声を出す。その様子を、姑である祖母と清さんが穏やかに目を細めて見る。まるで実の娘を見るように。
清さんは、俺たちが産まれる前から(多分)ずっといて、祖母の話し相手であり、母の家事の先生でもある。俺たちにとっては、第二の祖母ともいえる様な存在で、家族の一員だ。
「母さん、これ、懇談会」
博史がカバンから紙を出し渡し、母親がそれを受け取る。
「あら、いつ? 」
昔ながらの座卓を囲む夕飯の席には、祖母、母、俺たち兄弟、そしてお清さん。父と祖父の姿はそこにはない。
海外での仕事が多い二人が、この家にいることは少ない。
かくいう俺も、高校に入ったころから父に連れられて仕事についていくことが増えた。
まあ、今のところビジネスの場に慣れるのと、お得意様に紹介されることがその目的だ。
もっとも、積極的に俺を連れて行きたがっているのは父親だけで、祖父はどちらかというと俺を連れて行くのに難色を示している‥って感じ。
「その必要は、ない」
ある時、(とうとう)厳しく言った祖父を一瞬父親が睨んだ気がした。
日に透けると明るい茶色に見えるこげ茶の瞳の、絶対零度の視線。表情は普段と変わらない穏やかな微笑を浮かべているのに‥だ。
あれだ、顔は笑っているけど、目は笑っていない。
父親は‥だけど、普段から「表情が読めない人」だった。人のよさそうな優し気な微笑を浮かべて、控えめな態度で祖父の横に立つ、所謂影の薄い息子って感んじ。だけど、祖父の言いなりというわけでは無くて、言わなきゃいけないことは「うま~く」言ってる彼は見掛け通りの気弱な優男ではない。
言いなりにはならないけど、尊敬してるって感じ。
見るからにやり手で頼もしく華やかな祖父と、仕事は丁寧で真面目。物腰は柔らかで優しい雰囲気の父‥二人は頼りになる「先輩方」だ。
(‥実は、仕事以外でそう会うことがないから家族というより上司って感じかな)
そんな父が祖父を睨んだ?
ほんの一瞬のことで、「気のせいだったかな」と思った。
父親が祖父に微笑以外の顔を向けることなんてないと思っていた。
整った顔は、俳優のような華やかなものではなく、どちらかというと雛人形と対になって飾られるお内裏様を思わせた。その顔を、微動だにしない微笑で塗り固めているものだから、はたから見たら人形そのものだ。
もっとも、誰に対しても、というわけではない。祖父に対してのみ、だ。
自分の父親にそんなに緊張するもんかね?
‥不思議には思うが、厳しくまた美しい祖父の前は父でなくとも落ち着かない。
といっても厳しくするのは跡取りである俺と、前跡取りだった父の教育に対してだけなのだ。
教育以外は、厳しいことは言わない。年齢は父より勿論の事ながら上なんだけど、フットワークも軽いし、遊び心もある。‥実際に遊んでるし。
齢56にして、未だ現役って感じのダンディな親父。上品なんだけど、時折見せる「ちょい悪な」笑顔が素敵! と老若男女をメロメロにしている所謂「イケオジ」だ。
ああいうの「艶のある男」っていうんだろう。
片やちょい悪イケオジ、片や常に微笑を絶やさない「微笑王子」
祖父と父親はベースはまったく同じなのに、何故だ? って思う位全く違う顔に見える。
父親と祖父、そして、俺。
自分で言うのもなんだが、全く同じ顔をしている。
違うといったら、瞳の色くらい。
祖父と俺が色素の薄い目の色をしているのに対して、父の目は深いこげ茶で、その点だけが違う。(弟も父親と同じ色の瞳をしているんだ)
健康的とはお世辞にも言えない陶器の様な白い肌、艶のある細い黒髪。鼻筋の通った整った顔は、人間味を感じさせず、まさに精巧な生き人形のようだ。
祖父たちはその美貌をきちんと自覚しており、実に「上手く」利用している。それこそ、表情すらきちんと管理している徹底っぷり。
なかでも、ここぞという時の「その顔反則~(婦女子談)」な笑顔(キラースマイルと俺は影で呼んでいる)。あれは‥絶対ちょっとしたヒーローの使う必殺技より強そうだ。
語学力が堪能で話術が巧み‥「頭脳の相生」だなんて言われてるけど、半分以上あの美貌で外交しているに違いないと俺は常日頃思っている。(話術が巧みってのもタラシっぽいスキルだよね)
さぞかしモテるだろう、絶対浮気位しているだろう。と思われようが、あの二人、女好きだそんなに馬鹿じゃない。仕事に支障をきたすような付き合いは絶対しないし、素人を相手することもない。そもそも‥仕事相手はほぼほぼ中年男性だ。母さんや祖母が心配するようなことは無いだろう。
しかし、一体何の仕事してるんだろう。仕事をしているのは見たことがないんだよな。だから未だによくわからない。(人様に言えない仕事だったらどうしよう‥)
話しはそれたが、俺たちの一族の子供はほぼほぼ同じ顔をしている。
その傾向は、跡継ぎになる一人が最も強いように思える。
普通は目の色まで遺伝するらしいんだけど、長男である父が双子だからかな‥? と祖母が話してくれたことがあった。
俺には、博文という5つ年下の弟がいる。
中学に入ったばかりの弟は、テニス部に所属して毎日キラキラとした青春を謳歌している。
日焼けした肌は血色がよく健康的で、きらきらと光るこげ茶の瞳はくりくりとしてて‥まるで仔犬みたいな可愛さだ。「え~勉強は兄ちゃんが専門ってことで! 」って笑う笑顔も可愛くって、ついなんでも「そうかそうか~任せとけ~」って言ってしまいそうになる。
あの笑顔はいい。
父さんたちみたいな営業用スマイルとか不健全な(失礼! )キラースマイルじゃなくって、もっと素直な健康的な笑顔なんだ。
笑いたいときに笑う。声を出して、顔をくしゃくしゃにして自由に笑う。‥当り前の事なんだけど、俺にはこれが出来ない。「笑うところ」で笑う、と意識して笑う。こういう「人としてどうなんだ」的な不器用なところ、父さんたち案外もそうなのかもしれないな。
(父さんと祖父の様に)第一印象から俺たちはあんまり似ていない様に見えるけど、たぶんそれは表情とか性格から来てるもので、僕たちは本当によく似ている。‥どちらも父親似なんだ。
いつも一緒にいる母さんではなく、たまにしか会わない上司の様な父親似。
‥この十年以来ずっとこころの奥底で感じてきた自分の顔に対する‥この「自分のものじゃない」感は、そこら辺から来てるのかもな‥って思う。‥つまり、祖父に対する反抗なんだろう。きっと。ちょっと子供みたいな話だけどね。
西遠寺 桜
どんな人だろ。生きてるのかな。
実母が、もしかしたら日本のどこかにいるかもしれない。死別じゃなかったら、って話なんだけど。
だけど、不思議と特に会いたいとは思わなかった。
さっき弟に言ったことは本音だ。義母兄弟だろうと弟であることには変わりないし、俺の母さんは今の母さん・静さんだけだ。俺たちは、普通の幸せな家族だ。
だけど、‥十歳の時のあの事故以前の記憶はない。事故のショックで頭の奥底に引っ込んでしまったその記憶はどんなに努力してもよみがえっては来なかった。
忘れてしまって、不便。苦しい、悲しい、もどかしい。
そして‥何よりも皆に申し訳ない。
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