50 / 54
六章.迷い、戸惑い
4.夢の続き (桜の回想)
しおりを挟む
(side 桜)
あの時、相生のお父様に
「息子がお望みですか? 西の姫君。では、お心のままに」
って言われて‥
普通だったら
「自分の意志はどうなる! 」
と反論があって然りなあの人が、お父様に逆らうことは、だけど、なかった。
だけどそのことで、私が考え直すなんてこともなかった。
‥つまり、私もあっさりあの人の意思を無視したんだ。
だから、本当にいうと、あれはただの強制。‥家的に相生の家にはきっと利があるだろうから、政略結婚といってもいいようなものだった。
その筋(って言ったらなんだけど)の家柄だったら西遠寺のことを知らない家はない。‥それっ位有名だし、利用価値だってあるから。
まあ‥これが私たちの結婚の一部始終だ。
あの人は、誰が嫌いもなかったけど、誰が好きもなかった。‥少なくとも、あの時は。
‥私だから、じゃなくて、誰に対しても特別な感情なんて持ってなかったんだ。(まあ、だから親に言われて私との結婚を即決できたんだろう)
‥何も考えてなかったのかもしれない。
それはすぐ分かったわ。‥私は(私だけは)あの人のことをずっと見てたから。
それで、直ぐに分かった。あの人が大切にしているのは相生の家だけだったことを。
ただ相生の跡取りとして生きることだけがあの人の望みの総てだったんだ。
‥それは直ぐにわかったけど、「だからなに」って思ったわ。だって、私と結婚してくれたらさえよかったんだから。結婚して、子供を産んで‥ずっと一緒に居れると思ってた。
だけど、そうならなかった。
私が利用した西遠寺の家(家柄)に‥利用してもう二度と戻らないって思ってた西遠寺の家に‥再び戻されようとは‥ホントに人生は上手くいかない。
四朗は相生の子供。西遠寺には渡さないって相生のお父様に言われた時、‥嬉しかった。
子供だけでもあの人の傍においておけるならって思った。
あの人が私のものになったことなんてほんの一瞬もなかったんだけど、四朗は私たちの息子。その事実は変わらないから。
たとえ、あの子が‥
昔を思い出しながら、桜はいつもより幼い子の様に見える容姿で疼くまって、自分の腕を抱き込んだ。その様子は不安げで、本当に幼い子供のように見えた。
‥楓‥
今の桜の姿そのものの年齢で、成長を止めてしまった幼い妹の楓。
その喪失感を埋める術がわからなかった。
寂しさの余り作った初めての臣霊に、その名前を付けた。
性別は、特に定めなかった。あの、幼い妹にとって性別が必要だとは思えなかった。否、考えたくなかった。それは、少女故の潔癖さからだった。
私の可愛い妹が誰かと恋愛をする‥のはまだいいとしても‥誰かに性的な目で見られる‥そんなこと考えたくもなかった。
子供の描く絵
性別のない真っ直ぐな体つきの子供‥そんなイメージ。
そうして作って、可愛がった臣霊は、そのうち、マスターと呼ばれる程の信頼感を持ってくれる程私になついた。
臣霊はそれ自体が成長するのではない。‥作ったマスターとの信頼関係により成長するのだ。
知識を教えれば教えただけ覚え、マスターが望めばその外見も成長する。
それどころか、外見を変えることも出来る。
(だけど、妹を溺愛する私がその臣霊の姿を変えることがあろうはずはなかった)
記憶そのままの可愛い姿。
だけど、知識は増えていき、「その子」はやがて幼い容姿に不釣り合いなほどの知識量を持ついびつな子供が出来あがった。
だけど、私はそんな「お人形遊び」に夢中になって、いつしか楓を失った悲しみを忘れることができた。
否、楓に対する執着は、すっかりその臣霊に対するものにすり替わったのだった。
いつまでも、それが総てだって思ってたのに‥
ある時私は恋をした。暗闇の中で一筋の光を見た様な‥鮮烈な印象だった。
だけど、眩しいその光が私を見ることは一度もなかった。
信州 相生家
綿のシンプルなスラックスに白のTシャツというラフな格好をした四朗が部屋に入って来た。床を踏むぎ‥という低い音がして、ベッドでスマホを眺めていた博史が視線を上げて四朗を見る。
しかし、チラリと一瞥しただけですぐにスマホに視線を戻した。その視線に気にすることもなく、四朗は机の上に鞄を置くと別な鞄を手に取った。
「出かけるの? 」
スマホから視線を外さず博史が聞くと四朗は「文房具が切れててさ」ってチラリと博史を見て、その手元のスマホを見た。
そういえば、自分のスマホに当たり前に博史の連絡先入ってるけど「俺から」は掛けたことないなあ‥なんて。
紅葉ちゃんからは掛けたことは当たり前にあるんだろう武生や母さん、博史‥だけど、俺は彼らに電話をしたことなんてない。父さんと爺さんは‥だけど、紅葉ちゃんもないだろう。
そういえば、このスマホは今まで紅葉ちゃんが使ってたものだ。これから自分のモノって言われても何だか借りもの感が抜けないな。
四朗はそんなことを思った。
それはそうと‥
「ちょっと、今度の休日出かけてくる。ちょっと人と会うんだ」
忘れないうちに‥と博史に伝えておく。博史に伝えておけば、当日(何も言わず)出掛けても家族から「どこ行った? 」ってことにならないだろう。出掛けること位は告げておかないとね。
‥どこに? 誰と? は‥ちょっと内緒にさせていただきますが。
なのに、だ。
「彼女? 」
何となく、壁のカレンダーに目をやり、「ん」と頷いた博史が、からかうように言った。
兄弟仲がいいってのは、こういう時にちょっとメンドクサイね。
途端に、四朗はちょっとしらっとした顔をする。
その表情は、あれだ。こっちのHPをごっそり削り取っていくような冷たい‥ザ「取り付く島ナシ」って顔。
博史は苦笑いしてスマホを閉じて四朗を見る。
別に、高校生にもなって彼女の一人くらいいてもおかしくはないだろう?! なにそのしらっとした顔‥
我が兄ながら‥ちょっと心配だ。冗談通じなさすぎない? ってか、潔癖過ぎない? 下ネタ(← って程でもない)お断りってこと??
四朗はしらっとした表情のまま
「違う」
って言った。
まあ、そうなんだろうネ。この兄は。
顔だって人並み以上に良くって、運動も勉強も出来る武芸の腕も立つ‥このスーパーハイスペックな兄から、そういう話題が出ることは今までなかった。今からも出る気がしない。
でもまあ‥兄ちゃんには正直この話題「禁句」かなって思ってる。
なんとなく胡麻化して‥話を変えようとしたら‥
「さいえんじさんに会いに行くの? 」
口が滑った。
どうした俺の口!? って思った。失言にもほどがあるぞ!? 話を変えようと焦ったら、なんかとんでもない名前出しちゃったぞ!?
慌てていると、四朗が「ん? 」って首を傾げ
「さいえんじ、何? ‥ああ! あれは、「さいえんじ」じゃなくて「さいおんじ」だよ。確かに、なんで「遠い」を「おん」って読むんだって感じだよな。昔は「陰陽師」の「陰」って言う字があてられてたらしいけど、陰って良くないよね‥って今の「遠」に変わったんだって。なんで「遠」って感じだけど‥
‥って、なんで‥? 」
と四朗は、ふと、机の上に戸籍謄本が置かれていたのを思い出した。
戸籍謄本には、実母の名前が出ている。あれを博史も見たのか。
確認の為に心の中で月桂に問いかけると、月桂も頷く。一緒に見たというのだ。
では、質問を変えなければならない。
「なんで(サイオンジを)知ってるの? 」じゃなくって、
「なんで、そう(サイオンジだと)思う? 」
だな。四朗は、失言を撤回しようとさっきから挙動が怪しい博史を見て苦笑いした。
‥別に母親が違うってことは‥俺にとって「タブー」って程ではない。だけど、博史には気を遣わせちゃうんだろうなって思ったり。
博史は眉を寄せて‥
「勘」
小さくため息をついて肩をすくめる。
「‥勘? 」
四朗が小さく目を見張る。
‥まあ、そういう勘ってたまにあるよね。俺側に「何となく、そうじゃね? 」って気付かせる何かがあったんだろう。
「っていうか、兄ちゃん。なんで読み方までわかったのさ」
博史が首を傾げる。
「え? 何でって‥? 」「‥何となく。ちょっと調べてみただけ」
言いよどむ四朗の代わりに四朗の口を借りて答えたのは、月桂だった。
「関係はないんだけどね。実の母さんとかそういうこととは別に、単純に名字が気になったから」
月桂が続ける。
自分では浮かびそうになかった四朗は月桂に返答を丸投げすることにした。
うん、確かにこれがbestな答えっぽい。
「まあ‥確かに気にはなる‥かな」
博史は苦笑いしただけで、それ以上突っこんで聞くことはなさそうだ。だから四朗も
「珍名さんだよね」
って胡麻化して話を終わらせることにしたんだ。
で、結局「サイオンジさん」には会うの? の質問に対する答えは口に出すことはなかった。
休日。
四朗が人と会う約束をした日。四朗は誰にも外出を告げることなく家を出た。格好は先日と同じ綿の黒いスラックスと白のTシャツっていうラフな格好だ。
お洒落に無頓着な四朗には「人と会うから着飾る」って感覚がない。‥もっとも、今日会う人に対しては着飾る必要性もない‥なんて思いながら待ち合わせ場所に向かうと、まだ約束の三十分も前だというのにそこに待ち人はいた。
え??
そこに立つ人物を見て、四朗は目を見開く。
「紅葉ちゃん? 」
‥そこに立っていたのは先日出会って、別れたばかりの恩人だった‥。
いや‥でもなにか違和感がある。
‥これは、「鏡」だ。
気付いた。この気配は‥
「‥母さん」
実の息子に会うのになんだって変装(しかも手が凝った)なんてしてきてるんだ。
四朗が、はあ‥と小さくため息をついた。
子供っぽいことして‥って思った四朗に、桜は
「あの人に会ってしまったら‥嫌だなあって」
苦笑いを紅葉の顔に浮かべた。
困り顔というより、苦しそうな表情。
あの人? ああ‥
「‥父さんか」
聞こえるか聞こえないかっていう程の小声で呟く。
母さんは多分‥父さんにまだ未練がある。別れた事情が「家の為」じゃ未練が残っても仕方ないわな‥。だけど、俺に出来ることは‥ない。「忘れた方がいいよ」って言ってあげるのが多分bestなんだろうけど、それも可哀そうかなとも思ったり。
気を遣ったのか、視線を逸らし何やら呟いた息子に桜は、小さくため息を一つついて視線を落とした。そして、もう一つため息をつく。これは決意のため息。今から「言いにくいこと」をいう‥その為に息を整えたんだ。
桜は顔を上げ、視線を四朗に向けた。
「あのね‥四朗」
身長差があるから、自然に上目遣いになる。
美少女紅葉の上目遣い。普通に可愛い‥が、中身母親って分かってて、別にトキメキとかはない。
四朗は、「なんだ? 改まって何を言うんだ? 」って身構える。
桜が口を開き‥
「四朗、あなた好きな子とかいないの? 」
突如言った言葉が、これ。
「え? なに急に」
ホントに何。
四朗は、いつもの如くしらっとした表情で言って、
「そんな話しに来たわけじゃないでしょ」
急にそんな変なことをいった母をたしなめた。
息子からまるで幼い子に「しょうがないわね」って窘める様な感じの口調で言われた桜は、ちょっとむっとした顔になる。
「そんな話しに来たのよ」
(売り言葉に買い言葉って感じで)ついつっけんどんに言い返してしまったが、直ぐに口を閉ざし
「今はその理由は言えないけど」
小声で言葉を繋げた。
「‥とにかく、この話は重要なのよ」
キッと四朗を睨む。
事情を話さなかったらただの馬鹿馬鹿しい話にしか聞こえないのは分かる。だけど‥この問題は‥ちっとも「馬鹿馬鹿しい」で済まない問題なんだ。
桜はきゅっと唇をかみしめて俯く。
「なにそれ」
目の前で四朗は(何も知らず呑気に)あきれ顔をしている。‥その呑気さにあきれる。(四朗は事情を知らないのだから呑気だなんて罵られる覚えはないわけだが)
桜は、しばらく黙っていたが、意を決して顔を上げると
「とにかく早く作んなさい」
ビシッと四朗に言い放った。そして、睨むように四朗を見ながら
「じゃないと、あなたそろそろ‥死ぬわよ」
低い、小さな声で言った。
あの時、相生のお父様に
「息子がお望みですか? 西の姫君。では、お心のままに」
って言われて‥
普通だったら
「自分の意志はどうなる! 」
と反論があって然りなあの人が、お父様に逆らうことは、だけど、なかった。
だけどそのことで、私が考え直すなんてこともなかった。
‥つまり、私もあっさりあの人の意思を無視したんだ。
だから、本当にいうと、あれはただの強制。‥家的に相生の家にはきっと利があるだろうから、政略結婚といってもいいようなものだった。
その筋(って言ったらなんだけど)の家柄だったら西遠寺のことを知らない家はない。‥それっ位有名だし、利用価値だってあるから。
まあ‥これが私たちの結婚の一部始終だ。
あの人は、誰が嫌いもなかったけど、誰が好きもなかった。‥少なくとも、あの時は。
‥私だから、じゃなくて、誰に対しても特別な感情なんて持ってなかったんだ。(まあ、だから親に言われて私との結婚を即決できたんだろう)
‥何も考えてなかったのかもしれない。
それはすぐ分かったわ。‥私は(私だけは)あの人のことをずっと見てたから。
それで、直ぐに分かった。あの人が大切にしているのは相生の家だけだったことを。
ただ相生の跡取りとして生きることだけがあの人の望みの総てだったんだ。
‥それは直ぐにわかったけど、「だからなに」って思ったわ。だって、私と結婚してくれたらさえよかったんだから。結婚して、子供を産んで‥ずっと一緒に居れると思ってた。
だけど、そうならなかった。
私が利用した西遠寺の家(家柄)に‥利用してもう二度と戻らないって思ってた西遠寺の家に‥再び戻されようとは‥ホントに人生は上手くいかない。
四朗は相生の子供。西遠寺には渡さないって相生のお父様に言われた時、‥嬉しかった。
子供だけでもあの人の傍においておけるならって思った。
あの人が私のものになったことなんてほんの一瞬もなかったんだけど、四朗は私たちの息子。その事実は変わらないから。
たとえ、あの子が‥
昔を思い出しながら、桜はいつもより幼い子の様に見える容姿で疼くまって、自分の腕を抱き込んだ。その様子は不安げで、本当に幼い子供のように見えた。
‥楓‥
今の桜の姿そのものの年齢で、成長を止めてしまった幼い妹の楓。
その喪失感を埋める術がわからなかった。
寂しさの余り作った初めての臣霊に、その名前を付けた。
性別は、特に定めなかった。あの、幼い妹にとって性別が必要だとは思えなかった。否、考えたくなかった。それは、少女故の潔癖さからだった。
私の可愛い妹が誰かと恋愛をする‥のはまだいいとしても‥誰かに性的な目で見られる‥そんなこと考えたくもなかった。
子供の描く絵
性別のない真っ直ぐな体つきの子供‥そんなイメージ。
そうして作って、可愛がった臣霊は、そのうち、マスターと呼ばれる程の信頼感を持ってくれる程私になついた。
臣霊はそれ自体が成長するのではない。‥作ったマスターとの信頼関係により成長するのだ。
知識を教えれば教えただけ覚え、マスターが望めばその外見も成長する。
それどころか、外見を変えることも出来る。
(だけど、妹を溺愛する私がその臣霊の姿を変えることがあろうはずはなかった)
記憶そのままの可愛い姿。
だけど、知識は増えていき、「その子」はやがて幼い容姿に不釣り合いなほどの知識量を持ついびつな子供が出来あがった。
だけど、私はそんな「お人形遊び」に夢中になって、いつしか楓を失った悲しみを忘れることができた。
否、楓に対する執着は、すっかりその臣霊に対するものにすり替わったのだった。
いつまでも、それが総てだって思ってたのに‥
ある時私は恋をした。暗闇の中で一筋の光を見た様な‥鮮烈な印象だった。
だけど、眩しいその光が私を見ることは一度もなかった。
信州 相生家
綿のシンプルなスラックスに白のTシャツというラフな格好をした四朗が部屋に入って来た。床を踏むぎ‥という低い音がして、ベッドでスマホを眺めていた博史が視線を上げて四朗を見る。
しかし、チラリと一瞥しただけですぐにスマホに視線を戻した。その視線に気にすることもなく、四朗は机の上に鞄を置くと別な鞄を手に取った。
「出かけるの? 」
スマホから視線を外さず博史が聞くと四朗は「文房具が切れててさ」ってチラリと博史を見て、その手元のスマホを見た。
そういえば、自分のスマホに当たり前に博史の連絡先入ってるけど「俺から」は掛けたことないなあ‥なんて。
紅葉ちゃんからは掛けたことは当たり前にあるんだろう武生や母さん、博史‥だけど、俺は彼らに電話をしたことなんてない。父さんと爺さんは‥だけど、紅葉ちゃんもないだろう。
そういえば、このスマホは今まで紅葉ちゃんが使ってたものだ。これから自分のモノって言われても何だか借りもの感が抜けないな。
四朗はそんなことを思った。
それはそうと‥
「ちょっと、今度の休日出かけてくる。ちょっと人と会うんだ」
忘れないうちに‥と博史に伝えておく。博史に伝えておけば、当日(何も言わず)出掛けても家族から「どこ行った? 」ってことにならないだろう。出掛けること位は告げておかないとね。
‥どこに? 誰と? は‥ちょっと内緒にさせていただきますが。
なのに、だ。
「彼女? 」
何となく、壁のカレンダーに目をやり、「ん」と頷いた博史が、からかうように言った。
兄弟仲がいいってのは、こういう時にちょっとメンドクサイね。
途端に、四朗はちょっとしらっとした顔をする。
その表情は、あれだ。こっちのHPをごっそり削り取っていくような冷たい‥ザ「取り付く島ナシ」って顔。
博史は苦笑いしてスマホを閉じて四朗を見る。
別に、高校生にもなって彼女の一人くらいいてもおかしくはないだろう?! なにそのしらっとした顔‥
我が兄ながら‥ちょっと心配だ。冗談通じなさすぎない? ってか、潔癖過ぎない? 下ネタ(← って程でもない)お断りってこと??
四朗はしらっとした表情のまま
「違う」
って言った。
まあ、そうなんだろうネ。この兄は。
顔だって人並み以上に良くって、運動も勉強も出来る武芸の腕も立つ‥このスーパーハイスペックな兄から、そういう話題が出ることは今までなかった。今からも出る気がしない。
でもまあ‥兄ちゃんには正直この話題「禁句」かなって思ってる。
なんとなく胡麻化して‥話を変えようとしたら‥
「さいえんじさんに会いに行くの? 」
口が滑った。
どうした俺の口!? って思った。失言にもほどがあるぞ!? 話を変えようと焦ったら、なんかとんでもない名前出しちゃったぞ!?
慌てていると、四朗が「ん? 」って首を傾げ
「さいえんじ、何? ‥ああ! あれは、「さいえんじ」じゃなくて「さいおんじ」だよ。確かに、なんで「遠い」を「おん」って読むんだって感じだよな。昔は「陰陽師」の「陰」って言う字があてられてたらしいけど、陰って良くないよね‥って今の「遠」に変わったんだって。なんで「遠」って感じだけど‥
‥って、なんで‥? 」
と四朗は、ふと、机の上に戸籍謄本が置かれていたのを思い出した。
戸籍謄本には、実母の名前が出ている。あれを博史も見たのか。
確認の為に心の中で月桂に問いかけると、月桂も頷く。一緒に見たというのだ。
では、質問を変えなければならない。
「なんで(サイオンジを)知ってるの? 」じゃなくって、
「なんで、そう(サイオンジだと)思う? 」
だな。四朗は、失言を撤回しようとさっきから挙動が怪しい博史を見て苦笑いした。
‥別に母親が違うってことは‥俺にとって「タブー」って程ではない。だけど、博史には気を遣わせちゃうんだろうなって思ったり。
博史は眉を寄せて‥
「勘」
小さくため息をついて肩をすくめる。
「‥勘? 」
四朗が小さく目を見張る。
‥まあ、そういう勘ってたまにあるよね。俺側に「何となく、そうじゃね? 」って気付かせる何かがあったんだろう。
「っていうか、兄ちゃん。なんで読み方までわかったのさ」
博史が首を傾げる。
「え? 何でって‥? 」「‥何となく。ちょっと調べてみただけ」
言いよどむ四朗の代わりに四朗の口を借りて答えたのは、月桂だった。
「関係はないんだけどね。実の母さんとかそういうこととは別に、単純に名字が気になったから」
月桂が続ける。
自分では浮かびそうになかった四朗は月桂に返答を丸投げすることにした。
うん、確かにこれがbestな答えっぽい。
「まあ‥確かに気にはなる‥かな」
博史は苦笑いしただけで、それ以上突っこんで聞くことはなさそうだ。だから四朗も
「珍名さんだよね」
って胡麻化して話を終わらせることにしたんだ。
で、結局「サイオンジさん」には会うの? の質問に対する答えは口に出すことはなかった。
休日。
四朗が人と会う約束をした日。四朗は誰にも外出を告げることなく家を出た。格好は先日と同じ綿の黒いスラックスと白のTシャツっていうラフな格好だ。
お洒落に無頓着な四朗には「人と会うから着飾る」って感覚がない。‥もっとも、今日会う人に対しては着飾る必要性もない‥なんて思いながら待ち合わせ場所に向かうと、まだ約束の三十分も前だというのにそこに待ち人はいた。
え??
そこに立つ人物を見て、四朗は目を見開く。
「紅葉ちゃん? 」
‥そこに立っていたのは先日出会って、別れたばかりの恩人だった‥。
いや‥でもなにか違和感がある。
‥これは、「鏡」だ。
気付いた。この気配は‥
「‥母さん」
実の息子に会うのになんだって変装(しかも手が凝った)なんてしてきてるんだ。
四朗が、はあ‥と小さくため息をついた。
子供っぽいことして‥って思った四朗に、桜は
「あの人に会ってしまったら‥嫌だなあって」
苦笑いを紅葉の顔に浮かべた。
困り顔というより、苦しそうな表情。
あの人? ああ‥
「‥父さんか」
聞こえるか聞こえないかっていう程の小声で呟く。
母さんは多分‥父さんにまだ未練がある。別れた事情が「家の為」じゃ未練が残っても仕方ないわな‥。だけど、俺に出来ることは‥ない。「忘れた方がいいよ」って言ってあげるのが多分bestなんだろうけど、それも可哀そうかなとも思ったり。
気を遣ったのか、視線を逸らし何やら呟いた息子に桜は、小さくため息を一つついて視線を落とした。そして、もう一つため息をつく。これは決意のため息。今から「言いにくいこと」をいう‥その為に息を整えたんだ。
桜は顔を上げ、視線を四朗に向けた。
「あのね‥四朗」
身長差があるから、自然に上目遣いになる。
美少女紅葉の上目遣い。普通に可愛い‥が、中身母親って分かってて、別にトキメキとかはない。
四朗は、「なんだ? 改まって何を言うんだ? 」って身構える。
桜が口を開き‥
「四朗、あなた好きな子とかいないの? 」
突如言った言葉が、これ。
「え? なに急に」
ホントに何。
四朗は、いつもの如くしらっとした表情で言って、
「そんな話しに来たわけじゃないでしょ」
急にそんな変なことをいった母をたしなめた。
息子からまるで幼い子に「しょうがないわね」って窘める様な感じの口調で言われた桜は、ちょっとむっとした顔になる。
「そんな話しに来たのよ」
(売り言葉に買い言葉って感じで)ついつっけんどんに言い返してしまったが、直ぐに口を閉ざし
「今はその理由は言えないけど」
小声で言葉を繋げた。
「‥とにかく、この話は重要なのよ」
キッと四朗を睨む。
事情を話さなかったらただの馬鹿馬鹿しい話にしか聞こえないのは分かる。だけど‥この問題は‥ちっとも「馬鹿馬鹿しい」で済まない問題なんだ。
桜はきゅっと唇をかみしめて俯く。
「なにそれ」
目の前で四朗は(何も知らず呑気に)あきれ顔をしている。‥その呑気さにあきれる。(四朗は事情を知らないのだから呑気だなんて罵られる覚えはないわけだが)
桜は、しばらく黙っていたが、意を決して顔を上げると
「とにかく早く作んなさい」
ビシッと四朗に言い放った。そして、睨むように四朗を見ながら
「じゃないと、あなたそろそろ‥死ぬわよ」
低い、小さな声で言った。
0
あなたにおすすめの小説
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。
true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。
それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。
これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。
日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。
彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。
※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。
※内部進行完結済みです。毎日連載です。
離婚する両親のどちらと暮らすか……娘が選んだのは夫の方だった。
しゃーりん
恋愛
夫の愛人に子供ができた。夫は私と離婚して愛人と再婚したいという。
私たち夫婦には娘が1人。
愛人との再婚に娘は邪魔になるかもしれないと思い、自分と一緒に連れ出すつもりだった。
だけど娘が選んだのは夫の方だった。
失意のまま実家に戻り、再婚した私が数年後に耳にしたのは、娘が冷遇されているのではないかという話。
事実ならば娘を引き取りたいと思い、元夫の家を訪れた。
再び娘が選ぶのは父か母か?というお話です。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
幼馴染の許嫁
山見月あいまゆ
恋愛
私にとって世界一かっこいい男の子は、同い年で幼馴染の高校1年、朝霧 連(あさぎり れん)だ。
彼は、私の許嫁だ。
___あの日までは
その日、私は連に私の手作りのお弁当を届けに行く時だった
連を見つけたとき、連は私が知らない女の子と一緒だった
連はモテるからいつも、周りに女の子がいるのは慣れいてたがもやもやした気持ちになった
女の子は、薄い緑色の髪、ピンク色の瞳、ピンクのフリルのついたワンピース
誰が見ても、愛らしいと思う子だった。
それに比べて、自分は濃い藍色の髪に、水色の瞳、目には大きな黒色の眼鏡
どうみても、女の子よりも女子力が低そうな黄土色の入ったお洋服
どちらが可愛いかなんて100人中100人が女の子のほうが、かわいいというだろう
「こっちを見ている人がいるよ、知り合い?」
可愛い声で連に私のことを聞いているのが聞こえる
「ああ、あれが例の許嫁、氷瀬 美鈴(こおりせ みすず)だ。」
例のってことは、前から私のことを話していたのか。
それだけでも、ショックだった。
その時、連はよしっと覚悟を決めた顔をした
「美鈴、許嫁をやめてくれないか。」
頭を殴られた感覚だった。
いや、それ以上だったかもしれない。
「結婚や恋愛は、好きな子としたいんだ。」
受け入れたくない。
けど、これが連の本心なんだ。
受け入れるしかない
一つだけ、わかったことがある
私は、連に
「許嫁、やめますっ」
選ばれなかったんだ…
八つ当たりの感覚で連に向かって、そして女の子に向かって言った。
私は彼に選ばれなかった令嬢。なら、自分の思う通りに生きますわ
みゅー
恋愛
私の名前はアレクサンドラ・デュカス。
婚約者の座は得たのに、愛されたのは別の令嬢。社交界の噂に翻弄され、命の危険にさらされ絶望の淵で私は前世の記憶を思い出した。
これは、誰かに決められた物語。ならば私は、自分の手で運命を変える。
愛も権力も裏切りも、すべて巻き込み、私は私の道を生きてみせる。
毎日20時30分に投稿
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる