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「諸君。状況は切迫している」
ガレリア公爵城、大会議室。
重苦しい空気の中、アレクセイ閣下が円卓の中心で告げた。
周囲には、歴戦の騎士団長や将軍たちが険しい顔で座っている。
「隣国アークランドのクラーク王太子が、国境付近に軍を展開しつつあるとの報告が入った。名目は『人質の奪還』……つまり、我が領にいるミーナの引き渡し要求だ」
ドンッ!
一人の将軍が机を叩いた。
「ふざけた真似を! ミーナ様は正式な手続きを経て我が国に移住された。それを人質などと、言いがかりにも程がある!」
「そうだ! 我らが『ボスの女』を渡してたまるか!」
「全面戦争だ! 雪原を奴らの血で赤く染めてやる!」
血気盛んな武官たちが殺気立つ。
ミーナ親衛隊と化した彼らは、今にも飛び出していきそうな勢いだ。
しかし。
「待ってください。却下です」
冷ややかな声が、熱気を断ち切った。
部屋の隅で、電卓を叩いていた私である。
「ミーナ様? しかし、奴らは軍隊を……」
「軍隊? あんなもの、ただの『集団遠足』ですよ」
私は立ち上がり、ホワイトボードの前に立った。
「現在の隣国の財政状況を説明します。私が退職(婚約破棄)した時点で、王室予算の予備費はほぼ底をついていました。さらに、リリィ様がドレスや宝石を乱発注したせいで、赤字国債の発行が秒読みです」
キュッキュッ、とマーカーでグラフを描く。
右肩下がりの悲惨なグラフだ。
「つまり、彼らには長期的な遠征を行う兵糧も資金もありません。国境まで来るのが限界でしょう。ここで我々が軍を出して衝突すれば、無駄な消耗戦となり、こちらのコストがかさむだけです」
「で、ではどうすれば……?」
「簡単です」
私はニヤリと笑った。
悪役令嬢としての本領発揮だ。
「兵站を攻めるのではありません。『メンタル』と『財布』を攻めるのです」
私は手元の分厚いファイルを、ドサリと机に置いた。
「これは?」
アレクセイ閣下がファイルを手に取る。
「『対クラーク王太子用・精神破壊兵器(黒歴史ファイル)』です」
「……黒歴史?」
「はい。彼が過去に私に送ってきた『ポエムのような恋文』一〇〇選、リリィ様との浮気現場の音声データ、そして公務をサボって描いた『僕の考えた最強の騎士団』という恥ずかしい落書きの写し……これらをすべて保管してあります」
「…………」
会議室が静まり返った。
将軍たちが、恐怖で震え上がっている。
「剣で斬られるより痛い……」という呟きが聞こえた。
「これを大音量の拡声器で国境中に流します。王太子の威厳は地に落ち、兵士たちの士気は崩壊するでしょう」
「えげつないな……」
アレクセイ閣下が顔を引きつらせている。
「さらに、第二の矢としてこれを用意しました」
私は別の書類の束を取り出した。
「『特別損害賠償請求書・改』です。今回の騒動による私の精神的苦痛、営業妨害、および避難にかかる経費……これらを分単位で加算し、相手国に請求します。支払いが滞った場合、担保として『王太子の王位継承権』を差し押さえる条項を盛り込みました」
「そ、そんなことが国際法上可能なのか!?」
「可能です。私が昨日、徹夜で条文の抜け穴を見つけて書き換えましたから」
私は胸を張った。
法とは、知る者の味方なのだ。
「結論として、我々がやるべきことは一つ。……強固な砦に引きこもり、暖炉で温かいお茶を飲みながら、相手が自滅するのを高みの見物することです」
「……」
アレクセイ閣下が、深く深くため息をついた。
そして、ゆっくりと口を開いた。
「……聞いたか、諸君」
「は、はっ!」
「我々のボス(ミーナ)は、血を流さずに勝つと言っている。……これほど頼もしい、いや、恐ろしい軍師はいまい」
閣下は立ち上がり、私の肩に手を置いた。
「採用だ。全軍、防衛態勢(ひきこもり)へ移行せよ! ただし、拡声器の準備だけは万全にな!」
「「「イエッサー!!」」」
* * *
数日後。
ガレリアとアークランドの国境にある砦。
その城壁の上に、私とアレクセイ閣下の姿があった。
「来たな」
閣下が双眼鏡を覗きながら呟く。
雪の平原の向こうから、きらびやかな鎧に身を包んだ軍勢が現れた。
先頭を行く白馬に乗っているのは、間違いなくクラーク王太子だ。
隣には、豪華な馬車も見える。リリィも同伴らしい。
(……派手ですね。雪原であんな金色の鎧を着ていたら、ただの的ですよ)
私は呆れながら、手元の拡声魔道具(メガホン)のスイッチを入れた。
『こちらガレリア公爵領、国境警備隊です。アークランド軍に告ぐ。貴軍の侵入は不法侵入に該当します。直ちに引き返しなさい。さもなくば……』
私は一呼吸置いた。
『……三年前の冬、クラーク殿下がミーナ様の誕生日に贈った自作の詩、「君は僕の太陽、僕は君の周りを回る惑星(ポエム)」を、全チャンネルで朗読します』
ピタリ。
進軍していた軍勢が、不自然に停止した。
『や、やめろぉぉぉーーっ!!』
遠くから、悲鳴のような絶叫が聞こえた。
クラーク王太子だ。
顔を真っ赤にして馬の上で暴れている。
『ミ、ミーナ! 貴様、それをまだ持っていたのか!? 燃やしたはずだろ!!』
拡声魔法で彼の声が響いてくる。
『原本は燃やしましたが、複写(コピー)は五箇所に分散保管してあります。リスク管理の基本ですよ』
私は冷静に返した。
『くっ……! 卑怯だぞ! 正々堂々と出てこい! 話し合いに来たんだ!』
『話し合い? 軍隊を連れてですか? それは「脅迫」と言います』
私は隣のアレクセイ閣下に目配せをした。
閣下が頷き、マイクを受け取る。
『ドラグノフだ。……クラーク殿下。我が愛しの婚約者を返せとは、どういう了見だ? 彼女は君に捨てられ、傷ついたところを私が拾い……いや、救い出したのだぞ』
『う、うるさい! お前なんかにミーナの良さが分かるものか! 彼女は……彼女は便利なのだ! 書類は早いし、説教は的確だし、何より僕の失敗を全部カバーしてくれる! 彼女がいないと僕は何もできないんだよぉ!』
王太子が泣き叫んだ。
周囲の兵士たちが「えぇ……」とドン引きしているのが、ここからでも分かる。
「……愛の告白にしては、最低だな」
アレクセイ閣下がボソリと呟いた。
「同感です。『私は便利な道具です』と言われているのと同義ですね」
私はイラッとして、マイクを奪い取った。
『殿下。残念ながら、私はもうあなたのママではありません。自分の尻は自分で拭いてください。……それとも、リリィ様では力不足でしたか?』
『リリィは……リリィは可愛いだけなんだ! 何もできないんだ! 「お花に水をあげましょー」って言って執務室で水遊びをするんだぞ!? 重要書類が全部パルプになったんだぞ!?』
『それはご愁傷様です。教育係の選定ミスですね』
『頼むミーナ! 戻ってきてくれ! 側室でいいと言ったろ! 第一夫人はリリィだが、実務は全部君に任せるから! 権力はあげるから!』
『最悪の提案ですね』
私は呆れ果てた。
愛人として囲われ、仕事だけ全部押し付けられる。
誰がそんな地獄に戻るというのか。
『交渉決裂です。……総員、配置につけ!』
私が号令をかけると、城壁の上にズラリと並んだ「アレ」が姿を現した。
それは大砲ではない。
巨大な「投石機(カタパルト)」だ。
ただし、装填されているのは石ではない。
『発射!!』
バシュッ! バシュッ! バシュッ!
無数の弾丸が空を切り、アークランド軍の頭上に降り注ぐ。
それらは空中で弾け、中から大量の紙吹雪が舞い散った。
「な、なんだ!? 毒か!?」
「いや、これは……紙?」
兵士の一人が、舞い落ちてきた紙を手に取る。
「……『請求書』?」
そう。
私がばら撒いたのは、クラーク殿下とリリィ様が私用で使い込んだ国庫の横領リスト、および今回の遠征にかかる費用の試算表、そして私の慰謝料請求書だ。
「うわっ、殿下こんなに使ってたのかよ……」
「リリィ様のドレス代、俺たちの年収の一〇〇倍……?」
「俺らの給料が未払いなのは、このせいか……?」
兵士たちの間に、動揺が広がる。
戦意喪失(デバフ)効果は抜群だ。
『さあ、どうしますか殿下? 兵士たちの白い目線に耐えられますか? それとも、第二弾の「ポエム朗読会」を開始しますか? 私の手元には「君の瞳に乾杯(完敗)」という傑作がありますが』
『や、やめろぉぉぉ!! 撤退だ! 一時撤退だぁぁ!!』
クラーク殿下は悲鳴を上げ、馬首を返して逃げ出した。
あまりの見事な逃げっぷりに、アレクセイ閣下が拍手をしている。
「……圧勝だな」
「ええ。ですが、これはまだ前哨戦です」
私は砦の手すりを強く握りしめた。
「彼らは追い詰められています。次はもっと……なりふり構わない手段で来るでしょう。例えば、リリィ様の『謎の幸運(主人公補正)』を使った強行突破とか」
「……リリィ嬢か。あの『何も考えていない』ような娘が、一番厄介かもしれんな」
「はい。バカと天才は紙一重と言いますが、彼女の場合は『バカと災害』が紙一重ですので」
私たちは去りゆく軍勢を見送った。
雪原には、大量の請求書だけが虚しく舞っていた。
こうして、第一ラウンドは私たちの完全勝利で終わった。
だが、物語の「強制力」とも呼べる理不尽なトラブルが、すぐそこまで迫っていることを、私は予感していた。
ガレリア公爵城、大会議室。
重苦しい空気の中、アレクセイ閣下が円卓の中心で告げた。
周囲には、歴戦の騎士団長や将軍たちが険しい顔で座っている。
「隣国アークランドのクラーク王太子が、国境付近に軍を展開しつつあるとの報告が入った。名目は『人質の奪還』……つまり、我が領にいるミーナの引き渡し要求だ」
ドンッ!
一人の将軍が机を叩いた。
「ふざけた真似を! ミーナ様は正式な手続きを経て我が国に移住された。それを人質などと、言いがかりにも程がある!」
「そうだ! 我らが『ボスの女』を渡してたまるか!」
「全面戦争だ! 雪原を奴らの血で赤く染めてやる!」
血気盛んな武官たちが殺気立つ。
ミーナ親衛隊と化した彼らは、今にも飛び出していきそうな勢いだ。
しかし。
「待ってください。却下です」
冷ややかな声が、熱気を断ち切った。
部屋の隅で、電卓を叩いていた私である。
「ミーナ様? しかし、奴らは軍隊を……」
「軍隊? あんなもの、ただの『集団遠足』ですよ」
私は立ち上がり、ホワイトボードの前に立った。
「現在の隣国の財政状況を説明します。私が退職(婚約破棄)した時点で、王室予算の予備費はほぼ底をついていました。さらに、リリィ様がドレスや宝石を乱発注したせいで、赤字国債の発行が秒読みです」
キュッキュッ、とマーカーでグラフを描く。
右肩下がりの悲惨なグラフだ。
「つまり、彼らには長期的な遠征を行う兵糧も資金もありません。国境まで来るのが限界でしょう。ここで我々が軍を出して衝突すれば、無駄な消耗戦となり、こちらのコストがかさむだけです」
「で、ではどうすれば……?」
「簡単です」
私はニヤリと笑った。
悪役令嬢としての本領発揮だ。
「兵站を攻めるのではありません。『メンタル』と『財布』を攻めるのです」
私は手元の分厚いファイルを、ドサリと机に置いた。
「これは?」
アレクセイ閣下がファイルを手に取る。
「『対クラーク王太子用・精神破壊兵器(黒歴史ファイル)』です」
「……黒歴史?」
「はい。彼が過去に私に送ってきた『ポエムのような恋文』一〇〇選、リリィ様との浮気現場の音声データ、そして公務をサボって描いた『僕の考えた最強の騎士団』という恥ずかしい落書きの写し……これらをすべて保管してあります」
「…………」
会議室が静まり返った。
将軍たちが、恐怖で震え上がっている。
「剣で斬られるより痛い……」という呟きが聞こえた。
「これを大音量の拡声器で国境中に流します。王太子の威厳は地に落ち、兵士たちの士気は崩壊するでしょう」
「えげつないな……」
アレクセイ閣下が顔を引きつらせている。
「さらに、第二の矢としてこれを用意しました」
私は別の書類の束を取り出した。
「『特別損害賠償請求書・改』です。今回の騒動による私の精神的苦痛、営業妨害、および避難にかかる経費……これらを分単位で加算し、相手国に請求します。支払いが滞った場合、担保として『王太子の王位継承権』を差し押さえる条項を盛り込みました」
「そ、そんなことが国際法上可能なのか!?」
「可能です。私が昨日、徹夜で条文の抜け穴を見つけて書き換えましたから」
私は胸を張った。
法とは、知る者の味方なのだ。
「結論として、我々がやるべきことは一つ。……強固な砦に引きこもり、暖炉で温かいお茶を飲みながら、相手が自滅するのを高みの見物することです」
「……」
アレクセイ閣下が、深く深くため息をついた。
そして、ゆっくりと口を開いた。
「……聞いたか、諸君」
「は、はっ!」
「我々のボス(ミーナ)は、血を流さずに勝つと言っている。……これほど頼もしい、いや、恐ろしい軍師はいまい」
閣下は立ち上がり、私の肩に手を置いた。
「採用だ。全軍、防衛態勢(ひきこもり)へ移行せよ! ただし、拡声器の準備だけは万全にな!」
「「「イエッサー!!」」」
* * *
数日後。
ガレリアとアークランドの国境にある砦。
その城壁の上に、私とアレクセイ閣下の姿があった。
「来たな」
閣下が双眼鏡を覗きながら呟く。
雪の平原の向こうから、きらびやかな鎧に身を包んだ軍勢が現れた。
先頭を行く白馬に乗っているのは、間違いなくクラーク王太子だ。
隣には、豪華な馬車も見える。リリィも同伴らしい。
(……派手ですね。雪原であんな金色の鎧を着ていたら、ただの的ですよ)
私は呆れながら、手元の拡声魔道具(メガホン)のスイッチを入れた。
『こちらガレリア公爵領、国境警備隊です。アークランド軍に告ぐ。貴軍の侵入は不法侵入に該当します。直ちに引き返しなさい。さもなくば……』
私は一呼吸置いた。
『……三年前の冬、クラーク殿下がミーナ様の誕生日に贈った自作の詩、「君は僕の太陽、僕は君の周りを回る惑星(ポエム)」を、全チャンネルで朗読します』
ピタリ。
進軍していた軍勢が、不自然に停止した。
『や、やめろぉぉぉーーっ!!』
遠くから、悲鳴のような絶叫が聞こえた。
クラーク王太子だ。
顔を真っ赤にして馬の上で暴れている。
『ミ、ミーナ! 貴様、それをまだ持っていたのか!? 燃やしたはずだろ!!』
拡声魔法で彼の声が響いてくる。
『原本は燃やしましたが、複写(コピー)は五箇所に分散保管してあります。リスク管理の基本ですよ』
私は冷静に返した。
『くっ……! 卑怯だぞ! 正々堂々と出てこい! 話し合いに来たんだ!』
『話し合い? 軍隊を連れてですか? それは「脅迫」と言います』
私は隣のアレクセイ閣下に目配せをした。
閣下が頷き、マイクを受け取る。
『ドラグノフだ。……クラーク殿下。我が愛しの婚約者を返せとは、どういう了見だ? 彼女は君に捨てられ、傷ついたところを私が拾い……いや、救い出したのだぞ』
『う、うるさい! お前なんかにミーナの良さが分かるものか! 彼女は……彼女は便利なのだ! 書類は早いし、説教は的確だし、何より僕の失敗を全部カバーしてくれる! 彼女がいないと僕は何もできないんだよぉ!』
王太子が泣き叫んだ。
周囲の兵士たちが「えぇ……」とドン引きしているのが、ここからでも分かる。
「……愛の告白にしては、最低だな」
アレクセイ閣下がボソリと呟いた。
「同感です。『私は便利な道具です』と言われているのと同義ですね」
私はイラッとして、マイクを奪い取った。
『殿下。残念ながら、私はもうあなたのママではありません。自分の尻は自分で拭いてください。……それとも、リリィ様では力不足でしたか?』
『リリィは……リリィは可愛いだけなんだ! 何もできないんだ! 「お花に水をあげましょー」って言って執務室で水遊びをするんだぞ!? 重要書類が全部パルプになったんだぞ!?』
『それはご愁傷様です。教育係の選定ミスですね』
『頼むミーナ! 戻ってきてくれ! 側室でいいと言ったろ! 第一夫人はリリィだが、実務は全部君に任せるから! 権力はあげるから!』
『最悪の提案ですね』
私は呆れ果てた。
愛人として囲われ、仕事だけ全部押し付けられる。
誰がそんな地獄に戻るというのか。
『交渉決裂です。……総員、配置につけ!』
私が号令をかけると、城壁の上にズラリと並んだ「アレ」が姿を現した。
それは大砲ではない。
巨大な「投石機(カタパルト)」だ。
ただし、装填されているのは石ではない。
『発射!!』
バシュッ! バシュッ! バシュッ!
無数の弾丸が空を切り、アークランド軍の頭上に降り注ぐ。
それらは空中で弾け、中から大量の紙吹雪が舞い散った。
「な、なんだ!? 毒か!?」
「いや、これは……紙?」
兵士の一人が、舞い落ちてきた紙を手に取る。
「……『請求書』?」
そう。
私がばら撒いたのは、クラーク殿下とリリィ様が私用で使い込んだ国庫の横領リスト、および今回の遠征にかかる費用の試算表、そして私の慰謝料請求書だ。
「うわっ、殿下こんなに使ってたのかよ……」
「リリィ様のドレス代、俺たちの年収の一〇〇倍……?」
「俺らの給料が未払いなのは、このせいか……?」
兵士たちの間に、動揺が広がる。
戦意喪失(デバフ)効果は抜群だ。
『さあ、どうしますか殿下? 兵士たちの白い目線に耐えられますか? それとも、第二弾の「ポエム朗読会」を開始しますか? 私の手元には「君の瞳に乾杯(完敗)」という傑作がありますが』
『や、やめろぉぉぉ!! 撤退だ! 一時撤退だぁぁ!!』
クラーク殿下は悲鳴を上げ、馬首を返して逃げ出した。
あまりの見事な逃げっぷりに、アレクセイ閣下が拍手をしている。
「……圧勝だな」
「ええ。ですが、これはまだ前哨戦です」
私は砦の手すりを強く握りしめた。
「彼らは追い詰められています。次はもっと……なりふり構わない手段で来るでしょう。例えば、リリィ様の『謎の幸運(主人公補正)』を使った強行突破とか」
「……リリィ嬢か。あの『何も考えていない』ような娘が、一番厄介かもしれんな」
「はい。バカと天才は紙一重と言いますが、彼女の場合は『バカと災害』が紙一重ですので」
私たちは去りゆく軍勢を見送った。
雪原には、大量の請求書だけが虚しく舞っていた。
こうして、第一ラウンドは私たちの完全勝利で終わった。
だが、物語の「強制力」とも呼べる理不尽なトラブルが、すぐそこまで迫っていることを、私は予感していた。
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