婚約破棄された悪役令嬢(仮)ですが、なぜか餌付けされました。

猫宮かろん

文字の大きさ
16 / 28

16

しおりを挟む
『ヴォォォォォォォ……!!』

中庭の地面を突き破り、鋼鉄の巨人が立ち上がった。
「ジェノサイド・ガーディアン」。
先代公爵が封印したとされる、自律型戦闘ゴーレムだ。
全身がミスリル合金で覆われ、その一つ一つの関節からは、圧縮された魔力の蒸気がシューシューと吹き出している。

「ひぃぃっ! 目が! 目が赤く光ってますぅ!」

リリィ様が私の背中にしがみついて震えている。
元凶はお前だ。

「下がっていろ、二人とも!」

アレクセイ閣下が抜刀し、前に躍り出た。

「氷結魔法――『氷塊の檻(アイス・プリズン)』!」

閣下が剣を振るうと、大気中の水分が瞬時に凝固し、ゴーレムの足元から巨大な氷の柱が突き出した。
氷は鎖のようにゴーレムの全身に絡みつき、その動きを封じようとする。

流石はガレリア最強の魔導騎士。
普通の魔物なら、これで氷漬けになって終わりだ。

だが。

『警告。拘束ヲ検知。……強制排除モード、起動』

バキィィィィン!!

ゴーレムが腕をひと振りしただけで、氷の檻が粉々に砕け散った。
パワーが桁違いだ。

「チッ……! 魔法耐性が高いな!」

閣下が舌打ちをしてバックステップで距離を取る。

「リリィ様、下がってください。邪魔です」

私はリリィ様を安全地帯(植え込みの陰)に放り投げると、懐から「戦術分析ゴーグル(自作)」を取り出して装着した。

ピピピピ……。
視界に数値が流れる。

「……ふむ。魔力炉の出力は七〇%。五〇〇年前の機体にしては保存状態が良いですね。ですが……」

私はゴーレムの動きを冷静に観察した。

「右膝のアクチュエーターにガタが来ています。重心移動のたびに〇・三秒のラグが発生している。それに、あの排気音……冷却システムにゴミが詰まっていますね」

「ミーナ! 解説している場合か! 弱点はどこだ!?」

閣下がゴーレムの巨大な拳を紙一重でかわしながら叫ぶ。
その一撃が地面を叩き、クレーターを作った。

「弱点はありません! 全身がミスリル装甲です! 物理破壊するには、戦略級魔法で屋敷ごと消し飛ばすしかありません!」

「それでは意味がないだろう!」

「ですから、物理(ハードウェア)ではなく、論理(ソフトウェア)を攻めます!」

私はドレスの裾をまくり上げ(中はショートパンツだ)、走り出した。

「閣下! 三〇秒だけ時間を稼いでください! あのデカブツの背中に回ります!」

「無茶だ! 踏み潰されるぞ!」

「大丈夫です。私の計算では、あの巨体の旋回速度なら背中が死角になります!」

「……くっ、分かった! 信じるぞ!」

アレクセイ閣下が魔力を爆発させる。

「こっちだ、鉄クズ! ガレリア公爵が相手になってやる!」

彼は派手な氷の礫を顔面に撃ち込み、ヘイト(敵視)を集めた。
ゴーレムが怒りの咆哮を上げて閣下を追う。

その隙に。
私は瓦礫を足場にして跳躍し、ゴーレムの太い脚にしがみついた。
そこから装甲の隙間に指をかけ、ボルダリングの要領でよじ登っていく。

揺れる。
ものすごく揺れる。
ロデオマシーンの比ではない。

「くっ……! 油切れのせいで振動が酷いですね! あとでグリスアップしてやりますから大人しくしなさい!」

私は悪態をつきながら、背中のメインハッチを目指した。
通常、こういうゴーレムには緊急メンテナンス用の外部ポートがあるはずだ。

あった。
首の付け根あたりに、古びた魔法陣が刻まれたパネルがある。

「ロックされていますか……。セキュリティレベルは?」

私は片手で身体を支えながら、もう片方の手で解析用魔道具をパネルに押し当てた。

『パスワードヲ入力シテクダサイ』

無機質な音声が流れる。

「パスワード? 五〇〇年前のパスワードなんて知るわけ……」

いや、待て。
このゴーレムを作ったのは、当時の「中二病」と噂されていた先々代の公爵だと、屋敷の古文書で読んだ記憶がある。
彼が設定しそうなパスワードといえば。

「……試してみましょう」

私は魔道具のキーボードを叩いた。

『ワレ、カミナリトトモニキタル』
→エラー。

『コクウノシシャ』
→エラー。

『サイキョウ』
→エラー。

「違いますか。もっと単純な……」

その時、下からリリィ様の叫び声が聞こえた。

「ミーナ様ぁ! 頑張ってぇ! 愛は勝つよぉ!」

「うるさいです! ……あ」

愛。
そういえば、古文書には「妻に逃げられて寂しかった公爵が作った」とも書いてあった気がする。

私は入力した。

『アイシテル』

ピロン♪
『認証成功。管理者権限ヲ解放シマス』

「……チョロいですね、ご先祖様」

私は呆れながらハッチを開け、露出したメイン回路に自分の魔道具を直結させた。

「さあ、ここからは私の領域です。……システム書き換え(オーバーライド)開始!」

私の指先から魔力を流し込む。
ゴーレムの原始的な演算回路に、私の構築した「現代的な業務プログラム」を上書きしていく。

『警告。異物混入。排除シ……排除デキマセン……エラ……エラー……』

ゴーレムが苦しげに動きを止める。

「暴れるなと言っているでしょう! 今のあなたのOSは非効率の塊です! 私が最適化(アップデート)してあげているのですよ!」

私はバチバチと火花を散らす回路に向かって叫んだ。

「殺戮モード? そんな生産性のない機能は削除(デリート)です! 代わりにインストールするのは……『土木工事・除雪・警備統合パッケージ』!」

エンターキー(物理的な魔石スイッチ)を、拳で叩き込む。
ターンッ!!

『……システム、再起動。……インストール完了』

ゴーレムの目が、暴走を示す赤色から、安全を示す緑色へと変わった。

シュゥゥゥ……。
蒸気が抜け、巨人がその場に膝をつく。

「……終わったか?」

アレクセイ閣下が、肩で息をしながら見上げてくる。

「はい。制圧完了です」

私はゴーレムの肩の上に立ち、勝利のVサインを送った。

「彼(?)は今日から、我が家の新しい『庭師兼警備員』です。名前は……そうですね、『ポチ』でいいでしょう」

『了解。ワタシノナマエハ、ポチデス』

野太い機械音声が答えた。

「えぇ~っ! ポチ!? もっとカッコいい名前にしましょうよぉ! 『ジェノサイドくん』とか!」

草むらから出てきたリリィ様が文句を言う。

「却下です。殺戮の名残を消すためです」

私はスルスルとゴーレムから降り立った。
ドレスは煤と油で汚れてしまったが、まあ勲章のようなものだ。

「……ミーナ」

閣下が剣を収め、私に歩み寄る。

「無茶をするなと言っただろう。……心臓が止まるかと思ったぞ」

「計算通りでしたから。それに、この素材(ゴーレム)を破壊するのは経済的損失が大きすぎます」

「……君は、本当に」

彼は呆れたように笑い、汚れた私の頬を親指で拭った。

「伝説の兵器すら『資源』扱いか。……君を敵に回さなくて本当によかった」

「ふふ。味方なら心強いでしょう?」

私が笑い返すと、ゴゴゴ……と音がして、ポチが立ち上がった。
そして、器用に指先を変形させ、中庭の荒れた地面を整地し始めた。

『整地作業ヲ開始。……効率、良好』

「素晴らしい働きぶりです。これで庭師の人件費が浮きますね」

「……たくましいな、君は」



騒動が収束した後。
私たちは再び執務室(とコタツ)に戻った。

「さて、リリィ様」

私は捕獲された宇宙人のように縮こまっているリリィ様を見下ろした。

「ゴーレム騒動で有耶無耶になりかけましたが、あなたへの『お説教』はキャンセルされていませんよ?」

「ひっ……!」

「不法侵入、器物破損、危険物取り扱い規定違反……。これらを労働で返済していただきます」

「ろ、労働……?」

「はい。ポチと一緒に、中庭の草むしり一〇〇時間です」

「えぇぇぇ~っ! 私の手、荒れちゃうぅぅ!」

「安心してください。私が開発した『絶対手荒れしないハンドクリーム(魔獣脂入り)』の被験体も兼ねていただきますから」

「実験台ぃぃぃ!?」

リリィ様の悲鳴がこだまする。
こうして、公爵邸の地下牢……ではなく客間に、新たな居候(兼労働力)が増えた。

だが、私たちはまだ知らなかった。
この「ポチ」の起動による魔力波が、国境で野営しているクラーク殿下の部隊に検知され、とんでもない誤解を生むことになるのを。

国境付近、アークランド軍野営地。

「で、殿下! 報告です!」

「なんだ! 今、冷たいパンを齧って惨めな気分に浸っているところなんだぞ!」

「ガレリア公爵邸の方角より、強大な魔力反応を検知しました! こ、これは……『古代兵器』クラスです!」

「古代兵器だと!?」

クラーク王太子が飛び上がった。

「まさか……ミーナのやつ、僕たちを殲滅するために最終兵器を起動したのか!? 請求書だけじゃ飽き足らず、物理的に消し飛ばす気か!?」

「ひぃぃ! あの方ならやりかねません!」
「我々はここで死ぬのか!?」

パニックになる兵士たち。
しかし、クラーク殿下の目には、奇妙な決意の光が宿っていた。

「……いや、待て」

彼は震える手で剣を握りしめた。

「もし……もしミーナが『闇落ち』して、世界を滅ぼそうとしているのなら……。元婚約者として、僕が止めてやらねばならないのではないか?」

「えっ」

「そうだ……! これは聖戦だ! 魔女ミーナから世界を救う、勇者クラークの物語なんだ!」

「殿下? 何か変なスイッチ入ってませんか?」

「全軍、進撃だ!! 死ぬ気で突っ込めぇぇぇ!!」

勘違いは加速する。
ポチはただ草むしりをしているだけなのに、隣国では「魔王軍の侵攻」として処理されようとしていた。

私たちがその事実を知るのは、翌朝、水平線の向こうから「決死隊」の旗を掲げた軍団が突撃してきてからのことである。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。

五月ふう
恋愛
 リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。 「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」  今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。 「そう……。」  マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。    明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。  リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。 「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」  ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。 「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」 「ちっ……」  ポールは顔をしかめて舌打ちをした。   「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」  ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。 だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。 二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。 「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

俺の妻になれと言われたので秒でお断りしてみた

ましろ
恋愛
「俺の妻になれ」 「嫌ですけど」 何かしら、今の台詞は。 思わず脊髄反射的にお断りしてしまいました。 ちなみに『俺』とは皇太子殿下で私は伯爵令嬢。立派に不敬罪なのかもしれません。 ✻ゆるふわ設定です。 気を付けていますが、誤字脱字などがある為、あとからこっそり修正することがあります。 ✻R-15は保険です。

花嫁に「君を愛することはできない」と伝えた結果

藍田ひびき
恋愛
「アンジェリカ、君を愛することはできない」 結婚式の後、侯爵家の騎士のレナード・フォーブズは妻へそう告げた。彼は主君の娘、キャロライン・リンスコット侯爵令嬢を愛していたのだ。 アンジェリカの言葉には耳を貸さず、キャロラインへの『真実の愛』を貫こうとするレナードだったが――。 ※ 他サイトにも投稿しています。

氷の騎士と契約結婚したのですが、愛することはないと言われたので契約通り離縁します!

柚屋志宇
恋愛
「お前を愛することはない」 『氷の騎士』侯爵令息ライナスは、伯爵令嬢セルマに白い結婚を宣言した。 セルマは家同士の政略による契約結婚と割り切ってライナスの妻となり、二年後の離縁の日を待つ。 しかし結婚すると、最初は冷たかったライナスだが次第にセルマに好意的になる。 だがセルマは離縁の日が待ち遠しい。 ※小説家になろう、カクヨムにも掲載しています。

わたしはくじ引きで選ばれたにすぎない婚約者だったらしい

よーこ
恋愛
特に美しくもなく、賢くもなく、家柄はそこそこでしかない伯爵令嬢リリアーナは、婚約後六年経ったある日、婚約者である大好きな第二王子に自分が未来の王子妃として選ばれた理由を尋ねてみた。 王子の答えはこうだった。 「くじで引いた紙にリリアーナの名前が書かれていたから」 え、わたし、そんな取るに足らない存在でしかなかったの?! 思い出してみれば、今まで王子に「好きだ」みたいなことを言われたことがない。 ショックを受けたリリアーナは……。

わたしのことがお嫌いなら、離縁してください~冷遇された妻は、過小評価されている~

絹乃
恋愛
伯爵夫人のフロレンシアは、夫からもメイドからも使用人以下の扱いを受けていた。どんなに離婚してほしいと夫に訴えても、認めてもらえない。夫は自分の愛人を屋敷に迎え、生まれてくる子供の世話すらもフロレンシアに押しつけようと画策する。地味で目立たないフロレンシアに、どんな価値があるか夫もメイドも知らずに。彼女を正しく理解しているのは騎士団の副団長エミリオと、王女のモニカだけだった。※番外編が別にあります。

好きでした、さようなら

豆狸
恋愛
「……すまない」 初夜の床で、彼は言いました。 「君ではない。私が欲しかった辺境伯令嬢のアンリエット殿は君ではなかったんだ」 悲しげに俯く姿を見て、私の心は二度目の死を迎えたのです。 なろう様でも公開中です。

《本編完結》あの人を綺麗さっぱり忘れる方法

本見りん
恋愛
メラニー アイスナー子爵令嬢はある日婚約者ディートマーから『婚約破棄』を言い渡される。  ショックで落ち込み、彼と婚約者として過ごした日々を思い出して涙していた───が。  ……あれ? 私ってずっと虐げられてない? 彼からはずっと嫌な目にあった思い出しかないんだけど!?  やっと自分が虐げられていたと気付き目が覚めたメラニー。  しかも両親も昔からディートマーに騙されている為、両親の説得から始めなければならない。  そしてこの王国ではかつて王子がやらかした『婚約破棄騒動』の為に、世間では『婚約破棄、ダメ、絶対』な風潮がある。    自分の思うようにする為に手段を選ばないだろう元婚約者ディートマーから、メラニーは無事自由を勝ち取る事が出来るのだろうか……。

処理中です...