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「メメル・フォン・ラズライト公爵令嬢! 貴様との婚約を、本日この時をもって破棄させてもらう!」
きらびやかなシャンデリアが輝く夜会。
その中心で、第一王子ヴィルフリート様が声を張り上げました。
その傍らには、儚げに涙を浮かべて彼にしがみつく男爵令嬢、リリアンさんの姿。
物語なら、ここで私が絶望に打ちひしがれて泣き崩れる場面なのでしょう。
……けれど、今の私の胸にあるのは、悲しみではありません。
全身を駆け巡る、沸き立つような熱情。
溢れんばかりの、圧倒的な「感謝」です!
「……殿下。今、なんとおっしゃいましたか?」
「ふん、聞こえなかったのか? 貴様のような、嫉妬に狂ってリリアンを害する邪悪な女は、王妃にふさわしくないと言ったのだ!」
ああ、見てください。
お怒りになった殿下の眉間に寄った、その繊細な皺。
激昂して少しだけ赤くなった、その端正なお顔。
突きつけられた指先の、爪の形まで完璧な美しさ。
最高です。
ライブの最前列でも拝めないような至高の「お叱り」を、私一人が独占している……!
「殿下、もう一度……もう一度だけ、そのお言葉をいただけませんか?」
「なっ……!? 往念が悪いぞメメル! 何度言わせるつもりだ!」
「いえ、そうではなくて。その、今のお言葉を、ぜひ脳内の記憶水晶に永久保存したくて。あ、よろしければもう少しだけ蔑むような視線をいただけると、より一層捗るのですが……!」
「……は? 何を言っているんだ、貴様は」
ヴィルフリート様が、ゴミを見るような目で私を見つめました。
……ああっ! これです! この冷ややかな視線!
「冷徹王子のゴミを見るような瞳」……略して「ゴミ瞳」!
これこそが、私が密かに待ち望んでいた聖域の光景!
「メメル様……。そんなに殿下を困らせないでください。私への嫌がらせなら、私が我慢すれば済む話ですから……っ」
リリアンさんが、いかにも悲劇のヒロインといった風情で割り込んできました。
彼女が動くたびに、殿下の腕が彼女を庇うように動きます。
……素晴らしい。
「守る男」と「守られる女」。
公式が供給する最高の「てぇてぇ」構図が、目の前で展開されています。
「リリアンさん、ありがとうございます! あなたのおかげで、殿下の騎士道精神溢れるマントの捌きを、こんな間近で拝見できました!」
「えっ……? あ、ありがとうございます……?」
「こら、リリアン! こんな恐ろしい女の言葉に耳を貸すな! メメル、貴様はリリアンの教科書を噴水に沈め、階段から突き落とそうとしただろう!」
殿下が私を糾弾します。
周囲の貴族たちからも、ヒソヒソという蔑みの声が聞こえてきました。
しかし、私は胸を張って答えました。
「殿下、それは誤解ですわ」
「今さら言い逃れをするつもりか!」
「いいえ。噴水に沈めたのは教科書ではありません。……殿下が授業中にうたた寝をなさった際、うっかり机に残された『あくびの瞬間のデッサン画』です。あんな至高の芸術品を、一般の生徒の目に触れさせるわけには参りません。厳重に防水加工を施し、私が責任を持って回収させていただきました」
「……待て、なぜ私のデッサンを貴様が持っている。というか、なぜ私が寝ているところを知っている」
「階段の件も心外ですわ。リリアンさんが転びそうになったのは、私が彼女の足元に、殿下の歩いた跡を型取るための石膏を流し込んでいたからです。決して彼女を突き落とそうとしたわけではありません。むしろ、殿下の歩幅を計測する邪魔をしないでほしかったですわ」
会場に、しんと静まり返った空気が流れました。
ヴィルフリート様が、顔を引きつらせて一歩後ずさります。
「……貴様、ストーカーか?」
「失礼な。私はただの『熱心なファン』……いえ、『殿下推し』のトップオタクにすぎませんわ」
「トッ……オタ……? 何を言っているのか分からんが、とにかく! 婚約破棄は決定事項だ! 貴様のような不気味な女、二度と私の視界に入るな!」
その言葉を聞いた瞬間、私の心に虹がかかりました。
視界に入るな? つまり……。
「……ということは、これからは『婚約者』という公的な立場を気にせず、物陰や天井、あるいは茂みの中から、心ゆくまで殿下を観察しても良いということですね!?」
「違う! そういう意味ではない!」
「ああ、なんて素晴らしい……! これまでは『婚約者たるもの、品位を保ち、適度な距離感を』という社交界の呪縛に縛られていました。でも、もう自由なのですね! 明日からは、殿下の登城ルートの土を採取する作業に専念できますわ!」
「……衛兵。衛兵を呼べ! この女を今すぐここから連れ出せ!」
殿下が悲鳴のような声を上げ、衛兵に指示を出しました。
屈強な男たちが私の腕を掴もうとしますが、私は自ら優雅に一歩引いて、最高級のお辞儀を捧げました。
「お手を触れないで。自分で歩けますわ。……殿下、本日は最高のプレゼントをありがとうございました。この『婚約破棄記念日』を祝して、帰宅したら殿下の等身大抱き枕(手縫い)に新しい勲章を授与いたしますわね!」
「帰れ! 今すぐ帰れえええええ!」
殿下の絶叫が、夜会のホールに心地よく響き渡りました。
ああ、今日の殿下の声量、過去最高ですわ。
腹式呼吸が完璧です。さすが私の推し。
私は幸せな気分で、馬車へと向かいました。
隣にいた執事のセバスが、深いため息をつきながら私の後に続きます。
「……お嬢様。少しは『悪役令嬢』らしく、悔しそうな顔をなされてはいかがですか?」
「何を言っているの、セバス。これからは『元・婚約者』という最強の肩書きを得た、ただの熱狂的信者(ファン)として活動できるのよ? 悔しがっている暇なんてありませんわ」
「……左様でございますか。では、旦那様への報告は私からしておきます」
「ええ、お願い。私はこれから、今日撮った……いえ、目に焼き付けた殿下の『婚約破棄宣言』を、全28ページの挿絵付き日記にまとめる作業があるから。今夜は徹夜よ!」
こうして、私の「悪役令嬢」としての人生は幕を閉じ――。
輝かしい「トップオタ」としての第二の人生が、幕を開けたのでした。
見ていなさい、ヴィルフリート殿下。
私は、あなたの影よりも近くで、あなたを推し続けて差し上げますわ!
きらびやかなシャンデリアが輝く夜会。
その中心で、第一王子ヴィルフリート様が声を張り上げました。
その傍らには、儚げに涙を浮かべて彼にしがみつく男爵令嬢、リリアンさんの姿。
物語なら、ここで私が絶望に打ちひしがれて泣き崩れる場面なのでしょう。
……けれど、今の私の胸にあるのは、悲しみではありません。
全身を駆け巡る、沸き立つような熱情。
溢れんばかりの、圧倒的な「感謝」です!
「……殿下。今、なんとおっしゃいましたか?」
「ふん、聞こえなかったのか? 貴様のような、嫉妬に狂ってリリアンを害する邪悪な女は、王妃にふさわしくないと言ったのだ!」
ああ、見てください。
お怒りになった殿下の眉間に寄った、その繊細な皺。
激昂して少しだけ赤くなった、その端正なお顔。
突きつけられた指先の、爪の形まで完璧な美しさ。
最高です。
ライブの最前列でも拝めないような至高の「お叱り」を、私一人が独占している……!
「殿下、もう一度……もう一度だけ、そのお言葉をいただけませんか?」
「なっ……!? 往念が悪いぞメメル! 何度言わせるつもりだ!」
「いえ、そうではなくて。その、今のお言葉を、ぜひ脳内の記憶水晶に永久保存したくて。あ、よろしければもう少しだけ蔑むような視線をいただけると、より一層捗るのですが……!」
「……は? 何を言っているんだ、貴様は」
ヴィルフリート様が、ゴミを見るような目で私を見つめました。
……ああっ! これです! この冷ややかな視線!
「冷徹王子のゴミを見るような瞳」……略して「ゴミ瞳」!
これこそが、私が密かに待ち望んでいた聖域の光景!
「メメル様……。そんなに殿下を困らせないでください。私への嫌がらせなら、私が我慢すれば済む話ですから……っ」
リリアンさんが、いかにも悲劇のヒロインといった風情で割り込んできました。
彼女が動くたびに、殿下の腕が彼女を庇うように動きます。
……素晴らしい。
「守る男」と「守られる女」。
公式が供給する最高の「てぇてぇ」構図が、目の前で展開されています。
「リリアンさん、ありがとうございます! あなたのおかげで、殿下の騎士道精神溢れるマントの捌きを、こんな間近で拝見できました!」
「えっ……? あ、ありがとうございます……?」
「こら、リリアン! こんな恐ろしい女の言葉に耳を貸すな! メメル、貴様はリリアンの教科書を噴水に沈め、階段から突き落とそうとしただろう!」
殿下が私を糾弾します。
周囲の貴族たちからも、ヒソヒソという蔑みの声が聞こえてきました。
しかし、私は胸を張って答えました。
「殿下、それは誤解ですわ」
「今さら言い逃れをするつもりか!」
「いいえ。噴水に沈めたのは教科書ではありません。……殿下が授業中にうたた寝をなさった際、うっかり机に残された『あくびの瞬間のデッサン画』です。あんな至高の芸術品を、一般の生徒の目に触れさせるわけには参りません。厳重に防水加工を施し、私が責任を持って回収させていただきました」
「……待て、なぜ私のデッサンを貴様が持っている。というか、なぜ私が寝ているところを知っている」
「階段の件も心外ですわ。リリアンさんが転びそうになったのは、私が彼女の足元に、殿下の歩いた跡を型取るための石膏を流し込んでいたからです。決して彼女を突き落とそうとしたわけではありません。むしろ、殿下の歩幅を計測する邪魔をしないでほしかったですわ」
会場に、しんと静まり返った空気が流れました。
ヴィルフリート様が、顔を引きつらせて一歩後ずさります。
「……貴様、ストーカーか?」
「失礼な。私はただの『熱心なファン』……いえ、『殿下推し』のトップオタクにすぎませんわ」
「トッ……オタ……? 何を言っているのか分からんが、とにかく! 婚約破棄は決定事項だ! 貴様のような不気味な女、二度と私の視界に入るな!」
その言葉を聞いた瞬間、私の心に虹がかかりました。
視界に入るな? つまり……。
「……ということは、これからは『婚約者』という公的な立場を気にせず、物陰や天井、あるいは茂みの中から、心ゆくまで殿下を観察しても良いということですね!?」
「違う! そういう意味ではない!」
「ああ、なんて素晴らしい……! これまでは『婚約者たるもの、品位を保ち、適度な距離感を』という社交界の呪縛に縛られていました。でも、もう自由なのですね! 明日からは、殿下の登城ルートの土を採取する作業に専念できますわ!」
「……衛兵。衛兵を呼べ! この女を今すぐここから連れ出せ!」
殿下が悲鳴のような声を上げ、衛兵に指示を出しました。
屈強な男たちが私の腕を掴もうとしますが、私は自ら優雅に一歩引いて、最高級のお辞儀を捧げました。
「お手を触れないで。自分で歩けますわ。……殿下、本日は最高のプレゼントをありがとうございました。この『婚約破棄記念日』を祝して、帰宅したら殿下の等身大抱き枕(手縫い)に新しい勲章を授与いたしますわね!」
「帰れ! 今すぐ帰れえええええ!」
殿下の絶叫が、夜会のホールに心地よく響き渡りました。
ああ、今日の殿下の声量、過去最高ですわ。
腹式呼吸が完璧です。さすが私の推し。
私は幸せな気分で、馬車へと向かいました。
隣にいた執事のセバスが、深いため息をつきながら私の後に続きます。
「……お嬢様。少しは『悪役令嬢』らしく、悔しそうな顔をなされてはいかがですか?」
「何を言っているの、セバス。これからは『元・婚約者』という最強の肩書きを得た、ただの熱狂的信者(ファン)として活動できるのよ? 悔しがっている暇なんてありませんわ」
「……左様でございますか。では、旦那様への報告は私からしておきます」
「ええ、お願い。私はこれから、今日撮った……いえ、目に焼き付けた殿下の『婚約破棄宣言』を、全28ページの挿絵付き日記にまとめる作業があるから。今夜は徹夜よ!」
こうして、私の「悪役令嬢」としての人生は幕を閉じ――。
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