婚約破棄?これからは、推しの殿下のトップオタクとして生きていきますわ!

黒猫かの

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「さあ、セバス! 大掃除を始めますわよ! まずはこの『婚約者専用・控えめな祭壇』を解体して、今日からは『全肯定・無制限祭壇』へと拡張いたします!」

 公爵邸の自室に戻るなり、私はドレスを脱ぎ捨てる勢いで叫びました。
 呆れ顔のセバスが、手際よく着替えを介助しながら応じます。

「お嬢様、まずは落ち着いてください。先ほど旦那様……公爵閣下には、事の顛末を報告してまいりました」

「お父様はなんて? 『あんなバカ王子放っておけ』かしら? それとも『お前の顔が怖かったから婚約破棄されたんだ』かしら?」

「概ねその通りでございます。『あんな奇行の目立つ娘を嫁に出して、我が家の名誉が傷つく前に縁が切れて良かった』と、お酒を召し上がっておりました」

「さすがはお父様、理解が早くて助かりますわ! これでもう、社交界で殿下の隣に並ぶために、私の美貌を『適度なレベル』に抑える必要もありませんのね!」

 そうなのです。
 婚約者というものは、相手を引き立てなければならない不自由な立場。
 私が美しすぎては殿下が霞んでしまいますし、私が目立ちすぎては殿下の影が薄くなってしまいます。

 しかし! ただの「一民間人ファン」となった今、私は私の全力をもって殿下を応援できるのです!

「セバス、見てちょうだい。このチェストの中に眠っていた『殿下がうっかり落としたハンカチ(洗濯済み)』と『殿下が使い古した羽ペン(予備)』。これまでは婚約者の特権として秘匿してきましたが、これからは堂々と額縁に入れて飾れますわ!」

「お嬢様、それは一般的に『盗難品』あるいは『遺失物横領』と呼ばれる可能性がございます」

「人聞きが悪いわね。私は殿下の『マナ』が宿った聖遺物を保護しているだけですわ」

 私は部屋の壁一面を埋め尽くす勢いで、ヴィルフリート殿下の肖像画――私が絵師を脅し……いえ、熱心に説得して描かせた特注品――を並べ替え始めました。
 右から「不機嫌な殿下」「おやつを食べている殿下」「乗馬中の凛々しい殿下」。

 ああ、どこを向いても殿下と目が合う。
 これぞ天国。これぞマイ・スィート・ルーム。

「……お嬢様、一点お伺いしてもよろしいでしょうか」

「何かしら、セバス。今、殿下の睫毛の平均本数について考察中なのだけれど」

「先ほど、殿下はリリアン様という別の女性を連れておられましたが……その、嫉妬などはされないのですか?」

 セバスの問いに、私は筆を止めて優雅に微笑みました。

「嫉妬? セバス、あなたは何も分かっていないのね」

「……と言いますと?」

「推しに特定の女性の影がある。これは、私の主観を介さない『殿下の新たな一面』を引き出すための触媒なのですわ。リリアンさんといる時の殿下は、私に見せる『ゴミ瞳』とはまた違う、『困惑の苦労顔』をなさるでしょう? あの表情の供給源として、彼女は非常に優秀なパフォーマーと言えますわ」

「つまり、リリアン様をライバルではなく、演出の一部だと?」

「その通り! もちろん、彼女が殿下の尊厳を傷つけたり、殿下の財布を狙ったりするような『解釈違い』な行動をとれば、その時は私の全力をもって排除(スルー)……いえ、粛清いたしますけれど。今のところは、殿下の新しい表情を引き出す『背景』として生かしておいてあげますわ」

 私は満足げに頷き、棚の奥から一枚の書類を取り出しました。
 それは、先ほど夜会で叩きつけられた婚約破棄の書面の写し。

「これよ、セバス。これを見て」

「……破棄の書面ですが。何か不備でも?」

「不備どころか、最高よ! 見て、この殿下の署名。怒りに震えて、いつもより筆圧が3割増しですわ! この掠れ具合から、殿下がどれほど私に対して負のエネルギーを注いでくださったかが分かります。これこそ、殿下から私への『特大のレス』……いえ、ファンサービスですわね!」

「……左様でございますか。旦那様には『娘はショックで正気を失った』と再報告しておきます」

「失礼ね、私はかつてないほど正気よ。……さて、明日の予定を立てましょう。殿下は確か、午後に騎士団の演習場へ視察に行かれるはずね?」

「そのはずですが、まさか行くおつもりですか? 『視界に入るな』と言われたばかりでしょうに」

「ふふふ。セバス、私は『メメル・フォン・ラズライト』として行くわけではありませんわ。……これよ!」

 私はクローゼットの隠し棚から、地味な灰色のローブと、顔を半分隠す不気味な仮面、そして最新式の魔道具「遠見の水晶(ズーム機能付き)」を取り出しました。

「これさえあれば、私はただの『風景に紛れ込んだ岩』。あるいは『意志を持った空気』ですわ。殿下の視界の隅にすら入らず、しかしその吐息さえも漏らさず観測する……これぞファンの鑑!」

「……それを世間ではストーカーと呼ぶのですが」

「愛と呼んでちょうだい、セバス」

 私は鏡の前で、ローブの着心地を確かめました。
 よし、完璧です。
 これなら、演習場の隅にある茂みに3時間潜伏しても不自然ではありません。

 自由。なんと甘美な響きでしょう。
 婚約者という立場を捨てたことで、私はついに、純粋な「一人の信者」として殿下を崇める権利を手に入れたのです。

「さあ、明日は殿下の『汗が滴るうなじ』を200枚ほどスケッチいたしますわよ! 夜更かしは美肌の敵ですが、今日ばかりはアドレナリンが止まりませんわ!」

 私は高らかに笑い、自室の「殿下コレクション」に囲まれて、至福の眠りにつく……はずでした。

 その頃、王宮の自室でヴィルフリート殿下が、「……あいつ、本当にショックを受けていなかったのか?」と、言いようのない不安に襲われながら寝返りを打っていることなど、知る由もありません。

 ああ、推し活とはなんと素晴らしいのでしょう。
 私の本当の戦いは、ここから始まるのです!
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