婚約破棄?これからは、推しの殿下のトップオタクとして生きていきますわ!

黒猫かの

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「……止まれ。これ以上の一歩は、第一王子ヴィルフリート殿下への不敬とみなす」

 学園の廊下、私の目の前に三人の屈強な騎士たちが立ちはだかりました。
 彼らは王宮騎士団の中でも選りすぐりの精鋭。
 その中心で、鋭い眼光を放つのは騎士団長の息子、カイル様です。

 その背後、三メートルほど離れた場所では、ヴィルフリート殿下がリリアンさんの肩を抱きながら、安堵したような表情でこちらを見ていました。

「……ふふっ。ついに、ついに『公式の壁』が設置されましたのね!」

 私は、目前に突きつけられた槍の穂先をキラキラとした目で見つめました。

「お嬢様、落ち着いてください。その槍は観賞用ではなく、実戦用でございます。近づけば、お嬢様の自慢の縦ロールが千切れますよ」

 隣でセバスが冷静に(しかし少し楽しげに)忠告してくれます。

「分かっていますわ、セバス! でも見てちょうだい、あの無機質な鉄の輝き! 殿下の周囲を固める鉄壁の守り! これぞ、王族という貴い存在にのみ許される『絶対領域』ではありませんか!」

 私は感動のあまり、ハンカチを噛み締めました。

「……メメル、聞こえているぞ。喜んでいる場合か」

 殿下が騎士たちの肩越しに声を上げました。

「いいか、これからはこの騎士たちが二十四時間、私を貴様の魔の手から守る。学園内はもちろん、登下校も、トイレの前までだ! 貴様にはもう、私の髪の毛一本触れさせんし、視線すら合わせさせない!」

 殿下の勝利宣言。
 しかし、私の耳にはそれが「最高のファンサービス」の開始合図にしか聞こえませんでした。

「殿下、ありがとうございます! 私、ずっと悩んでいたのですわ。婚約者だった頃は、殿下の隣に立つのが当たり前すぎて、殿下の『高嶺の花』としての魅力が薄れてしまわないかと……! でも、こうして騎士様たちが壁になってくださることで、殿下の希少価値は爆上がりですわ!」

「……は?」

「見てください、この距離! 三メートルの緩衝地帯(バッファゾーン)! これが私と殿下の、正しい『信者と御本尊』の距離感ですわ。近すぎると神性は失われますが、遠すぎると観測できない……。この三メートルこそが、殿下の美しさを最も客観的に享受できる『神の席(ゴッド・シート)』なのです!」

 私はすかさず、懐から取り出した巻尺で床の距離を測り始めました。

「カイル様、もう少しだけ左に寄っていただけますか? あなたの肩当てが、殿下の耳のラインと重なってしまっていますの。……そう、そこです! 今の構図、『鉄の盾に守られた一輪の白バラ』というタイトルで絵画にできますわ!」

「……メ、メメル嬢。私は貴女を遠ざけるためにここにいるのだが」

 カイル様が困惑したように槍を下げました。

「いいえ、あなたは今、最高級の『額縁』としての職務を全うしておいでです。その冷徹な鎧の質感が、殿下の柔らかなプラチナブロンドをより一層引き立てていることに気づかないのですか? カイル様、あなたには『背景としての才能』がありますわ!」

「背景……。騎士団次期団長候補の私が、背景……」

 カイル様がガクッ、と膝をつきました。

「お嬢様、追い打ちをかけるのはそのくらいにしておきなさい。カイル様の自尊心が、殿下の防御膜より先に崩壊してしまいます」

「あら、いけない。褒めたつもりだったのだけれど」

 私はセバスに注意され、今度は殿下に向かって叫びました。

「殿下ー! 本日のガード、百点満点ですわー! 特に、あの騎士様と騎士様の隙間から見える、殿下の『ちょっと引いている目元』! あれがチラリズムの極致ですわね!」

「……もうダメだ。こいつ、物理的な障壁すら楽しんでいる……。衛兵! いや、結界師を呼べ! 物理攻撃が効かないなら、精神的な防壁を張るんだ!」

 殿下は絶叫しながら、騎士たちに囲まれて走り去っていきました。
 
 去り際、殿下が騎士に守られながらチラリと私を確認したのですが……。
 私は逃さず、指で作った四角いフレームの中にその姿を収めました。

「セバス。今の『騎士の群れから覗く不安げな王子』、シャッターチャンスでしたわね」

「左様でございますね。後ほど、『檻の中の美しき獣』というタイトルで、秘密の会員限定ブロマイドとして現像しておきます」

「ええ。あ、会員は私一人で構わないわ。……ふふふ。殿下、いくらガードを固めても無駄ですわよ。そのガード自体が、私の愛を加速させるガソリンになるのですから!」

 私は満足げに、騎士たちが走り去った後の床に残った「殿下の足跡」に、そっと祈りを捧げました。

 ガードが固ければ固いほど、攻略……いえ、応援のしがいがあるというもの。
 トップオタ・メメルの戦いは、ついに「警備体制」との知恵比べへと突入したのでした。
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