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「……おい、カイル。やはり、何かがおかしい。先ほどから、殺気のようなものを感じるのだが」
視察の帰り道。人通りの少ない裏通りで、ヴィルフリート殿下が足を止め、剣の柄に手をかけました。
「……殿下、私も同感です。メメル嬢の『推し気』とは質の違う、冷たく鋭い殺気が三点。……囲まれましたな」
影の中から、黒装束の男たちが音もなく姿を現しました。
手に持った短剣には、怪しく光る毒が塗られています。
「……ヴィルフリート王子。貴様の命、ここで頂戴する」
「ふん、不敬な。私の命を狙うなら、せめて行列に並んでからにしろ!」
殿下が剣を引き抜こうとした、その時でした。
「待ちなさーーーい!!」
頭上から、この世のものとは思えないほど高いテンションの叫び声が響きました。
ドゴォォォォン!! という轟音と共に、殿下と暗殺者の間に、巨大な「看板」が突き刺さりました。
「……なっ、なんだ!? 空から巨大な看板が!?」
暗殺者が狼狽えて後退りします。
煙の中から現れたのは、ボロボロのローブを脱ぎ捨てた、いつになく凛々しい表情の私。
「……メメル!? 貴様、なぜ屋根の上にいたんだ!」
「殿下、説明は後ですわ! それより見てください、あの不届き者たちを! あの方々の立ち位置……、殿下の『凛々しい立ち姿』の背景としては、あまりにもゴミ指数が高すぎますわ!」
「命の危機の話をしている時に、景観の話をするな!」
暗殺者が体制を立て直し、短剣を構えて私に向かってきました。
「邪魔だ、小娘! 死ねぇ!」
「危ない、メメル!」
殿下が手を伸ばしましたが、私は一歩も動きませんでした。
私は、地面に突き刺さった看板――先ほど私が特注で作成したばかりの『ヴィル様等身大・アクリルスタンド・特大看板(非公式)』――を盾にしたのです。
ガキィィィィン!!
「……なっ!? 短剣が弾かれただと!? この板、一体何でできているんだ!」
「ふふふ……。甘いわね。これは、我が公爵家に伝わる古代魔導金属と、私の『殿下を傷つけさせないという執念』を何層にも重ねて圧縮した、超高密度アクリルなんですのよ!」
「アクリルじゃないだろ、それ! 装甲板だろ!」
殿下のツッコミを無視し、私は暗殺者に向かって指を突きつけました。
「よく聞きなさい、暗殺者の方々! あなたたちの投げたナイフが、もし万が一にも殿下の御顔に微かな傷でもつけたなら……。それはこの世界の『黄金比』という法典を破る大罪ですわ! 殿下の肌は、国宝! その滑らかさは、朝露の降りた真珠よりも繊細なのです!」
「ええい、狂い女め! まとめて始末してやる!」
暗殺者たちが一斉に飛びかかってきましたが、私は落ち着いてセバスに指示を出しました。
「セバス! 例の『閃光魔術』を!」
「承知いたしました、お嬢様。……『殿下の輝き、百倍増幅(フラッシュ・ヴィル)』!!」
セバスが掲げた魔導具から、太陽のような強烈な光が放たれました。
ただし、ただの光ではありません。殿下の最も輝かしい笑顔のホログラムを、網膜に直接焼き付けるという精神攻撃型の閃光です。
「ぎゃあぁぁぁっ! 眩しい! 何だこの、暴力的なまでの『美男子の笑顔』は……っ! 目が、目がぁぁ!」
「今ですわ、殿下! 戦意喪失した彼らを、その聖なる剣で峰打ちになさって!」
「……峰打ちでいいのか? あ、ああ、分かった!」
殿下は戸惑いつつも、視力を奪われた暗殺者たちを次々と無力化していきました。
カイル様も加勢し、あっという間に事態は鎮圧されました。
静寂が戻った裏通り。
殿下は、地面に突き刺さった自分の等身大看板を見つめ、複雑な表情で私を見ました。
「……メメル。助かった。それは認める。……だが、なぜこの看板、私がリリアンの頭を撫でているシーンなんだ?」
「ああっ、お気づきになりましたか! それは、殿下の『慈愛の精神』を象徴する、私一押しの供給シーンですわ! これを盾にすれば、暗殺者と言えども、殿下の優しさに気圧されて手が止まると踏んだのです!」
「止まっていなかったぞ! 物理的に弾いただけだろ!」
「結果オーライですわ。それより殿下、お怪我はありませんか? どこか……例えば、指の先とか、爪の端とかに、ささくれは出来ていませんか?」
私は殿下の手を掴み、食い入るように点検し始めました。
「……メメル。……君は、私を守ったんだな」
殿下の声が、少しだけ優しくなりました。
私を見つめるその瞳に、ほんのりと熱が宿ります。
「……ああっ! 殿下、今のその表情! 『守られたことへの戸惑いと、微かな感謝が混じった、潤み気味の瞳』! セバス、今の角度! 至近距離での『ウルウル瞳』供給よ! 心拍数が、心拍数が止まりませんわ!」
「……撤回だ。今の感謝はすべて無かったことにする」
殿下は即座に無表情になり、私の手を振り払いました。
「セバス。今の殿下のツンデレな手の払い方、記録しましたか?」
「はい、お嬢様。後ほど『突き放された信者・絶頂編』として整理しておきます」
「……カイル。こいつらを今すぐ連行しろ。……いや、もういい、私が帰る」
殿下は赤くなった顔を隠すようにマントを翻し、足早に去っていきました。
私は、傷一つついていない特大看板を愛おしそうに撫でました。
「殿下……。あなたの黄金比は、私が死んでも守り抜きますわ。たとえそのために、国中のアクリル板を買い占めることになっても!」
「お嬢様。それはもはや、経済犯罪の域に達しております」
私はセバスの言葉を笑い飛ばし、殿下の立ち去った後の空気を、深く、深く肺に吸い込むのでした。
視察の帰り道。人通りの少ない裏通りで、ヴィルフリート殿下が足を止め、剣の柄に手をかけました。
「……殿下、私も同感です。メメル嬢の『推し気』とは質の違う、冷たく鋭い殺気が三点。……囲まれましたな」
影の中から、黒装束の男たちが音もなく姿を現しました。
手に持った短剣には、怪しく光る毒が塗られています。
「……ヴィルフリート王子。貴様の命、ここで頂戴する」
「ふん、不敬な。私の命を狙うなら、せめて行列に並んでからにしろ!」
殿下が剣を引き抜こうとした、その時でした。
「待ちなさーーーい!!」
頭上から、この世のものとは思えないほど高いテンションの叫び声が響きました。
ドゴォォォォン!! という轟音と共に、殿下と暗殺者の間に、巨大な「看板」が突き刺さりました。
「……なっ、なんだ!? 空から巨大な看板が!?」
暗殺者が狼狽えて後退りします。
煙の中から現れたのは、ボロボロのローブを脱ぎ捨てた、いつになく凛々しい表情の私。
「……メメル!? 貴様、なぜ屋根の上にいたんだ!」
「殿下、説明は後ですわ! それより見てください、あの不届き者たちを! あの方々の立ち位置……、殿下の『凛々しい立ち姿』の背景としては、あまりにもゴミ指数が高すぎますわ!」
「命の危機の話をしている時に、景観の話をするな!」
暗殺者が体制を立て直し、短剣を構えて私に向かってきました。
「邪魔だ、小娘! 死ねぇ!」
「危ない、メメル!」
殿下が手を伸ばしましたが、私は一歩も動きませんでした。
私は、地面に突き刺さった看板――先ほど私が特注で作成したばかりの『ヴィル様等身大・アクリルスタンド・特大看板(非公式)』――を盾にしたのです。
ガキィィィィン!!
「……なっ!? 短剣が弾かれただと!? この板、一体何でできているんだ!」
「ふふふ……。甘いわね。これは、我が公爵家に伝わる古代魔導金属と、私の『殿下を傷つけさせないという執念』を何層にも重ねて圧縮した、超高密度アクリルなんですのよ!」
「アクリルじゃないだろ、それ! 装甲板だろ!」
殿下のツッコミを無視し、私は暗殺者に向かって指を突きつけました。
「よく聞きなさい、暗殺者の方々! あなたたちの投げたナイフが、もし万が一にも殿下の御顔に微かな傷でもつけたなら……。それはこの世界の『黄金比』という法典を破る大罪ですわ! 殿下の肌は、国宝! その滑らかさは、朝露の降りた真珠よりも繊細なのです!」
「ええい、狂い女め! まとめて始末してやる!」
暗殺者たちが一斉に飛びかかってきましたが、私は落ち着いてセバスに指示を出しました。
「セバス! 例の『閃光魔術』を!」
「承知いたしました、お嬢様。……『殿下の輝き、百倍増幅(フラッシュ・ヴィル)』!!」
セバスが掲げた魔導具から、太陽のような強烈な光が放たれました。
ただし、ただの光ではありません。殿下の最も輝かしい笑顔のホログラムを、網膜に直接焼き付けるという精神攻撃型の閃光です。
「ぎゃあぁぁぁっ! 眩しい! 何だこの、暴力的なまでの『美男子の笑顔』は……っ! 目が、目がぁぁ!」
「今ですわ、殿下! 戦意喪失した彼らを、その聖なる剣で峰打ちになさって!」
「……峰打ちでいいのか? あ、ああ、分かった!」
殿下は戸惑いつつも、視力を奪われた暗殺者たちを次々と無力化していきました。
カイル様も加勢し、あっという間に事態は鎮圧されました。
静寂が戻った裏通り。
殿下は、地面に突き刺さった自分の等身大看板を見つめ、複雑な表情で私を見ました。
「……メメル。助かった。それは認める。……だが、なぜこの看板、私がリリアンの頭を撫でているシーンなんだ?」
「ああっ、お気づきになりましたか! それは、殿下の『慈愛の精神』を象徴する、私一押しの供給シーンですわ! これを盾にすれば、暗殺者と言えども、殿下の優しさに気圧されて手が止まると踏んだのです!」
「止まっていなかったぞ! 物理的に弾いただけだろ!」
「結果オーライですわ。それより殿下、お怪我はありませんか? どこか……例えば、指の先とか、爪の端とかに、ささくれは出来ていませんか?」
私は殿下の手を掴み、食い入るように点検し始めました。
「……メメル。……君は、私を守ったんだな」
殿下の声が、少しだけ優しくなりました。
私を見つめるその瞳に、ほんのりと熱が宿ります。
「……ああっ! 殿下、今のその表情! 『守られたことへの戸惑いと、微かな感謝が混じった、潤み気味の瞳』! セバス、今の角度! 至近距離での『ウルウル瞳』供給よ! 心拍数が、心拍数が止まりませんわ!」
「……撤回だ。今の感謝はすべて無かったことにする」
殿下は即座に無表情になり、私の手を振り払いました。
「セバス。今の殿下のツンデレな手の払い方、記録しましたか?」
「はい、お嬢様。後ほど『突き放された信者・絶頂編』として整理しておきます」
「……カイル。こいつらを今すぐ連行しろ。……いや、もういい、私が帰る」
殿下は赤くなった顔を隠すようにマントを翻し、足早に去っていきました。
私は、傷一つついていない特大看板を愛おしそうに撫でました。
「殿下……。あなたの黄金比は、私が死んでも守り抜きますわ。たとえそのために、国中のアクリル板を買い占めることになっても!」
「お嬢様。それはもはや、経済犯罪の域に達しております」
私はセバスの言葉を笑い飛ばし、殿下の立ち去った後の空気を、深く、深く肺に吸い込むのでした。
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