婚約破棄?これからは、推しの殿下のトップオタクとして生きていきますわ!

黒猫かの

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「……ふふっ。ようやくあのアホ王子を落とせたわ。あとは適当なタイミングで婚約まで持ち込めば、ラズライト公爵家の資産の半分は私のものね」


 学園の裏庭、人目を避けた温室の陰。
 そこから聞こえてきたのは、いつもの可愛らしい声とは似ても似つきな、低く濁った笑い声でした。


 私とセバスは、当然のように近くの茂みに潜伏し、最新式の「集音魔導具」を構えていました。


「……お嬢様。聞こえましたか? リリアン様、殿下のことを『アホ王子』と呼び捨てにした上に、公爵家の資産……つまり、お嬢様の家の財産を狙うとおっしゃいましたよ」


 セバスが淡々と報告しますが、私の怒りは別のところに向いていました。


「許せませんわ……。セバス、今の聞きました!? 『アホ王子』!? あの至高の知性と時折見せる天然のギャップを、そんな語彙力の欠片もない言葉で片付けるなんて……! 殿下という存在に対する侮辱、万死に値しますわ!」


「……お嬢様、怒るポイントがズレております。彼女は殿下の『金』を狙っているのですよ?」


「金なんてどうでもいいんですのよ! 問題は彼女の『解釈』ですわ! 殿下の隣に立つヒロインという役職を与えられながら、心の中では殿下の『美学』に一ミリも共感していない……。これは公式カップリングに対する、最悪の裏切りですわよ!」


 私は茂みから飛び出そうとしましたが、セバスに襟首を掴んで引き止められました。


「お待ちください。まだ続きがあるようです」


 温室の陰では、リリアンが誰かと通信用の魔道具で話しているようでした。


「ええ、分かっているわ。あのストーカー女……メメルを追い出したのは正解だったわね。あんな執念深いファンが隣にいたら、私の計画が丸見えだったもの。……それにしても、あの王子、顔が良いだけで中身は本当にチョロいわ。ちょっと泣き真似をすれば、すぐ鼻の下を伸ばして……」


「……ぐぬぬぬぬっ!!」


 私の歯ぎしりが、夜の静寂に響きました。
 鼻の下を伸ばしているのではない、あれは殿下の「慈愛の精神」が表情に溢れ出しているだけですわ!


「セバス、もう我慢の限界ですわ。あんな低品質な演技で殿下を騙し、殿下のキャリアに泥を塗るなんて……。ファンとして、これ以上の『駄作展開』は見過ごせません!」


「……左様でございますか。では、いつものように『物理的排除』ではなく、『社会的抹殺』の準備をいたしましょうか」


 セバスが懐から、リリアンの過去の借金リストや、他国の商人と通じている証拠書類の束を取り出しました。


「さすがセバス、仕事が早いわね。……リリアンさん、あなたは大きなミスをしましたわ」


 私は茂みから、優雅に(そして不気味に)姿を現しました。


「ひっ……!? メ、メメル様!? なぜこんなところに!」


 リリアンが慌てて魔道具を隠し、いつもの「弱々しい令嬢」の仮面を被りました。


「あら、どうしたの? そんなに震えて。……ああ、今のその『怯え顔』、殿下に見せるための練習かしら? 残念ながら、照明の角度が悪くて不細工に見えますわよ」


「な、何を……! 殿下ー! 助けてください、メメル様がまた私を……!」


 リリアンが叫ぶと、申し合わせたようにヴィルフリート殿下がカイル様と共に現れました。


「メメル! また貴様か! リリアンをいじめるなと……」


「殿下、静かになさって。今の殿下の登場シーン、マントの翻り方が雑ですわ。五十分ほど前からやり直してください」


「やり直すか! 一体何なんだ、この状況は!」


 私は、セバスから受け取った書類を、殿下の足元にバラ撒きました。


「殿下。ご覧ください。これが、あなたが守ろうとした『ヒロイン』の真実……いえ、設定資料集ですわ」


「設定資料集……? 借用書に、密約書……。これは、リリアンの実家が他国に売ろうとしていた軍事機密のリストじゃないか!?」


 殿下の顔が、みるみるうちに険しくなっていきます。
 リリアンは顔を真っ青にして、その場にへたり込みました。


「ち、違うんです殿下! これはメメル様が私を陥れるために作った偽物で……!」


「嘘をおっしゃい。その書類の筆跡、あなたの部屋にある『殿下への偽りのラブレター』と完全に一致していることを、私の鑑定魔法で確認済みですわ。……殿下、悲しいことですわね。あなたの隣にいたのは、あなたを愛する女性ではなく、あなたの『財布』を愛する守銭奴だったのです」


 殿下は、絶望したような目でリリアンを見つめました。
 ……ああっ、この「信じていたものに裏切られた、悲劇のヒーロー」の表情!
 絶品です! 最高にエロティシズムを感じますわ!


「リリアン……。君は、私のことを……金としか見ていなかったのか?」


「……っ! ……ええ、そうよ! あんたみたいな、お花畑な王子様を相手にするのがどれだけ疲れるか分かってるの!? あんなストーカー女に好かれて喜んでる変態、こっちから願い下げよ!」


 リリアンが開き直って叫びました。


 しかし、その言葉を聞いた瞬間。
 殿下よりも先に、私が動いていました。


 パシィィィィン!!


 私の扇子が、リリアンの頬を捉えました。


「……貴女、今、殿下のことをなんて言いました?」


「ひっ……」


「殿下は変態ではありません。変態なのは私です。殿下は、その変態的な愛さえも包み込む、大宇宙のような包容力を持った御方なのですわ! それを理解できない無能な貴女に、殿下を語る資格はありません!」


「メ、メメル……?」


 殿下が呆然として私を見ています。


「殿下、ご安心ください。こんな『解釈違い』な女、私がすぐに全カット……いえ、退場させますわ。セバス、衛兵に引き渡してちょうだい。容疑は国家反逆罪と、殿下への『著しいイメージ毀損罪』よ!」


「承知いたしました。……さあ、リリアン様。あなたの出番はここまでです」


 セバスによって引きずられていくリリアンを見送りながら、私は深く溜息をつきました。


「……ああ、殿下。お可哀想に。せっかくの恋愛イベントが、こんな汚らわしい結末になってしまうなんて。……でも、大丈夫ですわ。今の殿下の『傷ついた横顔』、私が一生分、語り継いで差し上げますから!」


「……メメル。君は、私を助けてくれたのか? それとも、自分の美学を守っただけなのか?」


「両方ですわ。……殿下、今夜はゆっくり休んでください。あ、寝室の湿度は私が五十五パーセントに設定しておきましたので、ご安心を」


「……なぜ私の寝室の湿度を知っているんだ、貴様は」


 殿下のツッコミが、夜の庭園に虚しく響きました。
 
 こうして、偽りのヒロインは去り、殿下は再び「自由(メメル付き)」の身となったのです。
 私の推し活は、ついに「公式の不純物」を排除することに成功したのでした。
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