婚約破棄?これからは、推しの殿下のトップオタクとして生きていきますわ!

黒猫かの

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「……セバス。そこに不自然に生えている、あの『動く低木』は何かしら?」

 学園の放課後、いつものように殿下の「下校ルート」を観測するために中庭を歩いていた私は、思わず足を止めました。

「お嬢様、私にはあれが、王室御用達の最高級シルクのマントを羽織ったまま、無理やり茂みに突っ込んだ『迷える第一王子』に見えますが」

「……やはりそうですわよね。殿下、隠密行動の基礎が全く成っておりませんわ。あんなに金髪がキラキラとはみ出していては、カラスでも異変に気づきますわよ」

 私は溜息をつき、その「動く低木」……もとい、ヴィルフリート殿下の元へと歩み寄りました。

「殿下。そこで何をなさっているのですか? 光合成の練習でしたら、もう少し日当たりの良い場所をお勧めしますわ」

 ガサガサッ、と激しい音を立てて、殿下が茂みから這い出してきました。
 頭に葉っぱを乗せ、鼻筋に土をつけたそのお姿……!

「……ああっ! 『泥にまみれた高貴なプライド』! セバス、今の汚れ具合、ワイルド系の供給としてアーカイブに保存して!」

「承知いたしました。タイトルは『野良王子、茂みからの帰還』でございます」

「貴様ら、勝手にタイトルをつけるな! 私は……私はただ、君がどこへ行くのか気になっただけだ!」

 殿下が顔を真っ赤にして叫びました。
 ……えっ。今、なんとおっしゃいました?

「私がどこへ行くか、ですって? そんなの決まっていますわ。殿下が下校された後の校門前で、『殿下の馬車が巻き上げた砂埃』を瓶詰めにする作業に向かうところですわよ」

「……砂を詰めるな! そんなことより、なぜ最近、私に近づいてこないんだ!」

 殿下が詰め寄ってきました。
 その距離、わずか五十センチ。……近すぎる! 尊い!

「殿下、落ち着いてください。私は誓ったのです。これからは一介のファンとして、殿下のパーソナルスペース(聖域)を侵さないと。ですから、私は今、殿下の視界から三メートル以上離れた場所から観測するように努めているのですわ」

「それが気に入らんと言っているんだ! 以前はもっと、こう……隙あらば私の服の裾を掴もうとしたり、私の背後に音もなく立っていたりしただろう! あの『重苦しいほどの熱視線』はどこへ行った!」

「……殿下。それを世間では『ストーキング』と呼び、殿下自ら『不気味だ』と拒絶されたはずですが?」

「それは……そうだが! だが、いざ無くなってみると、なんだか……その、調子が狂うんだよ! 私がリリアンと別れてフリーになったというのに、君は相変わらず遠くで『てぇてぇ』とか叫んでいるだけで、私個人には見向きもしない!」

 殿下は、まるで構ってほしい子供のように、地団駄を踏みました。

「殿下。勘違いしないでください。私は見向きもしていないのではありません。常に、全神経を集中させて殿下を『スキャン』しておりますわ。ただ、実体としての殿下に触れることは、私のような信者には贅沢すぎると自制しているだけなのです」

「自制するな! もっと私を、以前のように……いや、それ以上に追いかけ回せ! 私の前に現れ、私の名前を呼び、私の気を引こうと足掻いてみせろ!」

「……お言葉ですが殿下。それは、殿下が私を『ストーキングしてほしい』という、極めてマゾヒ……いえ、高度なファンサービスのおねだりと受け取ってよろしいでしょうか?」

「おねだりではない! 王子の命令だ!」

 殿下が鼻息荒く宣言しました。
 ……ああ、なんてこと。
 推しが、ファンに対して「もっと俺を追え」と命令してくるなんて。
 これ、新手の「神ファンサ」ではありませんか!?

「分かりましたわ、殿下。……ですが、今の殿下の追いかけ方は『三流』です。隠れる時はマントを脱ぎ、呼吸を整え、背景の色に自身の魔力を同調させなければ。セバス、殿下に『初級ストーキング講座』の資料を差し上げて」

「承知いたしました。こちら、お嬢様が十年かけて執筆された『王子の背後を取るための四十八手』でございます」

「……なんだこの不気味な図解入りの本は! いや、もらうが! これさえ読めば、私も君の背後を取れるようになるのか!?」

「殿下、方向性が間違っていますわ。……ですが、殿下がそこまでおっしゃるなら、明日からは『隠密レベル』を一段階下げて、殿下の視界の端にチラチラと映る程度の距離感を保って差し上げます」

「……チラチラではなく、ガッツリ来いと言っているんだ!」

 殿下の叫びを背に、私は優雅に一礼してその場を去りました。

「セバス。殿下、あんなに必死になって……。もしかして、私の『ファン離れ』を本気で心配していらっしゃるのかしら?」

「左様でございますね。……殿下は気づいておられないようですが、あれは完全に、お嬢様という名の『毒』に冒された中毒症状でございますよ」

「素敵……。殿下の健康を第一に考えつつ、たまにはこうして『放置』という名のスパイスを与えるのも、ファンとしての高等技術ですわね!」

 私はスキップをしながら、馬車の砂埃を採取するための瓶を握りしめました。
 
 追う者と、追われる者。
 その境界線が完全に崩壊した学園生活は、ますます混沌とした、しかし私にとっては至福の極致へと進んでいくのでした。
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