婚約破棄?これからは、推しの殿下のトップオタクとして生きていきますわ!

黒猫かの

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「……メメル。もう、逃がさないぞ」

 学園の放課後。夕暮れに染まる無人の教室で、ヴィルフリート殿下が私の進路を塞ぐように、窓際に手を付きました。
 いわゆる一つの「壁ドン」という、王道にして至高のシチュエーションですわ!

「……ああっ! 殿下、至近距離での『逃さない宣言』供給、ありがとうございます! その、少しだけ強引に身を乗り出したことで生じる背中のシャツの皺! セバス、広角レンズで余すところなく……!」

「セバスは今、私が外に追い出した! メメル、いい加減に私の話を聞け!」

 殿下が顔を近づけてきました。
 あまりの近さに、殿下の高貴な香りが鼻腔をくすぐります。……ああ、脳が溶ける。

「私は理解した。君にとって『婚約者』や『妻』という肩書きは、推し活を制限する不自由な鎖に過ぎないのだな?」

「左様ですわ、殿下! 『妻』になれば、殿下の私物をコレクションすることも、物陰から二十四時間体制で監視することも、『王妃の品位』という壁に阻まれてしまいます。私は、殿下の隣に座る特権よりも、殿下を全方位から愛でる自由を選びたいのです!」

「……ならば、妥協案だ」

 殿下が、不敵な笑みを浮かべました。
 その不敵な笑み! 『何かを企んでいる悪役風王子』という新しい属性の追加ですわ!

「……妥協案、ですって?」

「ああ。君に『王妃になれ』とは言わない。代わりに……『私を公式に管理・運営する、終身名誉マネージャー兼・唯一の公認ストー……愛妻』という役職はどうだ?」

「……えっ?」

 殿下は懐から、一通の分厚い契約書……のようなものを取り出しました。

「これは、私が考案した『新婚約規定』だ。
 第一条:メメル・フォン・ラズライトは、ヴィルフリートの『推し』であることを継続し、夫としての私を最前列で観測する権利を有する。
 第二条:王妃としての公務は最小限とし、代わりに『ヴィルフリートの公式イメージ管理』という名目で、二十四時間の密着取材(ストーキング)を許可する。
 第三条:寝室は別だが、仕切りの壁は『マジックミラー』にする。これで君は寝顔を見放題、私は君の視線を感じながら安心して眠れる」

「……ま、マジックミラー……!? 殿下、正気ですか!? それは、実質的な『公認覗き見ルーム』ではありませんか!」

「君が望んでいるのは、そういうことだろう? さらに、私が脱ぎ捨てた衣類の『優先回収権』。そして、毎朝の『寝起きの寝癖姿』という超激レア供給の独占放送……。これらすべてが、私と結婚することで手に入るのだぞ?」

 ……め、眩しい。
 殿下が提示した条件が、オタクとしての私の魂を激しく揺さぶります。

「……そ、それは……。つまり、私は『妻』という盾を使いながら、合法的に『ストーキングの限界』に挑戦できる、ということですか……?」

「その通りだ。他人が私の衣類に触れれば不敬だが、妻である君が回収すれば『愛妻家』としての美談になる。君の奇行はすべて『王妃による献身的な王子の体調管理』として、私が全力で正当化してやる!」

 ……なんということでしょう。
 殿下は、ご自身を「餌」にして、私を檻……いえ、王宮へと誘い込もうとしているのです。

「……メメル。外から眺めるだけのファンで終わるか。それとも、私の人生という物語の『共同制作者』となり、世界で唯一、私のすべてを管理・運営・鑑賞する権利を得るか……。選ぶのは君だ」

 殿下が、私の手を取り、その甲に優雅にキスを落としました。
 ……ああっ! 『契約のキス』! しかも、少しだけ独占欲の混じった、熱い視線と共に!

「……殿下。……ずるいですわ。そんなの、ファンとして『神引き』すぎて、断れるはずがありませんわ……!」

「……ふふっ。ようやく、堕ちたな」

 殿下の勝利宣言。
 しかし、その顔はこれまでにないほど幸せそうに輝いていました。

 その時。
 教室の扉が静かに開き、セバスがいつのまにか戻ってきていました。

「お嬢様、おめでとうございます。これで『公式ストーカー』としての道が開けましたね。……殿下、寝室の壁をマジックミラーにする工事、私が責任を持って最高級の魔導ガラスを手配しておきます」

「……セバス、お前、いつから見ていた」

「殿下が『第三条』を読み上げたあたりからにございます。……お嬢様、これで殿下の『毛穴の数』まで、至近距離でカウントし放題でございますよ」

「セバス……! 私、幸せすぎて、今すぐ昇天しそうですわ!」

 私は感激のあまり、殿下の胸に飛び込みました。
 ……いえ、正確には殿下のシャツの『ボタンの縫製』を確認するために、顔を埋めました。

「……まあいい。理由はどうあれ、君を抱きしめられるなら、私はそれで満足だ」

 殿下は、呆れたように、それでいて愛おしそうに私を抱きしめ返しました。

 「婚約破棄」から始まった、私たちの奇妙な関係。
 それは、「ファンとアイドル」という境界線を保ったまま、「夫婦」という新しいステージへと昇華されようとしていました。

「殿下ー! 結婚式、殿下の等身大アクリルスタンドを五千体用意して、参列者全員に配ってもよろしいですか!?」

「それは……百体までにしろ」

「妥協ありがとうございますわ、殿下!」

 夕暮れの教室に、私の歓喜の叫びが響き渡りました。
 私の「推し活」は、ついに「公式」となることが決定したのです!
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