婚約破棄?これからは、推しの殿下のトップオタクとして生きていきますわ!

黒猫かの

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「……メメル。庭園を埋め尽くしている、あの『光り輝く軍勢』は一体なんだ。私の屋敷が、透明な私の集団に包囲されているのだが」

 結婚式を数日後に控えた王宮。
 ヴィルフリート殿下が、震える指で窓の外を指差しながら、私の部屋に駆け込んできました。

 その視線の先には、陽光を反射してキラキラと輝く、約五千体の「ヴィルフリート殿下・等身大アクリルスタンド(婚礼正装ver.)」が整然と並んでおります。

「あら殿下、ごきげんよう。見てください、あの壮観な眺めを! あれは、式に参列できない全国のファンたちのために用意した、『お裾分けの殿下』にございますわ!」

「お裾分けの規模が大きすぎるだろう! 私は百体までにしろと言ったはずだぞ!」

「ええ、ですから『一個人のコレクション』としては百体に抑えましたわ。残りの四千九百体は、公爵家が主導する『国家芸術振興プロジェクト』の一環としての備品です。これは私的な持ち物ではなく、公共の財産なのですわ!」

 私は、サンプルの一体を愛おしそうに撫でながら、一点の曇りもない笑顔で答えました。
 今回のアクスタは、最新の魔導印刷技術を駆使し、見る角度によって殿下の表情が「傲慢」から「照れ」に変化する特注品です。

「公共の財産に私を混ぜるな! 大体、なんだあの台座の文字は! 『触れる際は手袋着用・二礼二拍手一礼』……私は神社の神か何かか!」

「殿下、何を仰るのですか。国民にとって、あなたは生きる神域。その御姿に素手で触れるなど、指紋という名の不純物を付着させる不敬罪に当たりますわ」

 セバスが横から、検品済みの書類を殿下に差し出しました。

「殿下、ご安心ください。すでに輸送ルートは確保済みでございます。式の当日、王都の主要街道には百メートルごとに殿下の看板を設置し、街全体を『ヴィル様ロード』に作り替える手筈となっております」

「……セバス。お前、以前より手際が良くなっていないか? というか、ノリノリじゃないか」

「お嬢様の情熱に感化されまして。……何より、これら全てのグッズの売り上げが、私の老後の……いえ、王国の軍事予算に充てられると思うと、筆が走りますな」

 セバスの目は、もはや敏腕マネージャーのそれへと進化していました。

「……もういい。アクスタの件は、百歩譲って認めよう。……だが、メメル。この『誓いの言葉』の原案はなんだ! なぜ私が『一生、君の観測対象として、最高画質の供給を続けることを誓います』と言わなければならないんだ!」

 殿下が、くしゃくしゃになった羊皮紙を突きつけました。

「それは、夫婦としての真実の誓いですわ。殿下。愛とは、見つめ続けること。そして見つめられることを受け入れること……。あなたが私の前で最高に輝き続けることが、私への最大の愛の証明になるのです」

「……普通は『病める時も健やかなる時も』だろう」

「病める時の殿下の『弱り顔』も、健やかなる時の殿下の『ハツラツ顔』も、どちらも欠かせないコンテンツですわ。……殿下。あなたは、私という世界で唯一の『公認ガチ勢』を、一生満足させる義務があるのですのよ?」

 私は、殿下の胸元にそっと手を添えました。
 殿下は、大きな溜息をつき、私の手を自分の手で包み込みました。

「……君にそう言われると、断れないのが私の弱点だな。……分かった。誓いの言葉は、君の望む通りにしよう。ただし、そのマジックミラーの壁の厚さだけは、私が指定させてもらうぞ」

「あら、それはなぜですの?」

「……あまりに薄いと、君の鼻息で曇って、結局私が見えなくなるだろうからな。……観測環境を整えてやるのも、夫の役目だろう?」

 ……ああっ! 『観測環境への配慮』!
 殿下、ついにファンへのホスピタリティまで完璧にマスターされましたわ!
 今のその、呆れながらも慈しむような「聖母の微笑み」……!

「セバス! 今の殿下の表情、記録した!? これこそが、結婚式当日のパンフレットの表紙を飾るべき一枚よ!」

「承知いたしました。……殿下、今の表情をもう一度。光の当たり具合を調整いたします」

「……私は、一生こうして君たちに振り回されるんだな」

 殿下は苦笑いしながらも、私の要望に応えてポーズを取ってくださいました。

 婚約破棄から始まった、私たちの狂想曲。
 式の準備は、もはや「国家行事」というより「大規模なファンミーティング」の様相を呈していましたが……。
 そこには、間違いなく、私たちなりの「愛の形」が結実しようとしていました。

「さあ、殿下! 次は五千体の指先一つ一つに、私が『魔力(愛)』を込める作業を手伝ってくださいませ!」

「……五千体全部か!? 朝までかかるぞ!」

「望むところですわ! 推しとの徹夜作業なんて、ファンにとっての最高のご褒美ですもの!」

 夜の王宮に、私の歓喜の笑い声が響き渡りました。
 私たちの結婚式は、歴史に残る「カオスな聖誕祭」になること間違いなしですわ!
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