「婚約破棄? ええ、どうぞ!(食い気味)」

黒猫かの

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「さあ、リオナ。ここからは馬車を乗り換えるよ。豪華な自家用ではないけれど、いいかな?」


シオンさんが指差した先には、私がこれまで見たこともないような、巨大で無骨な乗り物が鎮座していました。
それは「乗合馬車」と呼ばれる、庶民が安価に移動するための、いわば走る相部屋ですわ。


「まあ! なんて機能美に溢れたお姿かしら! まるでお肉をぎゅうぎゅうに詰め込んだパイ包みのようですわね!」


「……表現が独特すぎて、褒められているのか不安になるけれど。中はかなり混み合うし、匂いもそれなりだ。本当に大丈夫かい?」


シオンさんの心配をよそに、私はすでに馬車のステップに足をかけていました。
中を覗くと、そこには行商のおじさん、大きな籠を抱えたおばさん、さらにはなぜか数羽のニワトリまでが同乗しているではありませんか。


「おーっほっほっほ! 最高ですわ! これこそが『旅』というものですわよ、シオンさん! さあ、早く乗ってくださいませ!」


狭い座席に腰を下ろすと、隣に座っていたおばさんが、珍しそうに私をジロジロと見てきました。
私は公爵令嬢スマイル(営業用・120%増量)を惜しみなく振りまきました。


「ごきげんよう、お姉様。今日は良いお天気ですわね。その籠の中身は、もしや美味しい特産品かしら?」


「……お、お姉様!? まあ、この子、なんて口が上手いのかしら! これはただのジャガイモだよ。あんた、見かけない顔だねぇ」


「ええ、ちょっと実家で『婚約破棄』という名の解雇通知を受けまして、新しい職場を探しに行くところなんですの」


「あらあら、それは大変だったねぇ! 男なんて腐るほどいるんだ、景気よく行こうじゃないか!」


おばさんは豪快に笑いながら、私にふかしたジャガイモを一つ分けてくれました。
私はそれを両手で受け取り、シオンさんに向けて自慢げに掲げました。


「見ました!? シオンさん! これが『民衆の温もり』というものですわ! ああ、皮ごと食べるジャガイモの、なんと力強いこと!」


「……君、本当にどこでも生きていけそうだね。……というか、既に馴染みすぎているよ」


シオンさんは苦笑しながら、私の隣で器用に身を縮めて座っていました。
馬車が激しく揺れるたびに、同乗者たちの肩がぶつかり合い、誰かのニワトリが「コケッ!」と抗議の声を上げます。


王宮の高級馬車なら、御者が即座に死刑に処されるほどの揺れですが、今の私にはそれが心地よいリズムに感じられました。


「おじ様、そのニワトリは食用かしら? それとも卵用?」


「これは卵用だよ、お嬢ちゃん。よく懐いててね」


「まあ、素敵ですわ! 卵を産んだら、ぜひ私に一つ……いえ、有償で譲ってくださいませ。新鮮な卵でオムレツを作るのが、今の私の野望なんですの!」


私の周囲には、いつの間にか笑いの輪が広がっていました。
シオンさんは窓の外を眺めながら、時折、私の方を盗み見るようにして微笑んでいます。


「リオナ。そんなに喋って、疲れないのかい?」


「疲れる? まさか! 今まで王宮で、一言一言に毒がないか、誰かの不興を買わないか、全神経を研ぎ澄ませて喋っていたことに比べれば、これはもはや『休暇』ですわ!」


私はジャガイモを頬張りながら、シオンさんに問いかけました。


「シオンさんのお屋敷は、ここからどれくらいですの? 私、早く制服を着て、プロの侍女として掃除に明け暮れたいですわ。……あ、お屋敷にライバルはいますの?」


「ライバル? ああ……侍女仲間ということかな。そうだね、厳しい長官がいるけれど、君なら返り討ちにしそうだ」


「返り討ち? 失礼ね、私は平和主義者ですわよ? ただ、不当な圧力をかける相手には、少しだけ……そう、ほんの少しだけ、言葉のスパイスを効かせるだけですわ!」


数時間の揺れの末、馬車はアステリア王国の王都の門へと到着しました。
門の向こうに広がるのは、白亜の建物が立ち並ぶ、整然としながらも力強い活気に満ちた大都市。


私は馬車を降り、おばさんやニワトリのおじさんに手を振って別れを告げました。


「さあ、リオナ。あそこに見えるのが、私の実家――アステリア王宮だ」


シオンさんが指差した先にあったのは、私が予想していた「ちょっと大きな屋敷」などではなく、天をも突くような巨大な城でした。


「……えーっと、シオンさん。聞き間違いかしら? 今、『王宮』っておっしゃいました?」


「ああ、言ってなかったかな。私はこの国の第一王子なんだ。……侍女の空きがあるっていうのは、本当だよ?」


シオンさんは、固まっている私の前で、いたずらっぽく極上の礼を見せました。


「おーっほっほっほ! ……なるほど。いきなりラスボスステージへの就職ですのね。面白いじゃありませんこと!」


私はドレスの袖をまくり上げ(まだ着替えていないので、おばさんのジャガイモの粉がついていましたが)、王宮の門を見据えました。


元悪役令嬢、リオナ・エヴァンス。
ついに隣国の王宮へ、一介の侍女として「殴り込み」を開始する準備が整いました。
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