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目の前にそびえ立つのは、白亜の壁に青い屋根が映える、芸術品のような巨大な城。
わが国の、どこか重苦しい石造りの城とは大違いの、開放感あふれる美しさですわ。
「……で、シオンさん。改めまして。第一王子殿下、でしたかしら?」
私は、隣で飄々とした顔をしている銀髪の美青年を、ジロリと横目で睨みつけました。
「ああ。隠していたわけじゃないんだが、言うタイミングを逃してしまってね。驚いたかい?」
「驚いたというより、呆れましたわ。私、王子という生き物にはもう、お腹いっぱいですのよ。だって、あの方々、脱いだ靴下を揃えることもできませんでしょう?」
「ははは! それは偏見だ。私は自分の靴下くらい、自分で窓から投げ捨てられるよ」
「もっと質が悪いですわ!」
そんな軽口を叩きながら歩み寄ると、黄金の装飾が施された正門が、音もなく左右に開かれました。
直後、整列していた数十人の騎士たちが、一斉に槍を立てて背筋を伸ばします。
「「シオン殿下、お帰りなさいませ!」」
地響きのような挨拶に、私は思わず耳を塞ぎたくなりました。
わが国ならここで「おーっほっほっほ! 苦しゅうないわ!」と高笑いして進むところですが、今の私はただの、しかもジャガイモの粉がついたマントを羽織った謎の女です。
シオンさんは、騎士たちに軽く手を挙げると、私を促して悠然と赤絨毯の上を進んでいきました。
「殿下! ご無事のお戻り、心よりお慶び申し上げます。……して、そちらの……非常に『独創的な』装いの御方は?」
現れたのは、銀縁の眼鏡を光らせた、いかにも神経質そうな中年の文官でした。
彼は、シオンさんの背後に隠れるようにしている私を、値踏みするような視線で見つめています。
「ああ、彼女はリオナ。私が旅先でスカウトした、特別な侍女候補だ。非常に有能で、何より面白い。今日からここで働いてもらうことにしたよ」
「じ、侍女……!? 殿下、正気ですか? このような素性の知れぬ者を、王宮に入れるなど……!」
「素性なら問題ない。私が保証するよ。……な、リオナ?」
シオンさんに話を振られ、私はマントのフードをバサリと脱ぎ捨てました。
そして、これまでの令嬢教育を全て詰め込んだ、最高級に嫌味で、かつ完璧なまでの優雅さを備えた一礼(カーテシー)を披露しました。
「初めまして、眼鏡の旦那様。リオナと申しますわ。素性なら、そこの王子様に負けないくらい立派……だったこともありますけれど、今はただの『やる気に満ち溢れた労働者』ですわ。どうぞよろしく」
「……なっ、この立ち振る舞い……ただ者ではない……」
文官が絶句するのを横目に、私はシオンさんに向き直りました。
「シオンさん、いえ、殿下。私、口先だけの女ではありませんのよ? さあ、早く制服を! そしてバケツと雑巾を! 王宮の隅々まで磨き上げないと、私の『自由への情熱』が収まりませんわ!」
「ははは! やる気満々だね。いいだろう、まずは彼女を侍女長のところへ連れて行ってくれ。制服の支給と、基本的なルールの説明を。……ただし」
シオンさんは、ふっと声を落とし、私の耳元に顔を近づけました。
「リオナ。君は私の『専用』だ。他の奴らに、その面白い顔を見せすぎるんじゃないよ」
「……顔が面白いとは失礼ですわね! 私の美貌は、わが国では『薔薇のトゲすら恐れおののく美しさ』と称えられていたのですわよ!」
私が頬を膨らませると、シオンさんは満足そうに笑い、私の背中を軽く押しました。
案内された先は、王宮の一角にある侍女たちの詰め所でした。
そこで私を待っていたのは、まるで鉄仮面のような無表情を崩さない、一人の老婦人でした。
「お前さんが、殿下が連れてきたという娘かえ」
「ええ。リオナ・エヴァンス……いえ、今はただのリオナですわ。侍女長様」
私は、彼女から放たれる「プロの威圧感」を感じ取り、密かにワクワクしていました。
掃除、洗濯、料理。これまで命令する側だった私が、今度はそれを完璧にこなす。
なんて刺激的な挑戦かしら!
「殿下のお気に入りだからといって、甘えは許さぬ。ここでは仕事こそが全て。……まずはそのボロ布を脱ぎ捨てて、この制服を身につけなさい」
手渡されたのは、濃紺の生地に白いレースのエプロンが眩しい、シックな侍女の制服でした。
私はそれを奪い取るようにして受け取り、即座に着替えを済ませました。
鏡に映った自分の姿を見て、私は思わず快哉を叫びました。
「おーっほっほっほ! 見てくださいまし! なんて機能美に溢れたお姿! これで心置きなく、埃の山と格闘できますわ!」
「……声が大きい。……しかし、身のこなしだけは悪くないようだね」
侍女長が少しだけ、本当に少しだけ、口角を上げたのを私は見逃しませんでした。
「さあ、リオナ。最初の仕事は、シオン殿下の寝室の窓掃除だ。……言っておくが、殿下は綺麗好きだ。指一本分の曇りも残すなよ」
「任せてちょうだい! 私の磨いた窓は、あまりの透明度で見えない壁と化して、鳥たちが激突するレベルになりますわ!」
私はバケツを片手に、弾丸のような勢いで廊下へと飛び出しました。
元悪役令嬢、リオナ。
ついに隣国の王宮で、「最強の侍女」への第一歩を踏み出したのです。
わが国の、どこか重苦しい石造りの城とは大違いの、開放感あふれる美しさですわ。
「……で、シオンさん。改めまして。第一王子殿下、でしたかしら?」
私は、隣で飄々とした顔をしている銀髪の美青年を、ジロリと横目で睨みつけました。
「ああ。隠していたわけじゃないんだが、言うタイミングを逃してしまってね。驚いたかい?」
「驚いたというより、呆れましたわ。私、王子という生き物にはもう、お腹いっぱいですのよ。だって、あの方々、脱いだ靴下を揃えることもできませんでしょう?」
「ははは! それは偏見だ。私は自分の靴下くらい、自分で窓から投げ捨てられるよ」
「もっと質が悪いですわ!」
そんな軽口を叩きながら歩み寄ると、黄金の装飾が施された正門が、音もなく左右に開かれました。
直後、整列していた数十人の騎士たちが、一斉に槍を立てて背筋を伸ばします。
「「シオン殿下、お帰りなさいませ!」」
地響きのような挨拶に、私は思わず耳を塞ぎたくなりました。
わが国ならここで「おーっほっほっほ! 苦しゅうないわ!」と高笑いして進むところですが、今の私はただの、しかもジャガイモの粉がついたマントを羽織った謎の女です。
シオンさんは、騎士たちに軽く手を挙げると、私を促して悠然と赤絨毯の上を進んでいきました。
「殿下! ご無事のお戻り、心よりお慶び申し上げます。……して、そちらの……非常に『独創的な』装いの御方は?」
現れたのは、銀縁の眼鏡を光らせた、いかにも神経質そうな中年の文官でした。
彼は、シオンさんの背後に隠れるようにしている私を、値踏みするような視線で見つめています。
「ああ、彼女はリオナ。私が旅先でスカウトした、特別な侍女候補だ。非常に有能で、何より面白い。今日からここで働いてもらうことにしたよ」
「じ、侍女……!? 殿下、正気ですか? このような素性の知れぬ者を、王宮に入れるなど……!」
「素性なら問題ない。私が保証するよ。……な、リオナ?」
シオンさんに話を振られ、私はマントのフードをバサリと脱ぎ捨てました。
そして、これまでの令嬢教育を全て詰め込んだ、最高級に嫌味で、かつ完璧なまでの優雅さを備えた一礼(カーテシー)を披露しました。
「初めまして、眼鏡の旦那様。リオナと申しますわ。素性なら、そこの王子様に負けないくらい立派……だったこともありますけれど、今はただの『やる気に満ち溢れた労働者』ですわ。どうぞよろしく」
「……なっ、この立ち振る舞い……ただ者ではない……」
文官が絶句するのを横目に、私はシオンさんに向き直りました。
「シオンさん、いえ、殿下。私、口先だけの女ではありませんのよ? さあ、早く制服を! そしてバケツと雑巾を! 王宮の隅々まで磨き上げないと、私の『自由への情熱』が収まりませんわ!」
「ははは! やる気満々だね。いいだろう、まずは彼女を侍女長のところへ連れて行ってくれ。制服の支給と、基本的なルールの説明を。……ただし」
シオンさんは、ふっと声を落とし、私の耳元に顔を近づけました。
「リオナ。君は私の『専用』だ。他の奴らに、その面白い顔を見せすぎるんじゃないよ」
「……顔が面白いとは失礼ですわね! 私の美貌は、わが国では『薔薇のトゲすら恐れおののく美しさ』と称えられていたのですわよ!」
私が頬を膨らませると、シオンさんは満足そうに笑い、私の背中を軽く押しました。
案内された先は、王宮の一角にある侍女たちの詰め所でした。
そこで私を待っていたのは、まるで鉄仮面のような無表情を崩さない、一人の老婦人でした。
「お前さんが、殿下が連れてきたという娘かえ」
「ええ。リオナ・エヴァンス……いえ、今はただのリオナですわ。侍女長様」
私は、彼女から放たれる「プロの威圧感」を感じ取り、密かにワクワクしていました。
掃除、洗濯、料理。これまで命令する側だった私が、今度はそれを完璧にこなす。
なんて刺激的な挑戦かしら!
「殿下のお気に入りだからといって、甘えは許さぬ。ここでは仕事こそが全て。……まずはそのボロ布を脱ぎ捨てて、この制服を身につけなさい」
手渡されたのは、濃紺の生地に白いレースのエプロンが眩しい、シックな侍女の制服でした。
私はそれを奪い取るようにして受け取り、即座に着替えを済ませました。
鏡に映った自分の姿を見て、私は思わず快哉を叫びました。
「おーっほっほっほ! 見てくださいまし! なんて機能美に溢れたお姿! これで心置きなく、埃の山と格闘できますわ!」
「……声が大きい。……しかし、身のこなしだけは悪くないようだね」
侍女長が少しだけ、本当に少しだけ、口角を上げたのを私は見逃しませんでした。
「さあ、リオナ。最初の仕事は、シオン殿下の寝室の窓掃除だ。……言っておくが、殿下は綺麗好きだ。指一本分の曇りも残すなよ」
「任せてちょうだい! 私の磨いた窓は、あまりの透明度で見えない壁と化して、鳥たちが激突するレベルになりますわ!」
私はバケツを片手に、弾丸のような勢いで廊下へと飛び出しました。
元悪役令嬢、リオナ。
ついに隣国の王宮で、「最強の侍女」への第一歩を踏み出したのです。
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