「婚約破棄? ええ、どうぞ!(食い気味)」

黒猫かの

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肥料の匂い騒動から数時間。アステリア王宮の客館にあるサロンでは、世にも奇妙なティータイムが繰り広げられておりました。

正面には、急いで着替えたものの未だにどこか「大地の香り」を漂わせている気がして落ち着かない様子のミリア様。
その隣で、死んだ魚のような目でカップを見つめるヴィンス王子。

そして、彼らをもてなすホスト役のシオン殿下の傍らで、私は完璧な侍女の立居振る舞いでティーポットを掲げておりました。

「ミリア様、お口直しにアステリア特産のハーブティーはいかがかしら? 鎮静効果がございますので、高ぶった神経や……その、ささくれ立ったお心にも非常によく効きますわよ」

私が優雅に茶を注ぐと、ミリア様はキッと私を睨みつけ、テーブルを叩きました。

「リオナ様! 貴女、さっきはよくもあんな辱めを! 殿下の前で私がどれほど恥ずかしい思いをしたか、分かっていらっしゃるの!?」

「辱め? まあ、人聞きが悪いですわ。私はただ、庭園の衛生管理を徹底していただけですわよ。それを『アトラクション』か何かと勘違いして飛び込まれたのは、ミリア様、貴女ではありませんこと?」

私はフフッと扇子……ではなく、清潔なナプキンで口元を押さえました。
侍女ですから、扇子は卒業いたしましたの。

「それにしてもミリア様。先ほどから拝見しておりますが、そのお茶の飲み方……少し個性的すぎませんこと? カップの持ち手が泣いていますわよ」

「なっ……! 私の飲み方のどこが悪いっていうんですの!? 殿下はいつも、私のこういう『飾らないところ』が可愛いっておっしゃってくださるわ!」

ミリア様はヴィンス王子に同意を求めましたが、王子は溜息をついて視線を逸らしました。
どうやら「飾らない」と「無作法」の境界線が、ついに決壊してしまったようですわね。

「ミリア様。貴女を見ていると、私は胸が締め付けられるような思いですわ。貴女はきっと、とっても寂しい方なんですのね」

私は慈愛に満ちた(と自分では思う)眼差しをミリア様に向け、そっと彼女の手に自分の手を重ねました。

「……は? 寂しい? 何を言っているんですの?」

「だって、そうでなければ説明がつきませんもの。わざわざ隣国までやってきて、かつて自分が追い出した女に構ってもらおうとするなんて。よほど周りに話し相手がいらっしゃらないのね。ああ、可哀想なミリア様。ヴィンス殿下は、書類の山と格闘するのに忙しくて、貴女に構ってくださらないのかしら?」

「そ、それは……! 殿下はお忙しいだけで、私のことを愛して……」

「愛! 素晴らしい言葉ですわ! でも、愛だけではお腹は膨れませんし、国の予算案も書けませんのよ? ミリア様、貴女が今なさるべきは、私に嫌がらせをすることではなく、家庭教師を雇ってアルファベットの書き取りからやり直すことではなくて?」

私の澱みのないマシンガントークに、サロン内が凍りつきました。
シオン殿下は口元を手で覆い、肩を小刻みに震わせて笑いを堪えていらっしゃいます。

「ミリア様、泣かないで。貴女のその『悲劇のヒロイン・アタック』は、構ってほしいという心の叫びだったのですわね。分かりますわ、私には痛いほど分かりますの。でも、アステリアの侍女は甘くありませんわよ? 構ってほしければ、まずは自分で自分の靴下を履けるようになってからおっしゃって」

「う、ううう……! ひどい、ひどすぎますわ! リオナ様、貴女、侍女の分際で私を教育するつもり!? 殿下、何とか言ってくださいまし!」

ミリア様がヴィンス王子に縋り付きましたが、王子は弱々しく首を振るだけでした。

「……ミリア。リオナの言う通りだ。君はもう少し、その……落ち着いた方がいい。今の君は、ただの騒がしい子供だ」

「なっ……殿下まで!?」

衝撃のあまり、ミリア様は言葉を失いました。
信じていた「真実の愛」の拠り所から、まさかの正論パンチ。
これは効きますわね。

「さあ、ミリア様。おかわりはいかが? このお茶は『知性を育むハーブ』も配合されておりますの。今の貴女に最も必要な栄養素ですわよ。おーっほっほっほ!」

私は高らかに笑いながら、震えるミリア様のカップに並々とハーブティーを注ぎました。
彼女は屈辱に震えながらも、私の威圧感に気圧されて、大人しくお茶を啜るしかありませんでした。

それを見守っていたシオン殿下が、ようやく口を開きました。

「リオナ、素晴らしいもてなしだ。……ヴィンス殿下、我が国の侍女は少し『教育熱心』でしてね。お気に障りましたかな?」

「……いや。むしろ、目が覚める思いだ。シオン殿下、貴殿は……いや、何でもない」

ヴィンス王子は、私の働きぶりと、ミリア様の体たらくを交互に見比べ、深く、深いため息をつきました。
彼の心に去来しているのは、後悔か、それともただの疲労か。

「さて、ミリア様。お茶が終わりましたら、次はお部屋の清掃チェックに参りますわよ? 貴女の使っている客室、先ほど覗きましたが、ドレスが床に散乱していて、私の『掃除魂』が黙っていられませんでしたの。さあ、立って! お片付けの時間ですわ!」

「嫌! 私、お客様よ!? どうして掃除なんて――きゃあああ! 引っ張らないで!」

私はミリア様の腕を掴み、問答無用でサロンから連れ出しました。
「構ってちゃん」には、徹底的に「仕事」を与えてあげるのが一番の治療法ですわ!

背後でシオン殿下が「あーあ、行っちゃった」と楽しそうに呟くのが聞こえましたが、私の足は止まりません。

元悪役令嬢による、愛の(?)スパルタ教育ティータイム。
ミリア様の「計算」は、私の「労働の正論」の前に、跡形もなく粉砕されたのでした。
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