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「おーっほっほっほ! 殿下、もっと足腰を低く! 重心を安定させないと、私の遠心力についてこれませんわよ!」
私はシオン殿下の手を力強く握りしめ、ダンスフロアの中央で猛烈な回転を繰り出しておりました。
通常、ワルツというものは、蝶が舞うように優雅で、夢見るような足取りで行われるものですわ。
しかし、今の私たちが披露しているのは、もはや舞踏という名の「演武」に近い何かでした。
「リオナ、分かった……分かったから、少しだけ出力を落としてくれないか! 私の腕が関節から外れそうだ!」
「甘いですわ、殿下! このドレス、いえ、ワークウェアの真価は、この超高速旋回における空気抵抗の少なさにありますの! さあ、次のステップは三回転半ですわよ!」
私はスリットから覗くスラックスを翻し、床を力強く蹴りました。
キュキュッ、と小気味よい音が響きます。
それは、私が事前に靴底に仕込んでおいた「微細な埃を吸着する特殊フェルト」が、床を完璧に清掃している音ですわ!
「見なさいな! 私たちが通り過ぎた後の床の輝きを! これこそが、ダンスと清掃の完全なる融合……名付けて『クリーン・ダンス・レボリューション』ですわ!」
「……名前が長すぎるし、ダンスの本質が迷子になっているよ!」
シオン殿下は悲鳴に近い声を上げながらも、見事な身体能力で私の暴走についてきてくださいました。
さすがは隣国の王子、有能ですわね。ヴィンス王子なら、今の一回転目で確実に明後日の方向へ吹っ飛んでいたことでしょう。
周囲の貴族たちは、私たちの「格闘技のようなダンス」に圧倒され、いつの間にかフロアの端へと避難していました。
「な、なんですの……あの動きは。あんなの、令嬢のダンスではありませんわ!」
ミリア様が、震える声で叫びました。
「殿下、あんな野蛮な女、早くつまみ出してくださいませ! 見てください、ドレスの下にズボンなんて……あんなの、変態ですわ!」
「……黙れ、ミリア。……見て分からないのか」
ヴィンス王子が、苦虫を噛み潰したような顔で私たちを見つめていました。
「あの二人の動き……一分の隙もない。リオナのあの足捌き、そしてシオン殿下の体幹の強さ。……あれは、お互いを完璧に信頼していなければ不可能な挙動だ」
「えっ? 殿下、何を感心していらっしゃるの!? ひどいですわ!」
ヴィンス王子はミリア様の声を無視し、拳を握りしめていました。
彼は、かつての婚約者がこれほどまでに躍動し、自分以外の男と息を合わせている姿に、言語化できない敗北感を感じていたのです。
「……私は、あんなリオナを一度も見たことがない。私の前ではいつも、一歩引いて、冷めた目で私を見ていたというのに……」
「殿下! もういいですわ、帰りましょう! こんなおかしなパーティー、出ているだけで恥ずかしいですわ!」
ミリア様が王子の腕を引っ張りましたが、その時、私が高速回転の勢いそのままに、二人の目の前でピタリと静止しました。
「おーっほっほっほ! ヴィンス殿下、ミリア様! 今の私たちのパフォーマンス、いかがでしたかしら?」
私は乱れた髪をかき上げ、清々しい汗を拭いました。
「……リオナ。貴様、公衆の面前でなんという恥晒しを。そんな格闘家のような格好で、アステリアの威信を汚しているとは思わないのか」
ヴィンス王子の言葉に、私は鼻で笑って答えました。
「威信? そんなもの、掃除の行き届いていない床と同じくらい価値がありませんわ。見てくださいまし、私のこの清々しい表情を! 重たいドレスに縛られ、殿下の顔色を窺っていた頃の私とは、魂の輝きが違いますのよ!」
私はシオン殿下の腕に、そっと自分の腕を絡めました。
「シオン殿下は、私のこの『機能美』を認めてくださいました。私を、ただの着せ替え人形ではなく、一人の『清掃という名の専門職』として扱ってくださったのですわ!」
「リオナ……」
シオン殿下が、優しく私を見つめました。
「そうだ。君は、誰の所有物でもない。君は君自身の力で、このフロアを……いや、この世界を磨き上げているんだ。私は、その姿にこそ、真の気高さを感じる」
「まあ、殿下! お上手ですわね。では、ご褒美に明日の朝は、殿下の愛車の馬車を、素手で鏡面仕上げにして差し上げますわ!」
「……それは、道具を使ってくれないかな」
シオン殿下は苦笑しながらも、私の手を強く握り返しました。
ミリア様は、私たちの「愛」と「掃除」の絆に言葉を失い、顔を真っ赤にして地団駄を踏んでいました。
「もういいですわ! 殿下、行きましょう! こんな掃除女、放っておけばいいんですわ!」
ミリア様はヴィンス王子を半ば強引に引きずり、会場を後にしました。
静まり返ったフロアに、楽団の演奏だけが再び優雅に流れ始めます。
「さて、シオン殿下。邪魔者が消えたところで、第ニ回戦と参りましょうか? 今度は、壁際の蜘蛛の巣をターゲットにした『ジャンピング・ワルツ』ですわよ!」
「……リオナ、お願いだから、今度は普通のダンスをさせてくれ。私の体力が、夜明けまでもたないんだ」
「おーっほっほっほ! 安心なさいな、殿下! 私が最高のプロテイン・ドリンクを用意して差し上げますわ!」
私たちは再び、誰よりも高く、誰よりも激しく、夜会のフロアを駆け抜けました。
「ダンスではなく格闘」
そう揶揄されたその舞踏は、しかし、アステリアの貴族たちの心に、「自由とは何か」という強烈な印象を刻み込んだのでした。
そして私は確信したのです。
ズボンを履いた悪役令嬢こそ、この世界で最強の存在であることを!
私はシオン殿下の手を力強く握りしめ、ダンスフロアの中央で猛烈な回転を繰り出しておりました。
通常、ワルツというものは、蝶が舞うように優雅で、夢見るような足取りで行われるものですわ。
しかし、今の私たちが披露しているのは、もはや舞踏という名の「演武」に近い何かでした。
「リオナ、分かった……分かったから、少しだけ出力を落としてくれないか! 私の腕が関節から外れそうだ!」
「甘いですわ、殿下! このドレス、いえ、ワークウェアの真価は、この超高速旋回における空気抵抗の少なさにありますの! さあ、次のステップは三回転半ですわよ!」
私はスリットから覗くスラックスを翻し、床を力強く蹴りました。
キュキュッ、と小気味よい音が響きます。
それは、私が事前に靴底に仕込んでおいた「微細な埃を吸着する特殊フェルト」が、床を完璧に清掃している音ですわ!
「見なさいな! 私たちが通り過ぎた後の床の輝きを! これこそが、ダンスと清掃の完全なる融合……名付けて『クリーン・ダンス・レボリューション』ですわ!」
「……名前が長すぎるし、ダンスの本質が迷子になっているよ!」
シオン殿下は悲鳴に近い声を上げながらも、見事な身体能力で私の暴走についてきてくださいました。
さすがは隣国の王子、有能ですわね。ヴィンス王子なら、今の一回転目で確実に明後日の方向へ吹っ飛んでいたことでしょう。
周囲の貴族たちは、私たちの「格闘技のようなダンス」に圧倒され、いつの間にかフロアの端へと避難していました。
「な、なんですの……あの動きは。あんなの、令嬢のダンスではありませんわ!」
ミリア様が、震える声で叫びました。
「殿下、あんな野蛮な女、早くつまみ出してくださいませ! 見てください、ドレスの下にズボンなんて……あんなの、変態ですわ!」
「……黙れ、ミリア。……見て分からないのか」
ヴィンス王子が、苦虫を噛み潰したような顔で私たちを見つめていました。
「あの二人の動き……一分の隙もない。リオナのあの足捌き、そしてシオン殿下の体幹の強さ。……あれは、お互いを完璧に信頼していなければ不可能な挙動だ」
「えっ? 殿下、何を感心していらっしゃるの!? ひどいですわ!」
ヴィンス王子はミリア様の声を無視し、拳を握りしめていました。
彼は、かつての婚約者がこれほどまでに躍動し、自分以外の男と息を合わせている姿に、言語化できない敗北感を感じていたのです。
「……私は、あんなリオナを一度も見たことがない。私の前ではいつも、一歩引いて、冷めた目で私を見ていたというのに……」
「殿下! もういいですわ、帰りましょう! こんなおかしなパーティー、出ているだけで恥ずかしいですわ!」
ミリア様が王子の腕を引っ張りましたが、その時、私が高速回転の勢いそのままに、二人の目の前でピタリと静止しました。
「おーっほっほっほ! ヴィンス殿下、ミリア様! 今の私たちのパフォーマンス、いかがでしたかしら?」
私は乱れた髪をかき上げ、清々しい汗を拭いました。
「……リオナ。貴様、公衆の面前でなんという恥晒しを。そんな格闘家のような格好で、アステリアの威信を汚しているとは思わないのか」
ヴィンス王子の言葉に、私は鼻で笑って答えました。
「威信? そんなもの、掃除の行き届いていない床と同じくらい価値がありませんわ。見てくださいまし、私のこの清々しい表情を! 重たいドレスに縛られ、殿下の顔色を窺っていた頃の私とは、魂の輝きが違いますのよ!」
私はシオン殿下の腕に、そっと自分の腕を絡めました。
「シオン殿下は、私のこの『機能美』を認めてくださいました。私を、ただの着せ替え人形ではなく、一人の『清掃という名の専門職』として扱ってくださったのですわ!」
「リオナ……」
シオン殿下が、優しく私を見つめました。
「そうだ。君は、誰の所有物でもない。君は君自身の力で、このフロアを……いや、この世界を磨き上げているんだ。私は、その姿にこそ、真の気高さを感じる」
「まあ、殿下! お上手ですわね。では、ご褒美に明日の朝は、殿下の愛車の馬車を、素手で鏡面仕上げにして差し上げますわ!」
「……それは、道具を使ってくれないかな」
シオン殿下は苦笑しながらも、私の手を強く握り返しました。
ミリア様は、私たちの「愛」と「掃除」の絆に言葉を失い、顔を真っ赤にして地団駄を踏んでいました。
「もういいですわ! 殿下、行きましょう! こんな掃除女、放っておけばいいんですわ!」
ミリア様はヴィンス王子を半ば強引に引きずり、会場を後にしました。
静まり返ったフロアに、楽団の演奏だけが再び優雅に流れ始めます。
「さて、シオン殿下。邪魔者が消えたところで、第ニ回戦と参りましょうか? 今度は、壁際の蜘蛛の巣をターゲットにした『ジャンピング・ワルツ』ですわよ!」
「……リオナ、お願いだから、今度は普通のダンスをさせてくれ。私の体力が、夜明けまでもたないんだ」
「おーっほっほっほ! 安心なさいな、殿下! 私が最高のプロテイン・ドリンクを用意して差し上げますわ!」
私たちは再び、誰よりも高く、誰よりも激しく、夜会のフロアを駆け抜けました。
「ダンスではなく格闘」
そう揶揄されたその舞踏は、しかし、アステリアの貴族たちの心に、「自由とは何か」という強烈な印象を刻み込んだのでした。
そして私は確信したのです。
ズボンを履いた悪役令嬢こそ、この世界で最強の存在であることを!
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