「婚約破棄? ええ、どうぞ!(食い気味)」

黒猫かの

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「リオナ、今夜の夜会だが……君には私のパートナーとして出席してもらいたい」


シオン殿下からそう告げられた時、私はちょうど、廊下の装飾柱にある天使の彫刻の「鼻の穴」を綿棒で掃除している最中でした。


「パートナー? 殿下、寝言は寝てからおっしゃって。私は侍女ですわよ? パーティーでは銀のトレイを持って、皆様が食べ散らかしたカナッペの残骸を音速で回収するのが私の使命ですわ!」


「いや、今回は我が国を訪れているヴィンス殿下たちへの歓迎も兼ねている。君が侍女として走り回っていると、彼らの精神衛生上、あまりよろしくないと思ってね」


シオン殿下は苦笑しながら、私の手から綿棒を取り上げました。
そして、用意されていた豪華な衣装箱を指差しました。


「衣装は用意してある。この国の最高級のシルクと、君の瞳に合わせた宝石を散りばめたドレスだ。着替えておいで」


私はその箱を開け、中身を確認しました。
……そして、0.5秒で蓋を閉じました。


「お断りいたしますわ! こんな重厚長大な布の塊、着た瞬間に私の機動力はゼロになりますわよ! 裾は三メートルもあるし、コルセットは鋼鉄のように硬い……。これでは、万が一会場に埃を発見しても、全力で雑巾がけができませんわ!」


「夜会の最中に雑巾がけをしようとするなと言っているだろう」


「殿下、美しさと機能性は両立すべきですわ。……分かりました。このドレス、私が『リメイク』して差し上げますわ!」


「え、リメイク……? おい、リオナ! それは国宝級の職人が作った……!」


呼び止めるシオン殿下の声を背中で聞き流し、私はミシン(アステリア式)と裁縫セットを抱えて自室に籠もりました。
労働の喜びを知った今の私に、不可能はありませんわ!


そして数時間後。夜会の幕が上がりました。


会場には、煌びやかな正装に身を包んだ貴族たちが集まっています。
中でも一際目を引くのは、これでもかというほどフリルを盛り盛りにした、巨大なショートケーキのようなドレスを着たミリア様でした。


「見てくださいまし、ヴィンス殿下。これがアステリアで一番流行っているスタイルの特注品ですわ。……あら、あそこにいるのは、もしやリオナ様?」


ミリア様が指差した先。
会場の入り口に、私は堂々と現れました。


私が身に纏っているのは、シオン殿下が用意したドレスを大胆に改造した「リオナ・スペシャル」ですわ!


まず、邪魔な裾は膝丈までカットし、代わりに下には動きやすいシルクのパンツを着用。
背中には、いざという時のために「伸縮自在の掃除用はたき」を収納できる隠しホルダーを装備。
さらに、ウエストのポーチには、最高級の宝石に見せかけた「小分けの研磨剤」がぎっしり詰まっています。


「おーっほっほっほ! 皆様、ごきげんよう! 本日のドレスのテーマは『エレガンス&ワークウェア』。美しく舞い、かつ迅速に磨く! これぞ新時代の令嬢スタイルですわ!」


会場全体が、私のあまりにも斬新すぎる……というか、令嬢の概念を根底から覆す姿に絶句しました。
ヴィンス王子にいたっては、持っていたグラスを床に落として割ってしまいました。


「……リ、リオナ。貴様、その格好はなんだ! ドレスの下にズボンだと!? 正気か!」


「あら、ヴィンス殿下。グラスを割るなんて、相変わらず粗忽でいらっしゃいますわね。……ほら、見てくださいまし!」


私はシュバッという風切り音と共に、ドレスの裾を翻して膝をつきました。
そしてポーチから取り出したクロスで、床の破片と飲みこぼしを、瞬きする間もなく拭き取ったのです。


「見ていただけました? この動きやすさ! 従来のドレスなら、今ので裾がびしょ濡れになって退場ですわ。ですがこの『自前ドレス』なら、掃除中も優雅さを一切失いませんのよ!」


「掃除中も、じゃないわよ! リオナ様、貴女、本当に頭がおかしくなったんですのね! そんな惨めな姿で殿下の隣に立つなんて、アステリアの恥ですわ!」


ミリア様が勝ち誇ったように笑いました。
しかし、その笑いはすぐに凍りつくことになります。


「恥? いいえ、ミリア様。これこそがアステリアの新しい『誇り』だよ」


シオン殿下が歩み寄り、私の肩を抱き寄せました。
彼は、私の奇妙な格好を見て驚くどころか、その瞳には深い感銘の色が浮かんでいました。


「無駄を削ぎ落とし、自らの意志で動きやすさを追求する。その気高さ……。リオナ、君はやはり、この国で一番美しい。そのドレス、明日から王宮侍女の正式採用試験の正装にしてもいいくらいだ」


「まあ、殿下! お目が高い! では、この『はたきホルダー』の特許も申請しておきますわね!」


「……それは検討させてくれ」


シオン殿下は苦笑しながらも、私の手を取り、ダンスフロアの中央へと導きました。


音楽が流れ始めます。
私はシオン殿下の手を取り、軽やかにステップを踏みました。
裾を気にせず、風のように舞う感覚。


「リオナ、君と踊っていると、まるで戦場を駆け抜けているような気分になるよ」


「あら、最高の褒め言葉ですわ! 殿下、リードが少し甘いですわよ? もっと力強くエスコートしてくださいまし。私の移動速度に遅れないようにね!」


私たちは、会場中の視線を独り占めしながら、誰よりも激しく、そして誰よりも楽しそうに踊り続けました。


隅っこで歯噛みしながら私たちを見つめるヴィンス王子とミリア様。
彼らが選んだ「重すぎる過去の栄光」と、私が自ら作り出した「軽やかな未来」。


勝負は、踊り出す前からついていたのですわ。


「おーっほっほっほ! 殿下、ターンですわよ! もっと回って! ついでにその勢いで、床の埃を私の靴底で絡め取りますわ!」


「……リオナ、頼むから踊ることに集中してくれ」


夜会は、リオナ流の「機能美」という名の旋風に巻き込まれ、アステリアの歴史に残る伝説の一夜となったのでした。
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