「婚約破棄? ええ、どうぞ!(食い気味)」

黒猫かの

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「……嫌! 嫌ですわ! どうしてこの私が、こんな汚らしい布を持って床を這いつくばらなきゃいけないんですの!?」


ミリア様が、渡された雑巾を放り投げ、いつものように地団駄を踏みました。
その頬には涙が伝っていますが、あいにく今の彼女の顔は、掃除の最中に自分でつけた煤でドロドロ。
「悲劇のヒロイン」というよりは、「泥遊びに失敗した子供」にしか見えませんわ。


「ミリア様、雑巾を投げるとは何事ですの。雑巾は、汚れという悪を吸い取ってくれる聖なる布ですわよ? それを捨てるのは、自分の良心を捨てるのと同じですわ!」


私は腰を落とし、彼女が投げた雑巾を流れるような動作で拾い上げました。
そして、彼女の目の前でピカピカに磨かれた床を指差しました。


「いいですか、ミリア様。貴女が『数字なんて可愛くない』と言って燃やした書類のせいで、この国の人々は今日食べるパンにも困っているのです。その罪を、たかが数時間の雑巾がけで購えると思っていらっしゃるの?」


「そんなの、私のせいじゃないわ! 殿下が私をちゃんと守ってくれないから……! ねえ、ヴィンス殿下、何とか言ってくださいまし!」


ミリア様が、隣で必死に窓枠を磨いているヴィンス王子に縋り付きました。
しかし、王子は彼女を見ることなく、ただ無心に手を動かしていました。


「……ミリア。すまないが、今は話しかけないでくれ。このサッシの溝に溜まった砂利が、今の私の人生の優先事項なんだ」


「で、殿下!? 貴方までそんな……! あんな嫌味なリオナ様の言うことなんて、聞かなくていいんですわ!」


「おだまりなさいな、ミリア様」


私は一歩踏み出し、彼女の逃げ場を塞ぐように影を落としました。
かつての私は、貴女のその無垢を装った残酷さに、ただ耐えるだけでした。
ですが、今の私にはアステリアで培った「労働の正義」がありますの。


「貴女は、自分が特別だと思い込んでいるようですけれど。……リオナがいれば掃除をしてくれる、リオナがいれば書類をまとめてくれる。その『リオナ』という土台の上で、貴女はヒロインのふりをしていただけ。……土台を失った今の貴女に、何が残っているとおっしゃるの?」


「なっ……! 私には、殿下の愛が……」


「愛? ああ、あちらで必死に砂利と格闘している殿下のことかしら? ……ミリア様。愛とは、共に困難を乗り越える力のことですわ。今の貴女は、ただの『お荷物』ですのよ。……おーっほっほっほ! この言葉、貴女の心に深く刻んで差し上げますわ!」


私はミリア様の手に、再び雑巾をギュッと握り込ませました。


「選択肢は二つですわ。一つ、このまま泣き言を言い続けて、アステリアの監獄へ『不敬罪および国家破壊罪』で収監されること。二つ、今すぐ私と一緒にこの廊下を磨き上げ、労働の喜びを知り、まともな人間として再出発すること。……さあ、どちらがよろしい?」


ミリア様は私の迫力に気圧され、唇をワナワナと震わせました。
彼女はシオン殿下の方にも助けを求める視線を送りましたが、殿下は壁に寄りかかり、優雅にリンゴをかじりながら首を振りました。


「私はリオナの決定に従うよ。……あ、ちなみに我が国の監獄は、今のこの城よりずっと『綺麗』だけれど、自由は一切ないよ?」


シオン殿下の追い打ちに、ミリア様はついにポロポロと本物の涙を流しました。
彼女は絶望したように床を見つめ、震える手で雑巾を床に押し当てました。


「……わ、分かりましたわよ。やればいいんでしょう、やれば!」


「よろしい。……あら、力が足りませんわね。もっと体重を乗せて! 心の中の濁りを吐き出すように、力強く磨きなさいな!」


ミリア様が半泣きになりながら、ぎこちない動作で床を磨き始めました。
それを見届けて、私はふうと小さく息を吐きました。


「……リオナ、いいのかい? あんなに簡単に許してしまって」


シオン殿下が隣にやってきて、私の耳元で囁きました。


「許したわけではありませんわ、殿下。……彼女にはこれから、自分が壊した国の大きさを、身をもって知ってもらうのです。……掃除が終わったら、次は市場での炊き出し。その次は、崩れた街道の石拾い。……彼女が、自分の手で稼いだ一枚の銅貨の重さに涙するまで、私は徹底的に教育して差し上げますわ!」


「……ふふ、やっぱり君は最強の教育者だね。……あちらの王子も、なんだか目つきが変わってきたようだ」


見れば、ヴィンス王子は窓掃除を終え、今は床の汚れを「これは私の心の闇だ……!」と呟きながら、狂ったように磨き続けていました。
どうやら、ショック療法が効きすぎて、新しい扉を開いてしまったようですわね。


「さて、殿下。故国のゴミ掃除も、ようやく目処が立ちましたわ。……ですが、私の『本当の仕事』はこれからですの。……破産した公爵家、そしてこの国の財政を、アステリア流に魔改造して差し上げますわよ!」


「ああ。君の采配、楽しみにしているよ。……私の王妃殿下(予定)」


シオン殿下の言葉に、私は少しだけ頬を染めながらも、高らかに笑い声を上げました。


元悪役令嬢、リオナ。
ミリア様との因縁に、掃除という名の「ケジメ」をつけ。
今度は一国の再建という、前代未聞の大掃除に挑みます!


「おーっほっほっほ! この国を、世界で一番『清潔で有能な』アステリアの属国……いえ、友好国にして差し上げますわ!」


私の高笑いは、ようやく綺麗になり始めた故国の城内に、いつまでも響き渡っていました。
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