悪役令嬢の請求書は青天井!婚約破棄されたので請求しました!

黒猫かの

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「た、大変ですぅぅ! オーナー! 店が包囲されましたぁ!」

平和な午後の『黒字屋』に、ミシェルの悲鳴が響き渡った。

私が帳簿から顔を上げると、店の窓の外が銀色に埋め尽くされていた。

鎧だ。

武装した騎士たちが、店を完全に取り囲んでいる。

その数、およそ五十名。

「……何の騒ぎかしら。タイムセールはまだ先よ?」

私が眉をひそめて店を出ると、騎士たちの中心から一人の男が進み出てきた。

第三騎士団の団長だ。

彼は剣の柄に手をかけ、厳めしい顔で私を睨みつけた。

「アイーダ・フォン・ローゼンバーグ! ロベルト殿下の命により、貴殿の身柄を確保する!」

「……身柄確保? 容疑は何です?」

「容疑ではない! 『救出』だ!」

「は?」

団長は背後の馬車を指差した。

その窓から、作業着姿のロベルトが顔を出し、涙ながらに叫んだ。

「アイーダ! 今助けるぞ! あんな悪魔のような宰相の下で、無理やり働かされているんだろう!? 僕が騎士団を率いて助けに来たぞ!」

「…………」

私は天を仰いだ。

どうやらこのバカ王子は、私がクラウスの下で働いている(そして稼ぎまくっている)のを、「借金のかたに監禁されて強制労働させられている」と脳内変換したらしい。

「さあ、アイーダ嬢! こちらへ! 悪徳宰相の手から逃れるのです!」

団長が正義感に燃えた瞳で手を差し伸べてくる。

彼ら第三騎士団は、別名「筋肉騎士団」。

腕っぷしは強いが、頭の中まで筋肉でできているため、ロベルトの言葉を鵜呑みにしたのだろう。

店の中ではミシェルが「ひぃぃ、戦争ですぅ!」と震え、客たちが逃げ惑っている。

これは、営業妨害だ。

明確な、損害である。

私は懐から愛用の電卓を取り出し、カチャリと音を立てて構えた。

「……団長さん。一つ確認させてください」

「なんだ?」

「今回の出動は、国王陛下の勅命ですか? それとも騎士団本部の正規の任務ですか?」

「いや、ロベルト殿下からの『個人的な頼み』だ! 『愛する元婚約者が危機に瀕している』と聞き、義侠心から駆けつけた!」

「なるほど。『個人的な頼み』で、『義侠心』ですか」

私はニヤリと笑った。

その瞬間、団長の背筋に悪寒が走ったのが見えた。

「つまり、これは『公務』ではない。殿下の『私用』であり、貴方たちの『サークル活動』ということですね?」

「サ、サークル活動……? 何を言う! 我々は正義のために――」

「では、請求させていただきます」

私は電卓を高速で叩き始めた。

タタタタタッ! という音が、剣を抜く音よりも鋭く響く。

「まず、騎士五十名の拘束費用。公務外での稼働ですので、正規の給与は出ません。よって、派遣労働者としての時給が発生します。危険手当込みで、一人あたり一時間銀貨五枚」

「は? じ、時給?」

「次に、装備の減価償却費。その鎧と剣、国の持ち物ですよね? 私的な喧嘩に持ち出して傷がついたら誰が払うのですか? レンタル料として、一式につき金貨一枚」

「れ、レンタル……!?」

「さらに、馬の飼育費と道路占有使用料。これだけの馬が道を塞げば、近隣店舗への営業補償も必要です。その額、概算で金貨百枚」

「ひゃ、百枚!?」

団長の顔から血の気が引いていく。

「そして何より……私の店の『営業妨害による逸失利益』。この騒ぎで逃げた客の数と、私の貴重な時間を奪った慰謝料。これらを合計しますと――」

私は弾き出された数字を、団長の目の前に突きつけた。

「今回の『救出劇(ごっこ遊び)』にかかる総経費は、金貨五百枚となります。……で、誰が払うのですか?」

「だ、誰がって……そ、それは……」

団長は慌てて馬車のロベルトを振り返った。

「で、殿下! こ、この費用は……?」

ロベルトが顔を引きつらせて首を振った。

「は、払えるわけないだろう! 僕の今の全財産は、さっきアイーダからもらった印税(金貨三十枚)だけだぞ!」

「ええっ!? 殿下、話が違います! 『経費は国持ちだ』と仰ったではないですか!」

「アイーダが『公務じゃない』って言っちゃったから……!」

団長は再び私に向き直った。

「そ、そんな馬鹿な! 我々は正義のために来たんだ! 金なんて関係ない!」

「関係あります。ここは法治国家です」

私は一歩踏み出し、冷徹に言い放った。

「正規の手続きを経ない軍事行動は、ただの『暴動』です。もし費用を払わないなら、今すぐこの見積書を持って憲兵団と財務省に行きます。『第三騎士団が王子の私怨で武装蜂起した』と通報しますが、よろしいですか?」

「ぶ、武装蜂起……!? そ、それはクーデター扱いになってしまう!」

「ええ。全員、懲戒免職。下手をすれば反逆罪で処刑ですね。……あ、処刑費用の請求先も決めておかないといけませんね」

「ひぃぃぃっ!!」

騎士たちが一斉に悲鳴を上げた。

「だ、団長! まずいです! 俺、家のローンがあるんです!」

「来月結婚するのに、無職は困ります!」

「殿下! どうにかしてくださいよ!」

騎士たちの怨嗟の声が、馬車のロベルトに集中する。

ロベルトは「ひぃっ、こっちを見るな!」と窓を閉めようとするが、部下たちに引きずり出された。

「……さて、団長さん。どうしますか? このまま『救出』を続行して、反逆罪と金貨五百枚の借金を背負いますか? それとも……」

私は優雅に、帰り道を指差した。

「今すぐ解散して、『散歩をしていただけ』ということにしますか? 今なら、私の『見積作成手数料(金貨十枚)』だけで見逃してあげますが」

「か、帰ります!!」

団長は即答した。

「全軍、撤退! 撤退だぁぁ! これはただの遠足だ! 何も見ていない! 何もしていない!」

「ええっ!? 待ってよ、僕を置いていかないで!」

ロベルトが叫ぶが、騎士たちは我先にと逃げ出した。

「殿下のせいで処刑されたらたまりません!」

「もう二度と個人的な相談には乗りませんからね!」

砂煙を上げて去っていく騎士団。

後に残されたのは、私への「見積作成手数料」の支払いを義務付けられた団長(の借用書)と、道端に放置されたロベルト王子だけだった。

「……ぐすん」

ロベルトが鼻をすすりながら立ち上がる。

「ど、どうしてこうなるんだ……。僕はただ、君を助けたかっただけなのに……」

「殿下。助けるどころか、私の店の売上を下げるところでしたよ」

私は腕を組み、呆れ顔で見下ろした。

「いいですか。人を動かすには金がかかるのです。愛や正義だけで、五十人の大人が動くと思ったら大間違いです」

「で、でも……物語の中では……」

「現実を見てください。……はぁ」

私はため息をつき、ロベルトの肩をポンと叩いた。

「まあ、今回の騒動も『ネタ』にはなりますね」

「え?」

「次回のポエム集の特別付録。『王子、騎士団に捨てられる ~勘違いの代償~』。実録ドキュメンタリーとして書き下ろしてください」

「そ、そんな恥ずかしいこと書けるか!」

「書けば印税で、騎士団への詫び料くらいは払えるようになりますよ?」

「……書きます」

ロベルトはがっくりと項垂れた。

その背中は、来た時よりも一回り小さく見えた。

「さすがオーナー! 騎士団を電卓一つで追い返すなんて!」

店の中からミシェルが飛び出してきて、私の手を取った。

「感動しました! 私、やっぱり一生ついていきます!」

「おだてても時給は上がりませんよ。さあ、営業再開です。客足が戻る前に呼び込みをして」

「はーい♡」

騒動は収束した。

遠くの物陰から、その一部始終を見ていた銀髪の男――クラウス公爵が、肩を震わせて笑っているのには気づかないふりをした。

「……くくっ。私の出る幕などなかったな。彼女にかかれば、軍事力さえも『経費』の一言で無力化されるとは」

彼は満足げに頷き、王城へと戻っていった。

「最強の国家防衛システムを手に入れた気分だ」

そんな独り言を残して。
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