悪役令嬢の請求書は青天井!婚約破棄されたので請求しました!

黒猫かの

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「――ロベルト。前へ」

王城、謁見の間。

かつては豪華な絨毯が敷かれ、シャンデリアが煌めいていたこの場所も、今は私の『大断捨離キャンペーン』によって石畳がむき出しになり、がらんとした空間になっていた。

その中央で、質素な椅子(玉座は売却済みで、今は木製の椅子)に座る国王陛下が、低い声で告げた。

呼び出されたのは、私、クラウス公爵、そしてロベルト殿下の三名だ。

ロベルト殿下は、先日古着屋で買った少しサイズの合わないスーツを着て、震えながら跪いている。

「は、はい……父上……」

「父と呼ぶな。余は今、国王として貴様に判決を下す」

国王の声が、何もない空間によく響く。

「ロベルトよ。貴様の長年にわたる浪費、公務の放棄、そして今回の騎士団私的流用騒動……。もはや、看過できぬレベルに達した」

「うっ……」

「余も甘かった。貴様がいつか改心し、立派な王になることを夢見ていた。だが……アイーダ嬢の爪の垢を煎じて飲ませても、貴様は貴様だった」

国王は深く溜息をつき、私の方をチラリと見た。

「アイーダ嬢。此度の城内整理、大義であった。おかげで目が覚めたよ。『物』に固執するあまり、肝心の『跡継ぎ教育』という投資を怠っていたことにな」

「恐縮です、陛下。損切りは早ければ早いほど傷は浅く済みます」

「うむ。……というわけで、ロベルト」

国王は立ち上がり、高らかに宣言した。

「本日をもって、貴様を『廃嫡』とする!」

「は、廃嫡……!?」

ロベルトが顔を上げた。

「王位継承権の剥奪、および王族からの除籍だ。貴様は今日から、ただの平民ロベルトとなる」

「そ、そんな……! じゃあ僕は、国外追放ですか? それとも修道院へ幽閉ですか?」

ロベルトが涙目で尋ねる。
通常、廃嫡された王族の末路といえばその二択だ。

しかし、国王は首を横に振った。

「いいや。追放しても他国で借金を作るだけだし、修道院に入れたら神父が過労死するだろう」

「えっ」

「貴様には、もっと過酷で、かつ国益になる場所へ行ってもらう」

国王はビシッと指差した。

その指の先には――私がいた。

「へ?」

「アイーダ・フォン・ローゼンバーグ!」

「はい」

「この愚息の身柄を、貴嬢に預ける! 貴嬢の店『黒字屋』にて、住み込みの従業員としてこき使い、完済するまで死ぬ気で働かせよ!」

「……はあ」

私は電卓を取り出し、計算を始めた。

「王族としての身分保障がなくなるということは、警備コストが下がりますね。その代わり、教育コストと食費がかかります。……まあ、労働力として使い潰すなら、トントンでしょうか」

「許可する! 給金は最低賃金で構わん! 衣食住さえあれば十分だ!」

「分かりました。では、『無期限労働契約』を結ばせていただきます」

「うむ。頼んだぞ」

国王と私の間で、ロベルトの身柄に関する商談(譲渡契約)が成立した。

ロベルトはあんぐりと口を開けている。

「ちょ、ちょっと待ってください! 僕の意見は!?」

「ない」

「ない」

私と国王の声が重なった。

「ロベルト、感謝せよ。アイーダ嬢の下なら、少なくとも飢え死にはせん。それに、彼女は数字には厳しいが、理不尽なことはせん。貴様を『人間』にしてくれる唯一の場所だ」

国王の言葉には、厳しさの中にわずかな親心が滲んでいた。

「行け、ロベルト。そして、一人前の男になるまでは、二度と城の敷居を跨ぐな」

「父上……」

ロベルトは唇を噛み締め、そして深く頭を下げた。

「……謹んで、お受けいたします」

涙声だったが、拒絶の言葉はなかった。
彼も薄々、こうなることを予感していたのかもしれない。

***

一時間後。

『黒字屋』のバックヤード。

「――はい、これが今日からの貴方の制服と、ネームプレートです」

私はロベルトに、新しい服を支給した。
店のロゴが入ったエプロンと、胸につける名札だ。

名札には、『新人 ロベルト(借金返済中)』と書かれている。

「うう……本当に平民になっちゃったんだ……」

ロベルトはエプロンをつけながら、鏡を見て項垂れている。

「元気出してくださいよぉ、ロベルト君!」

先輩従業員となったミシェルが、背中をバンと叩いた。

「私なんて最初から平民(男爵家除籍済み)ですよ? 慣れれば楽しいですよぉ。お客様に『ありがとう』って言われると、ポエム書くよりドーパミン出ますから!」

「ミシェル……。君は逞しいな……」

「愛よりお金、ですから!」

ニカッと笑うミシェル。
その笑顔は眩しい。

「さて、ロベルト。最初の仕事よ」

私は指示棒で壁の当番表を叩いた。

「トイレ掃除、皿洗い、買い出し、そしてポエム集第三弾の執筆。……ああ、それと」

私は外を指差した。

「店の前の溝掃除もお願いね。最近、雨で詰まり気味だから」

「み、溝掃除……」

「嫌なら辞めてもいいけど、行く場所ある?」

「……やります。やらせてください」

ロベルトはエプロンの紐をキツく締め直した。

その目には、以前のような甘えは消え、代わりに「社畜」特有の悲壮な覚悟が宿っていた。

「いらっしゃいませー!!」

数分後。

店頭に立つロベルトの、やけに大きな声が商店街に響いた。

「えっ、あれ王子様じゃない?」
「なんか『新人』って書いてあるぞ」
「廃嫡されたって噂、本当だったんだ!」

街の人々がざわつくが、ロベルトは顔を真っ赤にしながらも、頭を下げ続けた。

「よ、よろしくお願いしまーす! おすすめは『ミシェル特製クッキー』でーす!」

その姿を見て、カウンターで紅茶を飲んでいたクラウスが、小さく笑った。

「……変われば変わるものだな。あのプライドの塊だった男が」

「環境が人を変えるのです。……いえ、彼の場合、借金が人を変えたと言うべきでしょうか」

「どちらにせよ、君の育成手腕は見事だ。……我が国の教育機関の長も兼任してもらうか?」

「お断りします。子供は金になりませんから」

私は即答し、ロベルトの働きぶりを帳簿につけた。

『ロベルト:接客態度B+。声の大きさA。……生産性、向上中』

元王子の、平民としての第二の人生。

それは私の店の「黒字」を支える、重要な労働力としてスタートしたのだった。

「さあ、ロベルト! サボってると時給引くわよ!」

「は、はいぃぃ! すぐ行きます、オーナー!」

彼の返事は、城にいた頃よりもずっと生き生きとして聞こえた。
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