朝凪の海、雲居の空

朝霧沙雪

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紺青

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  押上駅で地下鉄を下りて、キラキラしたスカイツリータウンの中で、タキは紅茶とチョコチップのクッキーを買った。
 夜の東京の下町を二人でゆっくり、手を繋いで歩いた。さゆは少し緊張していたけれど、なんだかまだ、現実感が無くて身体がふわふわして、地面から三センチ浮きそうだった。
 途中、コンビニの前を通り掛かった時、タキが、
「あ、ちょっと待ってて」
 と中に一人で入ろうとした。
「え、私も行くよ?飲み物買いたい」
「何がいい?一緒に買ってくるから、外で待ってて」
「う、うん。午後の紅茶のミルクティーがいい」
 タキは一人で店内に向かった。手持ち無沙汰になったさゆが店内をぼうっと覗いていると、まずタキはペットボトルを二本手にし、そのまま足早にコンドームに手を伸ばして会計していた。
(うわわわ)
 さゆは今更ながら意味に気付いて顔から火が出る位恥ずかしかった。そこにタキが、
「お待たせ」
 と戻って来た。
「あああ、ありがとう」
「?うん」
 タキは目を細めてさゆの髪をそっと撫で、そのまま、また軽く手を繋いで歩き出した。
「あと十五分位で着くから」
「…………うん」
 タキは普段よりも少し饒舌で、映画の話や最近読んだ小説の話をぽつぽつとし続けた。気を遣ってくれているのか、機嫌が良いのかさゆには分からなかった。握る手が段々と熱を帯び、力が強くなるのを感じていた。
(本当にこれで良かったのかな)
 この手を離したくないと確かに思ったのは自分だ。今更、貞操がどうとか、タキの過去がどうとか言うつもりはないけれど。
 押上の喧騒から段々と離れ、小さな川沿いを歩く。信号の無い交差点で立ち止まった。
(あ)
 タキが身をかがめて、ゆっくりとさゆにキスをした。柔らかい唇の感触。
(久しぶりだな。キスするの)
「……俺、本当に幸せ。こんなに幸せでいいのかな」
 タキが微笑む。そのまま引かれた腕が強くて、さゆは思わずそのまま立ち尽くした。
(怖い)
(タキも結局、今までの男と変わらないんじゃないの?)
 また痛い思いをするのが、苦しい思いをするのがただただ怖かった。
(乱暴されても部屋だと誰も助けてくれない。怖い)
「どした?」
 川の向こうに見えるスカイツリーは遠くなり、辺りはすっかり住宅街だ。高層マンションは無く、公営住宅とアパートと一軒家がひしめいていた。
「う、ううん」
 タキが少し背を丸めて、さゆの顔を覗き込んだ。いつもと表情は変わらなかった。ここまで来て帰るとも言えなくて、さゆは首を小さく振った。
「無理しないで、言ってね」
「うん…………」
 タキは丁寧に手を握り直した。さゆはもう抵抗せずにそのまま歩き出した。
 ただ、ここで、拒絶してタキを喪うのが怖かった。

 その部屋の壁には、昔自分が描いた、百羽の鴉の絵が掛けられていた。
 タキと出会った銀座の画廊に出品した絵だ。
「あ、ありがとう。飾ってくれてる」
「ん」
 玄関で見回すと、薄暗い蛍光灯に照らされたアパートは、必要最低限の日用品しか置かれておらず、カーテンもカラーボックスも真っ白で生活感が無い。実験室の様な部屋だ。さゆの絵が浮いている。猫の匂いが少しした。
「古いけど部屋が二つあって、もう一部屋は右奥。本やCDを置いてるんだ」
 さゆの後ろでタキが言った。ふいに、絵の前の濃い青のシーツが掛かったベッドが眼に飛び込んで来て、さゆはまた、強い緊張に襲われた。 
(私本当にタキとするんだな)
 肩に力の入ったさゆを、タキが後ろから抱きしめた。
「そんな、緊張しないでよ。嫌だったら、途中で止めても全然構わないから」
「え!?そんなこと出来るの!?」
「うん、俺は出来るよ」
 その時、ベッドからドスンと何かが飛び降りて、ゆったりとさゆの前にやって来た。
「あ、ルーク?」
 それは、真っ白で、左耳だけが僅かに黒い、スマートな猫だった。両眼は金色だ。
 ルークはさゆの前で「ニャア」と何度か鳴くと、腰をかがめたさゆの手に、顔を擦り付けた。
「ルークは俺以外の人に会った事ないんだけど、懐いたみたいだね。良かった」
 クッキー食べよう?とタキは言い、二人でペットボトルのミルクティーとコーヒーを飲みながら、しばらく白いソフェに並んで座り、テレビで海のドキュメンタリーを観た。大きなクジラが小さいテレビの中で悠々と泳いでいた。タキはさゆの緊張をほぐすように、ゆったりとさゆの髪を撫でた。さゆはタキに寄りかかる。震えながら肩で息をしていたのが、段々と落ち着いてゆく。足元にいるルークの、ふわふわの感触のおかげでもあった。
 途中で「俺、こういうの五年ぶり位だけど、さゆはどれ位ぶり?」と不意に聞かれたので、「さ、三年ぶりくらい………」と答えたら、「そっか」とだけタキは呟いた。タキがギラギラした態度を取らない事もあって、少しだけさゆは落ち着きを取り戻した。足元に座ったルークは、キャットフードを食べ、そのままうとうとして寝てしまった。
 三十分ほど経った所で、タキが、
「今日はルークには書庫で寝てもらおう」
と、ルークとその丸い茶色の寝床を抱えて書庫へ入って行った。すぐ戻って来て、
「どうする?シャワー先に浴びる?」
とさゆに声を掛けた。
(あ、いよいよだ)
「う、うん。私先に入る」
 ぎこちない動きでさゆは脱衣所に向かった。タオル後で置いておくからね、服は着て待っててね、と後ろでタキの声が聞こえた。

(うわあうわあうわあ)
 シャワーを出しっぱなしにし、石鹸で身体を洗いながら、さゆはひたすら恥ずかしかった。タキがすぐ近くにいるのにシャワーを浴びている事も、「服は着て待っていて」という、これから脱がせる事を暗示する言葉も。ふと無駄毛が気になって、置いてあったカミソリで腕も足も丹念に剃った。
(あ、でもそう言えば)
 自分は、セックスする前にシャワー浴びたの初めてだなと、思った。それだけでも、なんだか今までとは違うのかも知れなかった。

 脱衣所を出ると、ふかふかの白いバスタオルとグレーの男物の部屋着が畳んで置いてあった。そうか、下着の替えもないやと今更思い出したけれどどうしようも無く、それらを着てタキの下に戻った。
 タキは眼を細めてさゆを迎えた。まだ落ち着いた雰囲気だった。
「ごめんね、服、そんなのしか無くて。今度買いに行こう」
「ううん」
 じゃあ、俺もシャワー浴びてくるから、とタキは席を立った。タキがいない、シャワーの音が響く部屋をさゆはしばらくウロウロと歩き回り、結局ベッドに腰掛けた。ベッドは掛け布団が床に降ろされ、大きなタオルケットだけが脇に置いてあった。
 ベッドに体育座りをすると、猛烈な恐怖が込み上げて来た。
(ただセックスするだけなのに、私なんでこんなに怖いんだろう)
 喉の奥が冷たい。段々息が速くなるのを感じた。今からタキに愛されるのだ、という感慨は全く無く、ひたすらにべったりとドス黒い恐怖が身体中を包んで、震えが止まらなくなった。
 今までされて来た、繰り返される乱暴なセックスを思い出した。殴られて腫れた頬、身体中を這い回る手、酒に酔った気持ち悪さや息苦しさ、体内に無理矢理に赤黒い汚い性器を挿入される痛みと嫌悪感、恐怖………。モノの様に、ゴミの様に扱われた苦しい記憶。
(ああ、私セックスするのと暴力を振るわれるのがもう、同じ意味になっちゃったんだ)
 抱えた腕の上に顔を埋めたけれど、もう過呼吸になりかけて、目の前が少し白かった。
「お待たせ…………え、平気?」
 タキは白いタオルで身体を拭きながら、シャワーから上がって来た。メガネは外し、上半身が裸だった。顔を上げないで荒い呼吸を繰り返すさゆに驚いて、つかつかと歩み寄り、さゆの隣に腰掛けて抱き寄せた。さゆは裸の胸の感触にびっくりして、また肩を震わせた。
「やめとく?抱き合って眠るだけとかにしとく?ね?」
「……………」
 温かい掌にゆっくり背中を撫でられながら、さゆは逡巡した。
(でも。私今日しなかったら、もう、一生、誰にも抱かれたりしないんだろうな)
 愛されたい、と心の奥の部分が、疼いていた。タキ以外に、こんな風に思える人には、きっともう出会えない。
(私だって、愛されたい)
「…………いい、する。今日、して。ごめんね、こんなんで」
 タキはかぶりを振って、さゆを抱きしめ続けた。さゆもタキの背中に腕を回した。
(タキは)
 自分がセックスを拒み続けても、きっと傍にいてくれるだろう。浮気もせず。きっと結婚もしないのに。だから尚の事、身体の繋がりがないのは寂しかった。
 しばらくの間、二人は無言で抱きしめ合っていた。遠くで車の走る音と、都会のざわめきが聴こえた。
 不意に、自分の絵が掛かった都心のアパートで、男と抱き合っているのがなんだか不思議だなとさゆが想った時。
「…………ねえ、さゆはさ」
「うん?」
 やがてタキが、ためらいがちに口を開いた。まだ背は優しく擦られていた。
「さゆは、自分がこういうことしてみても良いかなって思って、した事ある?」
「ううん、ない。それはない」
 相手からどう見えたかは知らないけれど。自分から望んでセックスした事なんて無かった。気持ち良いと思った事も一度も無かった。
「じゃあ、これがはじめてだね。優しくするからね」
 ………………その言葉が、今での人生の中で一番、震える位嬉しくて、さゆは少しタキの腕の中で涙を零した。タキは背中から動かした手で、さゆの頭を撫でた。
(本当は、『はじめて』なんかじゃないって、分かってる)
 もうとっくに処女膜なんて破られ、膣も何人もの男に無理矢理広げられた後だ。でも、タキが、自分の為に、望まない性行為をノーカウントだと、今日が「はじめて」だと言ってくれた事が、ただただ、天に登るほど嬉しくて、身体のこわばりが少し、ほぐれた気がした。
(タキはきっと、処女にはこだわってないんだろうけど)
 また少しの沈黙の後、タキはやや身体を離して、ゆっくりとキスをした。最初は何回か軽くついばむ様なキスをして、やがて深いくちづけに変わっていった。生き物の様にうねる舌がさゆの唇を舐め、歯列も舐めてから軽く口をこじあけ、さゆの舌を角度を変えて何度も吸った。
「………ん………ん」
 こんな深いキスは初めてだった。いつかカラオケボックスでしたのよりも長い。いつの間にか頭にタキの手が添えられていた。どれ位経っただろう。何度も何度もキスを繰り返していたタキが、電気を消してから、ゆっくりさゆの腕時計を外し、ベッドサイドに置いた。そして左手をさゆの服に伸ばす。さゆは拒まなかった。グレーのトレーナー、ズボン、そしてよれているブラが順番に外されていった。遂にショーツ一枚になり、どうしようもなく恥ずかしくて、さゆは片手で胸を隠した。チュっと軽い音を立ててキスを落とすと、タキは自分もズボンを脱いで青いトランクス一枚だけになった。
(細いな)
 タキの身体は骨が透けて見える程細く、肌も白かった。
 タキはまた何度もキスをし、ショーツにゆっくりと指を掛ける。さゆは真っ赤になりながら、少し腰を浮かしてショーツを脱ぐのを手伝った。眼を開けていられない。
「恥ずかしい、恥ずかしいよ」
 恋人に裸を見せている。それがとてつもなく恥ずかしくて、両手で顔を覆った。タキはすぐにタオルケットをさゆの身体に掛けると、頭を左手で支え、ベッドにゆっくりと倒した。さゆはまた、身体がこわばるのを感じた。
 頭のすぐ上に、半分影のかかった男の顔がある。そしてベッドの上だ。きっと自分は今、酷い顔をしている。
「大丈夫。大丈夫だからね」
 タキは優しく言い、さゆのおでこにキスをすると、
「ちょっと待ってて」
とベッドを抜け出した。どうしたのかと見ていると、テーブルに置いてあったコンビニの袋からコンドームを一つ取り出し、トランクスを脱ぐと、手早く自身に装着していた。
(あ、コンドーム付けるの初めて見たかも)
 タキはもう大分硬くなっていて、それを生で見た事で、また恥ずかしくてたまらなくなった。もう息をしていられない。
「お待たせ」
 タキがベッドの横に戻って来た。
「ううん。あ、ありがと」
「え、何が?」
「………………ゴム」
「ん」
 タキは小さく頷き、胸までタオルケットを掛けたさゆに跨ると、また深いキスを幾度も繰り返した。唾液を交換しても、気持ち悪いとは思わなかった。
(あ、なんか平気)
 今までのセックスで感じた嫌悪感が無かった。そんなの初めてだ。
「こういうキス平気?」
「うん………なんか楽しい」
「俺、本当はキスするのすごい好きだから………今日は一杯チュッチュしよ」
 いつもならタキが絶対に言わないような台詞に、さゆは吹き出した。
(可愛い)
 タキは耳にもキスをして、
「痛かったり、嫌だったらいつでも言って。俺は止められるから。あと、感じてる演技とか、しなくて良いんだからね」
 そう囁いた。
「うん…………」
 演技をしてもタキにはバレそうな気がしていた。
「ラクにして…………うつぶせになろっか」
 もう一度キスをして、耳元でタキが言う。さゆは頷いて、タオルケットの下で身体を反転させた。
(え、いきなり後ろからするのかな)
 身体を見られなくて良いかも、と思っていたら、タキがタオルケットを静かにお尻の下までめくった。
「うわわわ」
 スースーするし恥ずかしい。
「肌、白くて綺麗だね」
 タキはゆっくりとマッサージの様に背中に両手を円を描いて滑らせた。
「すごい綺麗。なめらか」
 産毛に触れる様なソフトタッチで、段々と掌を中心に滑らせてゆく。何度か繰り返し、時々ウエストの横の部分にも手を伸ばす。やがて太ももの内側も揉み解し、足首までゆっくりと優しく触れた。十分以上撫で続ける。
(うわ、これが『愛撫』っていうのか………)
 緊張が大分ほぐれてゆく。呼吸が段々深くなっていった。
(あ、なんか気持ち良いかも………)
 マッサージされているような、リラックスした気分になっていく。タキに触れられているのも嬉しかった。
 さゆの様子を見ていたタキは、不意に手を止めると、身体を密着させてさゆの髪をかきあげ、首筋にキスをした。ふああ、とさゆは息を深く洩らした。
「首、気持ち良い?」
「うん………肌、くっついてるの気持ち良い」
 ふふ、とタキは笑い、背中にキスを落とし始めた。最初は背骨に沿って。それから、キスをしていない場所がないほど、背中に無数のキスを落とし、足にも上からキスの嵐を浴びせた。
(気持ち良い)
 チュッ、チュッという音が室内にずっと響く。長い長いキスだった。頭がぼおっとしてくる。やがてお尻にタキの手が伸びて、ゆっくり揉まれた。
「……あっ……あ……」
 急に自分から小さく漏れ出した声に、さゆはびっくりした。掌で口元を押さえる。
(嘘。私、喘いでる。恥ずかしい)
「可愛い。声、聴かせて?」
 掌を口元からゆっくり外させて指を絡めながら、タキが耳元で息を吹きかけた。
「うひゃあ」
「ふふ」
「で、でもここアパートだし………」
「叫ばれると困るけど、小さく声出す位なら大丈夫だと思う。ここ角部屋で、隣の部屋も空室だし」
「う…うん……」
 タキはまたキスに戻り、しばらくするとさゆはもう、微かに出る喘ぎ声を止められなくなった。息が荒い。
(こんなになっちゃうの、私)
 怖い怖いと怯えていたさっきの自分が嘘みたいだ。
(全然、違う。無理矢理されるのとは、本当に全然)
 男に触れられる事で、全身を満たす快感を初めて覚えていた。
「そろそろ仰向けになろっか」
 タキはそう言うと、タオルケットを再び首元まで掛けてくれた。さゆは頷いて仰向けになろうとしたが、もう身体に力が入らなくなって来ていた。
「ゆっくりで良いからね」
 なんとかさゆは身体を反転させた。身体が熱い。ものを考えられなくなって来ている。
「からだ、見せて」
 タキは囁くと、タオルケットをゆっくり剥ぎ取った。床に置く。
「は、恥ずかしい。ものすごく恥ずかしい」
 さゆは両手で顔と胸を隠した。
「綺麗。もっと力抜いて」
 タキはゆっくりさゆの手を外させると、ディープキスをした。そのまま、お腹に両手で円を描いて触れる。
「ん………あっ……」
 脇腹に触れると、一層の快感が込み上げた。タキはそこに何度も触れる。頭が蒸気して、お腹の下辺りがジンジンとしてくる。キスも続いたままだ。そして、タキが動く度に、性器がお腹や足に当たって、それにもドキドキしていた。
(あ………濡れて………きたかも………)
 自分は生涯、「濡れる」ことなんて無いと思っていたのに。
 タキの手はバストの下をなぞり、横を通って左手で肩と腕をなぞり、さゆの左手をとって手の甲に口付けた。
「えへへ、お姫様みたい」
 さゆが微笑む。タキは眼を細めた。
 両手は鎖骨の辺りを丹念になぞり、腰の脇を通って太ももをゆっくりと揉み解し、足首で止まった。どうするのだろうとさゆが待っていると。
「え、うわあ、うわあ、タキ!そんなんしなくて良いよ!」
 さゆは思わず大きめの声を出してしまった。タキが足の指を一本づつ口に含んでいた。
「こういうの嫌い?」
「じゃないけど。汚いよ」
「さゆが嫌じゃないなら、俺は構わないよ?」
 タキは右足を全て口に含むと、左足も一本づつ丁寧に舐めた。
(どこにでもキスするんだな。足ももっとしっかり洗っとけば良かった)
 かんじた事のない柔らかい感触に、ぞくぞくした。
 足へのキスを終えたタキは、またゆっくり足を撫でると、唇を重ねながら、遂に胸へ触れた。
「あっ……あ、あ………や、やだ……タキ」
「すごくやわらかいね」
 胸への愛撫は格別だった。始めはとてもゆっくり円を描いて両胸を揉み、乳首にひとさし指と中指を添えて「ここ触っても痛くない?」と聞かれた。「痛くない」と応えると、乳首を持たれたまま、段々円を描くスピードが早くなり、角度も時々変わる。片手を外して胸にキスをされると、さゆはもう連続で出る声が、溢れて止まらなくなった。唇にゆるく握りしめた手をあてて喘いだ。
 胸から手を外されると、息が上がりきって、はあはあという自分の恥ずかしい吐息が部屋中に響いた。タキはまた下がってゆく。
(まだ挿入しないのかな)
 セックスは何度もしたはずなのに、初めての経験ばかりだ。
「さゆ、少しだけ足、開ける?」
「?う、うん」
 タキに手を添えられて、さゆは足を立ち膝にして、大きく開いた。ものすごい羞恥を感じる。
 と。
「あっ、あああっ、ちょ、タキ!やだ、恥ずかしい!汚いよ。あっ、んっ、はあっ」
「気持ち良い?」
 タキがなんと、さゆの陰部にキスをしていた。唇や舌の柔らかい感触を、初めて膣の入口でかんじた。途方もない快感だった。
「んんんんっ、やあ、あっ………はあはあ、あっ……タキ………ああああっ」
 動物が甘えて鳴くような高い声を出して喘ぐ自分が、ひたすら恥ずかしかった。タキは丹念にさゆの性器を舐めた後、ゆっくり口元を拭った。
 再びさゆに覆いかぶさって、顔を見合わせた。タキも少し息が上がっている。
「恥ずかしい……」
「俺は嬉しいけどな。さゆの感じてる顔が見られて」
 唇を合わせた。激しいキスだった。キスをしながら、タキの手がさゆの身体を滑り、陰部の割れ目をなぞってゆく。びくり、と身体が震えた。
 指が。膣の中に飲み込まれてゆく。さゆは荒い呼吸を繰り返した。
「痛くない?」
「………うん…平気……」
 中は、気持ち良くは無かった。異物感がすごい。タキは指一本でGスポットをゆるりと搔き回し、愛液を指に付けてクリストスもなぞった。クリストスの快感と異物感が交互に襲って来る不思議な感覚。
「結構濡れてるけど………もう少しかな……」
 しばらくタキは指を入れつつ、唇を合わせ、胸や脇腹を揉んだ。指が二本になる頃には、じんわりと濡れているのが、自分でも分かるようになった。ぐちゅぐちゅと卑猥な水音が聴こえた。
 タキは三本の指で、慎重に挿入してきた。
「平気?」
「う、うん」
 痛みは無かった。膣がゆっくりゆっくり、指を飲み込んでゆく感触。快感はない。タキはキスを止め、さゆの性器を、少し険しい顔で凝視している。ふと快感の嵐が止んで、さゆがベッドサイドの時計を見ると、一時間以上は愛撫をしていた。
(すごい、こんな長い時間、ずっとキスしてくれてる………)
 指三本で出し入れされて、正直気持ちよくは無かったけれど。これで挿入されて、痛くても苦しくても、もう。
 ここまでしてくれたら、もう耐えられる気がした。
 何度か指を出し入れしたタキは、さゆに覆い被さって、眼を合わせた。
「……挿れていい?」
「うん、大丈夫」
「ゆっくりするね」
 大丈夫、と言ってはみたものの、さゆはまた急に怖くなり、強く眉を寄せた。遂に、彼が入ってくるのだ。今までの激烈な、身体を切り裂かれる痛みを思い出した。
「もっと力抜ける?……平気?深呼吸しよう」
 タキはさゆの髪を撫でると、深呼吸をし始めた。さゆもそれに合わせて深呼吸した。幾度目かの呼吸のあと、タキは自身をさゆの割れ目に擦り付けた。さゆは鼓動が限界まで高鳴るのを感じる。片手で持った自身を、タキは膣の入口に合わせる。さゆはギュッと眼を閉じた。タキはさゆの右手を恋人繋ぎにして、一度その手に口付けた。
「ラクにしてて」
 そして。
「……あっ………」
 少しだけ引っ張られる様な感触の後。ゆっくりと、滑り込む様に、さゆの内側に、タキが入って来た。
「うわああああ!!やめて!!やめて!!こわい!!いやっ!!いやだ!!!タキ!いやあっ!!たすけて!!こわいたすけて!!」
 急に全ての快感が吹っ飛び、さゆはタキの腕にしがみついて泣きながら絶叫した。圧倒的な恐怖だった。
 タキは素早く自身を引き抜くと、さゆを抱きしめた。
「ごめん、怖かった。怖かったね」
 ガクガクと震えたままさゆは何度もかぶりを振った。タキに申し訳なくて泣けた。
「ごめん…………ごめんね……タキ、こんなに優しくしてくれたのに……」
 タキは何回も繰り返しさゆの髪を撫でた。そのまま二人でしばらく、裸のまま静かに抱き合った。
 どれ位そうしていただろう。タキはしばらしくて落ち着いてきたさゆに軽くキスをすると、
「今日はもう止めとこうか?ね?」
 さゆの眼を覗き込んだ。
 一度、その優しさに頷きかけたけれど。
(でも)
「………痛くはなかったから。もう一度だけしてみていい?今度は叫んだりしないから」
「うーん、そう?」
 タキは少し迷うような素振りを見せた。
「私、今日出来なかったら、きっとずっと出来ないよ。そんなの嫌だ」
「うん、無理だったら言ってね。無理強いしたくない」
「ん」
「休憩しよう……俺、ちょっと限界近い」
 
 タキは一度風呂場で抜いて、しばらくしてコンドームを付け替えて戻って来た。もう何度目になるか分からないキスを丹念にする。
「一回これ、触ってみる?」
「う、うん」
 さゆが戸惑いながら頷いたので、タキは自身をさゆの手にそっと付けた。夢中で握るとふにふにした感触が手に残り、段々と固さが増した。タキは何度かくぐもった声を上げた。
「あったかい。芯のあるこんにゃくみたい」
「ふふ。これが入るだけだよ。リラックスして」
 タキはまたしばらくキスや愛撫を繰り返す。さゆの息が上がってきた所で、再び自身をさゆの入口に付けた。
「さゆ、俺のことみて」
 タキの左手がさゆの頬に触れる。右手は指を絡ませた。
  そして。
「あ…あ……ああ………」
 ゆっくりゆっくり、遠慮がちに、さゆの内側にタキが入って来た。入っては戻り、入っては戻りを繰り返し、奥へと侵入してくる。痛みは無かった。熱い。また叫び出したい恐怖に駆られたさゆは、タキを見て落ち着かせる。
(私今、本当にタキとしてるんだな)
 今までの汚い男達ではなく。自分で望んで、自分の好きな人と繋がろうとしている。
「タキ………すきだよ」
「ん」
 タキは努めて冷静でいようとしてくれているようだった。
(あ、すごい感触)
 痛み以外の感触をかんじたのは初めてだった。熱さと、圧迫感が凄い。内臓にコテのような棒を差し込まれている感触。
「ツラくない?」
「平気……でも感触すごいね……お腹の中に…なんか生き物がいるみたいな……」
「深呼吸しよう。その方が奥も滑らかに入りそう」
 二人でキスの合間に深呼吸を繰り返した。息を吸う時に入って来て、吐く時に出るように。
 少しづつ長い時間を掛けて、二人は、ついに、一つになった。
「入ったよ」
 そうタキに言われた時、さゆは感動して何度も頷いて涙を流した。上半身にタキの感触が溢れている。ものすごい圧迫感だったが、不快では無かった。
 タキは涙を唇で吸った。そのまま二人はしばらく動かず、深い深い口づけを繰り返した。
 やがて。
「あっ」
 ゆっくりタキがゆるく出し入れを始める。
「平気?」
「ん。痛くない」
 相変わらず感触が凄いなと思ったけれど、気持ちよくもない代わりに、恐怖や痛みも無かった。ただ、タキが気持ち良さそうに時々眼を閉じて息を洩らしていて、それがたまらなく嬉しかった。室内にグチュッグチュという音が響く。
 何度か出し入れした後、
「ちょっと角度変える?」
 とタキが一旦抜き、さゆの腰をもって、少し内側に折り曲げた。そして、やや強めに、グッグッと腰を入れて出し入れをし始めた。
 その瞬間。
「あっ………あ、あ………!」
 電流が走ったと思った。背中からザワザワと感じた事の無い快感が、全身を駆け巡ってゆく。空が落ちてくるような、圧倒的な快感。
「タキっ………やあっ……きもちいい………きもちいい…あっあっ」
 聞いたことの無い、女の様な声が、自分から溢れてくる。止められない。
(あ、私、女だったんだ………)
「やっ……あっあっあっあっ……きもちいい……あ、ん……わたし、へんだよ………あああああああっ………おかしく………なりそう………」
「大丈夫だよ。もっと気持ちよくなって?」
 タキも息を上げながら、さゆの胸に手を伸ばした。
 そこからはもう、記憶が無くなるほどの、快楽の渦だった。
 タキはキスとピストンを正常位で繰り返し、さゆはキスで口を塞がれながら無我夢中で喘いだ。自分の声が止められなかった。「きもちいい」「もう無理」「好き」と何度も何度も口走るさゆを、タキは自身で貫いた。やがてピストンの速さが早くなると、さゆの声も悲鳴に近くなっていった。自然に腰が浮き、タキに合わせて動く。涙が頬を伝った。
 速さが最高潮に達した時、強めに腰を打ちつけたタキが内側で脈打って震えるのを、さゆは感じた。少し生温かさを感じる。タキは果てた。数回腰の動きを繰り返した後、グッチュっという音と共に、自身をさゆから引き抜いた。
 タキは身体の力が抜け切り、ドサっとさゆのすぐ横に寝転がった。二人の荒い息遣いだけが、真夜中のアパートに響いていた。二人の粘膜と汗の混ざり合った、独特の匂いが部屋に漂っていた。
(すごい)
 さゆはまだ身体がふわふわして、現実感がない。
(好きな人とセックスするってこんな気持ち良いんだ)
 しばらくしてタキはベッドサイドからティッシュを持って来て、さゆに手を伸ばした。何をするんだろうと見ていると、片足を持ち上げて秘部を拭ってくれた。
「うわ………ありがと」
「ん」
(なんて優しいんだろうなこのひとは)
 そのままタキはコンドームも引き抜き、自身も軽く拭った。そしてまたさゆの隣に横たわる。二人の上にタオルケットを掛けた。さゆとタキは間近でまた向き合った。
「大丈夫?最後の方、痛くなかった?」
 タキはまたさゆの髪を何度も撫でた。
「うん、タキ一番奥の方途中からいれなかったでしょ?だから大丈夫。ありがとう」
「ん。ちょっと顔しかめてたから」
「一番奥、当たるとなんかちょっと痛い」
「子宮口、ボルチオは慣れないと痛いかもね」
(でも今日眼一杯痛い方が良かったかも)
 そうしたら、「はじめて」っぽくなったのに、とさゆは少し眼を伏せた。
「・・・出来るなら、もう一度処女になってタキに抱かれたいな」
 タキは何も言わず、さゆを抱き寄せて髪を撫でた。そして二人はまた、口づけを交わした。途中で視線を合わせると、さゆは今更ながら恥ずかしくなって顔を紅潮させ、タキに苦笑された。
(ああ、私本当にこの人に抱かれたんだ)
 タキはさゆを抱き寄せる。そのままさゆは、タキの腕の中で眠りについた。
 いつぶりが分からないほどの、深い眠りだった。
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