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このささやかな日々が
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薄く、しろく、透明な朝陽が、鎌倉の雪を照らし始めている。キラキラと世界中が発光する様な、うつくしい静かな朝だった。隣で眠っているさゆの、裸の肩にタキは、毛布を掛け直してやる。
ふとタキは、いつかさゆの病室で見た、重い朝焼けを思い出した。たった一年前の間に、自分達は本当に色んな事が、目まぐるしく変わった。そしてもう、年の瀬だ。
(俺は今が、一番幸せだな)
「う・・・・ん・・・・」
何度かゆっくり瞬きをして、さゆが眼を覚ます。タキはさゆの髪を撫でながら、その様子をじっくり見ていた。
「おはよう、さゆ」
「お、お、お、おはよう・・・」
さゆは真っ赤になって、毛布の中に潜り込んだ。タキは微笑む。
(ははははははずかしい・・・・)
こんなに恥ずかしい事があるのかと思う位恥ずかしい。世の中の夫婦はみんな、こんな事をして、平気で暮らしているなんて嘘みたいだ。
「体調どう、さゆ?お腹痛い?」
「う、うん・・・いたたたたたた・・・」
起き上がろうとすると身体の芯がズキズキ痛んで、またさゆは寝転がった。タキはさゆの髪を撫でる。ふとさゆが眼だけ毛布から出して、「うふふ」と笑った。
その様子を見て、タキはさゆが何も思い出していないようだと悟る。
(じゃあ、一体どうしたらさゆは、今よりも過去を思い出すんだろうな)
それとも、その鍵自体がもう、永久に喪われたのか。
タキはその方がむしろ良いのだけれど。
さゆの頬にゆるく日差しが注ぐのを、タキはそっと見遣った。
「・・・俺は今日バイト、午後から出勤になったみたい、さゆは?」
「わ、わたしも、できるだけ早めに出勤して欲しいって」
さゆはなんとか枕元のスマフォを手にする。
「動けそう?」
「な、なんとか・・・」
「十時くらいに二人とも出よう?」
「うん!」
そうして二人で朝ごはんを食べ、また日常が回り出した。二人とも年末は稼ぎ時なのであえてバイトを入れ、忙しく過ごした。そうしてなんとか年を越し、鎌倉の今の家に住めるのも、あと約二年となった。
「やっぱり、あったかいお蕎麦はいいねえ」
年が明けて少しした頃、タキがスーパーで「げんたそば」を見かけた。一年前、さゆと休憩しながらなんとか行ったあのスーパーだ。いつの間にか、鎌倉には「今のさゆ」との思い出が、そこかしこに漂うようになっている。決して楽しいことばかりではないその思い出を、街中でふっとおもいだす度、それでもタキはなんだか、微笑んでしまう。
蕎麦はカリウムが多くてタキは避けていたけれど、げんたそばなら食べられる。さゆの帰って来る時間に合わせて茹で、惣菜の小さなかき揚げも乗せる。ルークが足に絡み付いて来たので、カリカリを先にあげた。冬毛がモコモコだ。
「美味しい。少し遅めの年越し蕎麦みたい」
さゆは卵も落としたそばを、ゆっくり啜った。
「年末年始、お疲れ様でした、さゆ」
「ふふ、お疲れ様でした」
夕食後は交互に風呂に入り、ルークと戯れた。変わらない日常がここにある。
「俺、そろそろ眠ろうかな」
「じゃあ、私も」
「さゆ、今日も俺のとこ来るでしょ?」
「う、うん」
ただ以前と変わったのは、さゆがほぼ毎日、タキのベッドで一緒に寝ている事だった。タキがそうしたがった。
「ルークも一緒に寝る?」
そう聞くとルークも「ニャオ」と返事をしてついて来る。みんなでベッドに入ると、タキはさゆを抱き締めた。さゆもタキの背中に手を回す。ルークは足元にいる。
「はあ・・・可愛いなあ・・・可愛い」
タキは何度も「可愛い」と呟くと、さゆに唇を覆う深いキスをして、服の上から身体を撫でる。平日はセックスまではしなくても、こうして触れ合うのが、日課の様になっていた。
「・・・・ん・・・・んっ・・・タキ・・・・・」
さゆはいつも、その気持ちよさに段々眠くなってゆく。伸びたままうとうとしたルークが、喉を鳴らす音が聞こえる。
一年後にどうなる保証もなく、先の事は不安ばかりだけれど、今がきっと人生で一番幸せな時なんだろうとさゆは感じながら、今日も眠りに就いた。
ふとタキは、いつかさゆの病室で見た、重い朝焼けを思い出した。たった一年前の間に、自分達は本当に色んな事が、目まぐるしく変わった。そしてもう、年の瀬だ。
(俺は今が、一番幸せだな)
「う・・・・ん・・・・」
何度かゆっくり瞬きをして、さゆが眼を覚ます。タキはさゆの髪を撫でながら、その様子をじっくり見ていた。
「おはよう、さゆ」
「お、お、お、おはよう・・・」
さゆは真っ赤になって、毛布の中に潜り込んだ。タキは微笑む。
(ははははははずかしい・・・・)
こんなに恥ずかしい事があるのかと思う位恥ずかしい。世の中の夫婦はみんな、こんな事をして、平気で暮らしているなんて嘘みたいだ。
「体調どう、さゆ?お腹痛い?」
「う、うん・・・いたたたたたた・・・」
起き上がろうとすると身体の芯がズキズキ痛んで、またさゆは寝転がった。タキはさゆの髪を撫でる。ふとさゆが眼だけ毛布から出して、「うふふ」と笑った。
その様子を見て、タキはさゆが何も思い出していないようだと悟る。
(じゃあ、一体どうしたらさゆは、今よりも過去を思い出すんだろうな)
それとも、その鍵自体がもう、永久に喪われたのか。
タキはその方がむしろ良いのだけれど。
さゆの頬にゆるく日差しが注ぐのを、タキはそっと見遣った。
「・・・俺は今日バイト、午後から出勤になったみたい、さゆは?」
「わ、わたしも、できるだけ早めに出勤して欲しいって」
さゆはなんとか枕元のスマフォを手にする。
「動けそう?」
「な、なんとか・・・」
「十時くらいに二人とも出よう?」
「うん!」
そうして二人で朝ごはんを食べ、また日常が回り出した。二人とも年末は稼ぎ時なのであえてバイトを入れ、忙しく過ごした。そうしてなんとか年を越し、鎌倉の今の家に住めるのも、あと約二年となった。
「やっぱり、あったかいお蕎麦はいいねえ」
年が明けて少しした頃、タキがスーパーで「げんたそば」を見かけた。一年前、さゆと休憩しながらなんとか行ったあのスーパーだ。いつの間にか、鎌倉には「今のさゆ」との思い出が、そこかしこに漂うようになっている。決して楽しいことばかりではないその思い出を、街中でふっとおもいだす度、それでもタキはなんだか、微笑んでしまう。
蕎麦はカリウムが多くてタキは避けていたけれど、げんたそばなら食べられる。さゆの帰って来る時間に合わせて茹で、惣菜の小さなかき揚げも乗せる。ルークが足に絡み付いて来たので、カリカリを先にあげた。冬毛がモコモコだ。
「美味しい。少し遅めの年越し蕎麦みたい」
さゆは卵も落としたそばを、ゆっくり啜った。
「年末年始、お疲れ様でした、さゆ」
「ふふ、お疲れ様でした」
夕食後は交互に風呂に入り、ルークと戯れた。変わらない日常がここにある。
「俺、そろそろ眠ろうかな」
「じゃあ、私も」
「さゆ、今日も俺のとこ来るでしょ?」
「う、うん」
ただ以前と変わったのは、さゆがほぼ毎日、タキのベッドで一緒に寝ている事だった。タキがそうしたがった。
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そう聞くとルークも「ニャオ」と返事をしてついて来る。みんなでベッドに入ると、タキはさゆを抱き締めた。さゆもタキの背中に手を回す。ルークは足元にいる。
「はあ・・・可愛いなあ・・・可愛い」
タキは何度も「可愛い」と呟くと、さゆに唇を覆う深いキスをして、服の上から身体を撫でる。平日はセックスまではしなくても、こうして触れ合うのが、日課の様になっていた。
「・・・・ん・・・・んっ・・・タキ・・・・・」
さゆはいつも、その気持ちよさに段々眠くなってゆく。伸びたままうとうとしたルークが、喉を鳴らす音が聞こえる。
一年後にどうなる保証もなく、先の事は不安ばかりだけれど、今がきっと人生で一番幸せな時なんだろうとさゆは感じながら、今日も眠りに就いた。
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