三百年地縛霊だった伯爵夫人、今世でも虐げられてブチ切れる

村雨 霖

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第十三話 嵐の判決

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これまで私をさんざん蔑ろにした私の父・ロバート。
この期に及んで何を言おうというの……?

私が絶句していると、隣のジェームスが私にそっと耳打ちした。

(先に話をさせて、言い分を確かめましょう)

「では、そちらから、どうぞ」

発言権を先に譲ると、父は当たり前だという不遜な表情で私を見やると立ち上がった。

「では、私から話をして、よろしいかな?」

「ロバート・フラン子爵、発言を認める」

裁判長の声が法廷に響く。

「此度の件、我々被害者の家族として、心痛の限りであります。傷心の我が娘マリーゼは、我々家族が手厚く保護し、その心の傷を癒していく所存です。
ただ……この件、ただの離縁とは訳が違います。大事な一人娘が虐待の挙句、命の危険に晒されたのです。
しかもこのような瑕疵が付いた娘に、今後縁談があるようにも思えません。

我々としては離縁の他に、殺人未遂の被害者としての慰謝料をスレア家に上乗せして請求します。
しかし、かの家の実情はギリギリの財政状況だったと聞き及んでおります。ならば、城下近郊にあるスレア家のタウンハウスを当家にお譲りいただきたい。娘の幸福のためにも、ぜひ御対処のほどを」

要は、スレア邸を自分達に寄越せと言っているのだ。
なんという厚かましさなの……!

私が怒りに震えていると、ジェームスが厳しい表情になった。

(奥様、遠慮は要りません。計画通りに行きましょう)

(もちろんよ)

私は勢いよく右手を上げた。

「異議あり!」

「マリーゼ・スレア伯爵夫人、発言を認める」

「先ほど、フラン子爵が私を保護するとの発言がありましたが、私は子爵家には戻りません」

「な!? 何を言い出す、マリーゼ!」

「他の者は発言を控えるように」

すっ頓狂な声を上げた父に、裁判長の注意が飛ぶ。

「私は子爵家にいた頃から、実家の人間に虐げられておりました。使用人並みの食事と衣類。まともな教育も受けられず、使用人と同じ仕事をさせられておりました。
しかも、私がそれ以上の虐待をスレア家で受けていることを手紙に書いても、何の対応もありませんでした。
フラン家の人間の所業は、私にとって、むしろ本事件の共犯であると認識しております。

この一件で離縁が成立したら、私はフラン家とも縁を切りたいのです。
よって、今回の事件で発生した慰謝料は私個人への支払いをお願いします。端的に言えば、スレア邸の所有権を私に譲っていただきたいのです」

傍聴席で歯噛みする父や、睨みつけてくる兄や兄嫁の視線の中、裁判長が私に告げる。

「発言は以上か?」

「いいえ……まだ、重要な話があります。
スレア邸は現在、普通に人が住める状態ではなくなっております。
……恐るべき幽霊屋敷になっているのです」

途端に数人が苦笑したのが、漏れ聞こえた。

「笑い事ではありません。夫……元夫の愛人、シェアリアに殺された三人は、恨みを抱えた怨霊となって、ひどい霊障を起こしています。灯りは急に消え、物が勝手に飛び回り、至る所を恐ろしげな悲鳴が響き渡ります。
建物に侵入した人間には『呪ってやる』と、怨霊がつきまとうのです。

もしも、あの建物を国が所有しても、とても管理できる状態ではありませんし、買い手も付かないでしょう。下手に近付くと呪われますから。

私だけは同じ苦しみを受けた者として、呪われずに済んでいますが、平民の立場ですと、あの大きな屋敷を管理するのは難しくなります。ですから、フラン子爵家とは縁を切り、かつ一代限りの準子爵として独立したいのです。この国では、女性でも叙爵が可能なはず……」

「スレア伯爵夫人、発言はそこまでとする。着席するように」

裁判長はいさめるように私の言葉を遮った。

「では、一旦閉廷する。判決は一時間後に……」


バターーン!!


突然、法廷の扉が音を立てて、左右に全開した。
天井のシャンデリアがぐらぐらと揺れ始める。

「な、なんだ!? 何が起こっている!?」

「キャーーーーーーッ!!」

廷内の人々から、次々悲鳴が上がる。
兄夫婦がいち早く逃げ出そうとしたので、扉を閉め直した。
ハリーはただただ茫然としている。

「ああっ……」

私は気絶する風を装って倒れ、身体から抜け出し、ドア付近の護衛騎士に金縛りをかけた。



(さあ、思いっきり暴れるわよ! いいわね!? ジェームス! ジョン!)

(もちろんです!)

(がってんでさあ!)



私は裁判所の上空に黒雲を呼び寄せ、辺りを真っ暗にする。
そしてポルターガイストの力で、全ての窓ガラスを順に割っていく。

ジョンは嬉々として、部屋中の机と椅子を倒している。
ジェームスは、血まみれの恐ろしい姿に変身して、人々の前に姿を現した。毒殺だったのに、演技派だ。

「スレア邸を……我々の居場所を奪うのは、誰だ……」

憎しみに歪んだ顔のジェームスは「お前か? それとも、お前か?」と一人一人の顔をのぞき込んでいく。
私はジェームスの周囲にぬるい風を起こして、雰囲気を演出する。

「お前か?」

とくに恐ろしげな表情で睨まれた父は、恐怖で声も出せず、失禁した。

そして、最後に裁判長の前に立ったジェームスは、ニヤリと笑った。

「私の屋敷を奪うなら、お前の家に付いていってやろうか」

そのタイミングで、私は二人の近くの窓のすぐそばに雷を一つ落とした。
稲光で、ジェームスのシルエットが、より白く浮かび上がる。

「ヒ、ヒィーーーーーーーー!!」

裁判長は情けない声を上げ、そのまま失神した。



***



裁判長の気絶という前代未聞の事態のため、一週間延期になったが、今日、判決が下りた。

シェアリアは重犯罪人として国際指名手配。
ハリーは爵位を剥奪され、金の採集係として、その生涯を送ることとなった。
極寒の金山から流れる冷たい川に入り、ざるで川底の砂をすくいながら、わずかに混ざる金を集める仕事だ。
一般採用とは違い、罪人の場合は、長靴と手袋の使用は認められない。
その報酬は、廃人となり病院に入れられた前スレア伯爵の治療費に充てられる。

スレア伯爵邸は慰謝料として、マリーゼ個人に寄贈された。
あまりにひどい霊障のため、国も幽霊屋敷を諦め、彼女に管理を任せたのだ。

そしてマリーゼはフランメル準子爵となり、フラン子爵家全員には罰金刑と彼女への接近禁止令が出された。

「くそっ! なんでこんなことになったんだ……」

判決文の写しを読みながら、ロバートがグラスを床に叩きつけた。
粉々に砕けたガラス片から、血が流れるようにワインが広がる。
それを見ながら、かつて父だった男は恨みがましく呟いた。

「マリーゼめ、このままじゃ済まさんぞ……!」
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