三百年地縛霊だった伯爵夫人、今世でも虐げられてブチ切れる

村雨 霖

文字の大きさ
12 / 60

第十二話 貴族院裁判、開廷

しおりを挟む
いよいよ迎えた、裁判当日。

スレア伯爵邸にはアニーが留守番として残り、私はジョンとジェームスを従えて、これから裁判所に赴くところだ。
屋敷の玄関前で、私と姿を消したジェームスが馬車に乗り込んだ。
ジョンは完全に姿を現して、生きている人間と変わらない見た目になり、御者を務める。馬は少し怯えているけれど、慣れてもらうしかない。

「どうか、お気を付けて。私は皆様のいない間に、屋敷の掃除でもしておきます」

アニーが微笑みながら私達を見上げる。

「心配しないで、優秀な参謀も一緒だから。きっと良い報せを持って帰ってくるわ。そうでしょ?」

私がチラリと馬車の中のジェームスに目をやった。

「もちろんですとも、奥様」

街並みを抜け、半刻ほど馬車を走らせると、王城からさほど離れていない場所に白亜の建物が現れた。
この国の貴族院裁判所、本日の舞台だ。

法廷の大扉の左右に立つ、厳めしい顔つきの騎士が私の顔と名を確かめ、扉を開いた。
敢えて背を丸め、弱弱しい風情を漂わせながら入廷した私は、おずおずと指定された傍聴席へと向かう。
私の真後ろには、ジェームスが姿を消したまま付いて来ている。

正面奥の中央には裁判長、その左右に陪席裁判官。三人ともすでに着席済だ。

その手前、向かって右には検事が一人と、高位貴族の陪審員が三人座っている。
左側の弁護士席と被告席には、まだ誰もいなかった。

傍聴席の通路を挟んだ反対側に、私の父と兄、兄嫁からなるフラン子爵家の人間が着席しており、しきりにこちらを気にしていたが、視線を合わせないようにした。

私が着席して十五分ほど経った頃、ハリーが一人で法廷に現れた。
弁護士は付き添っていない。
ほんの一週間ちょっと会わなかっただけなのに、夫は薄汚れた格好で、瞳に生気がなく、頬がこけ、無精ひげだらけで、一瞬誰なのか分からなかった。

陪席裁判官の一人がハリーに声を掛ける。

「弁護士は同行していないのか?」

「弁護士は……いません」

彼は虚ろな目つきで答えた。


ハア……と、一つ溜息を吐いた陪席裁判官は、声を張り上げた。

「それでは只今より、スレア伯爵家における殺人事件の裁判を執り行う」

検事がハリーの罪状を述べる。

「ハリー・スレア伯爵、及びその愛人シェアリアと名乗る女性が、屋敷の使用人三人と、スレア領内の医師を殺害。
マリーゼ夫人には、ハリー被告を受取人とした生命保険を掛けて、殺害を目論み、階段から突き落とすなどした。
……以上、間違いないな?」

ハリーの目に驚きと焦りが入り混じる。

「い、異議あり、です!
私がやったのは、マリーゼに保険を掛けて、自分を受取人にしたことだけです!
使用人が三人も殺されているなんて、たった今、知りました! 本当です!
全て、シェアリアがやったことです!」

検事は表情を変えずに答えた。

「愛人と共謀し、本人に秘密で保険金を掛け、自分を受取人にした。しかもその後、愛人が夫人を階段から突き落としているだろう。それはすなわち夫人を殺害する意思があったからではないのか?」

「そ、それは……」

「しかも被害者の一人、ライナス・ハンター医師の診断書によると、夫人には階段の一件以前にできたと思われる多数の古傷や、貴族とは思えぬ栄養失調状態にあったとの記述がある。虐待があったのは、誰の目にも明らかだ」

「マリーゼに関してはそうですが……他は私の意志じゃありません」

その後、スレア邸の捜索を行った騎士が、証人席に立った。

「スレア伯爵邸の庭園にある、愛人以外立ち入り禁止となっていた温室の床下から、男女三人の死体が発見されました。かつ、その温室で育てられていた植物からは、殺傷性のある毒を含んだものと、幻覚性の毒を持つものの二種類が発見されています」

「そんな……そんなの……本当に知らなくて……」

ハリーは、子供のように泣きじゃくり始めた。

傍聴席で隣に座っていたジェームスが、声に出さずに私に耳打ちしてきた。

(確かに私達三人を殺したのは、シェアリアの独断でしょう。
それに関してあなたがどう証言するかは、お任せします)

陪席裁判官が、再び声を上げた。

「被告人質問を終了します。では、マリーゼ・スレア夫人、証人台へ」

私は無言で証人台の前に立つと、周囲に一礼した。

「私は結婚当時から、スレア家で虐待を受けていました」

まともな食事も与えられず、白い結婚とされてきたこと。
夫、愛人のみならず使用人にまで虐げられたこと。
伯爵家の領地経営に関する事務雑務を押し付けられていたこと。
社交でも常に恥をかかされたこと。

「その上で一つ言えるのは……
夫、ハリーは私に対しては常日頃から暴力を振るっており、明らかに殺す意思がありました。
しかし、三人の使用人の殺害には関与していないと思います。
おそらく、ライナス・ハンター先生に関しても……です。
愛人だったシェアリアの独断だったと思います」

「スレア夫人、そうなのですか?」

「はい、私からの視点では、そうです」

ハリーが泣くのを止め、目を見開き、こちらを振り向く。

「ただ、夫があの愛人をスレア家に引き入れたことで、多くの人が命を落とすきっかけを作りました。
それが許せません。以上です」

私は夫に背を向け、傍聴席に戻った。
席に着くとジェームスが、目尻を赤くして私に頭を下げた。

(奥様、申し訳ありません。決断を任せるようなことをしてしまって……)

(あなたはずっと勤めたスレア家に、思い入れがあったのでしょう?
それに、法廷は真実を明らかにする場よ。わざわざ嘘はつけないもの。
ハリーには、犯した罪相応の罰を受けてもらうわ)

あんなにひねくれた魂なのに、泣きながら使用人の殺人に関する無実を訴えた時に、ヒュッとねじれが消えたのだ。
一応、彼が殺すつもりでいたのは私だけで間違いない。
いっそ、全ての件でシェアリアと共謀してくれていたら、もっと恨みを晴らせたのに……

その後、粛々と裁判は進行し、あとは陪審員と裁判官とで採決を話し合い、判決を言い渡すのみとなった。

「では、一旦、閉廷とす……」

陪席裁判官がそう言いかけたところで、挙手して席から立ち上がった者が、二人いた。

「お待ちください! 皆様方の話し合いの前に、お話ししたいことがあります!」
「待ってください! 私から一つ、話しがあります!」

私と、私の実父、フラン子爵だった。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

【完結】記憶喪失の令嬢は無自覚のうちに周囲をタラシ込む。

ゆらゆらぎ
恋愛
王国の筆頭公爵家であるヴェルガム家の長女であるティアルーナは食事に混ぜられていた遅延性の毒に苦しめられ、生死を彷徨い…そして目覚めた時には何もかもをキレイさっぱり忘れていた。 毒によって記憶を失った令嬢が使用人や両親、婚約者や兄を無自覚のうちにタラシ込むお話です。

真面目くさった女はいらないと婚約破棄された伯爵令嬢ですが、王太子様に求婚されました。実はかわいい彼の溺愛っぷりに困っています

綾森れん
恋愛
「リラ・プリマヴェーラ、お前と交わした婚約を破棄させてもらう!」 公爵家主催の夜会にて、リラ・プリマヴェーラ伯爵令嬢はグイード・ブライデン公爵令息から言い渡された。 「お前のような真面目くさった女はいらない!」 ギャンブルに財産を賭ける婚約者の姿に公爵家の将来を憂いたリラは、彼をいさめたのだが逆恨みされて婚約破棄されてしまったのだ。 リラとグイードの婚約は政略結婚であり、そこに愛はなかった。リラは今でも7歳のころ茶会で出会ったアルベルト王子の優しさと可愛らしさを覚えていた。しかしアルベルト王子はそのすぐあとに、毒殺されてしまった。 夜会で恥をさらし、居場所を失った彼女を救ったのは、美しい青年歌手アルカンジェロだった。 心優しいアルカンジェロに惹かれていくリラだが、彼は高い声を保つため、少年時代に残酷な手術を受けた「カストラート(去勢歌手)」と呼ばれる存在。教会は、子孫を残せない彼らに結婚を禁じていた。 禁断の恋に悩むリラのもとへ、父親が新たな婚約話をもってくる。相手の男性は親子ほども歳の離れた下級貴族で子だくさん。数年前に妻を亡くし、後妻に入ってくれる女性を探しているという、悪い条件の相手だった。 望まぬ婚姻を強いられ未来に希望を持てなくなったリラは、アルカンジェロと二人、教会の勢力が及ばない国外へ逃げ出す計画を立てる。 仮面舞踏会の夜、二人の愛は通じ合い、結ばれる。だがアルカンジェロが自身の秘密を打ち明けた。彼の正体は歌手などではなく、十年前に毒殺されたはずのアルベルト王子その人だった。 しかし再び、王権転覆を狙う暗殺者が迫りくる。 これは、愛し合うリラとアルベルト王子が二人で幸せをつかむまでの物語である。

異世界に行った、そのあとで。

神宮寺 あおい
恋愛
新海なつめ三十五歳。 ある日見ず知らずの女子高校生の異世界転移に巻き込まれ、気づけばトルス国へ。 当然彼らが求めているのは聖女である女子高校生だけ。 おまけのような状態で現れたなつめに対しての扱いは散々な中、宰相の協力によって職と居場所を手に入れる。 いたって普通に過ごしていたら、いつのまにか聖女である女子高校生だけでなく王太子や高位貴族の子息たちがこぞって悩み相談をしにくるように。 『私はカウンセラーでも保健室の先生でもありません!』 そう思いつつも生来のお人好しの性格からみんなの悩みごとの相談にのっているうちに、いつの間にか年下の美丈夫に好かれるようになる。 そして、気づけば異世界で求婚されるという本人大混乱の事態に!

公爵令息様を治療したらいつの間にか溺愛されていました

Karamimi
恋愛
マーケッヒ王国は魔法大国。そんなマーケッヒ王国の伯爵令嬢セリーナは、14歳という若さで、治癒師として働いている。それもこれも莫大な借金を返済し、幼い弟妹に十分な教育を受けさせるためだ。 そんなセリーナの元を訪ねて来たのはなんと、貴族界でも3本の指に入る程の大貴族、ファーレソン公爵だ。話を聞けば、15歳になる息子、ルークがずっと難病に苦しんでおり、どんなに優秀な治癒師に診てもらっても、一向に良くならないらしい。 それどころか、どんどん悪化していくとの事。そんな中、セリーナの評判を聞きつけ、藁をもすがる思いでセリーナの元にやって来たとの事。 必死に頼み込む公爵を見て、出来る事はやってみよう、そう思ったセリーナは、早速公爵家で治療を始めるのだが… 正義感が強く努力家のセリーナと、病気のせいで心が歪んでしまった公爵令息ルークの恋のお話です。

【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。

猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。 復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。 やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、 勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。 過去の恋、未来の恋、政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。 魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に歩む勇者パーティは、 四人の魔将との邂逅、秘められた真実、そしてそれぞれの試練を迎え――。 輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私。 けれど魔王討伐の旅路の中で、“仲間を支えるとは何か”に気付き、 やがて――“本当の自分”を見つけていく――。 そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして私の成長の物語です。 ※本作の章構成:  第一章:アカデミー&聖女覚醒編  第二章:勇者パーティ結成&魔王討伐軍北上編  第三章:帰郷&魔将・魔王決戦編 ※「小説家になろう」にも掲載(異世界転生・恋愛12位) ※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。

編み物好き地味令嬢はお荷物として幼女化されましたが、えっ?これ魔法陣なんですか?

灯息めてら
恋愛
編み物しか芸がないと言われた地味令嬢ニニィアネは、家族から冷遇された挙句、幼女化されて魔族の公爵に売り飛ばされてしまう。 しかし、彼女の編み物が複雑な魔法陣だと発見した公爵によって、ニニィアネの生活は一変する。しかもなんだか……溺愛されてる!?

ヒロイン気質がゼロなので攻略はお断りします! ~塩対応しているのに何で好感度が上がるんですか?!~

浅海 景
恋愛
幼い頃に誘拐されたことがきっかけで、サーシャは自分の前世を思い出す。その知識によりこの世界が乙女ゲームの舞台で、自分がヒロイン役である可能性に思い至ってしまう。貴族のしきたりなんて面倒くさいし、侍女として働くほうがよっぽど楽しいと思うサーシャは平穏な未来を手にいれるため、攻略対象たちと距離を取ろうとするのだが、彼らは何故かサーシャに興味を持ち関わろうとしてくるのだ。 「これってゲームの強制力?!」 周囲の人間関係をハッピーエンドに収めつつ、普通の生活を手に入れようとするヒロイン気質ゼロのサーシャが奮闘する物語。 ※2024.8.4 おまけ②とおまけ③を追加しました。

龍王の番〜双子の運命の分かれ道・人生が狂った者たちの結末〜

クラゲ散歩
ファンタジー
ある小さな村に、双子の女の子が生まれた。 生まれて間もない時に、いきなり家に誰かが入ってきた。高貴なオーラを身にまとった、龍国の王ザナが側近二人を連れ現れた。 母親の横で、お湯に入りスヤスヤと眠っている子に「この娘は、私の○○の番だ。名をアリサと名付けよ。 そして18歳になったら、私の妻として迎えよう。それまでは、不自由のないようにこちらで準備をする。」と言い残し去って行った。 それから〜18年後 約束通り。贈られてきた豪華な花嫁衣装に身を包み。 アリサと両親は、龍の背中に乗りこみ。 いざ〜龍国へ出発した。 あれれ?アリサと両親だけだと数が合わないよね?? 確か双子だったよね? もう一人の女の子は〜どうしたのよ〜! 物語に登場する人物達の視点です。

処理中です...