三百年地縛霊だった伯爵夫人、今世でも虐げられてブチ切れる

村雨 霖

文字の大きさ
18 / 60

第十八話 吊り橋の向こうへ

しおりを挟む
食事を終え、ゆったりと過ごす午後のひと時。
昼はアニーが作ってくれた軽食だったが、新鮮なハムや野菜を使ったサンドイッチは美味しかった。よく食べて、そこそこ働いて、よく寝る。こんな穏やかな生活が待っているなんて……
日差しを浴び、うとうとしかけていると、その安寧に水を差す声が響いた。

「マリーゼ様! マリーゼ様ー!」

ジョンの慌てる声に窓の外を見ると、彼と門番の霊が、転びそうな勢いでこちらに走って来る。

「また例のエクソシストが、門の前に!」

あの、ハンター先生に似た、目つきの悪い男が?
心と身体に緊張がみなぎる。私は気を引き締めると、玄関に向かった。

アールは門扉の鉄柵の前で待っていた。昨日のような聖職者然とした服装ではなく、休日の貴族のような、質は高いがカジュアルな姿だ。こちらに気付くと、軽く二度ほど手を振ってきた。

「悪魔祓い師が、この屋敷に何の御用かしら?」

「ああ、フランメル準子爵様……だったな。昨日は申し訳なかった。ちょっと話がしたい。中に入れてもらえないか」

「お断りします! そんなことを言って、うちの者達を除霊する気なんでしょう!?」

私が腰に手を当てて強い口調で言うと、アールは口元の端を軽く上げ、苦笑した。

「タダ働きは、うんざりなんでね。
それより俺が聞きたいのは、あんたが昨日話していた、ハンターという医者についてだ」

ハンター先生のこと……?
私は動揺を隠せず、押し黙った。

「顔色が変わったな。あんたにとっても、大事なことだと思うが」

横目で左右を探したが、ジェームスはこちらに来ていない。自分で判断しなくては。
しかし、こんな一筋縄ではいかなそうな男を、屋敷に招き入れても大丈夫だろうか?
アールの魂には、細かいねじれが一杯だ。
だけど先生の話というのは、嘘ではなさそうだし……



***



玄関からほど近い、小さな応接室。
言うなれば『大した扱いはしない、用が済んだらさっさと帰れ』と無言の圧力がかかる部屋に、私はアールを通した。しかし彼はどこ吹く風だ。

「ふう……この街でまともなコーヒーを飲んだのは初めてだな」

「この辺りではお茶が主流なのよ。コーヒーは正式な淹れ方を知らない人も多いわ」

私はオレンジティーを一口含むと、カップをソーサーに置く。

「……ハンター先生をご存じなの?」

そこを一番知りたかった。昨日は知らないと言っていたのに、なぜ今日になって。

私は相手が嘘をついているかどうかは分かる。でも、相手の真意がどこにあるのかは分からない。
少しずつ話を引き出して、本心を聞き出さなければ……

「ハンターという名ではなかったが、俺の知っている人物かもしれない。
もし、そいつが、どんな形であれ、まだこの世にいるなら、聞きたいことがある。」

「……私はただの患者よ。診てもらったのも、ほんの一週間に過ぎないわ」

「そいつは俺とそっくりだったんだろう?
眼の色は憶えているか?」

アールは、その無意味に整った顔を、グイッと私の目の前に突き出してきた。

「……多分、黒とか、濃いブラウンとか、そんな感じ……
そんな、まじまじと目を見たりしないもの、ハッキリとは覚えてないわ」

私が床に向かって目を逸らしながら答えると、彼は再びコーヒーカップに手を伸ばした。

「それなら、その医者が残した処方箋や薬はあるか?」

「薬……湿布なら、まだ……」

「だったらそれを袋ごと見せてくれないか」

怪我の治療中、先生は多めの湿布を処方してくれていた。
私はそれを使い切らず、処方薬の袋にに入れてチェストに大切に保管している。
変な話、それを先生の形見のように思っていたのだ。

アールは手渡した薬の袋を、しげしげと見ている。
そんなものを見て、何か分かるの? そう思ったが、不意に耳打ちをされた。

「多分、あれは筆跡を見ていますね。彼はおそらくハンター先生と面識があり、手紙のやり取りもあるような、それなりに親しい人物でしょう」

(ジェームス……!)

「ああ、あんたか、助かった。あんたが一番、話が通じそうだ」

アールが姿を現したジェームスに向かって、軽口を叩く。

「あなたには我々の姿が見えますからね。隠れてマリーゼ様に助言するのも無理でしょうし、様子を見ていたのです」

「もう隠すのも面倒臭いな。
ライナス・ハンターは俺の兄、ラッシュ・スレイタ―かもしれない。そういう話だ。
少なくとも、文字は似ている。同一人物である可能性は高い」

「先生の……弟?」

そう聞けば、顔が同じなのも納得がいく。兄が行方不明なら、捜そうともするだろう。

「ひとつ聞くが、あんたらは知ってるか? この領地の北にある吊り橋の修理が、先週終わったらしい」

シェアリアが、逃亡する際に、ロープを切って落とした吊り橋が、直った……?

「あの川の下流を探すのは、こちら岸からは途中に岩山があって無理だった。
だが、橋を渡った向こう岸からは下流に沿って、なだらかに続く道がある。俺はそこに行くつもりだ。
河岸に流れ着いた人間はいないか、聞き取りをする。もし駄目だったとしても、魂が彷徨っているのを見つけられるかもしれない」

言うだけ言うと、アールは立ち上がった。

「それじゃ、邪魔したな」

「待って!」

帰ろうとする彼を、呼び止める。

「先生を探すのなら、私も一緒に行くわ」

もう、居ても立ってもいられなかった。
私の命の恩人。そして初恋の人。
彼を探しに行くのなら、私も。
その気持ちを抑えられなかった。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

【完結】記憶喪失の令嬢は無自覚のうちに周囲をタラシ込む。

ゆらゆらぎ
恋愛
王国の筆頭公爵家であるヴェルガム家の長女であるティアルーナは食事に混ぜられていた遅延性の毒に苦しめられ、生死を彷徨い…そして目覚めた時には何もかもをキレイさっぱり忘れていた。 毒によって記憶を失った令嬢が使用人や両親、婚約者や兄を無自覚のうちにタラシ込むお話です。

真面目くさった女はいらないと婚約破棄された伯爵令嬢ですが、王太子様に求婚されました。実はかわいい彼の溺愛っぷりに困っています

綾森れん
恋愛
「リラ・プリマヴェーラ、お前と交わした婚約を破棄させてもらう!」 公爵家主催の夜会にて、リラ・プリマヴェーラ伯爵令嬢はグイード・ブライデン公爵令息から言い渡された。 「お前のような真面目くさった女はいらない!」 ギャンブルに財産を賭ける婚約者の姿に公爵家の将来を憂いたリラは、彼をいさめたのだが逆恨みされて婚約破棄されてしまったのだ。 リラとグイードの婚約は政略結婚であり、そこに愛はなかった。リラは今でも7歳のころ茶会で出会ったアルベルト王子の優しさと可愛らしさを覚えていた。しかしアルベルト王子はそのすぐあとに、毒殺されてしまった。 夜会で恥をさらし、居場所を失った彼女を救ったのは、美しい青年歌手アルカンジェロだった。 心優しいアルカンジェロに惹かれていくリラだが、彼は高い声を保つため、少年時代に残酷な手術を受けた「カストラート(去勢歌手)」と呼ばれる存在。教会は、子孫を残せない彼らに結婚を禁じていた。 禁断の恋に悩むリラのもとへ、父親が新たな婚約話をもってくる。相手の男性は親子ほども歳の離れた下級貴族で子だくさん。数年前に妻を亡くし、後妻に入ってくれる女性を探しているという、悪い条件の相手だった。 望まぬ婚姻を強いられ未来に希望を持てなくなったリラは、アルカンジェロと二人、教会の勢力が及ばない国外へ逃げ出す計画を立てる。 仮面舞踏会の夜、二人の愛は通じ合い、結ばれる。だがアルカンジェロが自身の秘密を打ち明けた。彼の正体は歌手などではなく、十年前に毒殺されたはずのアルベルト王子その人だった。 しかし再び、王権転覆を狙う暗殺者が迫りくる。 これは、愛し合うリラとアルベルト王子が二人で幸せをつかむまでの物語である。

異世界に行った、そのあとで。

神宮寺 あおい
恋愛
新海なつめ三十五歳。 ある日見ず知らずの女子高校生の異世界転移に巻き込まれ、気づけばトルス国へ。 当然彼らが求めているのは聖女である女子高校生だけ。 おまけのような状態で現れたなつめに対しての扱いは散々な中、宰相の協力によって職と居場所を手に入れる。 いたって普通に過ごしていたら、いつのまにか聖女である女子高校生だけでなく王太子や高位貴族の子息たちがこぞって悩み相談をしにくるように。 『私はカウンセラーでも保健室の先生でもありません!』 そう思いつつも生来のお人好しの性格からみんなの悩みごとの相談にのっているうちに、いつの間にか年下の美丈夫に好かれるようになる。 そして、気づけば異世界で求婚されるという本人大混乱の事態に!

公爵令息様を治療したらいつの間にか溺愛されていました

Karamimi
恋愛
マーケッヒ王国は魔法大国。そんなマーケッヒ王国の伯爵令嬢セリーナは、14歳という若さで、治癒師として働いている。それもこれも莫大な借金を返済し、幼い弟妹に十分な教育を受けさせるためだ。 そんなセリーナの元を訪ねて来たのはなんと、貴族界でも3本の指に入る程の大貴族、ファーレソン公爵だ。話を聞けば、15歳になる息子、ルークがずっと難病に苦しんでおり、どんなに優秀な治癒師に診てもらっても、一向に良くならないらしい。 それどころか、どんどん悪化していくとの事。そんな中、セリーナの評判を聞きつけ、藁をもすがる思いでセリーナの元にやって来たとの事。 必死に頼み込む公爵を見て、出来る事はやってみよう、そう思ったセリーナは、早速公爵家で治療を始めるのだが… 正義感が強く努力家のセリーナと、病気のせいで心が歪んでしまった公爵令息ルークの恋のお話です。

【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。

猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。 復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。 やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、 勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。 過去の恋、未来の恋、政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。 魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に歩む勇者パーティは、 四人の魔将との邂逅、秘められた真実、そしてそれぞれの試練を迎え――。 輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私。 けれど魔王討伐の旅路の中で、“仲間を支えるとは何か”に気付き、 やがて――“本当の自分”を見つけていく――。 そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして私の成長の物語です。 ※本作の章構成:  第一章:アカデミー&聖女覚醒編  第二章:勇者パーティ結成&魔王討伐軍北上編  第三章:帰郷&魔将・魔王決戦編 ※「小説家になろう」にも掲載(異世界転生・恋愛12位) ※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。

編み物好き地味令嬢はお荷物として幼女化されましたが、えっ?これ魔法陣なんですか?

灯息めてら
恋愛
編み物しか芸がないと言われた地味令嬢ニニィアネは、家族から冷遇された挙句、幼女化されて魔族の公爵に売り飛ばされてしまう。 しかし、彼女の編み物が複雑な魔法陣だと発見した公爵によって、ニニィアネの生活は一変する。しかもなんだか……溺愛されてる!?

ヒロイン気質がゼロなので攻略はお断りします! ~塩対応しているのに何で好感度が上がるんですか?!~

浅海 景
恋愛
幼い頃に誘拐されたことがきっかけで、サーシャは自分の前世を思い出す。その知識によりこの世界が乙女ゲームの舞台で、自分がヒロイン役である可能性に思い至ってしまう。貴族のしきたりなんて面倒くさいし、侍女として働くほうがよっぽど楽しいと思うサーシャは平穏な未来を手にいれるため、攻略対象たちと距離を取ろうとするのだが、彼らは何故かサーシャに興味を持ち関わろうとしてくるのだ。 「これってゲームの強制力?!」 周囲の人間関係をハッピーエンドに収めつつ、普通の生活を手に入れようとするヒロイン気質ゼロのサーシャが奮闘する物語。 ※2024.8.4 おまけ②とおまけ③を追加しました。

龍王の番〜双子の運命の分かれ道・人生が狂った者たちの結末〜

クラゲ散歩
ファンタジー
ある小さな村に、双子の女の子が生まれた。 生まれて間もない時に、いきなり家に誰かが入ってきた。高貴なオーラを身にまとった、龍国の王ザナが側近二人を連れ現れた。 母親の横で、お湯に入りスヤスヤと眠っている子に「この娘は、私の○○の番だ。名をアリサと名付けよ。 そして18歳になったら、私の妻として迎えよう。それまでは、不自由のないようにこちらで準備をする。」と言い残し去って行った。 それから〜18年後 約束通り。贈られてきた豪華な花嫁衣装に身を包み。 アリサと両親は、龍の背中に乗りこみ。 いざ〜龍国へ出発した。 あれれ?アリサと両親だけだと数が合わないよね?? 確か双子だったよね? もう一人の女の子は〜どうしたのよ〜! 物語に登場する人物達の視点です。

処理中です...