三百年地縛霊だった伯爵夫人、今世でも虐げられてブチ切れる

村雨 霖

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第二十二話 アールの居場所

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地上に降り立った私は歩いて自分の身体の元へと戻った。
ぐったりした私の身体を川岸の草むらに座らせ、上半身を支えていたアニーが、こちらを見て血相を変える。

「マリーゼ様!? どうなさったんです……あっ……」

涙で顔をぐしゃぐしゃにした私の様子で、彼女は悟ったのだろう。先生が助からなかったことを。私が何も知らずに眠っているような自分の身体に入り込むと、すぐさま目元から、本物の涙が溢れ出す。無言でハンカチを取り出して、私の目元を押さえるアニーをそっと制して、上半身を起こした。泣くより先に、することがある。

「アールを探しに行くわ。ハンター先生に会わせなきゃ」



***



私達はグレア街の市場付近を歩いていた。アールの魂を見たことはあったから、とりあえず人通りの多い所に来れば、感知できるかも知れないと思ったのだが、半径百メートル以内にはいないようだ。
グレア街はそこそこ広いが、全体をしらみ潰しに歩き回るしかないのだろうか。徐々に暮れていく空を見上げる。あまり治安が良いとは言えないこの街を、いつまでもうろつくのは悪手だろう。この日は仕方なく諦めた。

ツインの部屋に変更してもらった宿屋で、旅支度を解く。隣でアニーがふわりと羽根のようにベッドに着地するのを横目に、私はギシッとスプリングを響かせながら、自分のベッドにうつ伏せに倒れ込んだ。そのまま仰向けに態勢を変えながら、大きく息を吐く。

「どうやって彼を探したらいいのかしら? せめてアールの気配が残っている物でも手元にあれば……」

「気配、ですか?」

「ええ、本人の持ち物が手元にあれば、持ち主がどちらにいるか、分かりやすくなるの」

「だったらマリーゼ様、これ、使えないでしょうか?」

アニーが差し出したのは、アールの名刺だった。アールが最初に私の館を訪れた際に渡されたものだ。

「普段から持ち歩いていた物でしょうし、本人がこれと同じ物を、今も懐に入れているかもしれません」

「すごいわ、よく持って来てたわね! これなら一気に探しやすくなるわ、ありがとう」

「いえ、裏に各地の正教会の住所が書いてあったので、何かの役に立つかと思って……」

ほんのり頬を染めるアニー。彼女は生前から、細かい気配りが行き届いていたものだ。
さて、これで近いうちにアールを見付けられるだろう。



翌朝、宿で朝食を済ませた私達は、グレア街のほぼ中央に当たるところまで、一時間ほど歩く。そこは昨日歩いた屋台通りにほど近い、小さな教会だった。奥に祭壇があり、手前に信者が座れる席が並んでいる。ここなら無言で俯いて座っていても、怪しまれることはない。

「アール・スレイタ―……」

私は目を閉じて彼の名前を小声で呼ぶと、名刺を手で包み込むようにして、わずかに残された彼の気配を読み取る。

そして、同じ波長を空気を伝いながら、ゆっくり探していく。私の意識は教会の建物を越えて広がっていく。
それは、水面に落ちた一滴の水が、輪を描いて広がるように。

……この教会から東北にしばらく向かった先に、同じ波長を感じ取った。
アニーがすかさず町の地図を広げて差し出す。私は地図のある一点を指さした。

「ここよ」

私が指さした場所は、川沿いの道だった。例の、滝がある場所だ。彼も自力で情報を集めて、あそこに辿り着いたのだろう。だけど、普通に探していては滝壺の奥に隠れた洞窟には気が付かないし、気付いたとしても、生身の人間は滝の方からは入っていけない。赤い石のある安全な出入り口は、川の主にでも聞かなければ、まず気が付かないだろう。

まさかとは思うけれど……彼は、滝の下まで無理やり泳いで行ったりしないだろうか。いくら泳ぎが達者だとしても、それは危険過ぎる。だけど、あの人は無茶を承知で顧みないところがあるように思えた。

もう一度、意識を集中すると、彼の気配がだんだん川に沿った堤防を下り、川そのものに近付いていく感じがあった。……嫌な予感がする。

「アニー、急いで滝のところまで行くわよ!」

「マリーゼ様! 私、先に行って見てきます」

アニーが実体化した姿を消して、透き通る霊体に戻り、慌てて現地に飛んでいく。

「ああっ、もう! どうして生身の身体って、こんなに不便なのかしら!」

ここから滝まで、ええと、三百メートル? 四百メートルまではいかないはず。
とにかく私は教会を出ると、両手でスカートの上の方を掴んで少したくし上げ、息せき切って走り出した。
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