43 / 60
第三章
⑩ 龍神と屑鉄
しおりを挟む
るまに教わったことにうつつを抜かしていて、事件の捜査はまるで進んでいなかった。
焼死事件についての憶測はいまだに飛び交っているが、反政府組織や偽札づくりと結びつけるものはない。
跳が、街中で郵便配達をする振りをしつつ聞き込みをしていると、捜査中の石走の姿があった。何か進展があったのかもしれないので、話しかけてみる。
「火を噴く龍が、龍の彫物を入れた人間を燃やしにくる。最近はそう言われているぞ」
事件が解決を見せないうちに、噂は少し形を変えて広まり始めていた。三人の被害者が、彫物を入れた消防団員だったことが世間に知れ渡ったのだ。
いつも無表情な石走が、うっすら顔に苦渋をにじませながら言葉を出す。
「捜査は進展していないのに、今度は蒸気ポンプ消火器が盗まれた……」
蒸気ポンプ消火器は、消防団が警察の管轄になる前、フランスから輸入したものだ。蒸気ポンプで水を吸い上げて放水する。車輪もついて動かすことも出来る。江戸時代から使用されていた消火器具龍吐水が、ただの水鉄砲に見える程の性能だった。しかし、性能は悪くなかったのだが、操作が複雑なことや、大きな機体が日本の細い路地に不向きだった。銀座大火の時も出動しているのだが、成果をあげることなくなく、東京の街が灰となるところを傍観する結果となった。龍吐水の強化版ということで、「龍神」とあだ名されていたが、それ以降は「屑鉄」と呼ばれるようになっていた。
「今は無用の長物として消防局倉庫に眠っていた。それが最近盗まれていることに気付いたそうだ」
石走の話では、蒸気ポンプ消火器は、消防団が警察の管轄になる前に保管されていた消防局倉庫に、そのまま置かれていた。残された足跡から、何名かで持ち去ったと思われるようだ。
「一体何に使うのだ。解体して金属として売れば、それなりの値になるかもしれないが、労力に見合うとは思えない。消防団員殺しと関係があるのか?」
「わからん。今のところ、殺された三人や、他の消防団員が藤巴党に関係しているという証拠は出てきていない。歌山は末端で働かされていただけで、藤巴党の中枢については、まるでわかっていないようだ」
歌山は、使い捨ての駒だったか。
石走は話を続ける。
「しかし、他の情報は引き出せた。歌山が龍を彫った消防団員は、四人いたらしい。最初に彫った龍は、髑髏ではなく、普通に玉を手にしていたそうだ。その後、殺された三人が現れ、玉を髑髏に彫り直したそうだ」
「何故そんなことを」
「歌山も理由は知らんそうだ」
歌山はいつ頃の出来事か覚えていた。それが確かなら、彫り直しは違式詿違条例施行後なので、厳密には違法だが、今はそんな小さいことどうでもいい。
「彫り直しをしなかった最後の一人は生きているのか?」
「死んだとは聞いていないが、行方不明だ。数年前に火消しは辞めていて、その後の足取りがわからん」
「そいつを捜せって言うのか?」
「他の事件で人が持っていかれている。人手が足りん。みつけたら麦酒をおごる」
妻子の恩人の復讐というのなら話は別だ。
「無理するな。随分と遅くなったが出産祝いだ。ただでいい」
焼死事件についての憶測はいまだに飛び交っているが、反政府組織や偽札づくりと結びつけるものはない。
跳が、街中で郵便配達をする振りをしつつ聞き込みをしていると、捜査中の石走の姿があった。何か進展があったのかもしれないので、話しかけてみる。
「火を噴く龍が、龍の彫物を入れた人間を燃やしにくる。最近はそう言われているぞ」
事件が解決を見せないうちに、噂は少し形を変えて広まり始めていた。三人の被害者が、彫物を入れた消防団員だったことが世間に知れ渡ったのだ。
いつも無表情な石走が、うっすら顔に苦渋をにじませながら言葉を出す。
「捜査は進展していないのに、今度は蒸気ポンプ消火器が盗まれた……」
蒸気ポンプ消火器は、消防団が警察の管轄になる前、フランスから輸入したものだ。蒸気ポンプで水を吸い上げて放水する。車輪もついて動かすことも出来る。江戸時代から使用されていた消火器具龍吐水が、ただの水鉄砲に見える程の性能だった。しかし、性能は悪くなかったのだが、操作が複雑なことや、大きな機体が日本の細い路地に不向きだった。銀座大火の時も出動しているのだが、成果をあげることなくなく、東京の街が灰となるところを傍観する結果となった。龍吐水の強化版ということで、「龍神」とあだ名されていたが、それ以降は「屑鉄」と呼ばれるようになっていた。
「今は無用の長物として消防局倉庫に眠っていた。それが最近盗まれていることに気付いたそうだ」
石走の話では、蒸気ポンプ消火器は、消防団が警察の管轄になる前に保管されていた消防局倉庫に、そのまま置かれていた。残された足跡から、何名かで持ち去ったと思われるようだ。
「一体何に使うのだ。解体して金属として売れば、それなりの値になるかもしれないが、労力に見合うとは思えない。消防団員殺しと関係があるのか?」
「わからん。今のところ、殺された三人や、他の消防団員が藤巴党に関係しているという証拠は出てきていない。歌山は末端で働かされていただけで、藤巴党の中枢については、まるでわかっていないようだ」
歌山は、使い捨ての駒だったか。
石走は話を続ける。
「しかし、他の情報は引き出せた。歌山が龍を彫った消防団員は、四人いたらしい。最初に彫った龍は、髑髏ではなく、普通に玉を手にしていたそうだ。その後、殺された三人が現れ、玉を髑髏に彫り直したそうだ」
「何故そんなことを」
「歌山も理由は知らんそうだ」
歌山はいつ頃の出来事か覚えていた。それが確かなら、彫り直しは違式詿違条例施行後なので、厳密には違法だが、今はそんな小さいことどうでもいい。
「彫り直しをしなかった最後の一人は生きているのか?」
「死んだとは聞いていないが、行方不明だ。数年前に火消しは辞めていて、その後の足取りがわからん」
「そいつを捜せって言うのか?」
「他の事件で人が持っていかれている。人手が足りん。みつけたら麦酒をおごる」
妻子の恩人の復讐というのなら話は別だ。
「無理するな。随分と遅くなったが出産祝いだ。ただでいい」
0
あなたにおすすめの小説
滝川家の人びと
卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。
生きるために走る者は、
傷を負いながらも、歩みを止めない。
戦国という時代の只中で、
彼らは何を失い、
走り続けたのか。
滝川一益と、その郎党。
これは、勝者の物語ではない。
生き延びた者たちの記録である。
本能寺からの決死の脱出 ~尾張の大うつけ 織田信長 天下を統一す~
bekichi
歴史・時代
戦国時代の日本を背景に、織田信長の若き日の物語を語る。荒れ狂う風が尾張の大地を駆け巡る中、夜空の星々はこれから繰り広げられる壮絶な戦いの予兆のように輝いている。この混沌とした時代において、信長はまだ無名であったが、彼の野望はやがて天下を揺るがすことになる。信長は、父・信秀の治世に疑問を持ちながらも、独自の力を蓄え、異なる理想を追求し、反逆者とみなされることもあれば期待の星と讃えられることもあった。彼の目標は、乱世を統一し平和な時代を創ることにあった。物語は信長の足跡を追い、若き日の友情、父との確執、大名との駆け引きを描く。信長の人生は、斎藤道三、明智光秀、羽柴秀吉、徳川家康、伊達政宗といった時代の英傑たちとの交流とともに、一つの大きな物語を形成する。この物語は、信長の未知なる野望の軌跡を描くものである。
四代目 豊臣秀勝
克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。
読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。
史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。
秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。
小牧長久手で秀吉は勝てるのか?
朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか?
朝鮮征伐は行われるのか?
秀頼は生まれるのか。
秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?
熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)
MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。
もし石田三成が島津義弘の意見に耳を傾けていたら
俣彦
歴史・時代
慶長5年9月14日。
赤坂に到着した徳川家康を狙うべく夜襲を提案する宇喜多秀家と島津義弘。
史実では、これを退けた石田三成でありましたが……。
もしここで彼らの意見に耳を傾けていたら……。
天竜川で逢いましょう 〜日本史教師が石田三成とか無理なので平和な世界を目指します〜
岩 大志
歴史・時代
ごくありふれた高校教師津久見裕太は、ひょんなことから頭を打ち、気を失う。
けたたましい轟音に気付き目を覚ますと多数の軍旗。
髭もじゃの男に「いよいよですな。」と、言われ混乱する津久見。
戦国時代の大きな分かれ道のド真ん中に転生した津久見はどうするのか!!???
そもそも現代人が生首とか無理なので、平和な世の中を目指そうと思います。
織田信長 -尾州払暁-
藪から犬
歴史・時代
織田信長は、戦国の世における天下統一の先駆者として一般に強くイメージされますが、当然ながら、生まれついてそうであるわけはありません。
守護代・織田大和守家の家来(傍流)である弾正忠家の家督を継承してから、およそ14年間を尾張(現・愛知県西部)の平定に費やしています。そして、そのほとんどが一族間での骨肉の争いであり、一歩踏み外せば死に直結するような、四面楚歌の道のりでした。
織田信長という人間を考えるとき、この彼の青春時代というのは非常に色濃く映ります。
そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。
毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。
スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。
(2022.04.04)
※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。
※アルファポリスの仕様上、「HOTランキング用ジャンル選択」欄を「男性向け」に設定していますが、区別する意図はとくにありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる