生殺与奪のキルクレヴォ

石八

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第1章

大食いオーク

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 血液不足で意識が飛んだ中、悠真の口内に不思議な味が広がる。

 重い瞼を開くと真っ青な空が広がっており滝の流れる音が聞こえる。

 口の中には果物? のような物が入っており口の中に甘くて酸味のある味が広がる。


 体を起こすとフラッと眩暈がして体を支えた腕がガクガク震える。

 噛まれた左腕や足には包帯が巻かれており体の下には柔草が敷かれておりふかふかだ。

 周りには殺した犬の魔物は居らず、血が染みているが綺麗に掃除されていた。

 立とうとすると蹌踉めいて倒れそうになる、途端何者かに支えられて再び座らされる。


「まだ怪我が酷いんだから……はい、お水と果物」

 年齢でいうとまだ中学生くらいの金髪お下げの女の子が山のような量の果物と飲み水を手渡してくれた。


「あ、ありがとう……」

 異常に喉が乾いていたので貰った飲み水を一気飲みする。
 空いた器を返すと犬と戦った池から水を汲んで手渡してくれる。

 犬の死体があったはずだが滝が流れ続けているので菌だとかはいないだろうと頭の中に思い浮かんだ嫌悪感を捨てて再び飲み干す。


「お兄さんはここで何してたの?」

 王宮から逃げてきたことを教えたら面倒なことになりそうだ。
 とりあえず道に迷った、モンスターと戦って気を失ったとだけ伝えて去ろうとした。

 だが腕を掴まれ静止させられる。
 彼女は『イルの村』という小さな村から飲み水を汲みに来た時に倒れた悠真を見つけて手当をしてくれたという。


 そんな彼女に怪我がまだ酷いので村に来てほしいと言われた。

 だがイルの村に寄る意思はないと伝えた。
 実際まだここは王城から近場なはずだ、なので早く遠くへ行きたいのだ。

 そのまま苦痛がはしる体を何とか持ち上げて走り去ろうとしたがすぐに倒れてしまう。

 彼女はため息をついて悠真の肩を持つと「村に行くからね」と言ってそのまま悠真を運んでいく。

 口では断ったのだが体が言うことを聞かず、半ば強制的に連れていかれる。

 彼女は「ユナ」と名乗り、どうやら村長の娘らしく、そこでちゃんとした治療をしてくれるとのこと。

 仕方がないので悠真はユナに身を委ねることにした。



 しばらく森のけもの道を歩いていると人が明らかに手を加えたような柵に囲まれ、木の家が10軒ほど建てられた小さな村が見え始める。

 その村では小さな子供たちが走り回っておりユナに気づくと5人ほど全速力で近寄ってくる。


「ユナ姉ちゃん!おかえり!」

「うん、ただいま」

 ユナはこの村の子供たちに慕われているようでリーダー的存在になっていた。

 村の子供たちは悠真に気づき興味津々で話しかけてくる。
 だがユナが怪我人だと伝えると道を開けてくれた。

 そして村の中を2分ほど歩いた後、一際大きめな一軒家が見え始める。

 ユナが「ただいま」と言い家の扉を開けるとユナの父親と母親が出迎える。


「おかえり、ユナ。あれ?そちらの方は……?」

 一通りユナが説明するとそれを聞いた父親が大慌てで布団を敷いて寝かせてくれた。

 こんな見ず知らずの人にここまで親切にしてくれるなんて優しい人たちなんだな……あいつらとは大違いだ。


「いきなりユナが大量の包帯を持ち出したと思ったらこんな怪我人の治療をしてたんだな……ユナ、偉いぞ」

 父親がゴツゴツとした大きな手でユナの頭を撫でる。
 よく見たらかなり筋肉質だ、おそらく農業で自然と鍛えられたのだろう。

 ユナの母親が台所から温かいスープと冷たい水を運んでくる。
 スープを口に運ぶと味は薄かったがとても美味しかった。

 城で食べたスープも美味しかった。
 だが今食べてるスープは体の芯まで暖まるようなスープで、人の優しさと暖かさを感じた。


 包帯をユナが剥がして穴が空いた傷や擦り傷に緑色のクリーム状の何かを塗る。

 物凄い激痛がはしりジタバタと暴れそうになるがこんな少女の前で醜態を晒す訳にはいかないとなんとか我慢する。

 目には涙が薄らと浮かんでいるのだが。


「痛くなかった?これはヒリュ草って言って傷を修復する作用があるんだ。その分刺激が強いんだけど……」

「う、うん。平気だったよ……ありがとう」

 実際本当に傷が治る作用があるかは分からないがここは信用しよう。

 こんな草に修復細胞を活性化させる作用があるなんて思えないのだが。

 薬を塗り終わったあとユナの母親がガーゼのような物で怪我がある場所に当て、その上から包帯を丁寧に巻いていく。

 先ほど体が傷で動かないと思ったのだがスープと果物を食べて体が満足に動くようになった。

 おそらく異常な空腹と渇きが主な原因で動かなくなったのだろう。

 怪我はまだ痛む、左肩も外れたような痛みがあったが今は引いていた。


 そろそろこの村を出よう。
 部外者がいつまでも居候するわけにもいかない。

 怪我を治してもらったのはとてもありがたいのだがもう迷惑をかけたくないのだ。


「あの……優しくしていただいてありがとうございます。これ以上迷惑はかけたくないのでそろそろ失礼します」

 体を腕で支えて起き上がる。
 だがユナはそれを許さず寝かせようとしてくる。

 その親切心はありがたいのだがもう大丈夫だ。
 それに何らかの遠征か何かでここにあいつらが来る可能性があるからだ。


「でもお兄さん、これから何処に行くの?」

 何処に行くの? か。
 実際何も決めずに走って出ていったからあの城の国名すら分からないんだよな。


「行く宛は……ないかな。ところでユナちゃん、向こう側には何て言う国があるんだっけ?」

 あくまで知ってるけど忘れた感じに思い込ませる。
 悠真の言葉を聞くとユナは「そんなことも知らないの?」とジト目で見てくる。

 どうやら出ていった城がある国は『ディスヴェルク王国』と言うらしく、この世界で一番大きく、お金持ちな国らしい。

 それなのに何故この村には援助金とか来ないのか? と思った刹那、ユナはそれについて簡潔に答えてくれた。


 どうやらディスヴェルク王国と此処、イルの村は謎の瘴気に包まれたモンスターで溢れる迷いの森と言われる森があるらしく、普通の人だと迷ってしまうらしい。

 城はそんな危険な森に行かせないための関所代わりでもあったらしい。


「でもユナちゃんはその迷いの森? で水を汲んでたよね?」

 そう言うとユナは首を横に振る。
 どうやらあの池は迷いの森の出口付近らしく迷うことは無いらしい。

 ……いや、待てよ?
 ならなんで自分は迷わずにここまで来れたんだ?

 もしかして川に流されたおかげでもあるかもしれない。


「ねえねぇ、お兄ちゃんってなんて名前なの?」

 名前なんて知っても一生会うことはないと思うが、とりあえず「悠真」と答えた。


「ハルマ……ハルマ? なんかカッコいいね!」

 純粋無垢な目でそんなことを言われてしまうと少し照れてしまうことがある。

 さて、どうしたものかな。
 ユナたちを説得して早く何処か遠くへ行きたいところである。

 しかし絶対と言っていいほどユナは引き止めてくれるだろう。
 傷の手当をしてくれたのは本当に有難いのだがそろそろ強くなるために動かなければならない。

 とりあえず今は大人しくしていた方がいいな。

 窓から外の景色を見る。
 村を区切る柵の外には羊や牛が放牧されており、豊かな草原の上で草を食べたりしていた。

 そんな風景を見ていると悠真は異変に気付く。

 気のせいかもしれない、だがかなり奥の方。
 悠真が来た迷いの森の反対側の森付近で牛が倒れてる気がする。

 もしかしたらポカポカ陽気に誘われて昼寝をしているのかもしれない。

 しかし悠真の予想は外れていた。
 その牛を観察していると少し遠目の羊が急に倒れる。

 フワフワの羊毛に赤い何かが滲み出している。
 これで確証した、牛や羊を襲っている何かがいると。


「ユナちゃん、あれ」

 倒れた動物に指を指す。
 それを見たユナは目を見開いて「大食いオークだ!」と叫ぶ。

 ユナの叫びを聞いてユナの父親が動物たちを確認する。
 頬に汗が流れ、窓や扉を全て締め、クワを握りしめ恐ろしい形相で家を出てってしまった。



 大食いオークとはイルの村の家畜を毎年毎年決まった時期に襲い、捕食するという凶暴で暴食なオークである。

 普段は群れて行動するオークなのだが、家畜たちが放牧されているを見つけて以来家畜たちが減っていっているのだ。

 それが段々捕食される量も増え、去年は放牧した家畜の8割を無残にも殺され食われたという。

 しかし今年は例年より家畜の数が少ないので村に被害を出さないために村の大人たちがオークを撃退、あわよくば討伐を目標に戦うらしい。


「ハルマお兄ちゃんは絶対にこの家から出ちゃダメだからね」

 ユナ自身もオークの恐ろしさを理解しているのか釘をさしてくる。

 もしその大食いオークがこの村に侵入したらかなりやばいんじゃないか?


「ユナちゃんは何処に行くの?」

 家から出ようとしてたユナに聞いてみる。
 ユナは近所の子供たちを村の大広場の地下にある小さな穴蔵に避難させるらしく、既に家を飛び出してしまった。


 それにしてもオーク……か。
 本当なら手伝いたかった。

 でも持ってるスキルは暗い場所でも明るく見える暗視眼と殺奪のみ。

 正直クワとかで牛などを簡単に転がすオークに勝てるとは思えないのだが……ただ今は村の人たちが無事に帰ってくるのを待つしかない。

 いつの間にかユナのお母さんもいなくなっていた。
 先程まで煮詰めていた鍋の火が止まっていた。

 裏口の扉からユナのお母さんが入ってきて悠真に何か入った袋を渡してきた。

 中には赤い玉があり、破裂すると異臭を放つらしい。
 もしオークがこの家に侵入してきたらこれをぶつけて逃げてほしいとのことだった。

 それだけ言ってユナのお母さんは物干し竿を持って家を出ていった。

 窓から外を見ると牛や羊の亡骸が先程よりも多く横たわっていた。

 しばらくこの家で窓の外を観察することにしよう。





 先程から10分経っても亡骸が増えることは無かった。
 それよりも先程から家の外で大きな音が聞こえるような……?

 
『ぐおぉぉぉ!!』

 もしかして今の声がオークか?
 それにしてもかなり近いような……それどころか足音まで聞こえる。


「うわぁぁぁぁ!!」

 直後、男の人の叫び声が聞こえる。
 その後に何かが潰れるような音が聞こえて声が途切れる。

 これ本格的にやばいかもしれない。
 少し小さいのだが子供の泣き叫ぶ声も聞こえる。

 その声はとても悲痛で、耳に残り、頭に反響するような叫び声だ。


「何か……僕に出来ることがあれば……」

 気が引けるのだが台所の下の部分にある物置の扉を開き武器になるような刃物を探す。


「果物包丁は……小さすぎるかな。あとは……身おろし出刃包丁と筋引き包丁か……」

 身おろし出刃包丁は切れ味はいいのだが持ち手と刃の接着面が細すぎて戦闘には向いてないだろう。

 その点を考えたら先端に沿って細くなる筋引き包丁の方がいいと思う。

 刃は細長く薄いので、切るというよりも突き刺すという武器になるだろう。


「お借りしますね」

 果物包丁と身おろし出刃包丁を元の場所に戻して片手で筋引き包丁を持ち、玄関の扉を少し開いて外の様子を見る。

 外は恐ろしいくらい静かで、走り回る子供たちも井戸端会議をしている奥様方の姿が無くなっている。

 避難したのか? それとも……いや、考えないようにしよう。

 ユナに家を出るなと言われたがここで大人しくして待っているなんて僕には出来ない。

 オークの足音が聞こえない。
 近場で座っているのか遠場に行ってしまったかは分からない。

 勇気を振り絞り玄関の扉を開けて悠真は外の世界へ飛び出した。



「こ、これは……?」

 先程まで村にあった活気は無くなり、耳が痛くなるほどの静寂が村を包んでいた。

 ところどころ家が潰れていたり柱が折られていて、2軒ほど火事になっている家もあった。

 きっと火を消しわすけた家が潰され、燃え移ってしまったのだろう。

 周りを見渡すが人の姿が見えない。
 ユナ、それにユナの父親や母親、そして村の子供たちがいない。

 まるで自分だけ別の次元に飛ばされたような……聞こえるのは風の音と干し草が地面を擦る音のみ。


「あ、あれは……?」

 村の入口方面に大きな塊が転がっているので近寄ってみる。


「っ!? お゛ぇぇ……」

 その塊は血まみれで腕や足のような部位が本来曲がるはずのない方向へ曲がっていた。

 頭部が無くなり、腹が裂けて大腸が飛び出していた。
 そんな光景についむせてしまい吐きそうになる。

 その塊は人間だ、いや人間だった物と表現しても過言ではない変貌ぶりだ。

 その死体の腕の中には女の子の死体が抱かれていた。
 ぐちゃぐちゃになり父親が母親かは不明だが子供を必死に守ろうとしたのだろう。

 その周りにも他の死体が3つほど転がっている。
 上半身が無かったり下半身しか無かったりと食い散らかされた跡が生々しく残っていた。


「こ、これはクワかな……? 鉄の部分が割れている……」

 嫌な予感がして背筋がゾッとする。
 確かユナの父親もクワを持っていったはず……いや、クワなんて畑が多いこの村なら誰もがあるはず……

 恐る恐るそのクワの近くのうつ伏せになっている死体を裏返す。


「ち、違う……」

 ユナの父親ではないと確認して不謹慎ながらホッとしてしまった。

 今はこんなところで傷心している場合ではない。
 確かユナは子供たちを大広場の穴蔵に避難させると言っていた。

 もしかしたらそこにオークがいるのかもしれない。
 自分の力で何とかなる相手では無いはずだ。


 だがそれでも悠真はユナの安否を信じ、大広場に向かって全速力で走り出した。
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