生殺与奪のキルクレヴォ

石八

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第1章

奴隷として

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 翌日、悠真は朝早くから目覚める。

 相変わらず軽めの頭痛に悩まされながらもゆっくりと体を起こし外出の準備をする。

 昨日はこの世界に来て一番の激戦だったため、やはりスキルの多用のせいで身体への負担が少なからずともあった。

 『広角視覚こうかくしかく』のような身体への負担が大きいスキルはあまり使ってはいないのだが、いつもより多めに『判断力はんだんりょく』を使用したため軽めの負担が重なったのだ。

 それでもまだ『広角視覚こうかくしかく』ほどの負担ではないため楽ではあるのだが。


 今日はダンジョンに潜るつもりはない。

 あくまでレナの服や装備等の調達、そしてコミュニケーションである。

 とりあえず悠真はレナのことをあまり知っていない。
 そのため理解するためのコミュニケーションがとても大事なのである。


「ふぅ……さて、行くか」

 洗顔や歯磨き、着替えを終えて悠真は自室を出る。

 宿屋のおばさんに「また後で来る」と伝えると元気のいい声で返答してくれた。

 こんなにいい生活をしてしまったら野宿が出来なくなるかもしれない。

 だがバルバが具合を良くしてルーフとタナの証明、そして行き先を決めたらこの街を出る。

 バルバの復活まであと2日。
 そしてその他もろもろすると考えたらこの街にはあと4日間は滞在する予定ではある。

 早いうちにこの街を出てディスヴェルク王国から来る追ってから逃げたいのだがこちらにも準備がある。


「ん?」

 街中に出ると何故か『危険察知きけんさっち』が発動する。

 しかも1箇所からではない。
 大きさ的にこの街全体からと推測できる。

 だがその根本が不明である。
 しかし街中は至って普通、平和だ。


 もしかしたらこの『危険察知きけんさっち』は当人に関係の無いものまで察知してしまうのかもしれない。

 例えばオプロの武器屋には大きな武器が並べてあり、その付近から『危険察知きけんさっち』での反応がある。

 PSパッシブスキルなため意識をすれば『危険察知きけんさっち』のスキルを不使用状態にすることが出来るため、悠真は頭の中で念じてスキルの常時使用状態を切る。

 とりあえず反応が消えて落ち着いたので、悠真は出店で果物の飲料を購入し、奴隷屋へゆっくりと歩み進めた。



─────────────────



 昼間は普段閉まっている奴隷屋の扉。
 その扉を軽くノックし、自分の名を名乗るとすぐにデッグが室内へ招き入れてくれた。

 入口には綺麗に磨かれたドロックストーンが2つ置かれており、室内はとても綺麗に掃除されていた。

 匂いも柑橘系のような爽やかな香りで、昨日の軽い獣臭さが無くなっていた。

 昨日悠真が指摘したことを即時実行したらしい。


「さて、奴隷番号007の受け渡しの前に昨日キサラギさまが要求したものを渡したいと思います。少しお待ちください」

 そう言うとデッグは自室に向かい、何かを取りに戻る。
 そして待つこと数分、デッグは悠真の求めていたものを運んできた。

 それは冒険する際に必要となる生活必需品である。

 野営用ランタンやオイル、アイテム袋の水筒版と言われている『魔法の水筒』に弱い魔物を寄せ付けなくする『退魔石』など。

 あとは皿やナイフにフォーク、フライパンや鍋などの調理器具を揃えてもらった。

 そして何故か要求していないはずのアイテム袋、しかも透明な石の付いているEランクのアイテム袋もあった。


「本当にこれだけでいいのですか? 正直あの場で多額の金を要求すればすぐに揃えられるレベルですよ?」

 それは十分に承知している。
 だがなにもしていないのに金を要求する行為自体悠真はあまり好きではなかった。

 物事を成し遂げた時の対価、悠真はそれ相応の対価が欲しいのである。

 ドロックストーンは納品でレナとの交換。
 なので騙したもなにもそれはそれ、これはこれで終わりなのだ。

 なので安く、だが集めるのがめんどくさい生活必需品や食器、調理器具を要求したのである。


「ちなみにそのアイテム袋は独断と偏見での贈り物です。ちなみに返却は不可ですぞ」

 つまり素直に受け取れということだ。


「ありがとうございます。これだけあれば十分です」

 受け取った物を全て自分のアイテム袋にポイポイっと放り込む。

 生活必需品や装備、今貰ったものを全て詰めてもアイテム袋はまだ半分ほど余裕がある。

 なのでEランクアイテム袋はレナに渡すことにしよう。


「ではキサラギさま、奴隷番号007を呼んできます。そしたら主従化の軽い儀式を行いたいと思います。しばしお待ちを」

 悠真に軽く一礼してデッグはレナのいる部屋へ歩いていく。

 昨日の一件のせいかは知らないが大分口調も顔も優しくなった気がする。

 デッグなりに昨日の夜考えた結果だろう。



 しばらく座っていると職員の男が冷たい飲み物と茶菓子を運んできた。

 疑う訳では無いが一応『危険察知(きけんさっち)』を発動させてなにもないことを確認した上で喉を潤し、甘い茶菓子を頬張る。


「お待たせしました、ではたった今からキサラギさまは奴隷番号007の所有者となります。なのでこれを付けてあげてください」

 机の上に置かれていたのは黒色の腕輪と赤色のインクのような液体だ。


「ふむふむ……なるほど」

 一緒に置かれていた紙を軽く読み流す。

 簡単に説明すれば腕輪には奴隷の所有者の名前を書き、それを奴隷の右腕に装備させるらしい。

 その腕輪を付けることで主従関係が成立するとのことだ。

 が、別に離れてもどこに居るのかや電気を流し罰を与えれる道具ではなく、単に奴隷という証拠らしい。

 赤色のインクは所有者の人差し指の表面に垂らし、自分の名前を念じながら魔力を流して腕輪をなぞることで名前が設定されるらしく、偽名などを使っていないかなどの判断のためとも言われているらしい。

 そしてその腕輪を付けていると名前を設定した者以外は外すことができず、勝手に人の奴隷を自分の所有物にすることは出来ないと表記されてあった。

 最後の文に『一部例外があり、強制的に奴隷を奪う者もいるため注意が必要』と書かれてあった。

 おそらくその手の系統のスキルだろう。


「レナ、付けるよ?」

 コクリと頷くレナ。
 腕輪の留め具を外して開き、レナの細い手首の下からはめる。

 赤色のインクを1滴指に垂らし、自分の名前を念じながら魔力を込めて腕輪をゆっくりとなぞっていく。

 腕輪には『キサラギ ハルマ』の文字が浮かぶ。
 どうやらこの世界での言語表記らしい。


「これでキサラギさまは奴隷番号007の所有者です。007もキサラギさまをしっかりとご奉仕するのですよ。そしてあとはこちらをご覧下さい」

 また新たな紙を受け取った。

 そこには『奴隷の権利』と書かれていた。


 1.奴隷を解雇する場合は腕輪を破壊、もしくは取り外す必要がある。

 腕輪の取り外し方は魔力を流しながら留め具を外す、これでもし外せなかったら破壊を推奨する。


 2.奴隷にも奴隷なりの権利がある。

 召し使いや冒険者、または性処理をする場合の使用は自由だが、科学の実験や錬成などでの使用は禁じられている。


 3.奴隷のした行動は所有者に責任がいく場合もある。

 奴隷も生き物であり道具ではない、そのため必ずしも間違いを犯すこともある。

 その時例えば公共物を破壊、もしくは窃盗をした場合所有者がその損害賠償金を払う必要がある。


 4.奴隷にも拒否権はある。

 奴隷にも命令に反する権利が一応ある。
 『死んでこい』や『~~を殺せ』といった命令を遂行しなくても所有者が奴隷に罰を与える権利はない。


 5.殺してはならない

 所有者といっても奴隷の命の所有権はない。
 そのためいくら奴隷でも殺した場合はその分の正当な罰が与えられる。



「なるほど、気をつけますね」

 簡単に言えば人権みたいなものだ。
 いくら奴隷でも粗末に扱うなということだ。


「お願いしますよ、では私は1週間店を休ませてもらいます。その間何があっても絶対に顔を出しませんからね」

 何か引っかかるような言い方だな……なにか裏がありそうだ。


[ハルマさま、これからよろしくお願いします]

 でも、今目の前にいるレナの弾けるような笑顔を見てそんな疑問はどうでも良くなった。


「じゃあ、行こうか」

 悠真はレナを連れて奴隷屋を出る。

 デッグはニカニカと笑いながら店を締め、自室へ向かい睡眠をとり始めた。



────────────────



 宿に着き、おばさんに追加料金を払いレナを自室へ案内した。

 悠真はベッドの上に座り、リラックスをするがレナは入口の横に立ち、悠真の方をジーっと見つめていた。


「レナも座りなよ」

[ですが一応奴隷の身ですので……]

 なるほど、そういうことか。
 つまり主人の許可がなければ座れない、食事できない、休めない的な感じなのだろう。


「んー……じゃあ命令するよ? 形は奴隷だけど今日からは仲間だ、だからレナは僕と同じような行動をすること。いいね?」

 悠真の提案したまさかの命令にオロオロしつつもレナは命令に従い悠真の隣に腰を下ろす。

 緊張しているのか耳が立っており尻尾がブンブン横に振れている。

 そして隣に女の子が座ったことで甘い果物のような香りが漂い、なんだか恥ずかしくなってきた。


「そ、そういえばレナって何歳なのかな?」

 こちらが緊張してしまい昔のような喋り方になってしまう。

 レナもやはり緊張しているのかペンの書く手がフルフルと震えていた。


[今は16歳です。ですがあと少し経つと17歳になります]

「へー……もうすぐで僕と同じになるね」

 悠真の今の年齢は17歳。
 誕生日が4月なのでクラスの中では誰よりも先に歳を一つとるということになる。

 それよりも年齢が同じで助かった。

 年上だったら敬語を使いそうになるし年下だったら罪悪感や背徳感でおかしくなりそうため、同年齢で内心ホッとしている。

 それよりも早く別の話題を振らなくては。


















 やばい、話題がなにもない。
 そもそも女の子と話すのなんて久しぶりすぎる。

 他に喋った女の子なんて西園寺さんくらいだしリコルさんはお姉さんって感じだし宿屋のおばさんを女の子とは呼べないだろう。

 しかもレナは喋れないため話題は振りづらいだろう。


「そ、そうだ。レナにプレゼントしたいんだけど何か欲しい物はないかな?」

 悠真の問いに対してレナは首を横に振る。
 自分で物を要求することを烏滸がましいと思っているのだろう。


[ハルマさまの贈り物ならなんでも嬉しいです]

 それはちょっとずるくないか?

 アイテム袋や生活必需品は普通にあげるとして何か渡したいのだが……せめて綺麗なアクセサリーがあれば……

 って、あるじゃないか。


 悠真はアイテム袋から少し前にリーデダンジョンの4階層で見つけたネックレスのような白いアクセサリー。

 昨日までダンジョンに潜る度装備していたのだが今日は邪魔になるため外しておいたのだ。


 レナにアクセサリーを渡すと肩甲骨辺りまで伸びた髪の毛をかきあげて首にかける。

 なんだかその様子はとても綺麗で美しく、目を奪われるものだった。


[どうですか?]

「す、すごく似合ってるよ」

 銀のような白い髪の毛と青い宝石のような目に白いアクセサリーが加わり、より一層可愛らしさ、そして美しさが増した。

 やっぱりこの手のアクセサリーは女の子が身につけた方が絶対にいいよね。


「あ、レナ、ちょっといいかな?」

 悠真はふと疑問を抱いた。
 その疑問とはレナの取得しているスキルである。

 冒険をするうえで仲間のスキルを知るのはもちろんだが単純な興味がある。

 レナにスキルのことを伝えると紙に書いて渡してくれた。



NS→家事Ⅲ 房中術Ⅱ 水属性魔法Ⅰ 光属性魔法Ⅰ

PS→聴覚強化Ⅰ 忍足Ⅰ

US→NO SKILL

SS→NO SKILL



 USユニークスキルSSスペシャルスキルはないものの普通に高スペックであった。

 魔法も二種類使えるし気になるようなPSパッシブスキルも所持している、正直想像以上だ。


[猫族は身体能力が高く魔力が少ないのが特徴なんです。ですが私はアルビノ個体の猫族なので身体能力も魔力も高いです。ですが魔言が唱えれないので魔法は使えません]

 そうだったのか。
 この世界で猫族を見たのはレナが初めてだからアルビノ個体とか気にすることはなかった。

 でもそんな身体能力と魔力が長けてるレナでも喋れないから魔言が使えない……それに無詠唱のようなスキルもないため喉を治すまで近接での戦闘になるわけだ。


 そもそもアルビノであって身体能力も魔力も高いのならのどから手が出るほど欲する者もいるはず……

 それなのに何故売れ残っていたのだろうか。


[単に喉が潰れてるからです。嬌声を出せない女の猫族をいくらアルビノでも購入する人は滅多にいません]

 そういう理由があったのか。
 ていうか嬌声って……確かに男が奴隷を購入したら基本的そのような方面に行きそうだけれども。


 いや、考えると意識してしまうので素数を数えよう。



「ところで……」

 スキルの書かれた紙を見てまた一つの疑問が生まれた。
 レナは首を傾げて悠真の質問に対しての返答を書こうとペンを握っていた。


「『忍足しのびあし』は何となく分かるけど……『房中術ぼうちゅうじゅつ』ってなに?」

 純粋に気になったため聞いたのだがレナの頬が紅潮しだしてペンがぷるぷると震える。 



 その後、悠真は『房中術ぼうちゅうじゅつ』の説明を見て真っ赤になりながら顔を隠すレナに何度も頭を下げて謝罪を繰り返した。













────── 第1章 完 ──────















如月 悠真

NS→暗視眼 腕力Ⅱ 家事Ⅰ 加速Ⅰ 判断力Ⅰ 火属性魔法Ⅰ 広角視覚Ⅰ

PS→危険察知Ⅰ 火属性耐性Ⅰ

US→逆上Ⅰ 半魔眼

SS→殺奪



レナ

NS→家事Ⅲ 房中術Ⅱ 水属性魔法Ⅰ 光属性魔法Ⅰ

PS→聴覚強化Ⅰ 忍足Ⅰ

US→NO SKILL

SS→NO SKILL
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