白の無才

ユウキ ヨルカ

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第32話「陸上大会について(7)」

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山吹との一件があった後、俺は重い足取りで観客席へと戻った。


「羽島君お帰りなさい……大丈夫?なんだか顔色が悪いようだけれど?」

榊原が心配そうに顔を覗き込む。

「いや、何でもない。少し暑さにやられただけだ」

そう言って苦笑しながら誤魔化す。

どうやら俺は秀一のように表情を偽ることには長けていないようだ。

すぐ榊原に表情の変化を気づかれてしまった。

榊原はそんな俺を見てどこか怪しむように「それなら、いいのだけれど……」と呟いた。


***


その後俺たちは、秀一・朝霧と合流してレースの観戦に戻った。

知り合いはいなかったが、どのレースも選手1人1人から『絶対に勝つ』という強い意志を感じ、とても熱い気持ちにさせられた。


競技場内に響き渡る声援。

気温に比例して高まる熱気。

喜びを、悔しさを全身で表現する選手。


どのレースにもドラマがあり、観戦している俺たちの心を激しく揺さぶった。


そして現在。

午前中のレースが全て終了し、昼休憩に入ろうとしていた。

陸上部員には保護者から1人ずつ弁当が配られている。

レースで全力を出し切った選手たちは相当腹を空かせていたのか、まるで餌に群がるハイエナのように弁当に喰らい付く。

部外者である俺と榊原の分の弁当は用意されていなかったため、観客席下の売店で昼食を買うことに決めた。

「榊原、下の売店に昼食を買いに行かないか?」

「そうね。そうしましょう」

俺たちは階段を下り、売店へと向かった。


売店の中は非常に混雑していて、商品を選ぶのに10分近くかかってしまった。

それでもなんとか昼食を購入し終えた俺たちは、再び観客席へと戻り、蛍山高校の陣地で秀一や朝霧と共に昼食を食べ始めた。


「うんめぇぇぇ! この弁当最高だぜ!特にこの唐揚げ。外はカリッとしていて中はジューシー。これならいくらでも食えるな!」

秀一はそう言って弁当の中身を次々と口の中に放り込んでいく。

その食べ方が豪快すぎて、1人で大食い選手権でもやっているのかと思うほどだ。

弁当を食べる秀一は本当に幸せそうな顔をしていて、見ているこっちも腹が空いてくる。


「確かに美味しいけど、それはそれとしてちゃんと噛んで食べなよー」

弁当をものすごい勢いで食べ進める秀一に対し、朝霧は呆れた表情で言葉をかける。

なんだかまるで母親とヤンチャな子供を見ているような気分になった。
いや、母親と子供と言うよりは姉と手のかかる弟といった感じだろうか。

どちらにせよ、その光景は山吹との一件で痛んだ心を優しく癒してくれる。

俺はそんな2人を隣で眺めながら買ってきた昼食に手をつけた。

俺と榊原は同じサンドイッチを購入し、隣では榊原が2人の絡みを微笑ましく見つめながら小さい口でゆっくりとサンドイッチを食べ進めている。


秀一がハイエナだとすると、榊原はさながらウサギといった感じだろうか。

大きな瞳に白い肌、そして可愛らしい小さな口。

サンドイッチを食べ進める榊原の姿はとても愛らしく見えた。


そんなことを考えながら榊原の横顔を眺めていると視線に気づいた榊原が振り向き、目が合った。


「羽島君……もしかして、私の顔に何かついてる?」

「い、いや!大丈夫だ、何も付いていない」

「そう?……それならいいのだけれど」


榊原は首を傾げて答える。

もしかすると、『人の顔をジロジロ見てくる変な奴』と思われてしまったかもしれない。

俺は榊原から目を逸らして、手元のサンドイッチを口に詰め込む。

しかし、ろくに咀嚼もせずに飲み込んだため喉に詰まってしまい、買っておいたお茶で無理矢理胃に流し込んだ。


「もー……羽島なにやってんのー?」

朝霧が喉に物を詰まらせた俺に冷ややかな視線を送ってくる。

「死ぬところだった……」

割と真面目なトーンでそう呟くと、隣で榊原がクスクスと笑いだした。

そんな榊原を見てなんだか恥ずかしいような、少し嬉しいような気分になった俺は頬を緩ませると、再びサンドイッチを口にした。


そうして俺たちは少しの間レースのことを忘れ、穏やかな一時を過ごした。

***


昼休憩が終わってしばらくした後、競技場内にアナウンスが流れた。


『 この後14時から女子100Mを開始します。選手の方は準備に移ってください 』


アナウンスにより、少しだけ競技場内に緊張感が戻ったように感じる。


「……よしっ!」

朝霧は座っていた観客席から立ち上がると、両手で頬を叩いて気合を入れる。

今日のレースを思い出して朝霧の心に火がついたのか、なんだかとても張り切っているように見える。


「莉緒、頑張れよ!」

秀一が激励の言葉を送る。

それに続いて、俺と榊原も朝霧に言葉をかける。

「俺たちにはここから応援して見守ることしかできないが、少しでも朝霧の力になれるように頑張るよ。だから、朝霧も精一杯走れ」

「莉緒さん。私は莉緒さんの走る姿をしっかりとこの目に焼き付けておくわ。莉緒さんが1番でゴールするところを見せてちょうだい」

それを聞いた朝霧はレースが始まる前から、瞳に涙を浮かべている。

「……私、頑張る!今までたくさん練習して来たんだもん!絶対1位でゴールしてみせるよ」

朝霧は眩いほどの笑顔で俺たちにVサインを向ける。

そして着ていたジャージを脱ぐと、ゼッケンをつけたユニフォーム姿でトラック上へ向けて移動を開始した。

俺たち以外にも観客席のあちらこちらから、選手に向けて声援が送られている。


澄み渡る夏空に浮かぶ太陽が真上から俺たちを見下ろし、競技場内は今日1番の暑さとなった。

照りつける日光と肌に張り付くような暑さで、全身から汗が滲み出しているのがわかる。

呼吸をするたびに熱気が肺に入ってくる。


しかし、観客席にいる人々は誰1人その暑さに屈することなく選手に声援を送っている。

そして、トラックに繋がるゲートから朝霧を含めた選手たちが続々と姿を現した。


蒸せ返るような暑さを気にも留めず競技場内の喧騒はより一層勢いを増し、すべての観客が見守る中、いよいよ午後のレースが始まろうとしていた——。
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