すべてはてのひらで踊る、きみと

おしゃべりマドレーヌ

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3.策略

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「清々しいほどですね。叩けば叩くだけほこりが出てきますよ」

「嘆かわしいな」

 マグヌスがため息をつきながら書類をアルベルトの机に出してくる。

 リネーの父親ドグラスの悪事について網羅された内部調査報告書だ。

 既に何度目かの調査報告書だが、以前よりも調査内容が具体的になってきていた。シェーンフェルトの屋敷に潜入させた男が下男として働きながら調査を継続している。よく働いてくれているのだろう。ぺらり、ぺらりと数ページ捲っただけで、片手で数えきれないほどの重罪の疑惑が書き連ねられている。よくもまぁこれだけの悪事が思いつくものだとため息が出る。

「ドグラスだけじゃなく、ドグラスの奥方もまぁ、随分と調子に乗ってますね」

 ドグラスの罪は当初、未成年への暴行と隣国王室への賄賂という2つだった。けれど調査していくうちに、未成年の親のいない子を中心に人身売買に手を染めていたことがわかり、そこから芋づる式に罪状が増えた。妻も同じく、ドグラスの金で男を買い、それだけでは飽き足らず既婚の貴族と関係を持っている。ドグラスの後を継ぐはずの子が、ドグラスの子かどうかも怪しいと言う事がわかり、そうなれば血縁を重んじる貴族社会にとっては裏切りだ。正当な当主の血を引くものにこそ、爵位は受け継がれるべきだという考えがある。

 そんな貴族社会で、実子である長男がオメガだったとは言え、次男に継がせた上に、当主の血を引いてないのであれば、その血を信じて爵位を与えた王室への裏切り行為だ。

「リネーの様子は?」

「……相変わらず、高価な物を商人から買い付けています。定期的に父親に会っているようで、商人から買ったものはその後父親が闇商人に流しているようですね。商品にはすべて追跡できるように発信器をつけていますので、売った先は辿れます。リネー様の元の手元にはダミーが渡されているようです」

「なるほど」

「リネー様は、どうされますか」

 父親に責があるのであれば、その子にも責任はある。リネーも父親に渡した宝石が、ダミーに変えられていることはわかっているだろう。

 その宝石を売った金で、ドグラスが私腹を肥やしているのは納得がいかないが、だからと言ってリネーが直接何か犯罪に加担しているわけではない。

「保留だな、おそらく高価な物を強請るのもリネーの意思ではなく、ドグラスの指示だろう。もう少し気のいい夫のふりでもして、リネー自身を見極める。元々、リネーを迎え入れたのはドグラスの警戒を油断させる意図もあったしな」

 いつだったか王室主催のダンスパーティーで一緒になって、一目惚れしたというのは、嘘だ。

 リネーの警戒を解けるのであれば、口実は何だって良かった。

 アルベルトは王室主催のダンスパーティーに出席したことはない。けれど、ダンスパーティーに出ているリネーを、二階の王室専用バルコニーから見ていた事はある。

 その時に、綺麗な人だと思ったのは嘘じゃない。踊ってみたいと思ったことも。

 けれどあの頃のアルベルトはリネーと踊るには複雑な事情を抱えすぎていた。

 アルベルトには現王室の血が流れている。

 現王の祖父・エドガーの時代、戦争の状況が我が国にとって不利な状況だったため、次男であるアルベルトの父は他国へ幼い頃に逃がされたのだ。現王室が万が一倒された後、またこの国を取り戻せるようにという思惑があったらしい。次男と言っても、祖父には妻が二人いて、アルベルトの父は第二婦人の子だった。現王は第一婦人の子だ。つまりアルベルトは現王とはいとこ同士ということになる。

 結局なんとか辛くも戦争には勝利して、現王の血縁が問題なく続いている。

 長らくアルベルトの父は異国で暮らし、異国の姫と結婚して暮らしていた。本来であればそのまま異国の地でアルベルトの家系は紡がれていくはずだったが、現王に子がいない事もあり、アルベルトが連れ戻されたのだ。何度か幼い頃にこの国を訪れたことはあったが、大人になってからは訪れた事は無かった。

 ちょうどアルベルトは、以前住んでいた国で宰相の補佐として働いており、いわゆる王室でのみ扱われる秘密文書の扱いや、間蝶からの諜報活動の報告を受け取る仕事をしていた。

 この国に戻るという話になった時、その宰相補佐の経験を買われて、現王のヴィルヘルムにより出来ればしばらくの間身分を隠して、諜報活動をして欲しいと要請されたのだ。現王が崩御すれば、次はアルベルトが王を継ぐことになるが、現王はまだ四十歳で後を継いだばかりだ。これからまだ子が出来る可能性もある。

 アルベルトはあくまで何かあった時の為にと呼ばれたわけなので、王になるまでは王室でゆっくりと過ごすつもりだったのだが、生来そういう気質でもない。聞けば、貴族の間で不穏な動きがあるのだと聞かされて面白いなと思ったのだ。王になるよりも、そちらの方が興味があると伝えれば、苦笑されてしまったが、何はともあれそういった経緯でアルベルトはこの国に戻って来た。

 他国の諜報活動をしていた経歴を踏まえれば、本来であればこの国の王となるのは相応しくない。知ってはならない事を知りすぎているからだ。

 それについては仕えていた王に一筆誓約書を書いて、絶対に今後、何があろうとも情報を悪用しない事と、友好的な国交を築くことを誓っている。元より王とも、宰相とも関係は良好だったので、そのあたりはそれほど懸念されてはいないようだった。アルベルトとしても、自分の育った国を害するつもりはさらさらない。

 

 それからは子爵の地位を用意され、金で地位を買った架空の新興貴族として屋敷を与えられた。

 マグヌスは幼い頃からアルベルトに仕える従者で、諜報活動に長けている人物だったので引き続き側に置くことにした。今はリネーの監視も任せている。元々住んでいた国では貴族の結婚に年齢の制限などはなかったが、古い体質のこの国では二十歳を越えて妻がいないのは不自然だと言う事で、急遽用意された婚約相手がリネーだった。

 ちょうど疑惑があり調査をしたいと思っていた家だったので、ちょうどいいと受け入れる事にした。

 相手を油断させるのには、相手の懐に入るのが手っ取り早い。

 表向きはアルベルトから婚約を申し込んだ形だったが、婚約者を募集したいと王室経由で貴族に話を通した時、真っ先に名乗りを上げたのがシェーンフェルトだった。

 婚約者の夫と言う事であれば多少油断して何か話してくれるだろうか、もしくは、婚約者が何か知っているだろうかとある種の下心を持って屋敷を訪ねた。初めて顔を見た婚約者はいつだったかパーティーで見た相手だった。幼い自分が「キレイだ」と柄にもなく思ったのが、昨日の事のように思い出せた。

 美しい顔立ち、赤身の強いブラウンの髪、どこか儚げなその姿に一瞬息が止まった。

 リネーの事も実は調査済みだった。あの屋敷の別邸で暮らしていて、家族とは不仲であること。オメガだと判明してからは社交界に出ていない事。

 どうやら家の中でも使用人から随分な対応をされていたらしいと報告があがっていた。元よりアルベルトにとって、結婚相手は誰でも良かった。都合が良かったからシェーンフェルトの申し出を受けたが、家柄も、外見的な美しさも重要ではない。

 ただ婚約者としてそこにいて、何も邪魔をしないでくれればそれでよかった。

 アルベルトは『人当たりが良く』、『健全で』、『清廉潔白だ』と評される自身の見た目の良さと好青年ぶりをよく理解している。

 けれど、きっと誰もアルベルトが何を考えているかなど知らないだろう。

 人に優しくするのは簡単だ。これをすればきっと『優しい人に見える』と言う事を実践するだけだ。行動はタスク化して、ただ、実行に移せばいい。相手の事を思うのではなく、相手が何を喜ぶのか、何を好むのか、どういう言葉が好きそうなのかを予想して分析して、口にすれば、行動に移せばそれでいい。

 唯一アルベルトをよく知るマグヌスは、アルベルトを『情の無い人間だ』と評する。

 昨日まで仲良くしていた親友が、アルベルトを裏切り、王室に敵意を向けていたと分かればその場で処刑することが出来た。それについて悲しむこともない。必要な事だからな、とそれだけだ。必要なことを必要なタイミングで、必要に応じて実行に移すと言う事が、どうやら世の中の人間には難しいらしい。

(リネーも、あれほど器量はいいのに、情に流されて可哀想に)

 リネーがこの家に来てから数カ月。いくつか仕事を引き継いでいた。

 アルベルトの仕事はもっぱら王室に通い、王室の奥にある秘匿された部屋で情報を精査する。もしくは数名の同じ役割を持った人間へ指示を出す。皆表向きの顔は様々だ。貴族の下男に、王室のメイド、一介の貴族もいるし、商人もいる。それぞれ表での名前を持っていて、コードネームで呼び合う。アルベルトが集めた人材だ。

 もとよりこの国に存在していた、秘密警察のような組織は先日解体した。

 権力を勘違いした男がトップに君臨し、得た情報で貴族を脅して、危うく王室の権威が失墜するところだった。

 男が関わっていた人間はすべて処分したし、今、アルベルトが選んだ人材は皆優秀だ。この国に来て、いくつか悪事のしっぽを捕まえて、今から本格的に動くというところで、リネーが嫁いで来たので、家での仕事を任せることにしたのだ。最初に引き継いだのはいわゆる汎用的な貴族の仕事だが、リネーは頭が良く、物覚えも良い。シェーンフェルトの家では何もさせて貰えていなかったようだが、よく政治の事情も把握していて、貴族としての振舞いにも問題はなかった。

 手始めに屋敷の管理と、社交界の対応、それに領地経営を任せることにした。屋敷の管理は使用人の管理だが、執事とメイド長からはよくやっていると聞いている。社交界の対応は、パーティーへの出席が基本だが、アルベルト自身、身分を隠している事もあり、王家主催のもの以外は断っている。

 いくつか重要だと思うものにはリネーを連れて出る事もあるが、基本的には誘いに対して断りの手紙を送る。

 最初の頃は返信の手紙の内容は執事に確認させていたが、最近は特に指導することもないようだった。字も美しく、言葉選びも問題ない。

 領地は子爵であれば多少あった方がいいだろうと、王が手配してくれた領地で、それほど広くもない土地だが、良く出かけて領民とコミュニケーションを取っていると聞く。

 器量は良く、人柄も悪くない。二人きりで話していても、例えば何かを企んでいるような気配はしない。

 とてもじゃないが、あれほどの贅沢品を次々と強請るような人物には見えない。父親の命令なのだろうと思えばその程度の我儘くらい聞いてやれる。

 欲しいと言うから与えているのに、喜びもしない。張り付けた笑顔で喜んだふりをして、それをせっせと自分の父親に貢いでいる姿はただ哀れだった。きっとそうしなければ生きて来られなかったのだろう。男でオメガは希少だ。希少価値が高いとして人身売買の市場では高額で取引される。

 今日まで無事に過ごせていた事は、あの父親の偶然の功績かもしれないが、本来リネーが受けるべき扱いではない。

「哀れだな」 

「まぁでも、貴方に多少の情はあるようなので、見守ってあげてもいいのでは?」

「……情?」

「貴方のあげた懐中時計、大事にしてるみたいですよ。大抵買った物は綺麗にならべて机か棚に飾っているのに、貴方があげた懐中時計だけは、ベッドの棚にまるで隠すように片付けられていました。定期的に父親が商品を品定めに来ますからね。見つからないようにしてるんじゃないでしょうか」

 リネーが、アルベルトに情を抱いていると聞いても違和感がある。リネーのアルベルトに対する態度は至ってフラットだ。

 夜会で女やオメガたちがアルファを見定めるような視線でもなく、アルベルトの財力を欲しがる視線でもない。

 だからいつだってリネーの側にいるのは嫌ではない。

 内心そわそわしている。

 お前の企んでいる事を知っている、と、あのふたりきりの夜に暴露したらどんな反応をするのだろうか、と、いつも考えている。

 実際にそう伝える事はきっとない。けれど、それを思えば少しわくわくして、だからリネーに優しくできるのだ。きっとリネーは、この家に来て初めてこんなにも優しくされているに違いない。使用人たちにも、とにかく優しく、丁寧に扱うように伝えてある。いずれ、例えばリネーが悪だくみをしていたとして、良心の呵責に耐えられず実行を渋るのかどうか、それとも周囲の環境とは別に必要なことを実行するのか。それも判断材料にするつもりだった。

 けれど、リネーが、アルベルトに好意を寄せるような展開は想定していない。

「たまたまだろ」

「他の品物は大抵2週間で売り払われてますが、あの懐中時計だけはずっとリネー様の側にありますよ」



 その懐中時計も、それからしばらくして売り払われたのだと聞いた。

 結局その程度か、と、そう思いながらリネーを夜の茶会に誘った。こうして茶会で二人で話すのも習慣のようになっている。

「リネー?」

 椅子に座って、少しするとラニが紅茶を用意してくれた。

 あとは下がって良いと言えば静かに下がっていく。

 いつもなら、それとなくどちらからか話始めるが、リネーの様子がいつもと違うような気がした。

「リネー」

 二度名前を呼べば、ようやく顔をあげたが、その表情は常日頃のリネーとは打って変わって随分と意気消沈しているように見えた。

「何かありましたか」

 リネーの行動は一から十までマグヌスが把握している。体調が悪い、誰かと会っていたなど些細な事でも報告があがる。

 昨日、おとといは二人で過ごす時間が無かった。その間にあったことと言えば、リネーの父親が来ていた事くらいだ。

「今日は父と、長く話したから、少し疲れたかな」

 それはまるでリネーの本心のようだった。父親との会話は全て録音していて、すでに聞いたから知っている。

 疲れるほど話していることはなかったはずだ。いつも通り父親がリネーの部屋を物色して好きなように欲しいだけ品物を持っていった。



 そこにあの懐中時計も含まれていた事くらいが、いつもと違うことだ。

 

 
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