王子殿下が恋した人は誰ですか

月齢

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4.アールト・ド・ロバル

それを早く言いなさい

 あらかじめギュスターヴ宮からは、最低限の使用人のみを残して人払いしてあったのだが、リーリウスが指定しておいた『夜の間』や、そこへ続く廊下には、心地よく明かりが灯され、花が飾られ、白いクロスのかかった卓にワインと軽食も用意されていた。

 抵抗を諦めておとなしく入室したアールトは、華美な装飾を抑えた調度品や、満天の星空を泳ぐ幻獣を描いた天井画を目にして、いっとき緊張を忘れたように見入っていた。が、シュナイゼの声にビクッと躰を揺らしてこちらを見る。

「ミートローフのサンドイッチと酒を貰っていいですか?」
「野菜も食べなさい」
「じゃあ牛肉の香草焼きとエビのガーリックバター焼きも」
「それは野菜ではない」

 苦笑するリーリウスに子供のような笑みを返したシュナイゼは、

「では、『夕の間』辺りにいますので、何かあればお呼びください」

 肉ばかりたっぷりのせた大皿を手に出て行きかけて、「ああ、その前に」と戻ってきた。

「あんたはココ」

 危険人物を見る目のアールトを手招き、庭園に面した窓の前に立たせると、勝手知ったる動きで近くの脇机の引き出しを開けた。
 取り出したのは、モコモコした腕輪状のもの。

「これな、城の庭園の草を食ってる長毛羊の毛で出来てるの。フカフカ気持ちいいから着けてみ」
「はあ……」

 アールトは眉をひそめたが、逆らうのはまずいと思ったか、言われるがまま片手を通した。するとシュナイゼが素早く、もう片方の手にも同じものを嵌めさせる。

「あっ!」
 
 驚く声が上がったときには、すでにアールトの両手首は、モコモコフカフカの手錠で拘束されていた。手錠には長い革紐が付いており、シュナイゼは手早くその革紐を近くのフックに固定して、

「このくらいかね」

 長さを調節してグイッと引くと、アールトは窓の前で両手を吊り上げられた格好になった。

「こんなことをせずとも、もう逃げるつもりはないのに!」
「念のため。殿下のお許しが出たら外してもらいな」

 ウィンクして、今度こそシュナイゼは酒と肉と共に去った。
 アールトは呆然と見送っていたが、リーリウスがくすりと笑ったのに気づくと、困り顔で頬に朱を注いだ。

「その顔は悪くない」
「はっ?」
「こちらの話。シュナイゼはちゃんと加減していったようだ。痛みはなかろう?」

 吊るされているとはいえ、両手首が額の前に来る高さなので、肩への負担も軽いはず。
 不満そうだが「はっ」と認めた青年に、リーリウスは優しく微笑んだ。

「ギュスターヴ宮の料理人は最高に腕が良い。さっさと用件を済ませて、そなたも空腹を満たしなさい」

 返事のようにアールトの腹がグゥと鳴り。赤い顔で口をひらいた。

「自分は、タウラエスのロバル子爵家の息子。それは本当です。三男でなく次男でありますが」
「そなたは嘘に慣れておらぬな」
「は?」
「入国申請書類には正直に『次男』と記入している。なのに初対面のとき私に『三男坊』と自己紹介した」
「そっ、そうでしたか……」

 潜入捜査のため、真実に嘘を混ぜてそれらしく来歴をつくったのだろうが、入国前は気を抜いていたと見える。
 諜報活動疑惑に「大げさな」と焦っていたが、確かにこの詰めの甘さでは、情報戦にも隠密行動にも向いていない。

 己の失態に今さらショックを受けたアールトだが、素直に真相を語った。
 本当は騎士であり、苦労してようやく王室付きの騎士の一員となれたのだと。
 リーリウスは「やはりな」とうなずいた。

「レナータ王女と私の縁談を案じて来たのだな?」
「ど、どうしてご存知なのですか!?」

 正直リーリウスには縁談が多すぎて、先日の兄とレダリオの会話を聞いていなければ、タウラエスのレナータ王女のことも忘れていたけれど。
 アールトの一連の行動と王女を関連付けて考えるのは、難しいことではなかった。

 ただし、王室同士の結婚話に、新米の騎士が単身で乗り込んでくるというのは、とても無理がある話なのだが。

「そなたは王女と親しい間柄なのか?」
「そんな畏れ多い! 麗しく可憐な王女殿下は我が国の至宝。自分ごときが近づけるお方ではありません!」
「ならば何故、そなた『ごとき』が私を調べに来たのだ」
「それは……王女殿下があまりにも、リーリウス王子殿下に心奪われていらっしゃるので。ですが貴国からは、縁談の打診に色よい御返答がいただけず」

 そこで気まずそうに口ごもり、リーリウスの顔色を窺ってきた。

「敬愛する国王陛下も、『このままでは姫は、ほかの縁談に目がいかぬ』とお悩みでした。ですから……自分に何か出来ることは無いかと。王子殿下の結婚のご意向を探りたかったのです。無謀であるとは重々承知しており、我ながら顔厚忸怩も極まれり……」

(堅い)

 リーリウスはちょっと飽きてきたので、この男に害は無いと判じて、話を切り上げることにした。

「つまりそなたは実を申せば、レナータ王女を慕っていると。ゆえに王女を心配するあまり猪突猛進、無謀な行動に出たのだ。ここはタウラエスではないのだから不敬を問う者もいない、素直に白状しなさい」
「ちちち違います! そうではありません、違うのです!」

 焦ってブンブン首を振る表情に、嘘やごまかしは見て取れない。

「では何なのだ。まったく不向きな潜入調査は、王女のためでなくて誰のためだ。まさか国王陛下でもあるまいに」

 アールトの顔がこわばった。
 いきなり汗が噴き出し、ダラダラ顔を流れていく。

「……姫でなく、父王のため?」

 駄目押ししてみると、拘束された手や唇が震え出した。
 リーリウスは「ふうむ」と腕を組む。
 これは予想外だった。

「それを早く言いなさい」
「いっ、言えっ、言えるわけっ、」
「で、そなたは国王を抱きたいのか、抱かれたいのか」

 アールトの目と口が全開する。
 真っ赤な顔から、滝のような汗が流れた。
 
「…………なんてことをーっ!」 
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