ドラゴン☆マドリガーレ

月齢

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第8唱 竜の書

ラピスがチクるとこうなる 2

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「わからない?」
「んーと……心が閉じてる、というか……?」

 言葉にしてみると、まさにそんな感じだ。
 クロヴィスの心が閉ざされて、ラピスの声が届いていないような。
 そう仮定しただけなのに、寂しくて胸がきゅっと痛くなった。
 クロヴィスはいつだって優しくて、多少言葉遣いが乱暴なことはあっても、ラピスの話をちゃんと聞いて、ちゃんと答えてくれるから。ラピスを無視したことなどないし、いつでも受け入れてくれるから。
 離れていても心はそばにいると信じられるからこそ、どこにいても安心できたのに。

「お師匠様に、何かあったのかも……」

 そうに違いない。
 ディードも「そういえば」と表情を曇らせる。

「前はラピスが困ってるだけでもすっ飛んできたのに、竜の書が焼けるという一大事に反応がないなんて、おかしいよね」

 ヘンリックもラピスに鼻水を拭かれながら、訝しげにうなずいた。

「だな。あんなに過保護で、砂糖がけの蜂蜜かっつーくらい甘やかしてるのに」

 ふとジークを見れば、その青い瞳に剣呑な光が宿っている。音を立てそうなほどすさまじい殺気を放ちながら、騎士たちに囲まれているドロシアを見据えた。

「先刻言っていたな。グレゴワール様は、アードラーのもとに来るはずだと。あの方に何をした」

 これまでとは桁外れの迫力に、さすがのドロシアも蒼白になった。ラピスすら戦慄をおぼえて、思わずディードの袖をぎゅっと掴む。

「す、推測、です」

 頼る相手のいないドロシアはあとずさり、背後に立つ騎士にぶつかった。

「あの方は、だ、大魔法使いと、決着をつけると。そ、そうして彼と一緒に、すべて終わらせるつもりだと、い、言っていたからっ」
「終わらせる!? どういう意味だ!」

 まさに烈火のごとき怒り。滅多に激昂しない彼だからこそ、吠え猛る声が恐ろしい。
 ドロシアも「本当に、何も……」と言ったきり、へなへなと頽れてしまった。そのまましゃくり上げ、わあわあと声を上げて泣き出す。
 イーライがおろおろしながら見ているが、さすがに今のジークに盾突く度胸はないようだ。

 ラピスにも同情の気持ちはあれど、泣きたいのは一緒だった。

(お師匠様が危険な目に遭っていたらどうしよう。死んじゃったらどうしよう!)

 悪い想像をしたせいで混乱してくる。
 母の死に顔、父の訃報に際したときの衝撃、心にぽっかりと空洞ができた痛み、もう二度と触れられない、声も聴けないと実感したときの悲しみ。記憶が決壊して、心を苛む体験が一気に甦り襲いかかってきた。
 我慢できず、涙がぶわっと溢れ出す。

「ふ、ふえぇぇ」
「ラピス、大丈夫だよっ。きっとたまたま連絡がつかないだけだよ!」
「そうだよ、ラピスの師匠は大魔法使いだぞ、そう簡単にやられるもんか!」

 今度はディードとヘンリックがかわるがわる慰め涙を拭いてくれたが、すべて耳を素通りしていく。

(もう嫌だよ、もう家族が死んじゃうのは嫌だよー!)

 細長い指の大きな手が握り返してくれる感触も、耳に優しい低い声も、顔をうずめたくなるほどいい匂いも。
 いつのまにか記憶から遠ざかり、どこを探しても戻らない。話しかけても答えは返らないし、楽しいことも美味しいものも共有できない。
 もう会えないとはそういうことだと、嫌というほど知っている。
 洪水みたいな涙でわけがわからなくなり、いつのまにか叫んでいた。

『助けてええええぇぇ‼』

 竜言語になったのはきっと、ひとりぼっちの頃気持ちを打ち明けていた相手は、いつだって竜だけだったから。

 悲鳴は空に吸い込まれて。
 次の瞬間、青空が竜のかたちになった。
 空を映したような水色の、ラピスの瞳と同じ色の獣型の竜が、突然、そこに現れたのだ。

 地上の人々が驚愕の声を上げる中、巨大な翼をはためかせ、瞬く間にラピスの頭上へ至った飛竜は、大きく口をひらいたと思うと、グオオオォ! と雪煙を巻き起こすほどの大音声を発した。皆が声を上げて耳を塞ぐ。
 涙と雪に滲む視界で、鍾乳洞のような竜の口内が接近してくるのを呆然と見つめていたラピスは、そのままパクリと咥えられてしまった。

「「「ラピス!」」」

 竜の声と風圧によろめきながらもジークが手を伸ばしてきたが、届くはずもない。
 竜は地上の人々は一顧だにせず、ブンと長い首を振ると同時に、ラピスをうなじの辺りへ放った。

「うひゃあぁ!」

 声を上げながらポフンと尻から着地したのは、ふかふかした白いたてがみの上。

「あ、ありっ? ありりっ!?」

 もしかしなくても、自分は竜の上にいる。
 自覚したと同時に、バサリと翼がひるがえって上昇し始めた。
 あわてて鬣につかまり地上を見下ろすが、雪煙にかき消されてなにも見えない。
 そうしてあっという間に、皆から遠く離れていった。
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