170 / 228
第10唱 王都へ行こう
今すべきこと
しおりを挟む
混乱した様子で、何がどうなっているのかと詰め寄ってくるディードとヘンリックに、あれやこれやと説明しつつ、ラピスは少し離れたところにいるクロヴィスたちに目を向けた。
師はコンラートと、竜酔いをものともしないジークと、そしてクロヴィスに尻を蹴られて竜酔いを醒ましたギュンターと四人で、先ほどから暗い顔で話し込んでいる。
(ジークさんとギュンターさん、まだ怒ってるのかな……)
二人はラピスとクロヴィスを安堵と歓喜をもって迎えたものの、コンラートを見るなり、剣を抜きかけた。
クロヴィスが「子供らの前で何をするつもりだ!」と怒鳴りつけたので、我に返った様子で詫びを口にし、ことなきを得たのだが……
二人が怒るのも当然だろう。
コンラートは王都に災害をもたらした張本人であり、今なお自分たちの家族を危地に追い込んでいるのだから。
「今すぐ王都にかけた呪法を解呪しろ」と二人は迫ったが、「それはできない」とコンラートは答えた。
「相手は竜王だ。千年の昔から呪術師たちが脈々と溜め込んできた生者と死者の怨念に、長年の呪法研究を結集させて、ようやく私の代に竜王を穢れに病ませるに至った。つまり私ひとりでどうこうできる相手ではない。もしもどうこうできたとしても、呪術師にできるのは呪うことだけ。呪詛対象が小者なら呪殺の上書きをして片付けることもできるが、竜王は呪殺できるレベルじゃない。千年単位で病ませるのがやっとだ」
無表情に、淡々と。
それがまた王太子たちの殺気を誘い、ラピスは怖くて髪が逆立ちそうな思いだった。
が、その直後にディードらが駆け寄ってきてくれたのを機に、師はコンラートとジークらをラピスから離して、四人だけで話し合いを始めたのだった。
竜王への呪詛については、ゴルト街へ来るまでにクロヴィスがあれこれ訊き出していたから、ラピスもジークたちが今聞いているであろう事情は承知している。
コンラートも「今さら隠す必要はない」と素直に答えていた。
彼は大祭司長という地位を最大限に活用し、過去の呪術師たちが成しえなかった竜王への呪詛を成功させた。
大図書館の呪法について書かれた禁書を読むこともできたし、竜を呪うため最も有効とされる『人間の怨念』にまみれた呪具を、各地に集めに行くこともできた。
具体的に言うと――過去の呪術師たちは、凄惨な戦場跡や殺戮現場などに呪具を隠すということを繰り返してきた。そうした場では強烈な怨念が宿りやすいからだ。
呪具は増幅器となり、怨念が怨念を呼ぶ。陰惨な念が寄り集まって巨大な怨念の塊となっても、なお強い負の念を引き込み育て続ける。
強烈過ぎて並みの呪術師では扱えなくなり放置されたそれらの呪具を、コンラートは「祈りと鎮魂のため」と称して各地を巡りながら、何十年もかけて収集し利用した――ということらしい。
さらには大神殿にやってくる信者たちからまで、祈りの裏に隠された不満や怒り、恨みや妬みなどの負の感情を、呪具に吸収させていたというから驚く。
「強力な怨念が宿った各地の呪具を安全に回収する際に役立ってくれたのが、兄上が見つけてきた古竜の骨ですよ。あれの底知れぬ残存魔力が、呪具の怨念を完璧に吸収してくれたのです」
コンラートがそう言ったとき、ラピスは師が怒り出すかと思った。
けれど何も言わず――いや、何か言いかけたけれど口を閉ざし、腕の中のラピスをぎゅっと抱きしめてきた。
そのとき、ラピスにはわかった。
おそらくクロヴィスは、確かめたかったのだ。
ラピスの母を呪詛したのも、コンラートなのかと。
ラピスの前でその話をするのは酷だと思ったのだろう。けれどラピスにとっては、別の意味で悲しい。
もしも母を害した呪詛に、クロヴィスが持ち込んだ古竜の骨が使われていたのだとしたら……。
きっと師が今最も気に病んでいるのは、そのことだ。
(お師匠様が責任を感じる必要はないのです、絶対!)
そう言いたかったのに、タイミングがつかめず。
そしてコンラートを責める気にもなれなかった。
いや、さすがに言いたいことは山ほどあるのだけれど。
(でも。怒るのはあと回しでいいことなんだ)
今すべきことは、ほかにたくさんあるから。
亡き母も、きっとそう言う。
『救いを。救いを、待っている』
前回、この場所から見た雪白の古竜は、悲しそうにそう歌っていた。
「……すべきことがいっぱいあっても、ひとつずつ片付ければちゃんと終わります」
「へ? 何、いきなり」
唐突なラピスの呟きに、ヘンリックが眉根を寄せる。
ディードも丸くなった目で、「それ、前にも言ってたね。『お師匠様の教え』って」と瞬きした。
「うん。何もかもいっぺんには解決できないから、今すべきことを、ひとつずつね」
「それがつまり、王都へ行くっていうこと?」
ラピスは「うん!」と大きくうなずいた。
「そして竜王様を助けるってことだよ!」
ディードと顔を見合わせたヘンリックが、「よくわからないけど」と困ったように言った。
「それ、『ひとつずつ』か?」
師はコンラートと、竜酔いをものともしないジークと、そしてクロヴィスに尻を蹴られて竜酔いを醒ましたギュンターと四人で、先ほどから暗い顔で話し込んでいる。
(ジークさんとギュンターさん、まだ怒ってるのかな……)
二人はラピスとクロヴィスを安堵と歓喜をもって迎えたものの、コンラートを見るなり、剣を抜きかけた。
クロヴィスが「子供らの前で何をするつもりだ!」と怒鳴りつけたので、我に返った様子で詫びを口にし、ことなきを得たのだが……
二人が怒るのも当然だろう。
コンラートは王都に災害をもたらした張本人であり、今なお自分たちの家族を危地に追い込んでいるのだから。
「今すぐ王都にかけた呪法を解呪しろ」と二人は迫ったが、「それはできない」とコンラートは答えた。
「相手は竜王だ。千年の昔から呪術師たちが脈々と溜め込んできた生者と死者の怨念に、長年の呪法研究を結集させて、ようやく私の代に竜王を穢れに病ませるに至った。つまり私ひとりでどうこうできる相手ではない。もしもどうこうできたとしても、呪術師にできるのは呪うことだけ。呪詛対象が小者なら呪殺の上書きをして片付けることもできるが、竜王は呪殺できるレベルじゃない。千年単位で病ませるのがやっとだ」
無表情に、淡々と。
それがまた王太子たちの殺気を誘い、ラピスは怖くて髪が逆立ちそうな思いだった。
が、その直後にディードらが駆け寄ってきてくれたのを機に、師はコンラートとジークらをラピスから離して、四人だけで話し合いを始めたのだった。
竜王への呪詛については、ゴルト街へ来るまでにクロヴィスがあれこれ訊き出していたから、ラピスもジークたちが今聞いているであろう事情は承知している。
コンラートも「今さら隠す必要はない」と素直に答えていた。
彼は大祭司長という地位を最大限に活用し、過去の呪術師たちが成しえなかった竜王への呪詛を成功させた。
大図書館の呪法について書かれた禁書を読むこともできたし、竜を呪うため最も有効とされる『人間の怨念』にまみれた呪具を、各地に集めに行くこともできた。
具体的に言うと――過去の呪術師たちは、凄惨な戦場跡や殺戮現場などに呪具を隠すということを繰り返してきた。そうした場では強烈な怨念が宿りやすいからだ。
呪具は増幅器となり、怨念が怨念を呼ぶ。陰惨な念が寄り集まって巨大な怨念の塊となっても、なお強い負の念を引き込み育て続ける。
強烈過ぎて並みの呪術師では扱えなくなり放置されたそれらの呪具を、コンラートは「祈りと鎮魂のため」と称して各地を巡りながら、何十年もかけて収集し利用した――ということらしい。
さらには大神殿にやってくる信者たちからまで、祈りの裏に隠された不満や怒り、恨みや妬みなどの負の感情を、呪具に吸収させていたというから驚く。
「強力な怨念が宿った各地の呪具を安全に回収する際に役立ってくれたのが、兄上が見つけてきた古竜の骨ですよ。あれの底知れぬ残存魔力が、呪具の怨念を完璧に吸収してくれたのです」
コンラートがそう言ったとき、ラピスは師が怒り出すかと思った。
けれど何も言わず――いや、何か言いかけたけれど口を閉ざし、腕の中のラピスをぎゅっと抱きしめてきた。
そのとき、ラピスにはわかった。
おそらくクロヴィスは、確かめたかったのだ。
ラピスの母を呪詛したのも、コンラートなのかと。
ラピスの前でその話をするのは酷だと思ったのだろう。けれどラピスにとっては、別の意味で悲しい。
もしも母を害した呪詛に、クロヴィスが持ち込んだ古竜の骨が使われていたのだとしたら……。
きっと師が今最も気に病んでいるのは、そのことだ。
(お師匠様が責任を感じる必要はないのです、絶対!)
そう言いたかったのに、タイミングがつかめず。
そしてコンラートを責める気にもなれなかった。
いや、さすがに言いたいことは山ほどあるのだけれど。
(でも。怒るのはあと回しでいいことなんだ)
今すべきことは、ほかにたくさんあるから。
亡き母も、きっとそう言う。
『救いを。救いを、待っている』
前回、この場所から見た雪白の古竜は、悲しそうにそう歌っていた。
「……すべきことがいっぱいあっても、ひとつずつ片付ければちゃんと終わります」
「へ? 何、いきなり」
唐突なラピスの呟きに、ヘンリックが眉根を寄せる。
ディードも丸くなった目で、「それ、前にも言ってたね。『お師匠様の教え』って」と瞬きした。
「うん。何もかもいっぺんには解決できないから、今すべきことを、ひとつずつね」
「それがつまり、王都へ行くっていうこと?」
ラピスは「うん!」と大きくうなずいた。
「そして竜王様を助けるってことだよ!」
ディードと顔を見合わせたヘンリックが、「よくわからないけど」と困ったように言った。
「それ、『ひとつずつ』か?」
283
あなたにおすすめの小説
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
「ときめかない」ものなど捨てておしまいなさい
megane-san
ファンタジー
私、クリスティーナは、前世で国税調査官として残業漬けの日々を送っていましたが、どうやら過労でぶっ倒れそのまま今の世界に転生してきたようです。
転生先のグリモード伯爵家は表向きは普通の商会を営んでおりますが裏では何やら諜報や暗部の仕事をしているらしく…。そんな表と裏の家業を手伝いながら、前世で汚部屋生活をしていた私は、今世で断捨離に挑戦することにしたのですが、なんと断捨離中に光魔法が使えることが発覚!
魔力があることを国にバレないようにしながら、魔術師の最高峰である特級魔術師を目指します!
【完結】断罪された悪役令嬢は、本気で生きることにした
きゅちゃん
ファンタジー
帝国随一の名門、ロゼンクロイツ家の令嬢ベルティア・フォン・ロゼンクロイツは、突如として公の場で婚約者であるクレイン王太子から一方的に婚約破棄を宣告される。その理由は、彼女が平民出身の少女エリーゼをいじめていたという濡れ衣。真実はエリーゼこそが王太子の心を奪うために画策した罠だったにも関わらず、ベルティアは悪役令嬢として断罪され、社交界からの追放と学院退学の処分を受ける。
全てを失ったベルティアだが、彼女は諦めない。これまで家の期待に応えるため「完璧な令嬢」として生きてきた彼女だが、今度は自分自身のために生きると決意する。軍事貴族の嫡男ヴァルター・フォン・クリムゾンをはじめとする協力者たちと共に、彼女は自らの名誉回復と真実の解明に挑む。
その過程で、ベルティアは王太子の裏の顔や、エリーゼの正体、そして帝国に忍び寄る陰謀に気づいていく。かつては社交界のスキルだけを磨いてきた彼女だが、今度は魔法や剣術など実戦的な力も身につけながら、自らの道を切り開いていく。
失われた名誉、隠された真実、そして予期せぬ恋。断罪された「悪役令嬢」が、自分の物語を自らの手で紡いでいく、爽快復讐ファンタジー。
処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜
放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!?
「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」
不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
積みかけアラフォーOL、公爵令嬢に転生したのでやりたいことをやって好きに生きる!
ぽらいと
ファンタジー
アラフォー、バツ2派遣OLが公爵令嬢に転生したので、やりたいことを好きなようにやって過ごす、というほのぼの系の話。
悪役等は一切出てこない、優しい世界のお話です。
侯爵家の愛されない娘でしたが、前世の記憶を思い出したらお父様がバリ好みのイケメン過ぎて毎日が楽しくなりました
下菊みこと
ファンタジー
前世の記憶を思い出したらなにもかも上手くいったお話。
ご都合主義のSS。
お父様、キャラチェンジが激しくないですか。
小説家になろう様でも投稿しています。
突然ですが長編化します!ごめんなさい!ぜひ見てください!
この度、猛獣公爵の嫁になりまして~厄介払いされた令嬢は旦那様に溺愛されながら、もふもふ達と楽しくモノづくりライフを送っています~
柚木崎 史乃
ファンタジー
名門伯爵家の次女であるコーデリアは、魔力に恵まれなかったせいで双子の姉であるビクトリアと比較されて育った。
家族から疎まれ虐げられる日々に、コーデリアの心は疲弊し限界を迎えていた。
そんな時、どういうわけか縁談を持ちかけてきた貴族がいた。彼の名はジェイド。社交界では、「猛獣公爵」と呼ばれ恐れられている存在だ。
というのも、ある日を境に文字通り猛獣の姿へと変わってしまったらしいのだ。
けれど、いざ顔を合わせてみると全く怖くないどころか寧ろ優しく紳士で、その姿も動物が好きなコーデリアからすれば思わず触りたくなるほど毛並みの良い愛らしい白熊であった。
そんな彼は月に数回、人の姿に戻る。しかも、本来の姿は類まれな美青年なものだから、コーデリアはその度にたじたじになってしまう。
ジェイド曰くここ数年、公爵領では鉱山から流れてくる瘴気が原因で獣の姿になってしまう奇病が流行っているらしい。
それを知ったコーデリアは、瘴気の影響で不便な生活を強いられている領民たちのために鉱石を使って次々と便利な魔導具を発明していく。
そして、ジェイドからその才能を評価され知らず知らずのうちに溺愛されていくのであった。
一方、コーデリアを厄介払いした家族は悪事が白日のもとに晒された挙句、王家からも見放され窮地に追い込まれていくが……。
これは、虐げられていた才女が嫁ぎ先でその才能を発揮し、周囲の人々に無自覚に愛され幸せになるまでを描いた物語。
他サイトでも掲載中。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる