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第4話 文字を複製する技術
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1. 究極の「ヤスリ板」発注
「手書きは限界だぉ……。もっといっぱい、同じのを作りたいんだぉ……」
俺は王宮の自室で、腱鞘炎になりそうな右手を振りながら、前世の記憶を漁った。活版印刷はまだ重すぎる。コピー機なんて論外。
(……やはり、情報の守護神。謄写版(とうしゃばん)——通称、ガリ版だ!)
原理はシンプルだが、問題は「ヤスリ板」だ。ロウを塗った紙を乗せ、その上で鉄筆を走らせるための、極めて細密な溝が彫られた金属板が必要になる。前世のガリ版は、一インチに数百本の溝がある精密なヤスリ板を使っていた。
「マーサ、お抱えの鍛冶職人さんのところに行きたいぉ!
すごく硬くて、ツルツルで、でも触るとチクチクする板が欲しいの!」
「ツルツルでチクチク……? アルヴィン様、また難題を……」
困惑するマーサを引き連れ、俺は王宮の工房へ向かった。
俺が職人に提示した注文はこうだ。
「平らな硬い金属の板に、極限まで細かく、鋭い溝を格子状にびっしりと彫り込んでほしい」。
「王子様、こんな板、何に使うんです? 触れば指が切れますぞ」 「いいの! これでお絵描きをすると、魔法がかかるんだよ!」
職人は首を傾げながらも、数日かけて「悪魔の喉越し」のようなヤスリ板を完成させた。
俺はその板を撫でて、内心でほくそ笑んだ。
(ふふふ……これだよこれ。今は情報の量産に使うけど、この『精密なヤスリ』という概念自体が、後の金属加工や木工において革命を起こす伏線になるんだが……まあ、それはまだ先の話だな)
まずは、この板で「知恵」を複製するのが先決だ。
2. ガリガリという音は、文明の産声
実験は、深夜の王宮の一室で行われた。
俺は漉き上げた薄い紙に蜜蝋(みつろう)をたっぷりと染み込ませた「原紙」を作成した。
次に、完成したばかりの「超精密ヤスリ板」の上にその紙を置き、自作の鉄筆を握る。
ガリ……ガリガリ……。
心地よい、ゾクゾクするような感触。鉄筆がロウを削り、ヤスリの突起によって紙に微細な穴を開けていく。
そこに、粘度を高めた特製インクをつけたローラーを転がす。
網の目(スクリーン)を通ったインクが、削られた穴から下の紙へと押し出される。
パッ、と紙を剥がす。
「……できた! 全く同じ設計図が、もう一枚!」
一枚書けば、あとはローラーを転がすだけで十枚、二十枚と複製できる。
前世では「コピーボタン」一発だった作業。だが、情報の非対称性が支配するこの世界において、これは「核爆弾」にも等しい情報拡散能力だ。
(これで原本(マスター)は俺の手元に隠しておける。渡すのは複製(写し)だけで済む。……最高かよ。俺の Wiki がどんどんバックアップされていく!)
俺は興奮のあまり、五歳児特有の奇声を上げながら、トレビュシェットの設計図を十枚連続で印刷した。……が、ここでハタと気づく。
(……インクの匂いがきつい。そしてガリガリ音が夜の王宮に響きすぎる!)
王宮の獅子のような過密地帯で、こんな怪しい作業を続けるのは無理だ。侍女たちに「王子様が夜な夜な黒い液体を塗りたくって、ガリガリ鳴らしている」なんて噂を立てられたら、精神鑑定(あるいは除霊)をされかねない。
俺には、誰も来ない「秘密基地」が必要だった。
3. 「魔女の籠」との遭遇
「マーサ、お散歩したいぉ! 誰もいない、静かなところに行きたいの!」
翌日、俺は不審な作業場を求めて、マーサを連れ出し王宮の敷地内を歩き回った。
だが、どこへ行っても衛兵の目が光り、庭師が作業をし、着飾った貴族たちがヒソヒソ話を展開している。
「アルヴィン様、そんなに奥まで行くと森になってしまいますわよ」 「いいの! もっと奥! 誰も来ないところ!」
生い茂る木々をかき分け、道なき道を進むこと数十分。
不意に、視界が開けた。
そこには、蔦(つた)が血管のように絡まり、建物の形すら曖昧になった古い離宮が静かに佇んでいた。窓硝子は割れ、不気味なほどの静寂が辺りを支配している。
「……あ」
俺は歓喜に震えた。
情報の量産。化学薬品の調合。そして何より、一人きりの Wiki 編集作業。
このボロ屋は、俺にとって「最高にエモい秘密基地」に見えた。
「マーサ、ここ! ここが僕のおうちだぉ!」 「……っ!?」
俺が嬉々として離宮を指差すと、後ろにいたマーサの顔が、見たこともないほど真っ青に引き攣っていた。彼女はガタガタと膝を震わせ、一歩後退する。
「あ、アルヴィン様……。よりによって、ここを……。いけません、ここは……ここは『魔女の籠』と呼ばれている呪われた場所なのです……!」
4. 呪いという名の最高物件
俺がマーサをなだめすかしつつ聞き出した話は、こうだった。
「先先代の頃のことです。当時の公爵の卑劣な罠によって、ある無実の魔法使いの女性が冤罪で捕らえられたのです。彼女はこの離宮に閉じ込められ、呪いの中で非業の死を遂げるはずでした……。しかし、ある朝、厳重に封印されていたはずの離宮から、彼女の姿だけが煙のように消えていたのです」
マーサの声が震える。
「それ以来、あの離宮には彼女の怨念が渦巻いていると言われています。夜な夜な怪しい光が漏れ、近づいた者は呪いで消えてしまう……。王宮の誰もがあそこを『呪われた地』として忌み嫌い、森に沈むのを待っているのです。アルヴィン様、お願いですから帰りましょう……!」
(冤罪? 消えた魔女? 夜な夜な怪しい光(俺のランタンの灯り)? ……え、それって『誰も絶対に近づかない』っていう最強のセキュリティ付き優良物件じゃないか!)
俺の脳内不動産センサーが、前代未聞の「AAA評価」を叩き出した。
呪い?
怨念?
科学の子である俺にとって、そんなものは除霊(徹底的な清掃と換気)で解決できる誤差に過ぎない。
俺はそのまま父上——グスタフ王の元へ走り、裾をギュッと握りしめた。
「お父様! お願いがあるんだぉ! あの森の中のツタがいっぱいのおうち、僕にちょうだい! あそこでお絵描きして、お兄様たちの邪魔にならないようにするね!」
「……あそこか? アルヴィン、あそこは『魔女の籠』だぞ……?」
父王は俺の言葉に驚きつつも、どこか安心したような、そして憐れむような複雑な表情を浮かべた。
「そうか。お前は……兄たちの王位争いの喧騒から逃れて、そんな呪われた場所で静かに過ごしたいと言うのか。……健気な子だ。あそこなら、確かに誰も近寄らんし、お前の邪魔をする者もいないだろう」
(よっしゃあああああ! 合法的なラボ、ゲットだぜ!)
父上は、俺が「王位に興味がなく、隠遁を望んでいる」と勘違いして、快く許可をくれた。
こうして、俺は王宮の喧騒から離れ、秘密の「情報の量産拠点」を手に入れた。
「魔女さん、もし本当にいるなら、一緒にWikiの編集でもしようぜ」
俺は誰もいない虚空に向かって笑い、最初の一枚をガリ版にセットした。
転生王子の「秘密基地ライフ」、ここに爆誕である。
あとがき
第4話をお読みいただき、ありがとうございます!
「情報の量産」という、地味ながらも最強の革命が始まりました。そして今回、ガリ版のために作らせた「精密なヤスリ板」。これが将来、どうやって中世の製造業をボコボコにする「伏線」になるのか、どうぞニヤニヤしながら見守ってください。
そして、手に入れたのは「呪われた離宮」。 「呪い? 誰も来ない? 最高じゃん!」と即答するアルヴィン君、オタクの鑑ですね。一方、青ざめて白目を剥きかけているマーサさんには、後でいい石鹸でもプレゼントしてあげてほしいものです。
お尻の平和の次は、いよいよ「情報の独占と拡散」へと進んでいきますよ!
次回予告
「一人でガリガリするのは、さすがに腕が筋肉痛だぉ……。優秀な右腕(奴隷)が欲しいぉ!」
秘密基地を整えるアルヴィンの元に、一人の少女が配属されます。 「女が数字を学んで何になる」と実家から追放された、悲劇の令嬢・セーラ。
しかし、彼女の瞳は死んでいなかった! 王子の描いた「複式簿記」のメモを見た瞬間、彼女の脳内CPUがオーバーヒートを起こす!? 「……殿下、この数字の帳尻、一ミルの狂いもなく合っていますわ……!」
次回、第5話「六歳の秘密図書館」。 最強の秘書が誕生する瞬間、絶対に見逃すな! ガリガリ音が、二人の運命を刻み始めるぜ!
「手書きは限界だぉ……。もっといっぱい、同じのを作りたいんだぉ……」
俺は王宮の自室で、腱鞘炎になりそうな右手を振りながら、前世の記憶を漁った。活版印刷はまだ重すぎる。コピー機なんて論外。
(……やはり、情報の守護神。謄写版(とうしゃばん)——通称、ガリ版だ!)
原理はシンプルだが、問題は「ヤスリ板」だ。ロウを塗った紙を乗せ、その上で鉄筆を走らせるための、極めて細密な溝が彫られた金属板が必要になる。前世のガリ版は、一インチに数百本の溝がある精密なヤスリ板を使っていた。
「マーサ、お抱えの鍛冶職人さんのところに行きたいぉ!
すごく硬くて、ツルツルで、でも触るとチクチクする板が欲しいの!」
「ツルツルでチクチク……? アルヴィン様、また難題を……」
困惑するマーサを引き連れ、俺は王宮の工房へ向かった。
俺が職人に提示した注文はこうだ。
「平らな硬い金属の板に、極限まで細かく、鋭い溝を格子状にびっしりと彫り込んでほしい」。
「王子様、こんな板、何に使うんです? 触れば指が切れますぞ」 「いいの! これでお絵描きをすると、魔法がかかるんだよ!」
職人は首を傾げながらも、数日かけて「悪魔の喉越し」のようなヤスリ板を完成させた。
俺はその板を撫でて、内心でほくそ笑んだ。
(ふふふ……これだよこれ。今は情報の量産に使うけど、この『精密なヤスリ』という概念自体が、後の金属加工や木工において革命を起こす伏線になるんだが……まあ、それはまだ先の話だな)
まずは、この板で「知恵」を複製するのが先決だ。
2. ガリガリという音は、文明の産声
実験は、深夜の王宮の一室で行われた。
俺は漉き上げた薄い紙に蜜蝋(みつろう)をたっぷりと染み込ませた「原紙」を作成した。
次に、完成したばかりの「超精密ヤスリ板」の上にその紙を置き、自作の鉄筆を握る。
ガリ……ガリガリ……。
心地よい、ゾクゾクするような感触。鉄筆がロウを削り、ヤスリの突起によって紙に微細な穴を開けていく。
そこに、粘度を高めた特製インクをつけたローラーを転がす。
網の目(スクリーン)を通ったインクが、削られた穴から下の紙へと押し出される。
パッ、と紙を剥がす。
「……できた! 全く同じ設計図が、もう一枚!」
一枚書けば、あとはローラーを転がすだけで十枚、二十枚と複製できる。
前世では「コピーボタン」一発だった作業。だが、情報の非対称性が支配するこの世界において、これは「核爆弾」にも等しい情報拡散能力だ。
(これで原本(マスター)は俺の手元に隠しておける。渡すのは複製(写し)だけで済む。……最高かよ。俺の Wiki がどんどんバックアップされていく!)
俺は興奮のあまり、五歳児特有の奇声を上げながら、トレビュシェットの設計図を十枚連続で印刷した。……が、ここでハタと気づく。
(……インクの匂いがきつい。そしてガリガリ音が夜の王宮に響きすぎる!)
王宮の獅子のような過密地帯で、こんな怪しい作業を続けるのは無理だ。侍女たちに「王子様が夜な夜な黒い液体を塗りたくって、ガリガリ鳴らしている」なんて噂を立てられたら、精神鑑定(あるいは除霊)をされかねない。
俺には、誰も来ない「秘密基地」が必要だった。
3. 「魔女の籠」との遭遇
「マーサ、お散歩したいぉ! 誰もいない、静かなところに行きたいの!」
翌日、俺は不審な作業場を求めて、マーサを連れ出し王宮の敷地内を歩き回った。
だが、どこへ行っても衛兵の目が光り、庭師が作業をし、着飾った貴族たちがヒソヒソ話を展開している。
「アルヴィン様、そんなに奥まで行くと森になってしまいますわよ」 「いいの! もっと奥! 誰も来ないところ!」
生い茂る木々をかき分け、道なき道を進むこと数十分。
不意に、視界が開けた。
そこには、蔦(つた)が血管のように絡まり、建物の形すら曖昧になった古い離宮が静かに佇んでいた。窓硝子は割れ、不気味なほどの静寂が辺りを支配している。
「……あ」
俺は歓喜に震えた。
情報の量産。化学薬品の調合。そして何より、一人きりの Wiki 編集作業。
このボロ屋は、俺にとって「最高にエモい秘密基地」に見えた。
「マーサ、ここ! ここが僕のおうちだぉ!」 「……っ!?」
俺が嬉々として離宮を指差すと、後ろにいたマーサの顔が、見たこともないほど真っ青に引き攣っていた。彼女はガタガタと膝を震わせ、一歩後退する。
「あ、アルヴィン様……。よりによって、ここを……。いけません、ここは……ここは『魔女の籠』と呼ばれている呪われた場所なのです……!」
4. 呪いという名の最高物件
俺がマーサをなだめすかしつつ聞き出した話は、こうだった。
「先先代の頃のことです。当時の公爵の卑劣な罠によって、ある無実の魔法使いの女性が冤罪で捕らえられたのです。彼女はこの離宮に閉じ込められ、呪いの中で非業の死を遂げるはずでした……。しかし、ある朝、厳重に封印されていたはずの離宮から、彼女の姿だけが煙のように消えていたのです」
マーサの声が震える。
「それ以来、あの離宮には彼女の怨念が渦巻いていると言われています。夜な夜な怪しい光が漏れ、近づいた者は呪いで消えてしまう……。王宮の誰もがあそこを『呪われた地』として忌み嫌い、森に沈むのを待っているのです。アルヴィン様、お願いですから帰りましょう……!」
(冤罪? 消えた魔女? 夜な夜な怪しい光(俺のランタンの灯り)? ……え、それって『誰も絶対に近づかない』っていう最強のセキュリティ付き優良物件じゃないか!)
俺の脳内不動産センサーが、前代未聞の「AAA評価」を叩き出した。
呪い?
怨念?
科学の子である俺にとって、そんなものは除霊(徹底的な清掃と換気)で解決できる誤差に過ぎない。
俺はそのまま父上——グスタフ王の元へ走り、裾をギュッと握りしめた。
「お父様! お願いがあるんだぉ! あの森の中のツタがいっぱいのおうち、僕にちょうだい! あそこでお絵描きして、お兄様たちの邪魔にならないようにするね!」
「……あそこか? アルヴィン、あそこは『魔女の籠』だぞ……?」
父王は俺の言葉に驚きつつも、どこか安心したような、そして憐れむような複雑な表情を浮かべた。
「そうか。お前は……兄たちの王位争いの喧騒から逃れて、そんな呪われた場所で静かに過ごしたいと言うのか。……健気な子だ。あそこなら、確かに誰も近寄らんし、お前の邪魔をする者もいないだろう」
(よっしゃあああああ! 合法的なラボ、ゲットだぜ!)
父上は、俺が「王位に興味がなく、隠遁を望んでいる」と勘違いして、快く許可をくれた。
こうして、俺は王宮の喧騒から離れ、秘密の「情報の量産拠点」を手に入れた。
「魔女さん、もし本当にいるなら、一緒にWikiの編集でもしようぜ」
俺は誰もいない虚空に向かって笑い、最初の一枚をガリ版にセットした。
転生王子の「秘密基地ライフ」、ここに爆誕である。
あとがき
第4話をお読みいただき、ありがとうございます!
「情報の量産」という、地味ながらも最強の革命が始まりました。そして今回、ガリ版のために作らせた「精密なヤスリ板」。これが将来、どうやって中世の製造業をボコボコにする「伏線」になるのか、どうぞニヤニヤしながら見守ってください。
そして、手に入れたのは「呪われた離宮」。 「呪い? 誰も来ない? 最高じゃん!」と即答するアルヴィン君、オタクの鑑ですね。一方、青ざめて白目を剥きかけているマーサさんには、後でいい石鹸でもプレゼントしてあげてほしいものです。
お尻の平和の次は、いよいよ「情報の独占と拡散」へと進んでいきますよ!
次回予告
「一人でガリガリするのは、さすがに腕が筋肉痛だぉ……。優秀な右腕(奴隷)が欲しいぉ!」
秘密基地を整えるアルヴィンの元に、一人の少女が配属されます。 「女が数字を学んで何になる」と実家から追放された、悲劇の令嬢・セーラ。
しかし、彼女の瞳は死んでいなかった! 王子の描いた「複式簿記」のメモを見た瞬間、彼女の脳内CPUがオーバーヒートを起こす!? 「……殿下、この数字の帳尻、一ミルの狂いもなく合っていますわ……!」
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