アガルタ・クライシス ―接点―

来栖とむ

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 東京発の新幹線最終便が広島駅に到着するのは、午後十一時を過ぎる頃だった。お決まりの報告と派遣依頼だけで終わる予定の出張だったはずが、急な会議に引っ張り出されたため、安藤は最終の新幹線で帰ることになってしまった。
 ブリーフケースと東京土産の紙袋を持った安藤は、改札を出るとその足で南口にあるタクシー乗り場に向かった。
 最近建て替わった駅舎は開放的で、驚くほどきれいだ。南北の駅舎を結ぶ通路は広く、多くの店が入っているため、まるでショッピングモールのようですらある。そのためか、遅い時間にもかかわらず、飲食店街は多くの客で賑わっている。
 大きなスーツケースをいくつも持った外国人らしい家族の姿も目立つ。インバウンドが進み、広島に来る外国人は年々増えている。平和公園などでは、日本語を聞くことの方が少ないかもしれない。
 広島名物のお好み焼きが焼ける香ばしい匂いに、つい足を止めそうになるが、安藤は自分のお腹のあたりを軽くさすり、諦めたような表情とともにタクシー待ちの列に向かった。
「長い一日だったな……」
 安藤は疲れた表情で列に並びながら、今日の会議のことを思い返していた。防衛省での緊急会議、門に関する新たな動き、そして各地で相次ぐ不可解な事件。すべてが繋がりつつあることは明らかだったが、まだ全体像が見えない。

 やがて順番が回ってきて、安藤はタクシーに乗り込んだ。窓から見える繁華街周辺も、多くの人が行き交っている。東京のような大都会ならそれもわかるが、ここは人口百万人ほどの一地方都市だ。
 日本人はいつの頃からこんなになったんだろう、と安藤は思う。そういえば「二十四時間働けますか」という歌が昔流行ったが、そこかしこでたむろしている若者たちは働いているようには見えない。
 いったい深夜の街で何をするつもりなんだろう。考えてもどうにもならないが、この国の将来が何となく不安に思えてくる。それは、単なる世代間の価値観の違いということだけでは済まされない、もっと深刻な問題を抱えているような気がしてならなかった。
「現金払いでいいかい?」
 笑顔で快く返事をする運転手に千円札を二枚渡すと、安藤は商店街のアーケードから一つ南にある通りでタクシーを降りた。
 最近はタクシーもキャッシュレス化が進んでいるが、安藤は現金払いを好んでいる。街中のいたるところに監視カメラのある今日では無意味に思えるが、昔からの癖はなかなか抜けない。職業柄、できるだけ記録に残らない方法を選んでしまうのだ。
 タクシーから降りると、安藤は少し背を伸ばし、首を左右に振って凝りを解した。会議から新幹線まで、ほぼ一日中座ったままだったため、腰や肩に負担がきたのだろう。
「やれやれ……」
 こんなところで歳を感じるとは思っていなかった安藤は、軽く肩をすくめた。五十代になって、体力の衰えを実感することが多くなってきている。
 その後、一瞬後ろを振り返って特に変わった様子のないことを確認した安藤は、路地を曲がり、コンビニに寄ると、コーヒーを買っていつものビルに向かった。

 学校と市民センター、駐輪場などが一体となった複合施設であるそのビルは、昼間は子どもや利用者の声で溢れているというのに、そびえ立つような頑丈な門を構えているせいか、夜に見るとまるで人が近づくのを拒む巨大な砦のように見える。
 やや重い気持ちで見上げると、まだ六階に明かりがついている。
 安藤はそれを確かめると、ふうっと息を吐き、警備員室のある裏口に向かった。
 IDカードを片手に警備員室に近づくと、見知った顔がある。
「お疲れさまです。これ、よろしかったらどうぞ」
「いやあ、いつもありがとうねえ。今日も残業かい?」
 顔見知りになった警備員に、安藤が買ってきたばかりのコンビニの袋を一つ渡すと、いつも以上の笑顔で返事が返ってくる。
「ええ、そうなんです」
「毎日大変だねえ。頑張るのもいいけど、身体、大事にしなよ」
 安藤は軽く手を挙げ、笑顔を返すことでそれに答えると、一番奥のエレベーターへと歩いていった。
 エレベーターに乗ると、持っていたIDカードをパネルの下にある鍵穴あたりに近づけ、六階のボタンを押す。パネルに「作動異常・要点検」のサインが点滅する。
 それに構わず、地下一階と二階のボタンを同時に押す。パネルの文字が「再点検」に変わる。
「全く、面倒くせえなあ……」
 続けて四階、二階、五階、一階とボタンを押すと、ドアが閉まり、エレベーターは静かに下降し始めた。
 表向きは一般的な複合施設だが、その地下には一般には知られていない特別な施設があった。安藤が本当に勤務している場所は、そこにあった。

 地下の廊下は薄暗く、足音だけが静かに響いている。安藤は慣れた様子で歩を進め、奥の部屋のドアを開けた。
「遅くまでやってるんだなあ。働き方改革ってやつを知ってるか?」
 安藤はそう声をかけると、袋からコーヒーを取り出し、モニターを見つめている痩せた男に差し出した。
「あ、安藤さん。お帰りなさい……と、ありがとうございます」
 振り返ったのは森川という男だった。身長百八十三センチ、痩せて少し日本人離れした彫りの深い顔をしている。今年で三十二歳になるはずだが、まだ二十代前半といっても疑われないほど見た目が若い。
 もともとは一流国立大学を卒業後、大手広告会社に勤務していた。語学が堪能なため欧米を中心に忙しくしていたところを、ある出来事をきっかけに安藤が引き抜いたのだ。
 今は細身のパンツに軽くジャケットを羽織ったラフな格好でモニターを眺めているが、安藤が出会った頃は、スーツをパリッと決め、若手弁護士か青年実業家のようだった。
「それで、どうなんだ。森川。お客さんの報告は上がってきてるか?」
「特に変わりはないみたいですけど……藤宮が言うには、確証はないけど何か目的があって来たっぽいですよ」
「目的?」
「ええ、誰かを探しに来たという感じらしいです。それに一人は日本語も英語もなんとか話せるみたいで、再来者ですね。えーっと、ミルクあります?」
 森川と呼ばれた男は、コンビニの袋を勝手に探りながら応えた。
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