アガルタ・クライシス ―接点―

来栖とむ

文字の大きさ
14 / 84

14

しおりを挟む
 東京発の新幹線最終便が広島駅に到着するのは、午後十一時を過ぎる頃だった。お決まりの報告と派遣依頼だけで終わる予定の出張だったはずが、急な会議に引っ張り出されたため、安藤は最終の新幹線で帰ることになってしまった。
 ブリーフケースと東京土産の紙袋を持った安藤は、改札を出るとその足で南口にあるタクシー乗り場に向かった。
 最近建て替わった駅舎は開放的で、驚くほどきれいだ。南北の駅舎を結ぶ通路は広く、多くの店が入っているため、まるでショッピングモールのようですらある。そのためか、遅い時間にもかかわらず、飲食店街は多くの客で賑わっている。
 大きなスーツケースをいくつも持った外国人らしい家族の姿も目立つ。インバウンドが進み、広島に来る外国人は年々増えている。平和公園などでは、日本語を聞くことの方が少ないかもしれない。
 広島名物のお好み焼きが焼ける香ばしい匂いに、つい足を止めそうになるが、安藤は自分のお腹のあたりを軽くさすり、諦めたような表情とともにタクシー待ちの列に向かった。
「長い一日だったな……」
 安藤は疲れた表情で列に並びながら、今日の会議のことを思い返していた。防衛省での緊急会議、門に関する新たな動き、そして各地で相次ぐ不可解な事件。すべてが繋がりつつあることは明らかだったが、まだ全体像が見えない。

 やがて順番が回ってきて、安藤はタクシーに乗り込んだ。窓から見える繁華街周辺も、多くの人が行き交っている。東京のような大都会ならそれもわかるが、ここは人口百万人ほどの一地方都市だ。
 日本人はいつの頃からこんなになったんだろう、と安藤は思う。そういえば「二十四時間働けますか」という歌が昔流行ったが、そこかしこでたむろしている若者たちは働いているようには見えない。
 いったい深夜の街で何をするつもりなんだろう。考えてもどうにもならないが、この国の将来が何となく不安に思えてくる。それは、単なる世代間の価値観の違いということだけでは済まされない、もっと深刻な問題を抱えているような気がしてならなかった。
「現金払いでいいかい?」
 笑顔で快く返事をする運転手に千円札を二枚渡すと、安藤は商店街のアーケードから一つ南にある通りでタクシーを降りた。
 最近はタクシーもキャッシュレス化が進んでいるが、安藤は現金払いを好んでいる。街中のいたるところに監視カメラのある今日では無意味に思えるが、昔からの癖はなかなか抜けない。職業柄、できるだけ記録に残らない方法を選んでしまうのだ。
 タクシーから降りると、安藤は少し背を伸ばし、首を左右に振って凝りを解した。会議から新幹線まで、ほぼ一日中座ったままだったため、腰や肩に負担がきたのだろう。
「やれやれ……」
 こんなところで歳を感じるとは思っていなかった安藤は、軽く肩をすくめた。五十代になって、体力の衰えを実感することが多くなってきている。
 その後、一瞬後ろを振り返って特に変わった様子のないことを確認した安藤は、路地を曲がり、コンビニに寄ると、コーヒーを買っていつものビルに向かった。

 学校と市民センター、駐輪場などが一体となった複合施設であるそのビルは、昼間は子どもや利用者の声で溢れているというのに、そびえ立つような頑丈な門を構えているせいか、夜に見るとまるで人が近づくのを拒む巨大な砦のように見える。
 やや重い気持ちで見上げると、まだ六階に明かりがついている。
 安藤はそれを確かめると、ふうっと息を吐き、警備員室のある裏口に向かった。
 IDカードを片手に警備員室に近づくと、見知った顔がある。
「お疲れさまです。これ、よろしかったらどうぞ」
「いやあ、いつもありがとうねえ。今日も残業かい?」
 顔見知りになった警備員に、安藤が買ってきたばかりのコンビニの袋を一つ渡すと、いつも以上の笑顔で返事が返ってくる。
「ええ、そうなんです」
「毎日大変だねえ。頑張るのもいいけど、身体、大事にしなよ」
 安藤は軽く手を挙げ、笑顔を返すことでそれに答えると、一番奥のエレベーターへと歩いていった。
 エレベーターに乗ると、持っていたIDカードをパネルの下にある鍵穴あたりに近づけ、六階のボタンを押す。パネルに「作動異常・要点検」のサインが点滅する。
 それに構わず、地下一階と二階のボタンを同時に押す。パネルの文字が「再点検」に変わる。
「全く、面倒くせえなあ……」
 続けて四階、二階、五階、一階とボタンを押すと、ドアが閉まり、エレベーターは静かに下降し始めた。
 表向きは一般的な複合施設だが、その地下には一般には知られていない特別な施設があった。安藤が本当に勤務している場所は、そこにあった。

 地下の廊下は薄暗く、足音だけが静かに響いている。安藤は慣れた様子で歩を進め、奥の部屋のドアを開けた。
「遅くまでやってるんだなあ。働き方改革ってやつを知ってるか?」
 安藤はそう声をかけると、袋からコーヒーを取り出し、モニターを見つめている痩せた男に差し出した。
「あ、安藤さん。お帰りなさい……と、ありがとうございます」
 振り返ったのは森川という男だった。身長百八十三センチ、痩せて少し日本人離れした彫りの深い顔をしている。今年で三十二歳になるはずだが、まだ二十代前半といっても疑われないほど見た目が若い。
 もともとは一流国立大学を卒業後、大手広告会社に勤務していた。語学が堪能なため欧米を中心に忙しくしていたところを、ある出来事をきっかけに安藤が引き抜いたのだ。
 今は細身のパンツに軽くジャケットを羽織ったラフな格好でモニターを眺めているが、安藤が出会った頃は、スーツをパリッと決め、若手弁護士か青年実業家のようだった。
「それで、どうなんだ。森川。お客さんの報告は上がってきてるか?」
「特に変わりはないみたいですけど……藤宮が言うには、確証はないけど何か目的があって来たっぽいですよ」
「目的?」
「ええ、誰かを探しに来たという感じらしいです。それに一人は日本語も英語もなんとか話せるみたいで、再来者ですね。えーっと、ミルクあります?」
 森川と呼ばれた男は、コンビニの袋を勝手に探りながら応えた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

転生先はご近所さん?

フロイライン
ファンタジー
大学受験に失敗し、カノジョにフラれた俺は、ある事故に巻き込まれて死んでしまうが… そんな俺に同情した神様が俺を転生させ、やり直すチャンスをくれた。 でも、並行世界で人々を救うつもりだった俺が転生した先は、近所に住む新婚の伊藤さんだった。

異世界ランドへようこそ

来栖とむ
ファンタジー
都内から車で1時間半。奥多摩の山中に突如現れた、話題の新名所――「奥多摩異世界ランド」。 中世ヨーロッパ風の街並みと、ダンジョンや魔王城を完全再現した異世界体験型レジャーパークだ。 26歳・無職の佐伯雄一は、ここで“冒険者A”のバイトを始める。 勇者を導くNPC役として、剣を振るい、魔物に襲われ、時にはイベントを盛り上げる毎日。 同僚には、美人なギルド受付のサーミャ、エルフの弓使いフラーラ、ポンコツ騎士メリーナなど、魅力的な“登場人物”が勢ぞろい。 ――しかしある日、「魔王が逃げた」という衝撃の知らせが入る。 「体格が似てるから」という理由で、雄一は急遽、魔王役の代役を任されることに。 だが、演技を終えた後、案内された扉の先にあったのは……本物の異世界だった! 経営者は魔族、同僚はガチの魔物。 魔王城で始まる、まさかの「異世界勤務」生活! やがて魔王の後継問題に巻き込まれ、スタンピードも発生(?)の裏で、フラーラとの恋が動き出す――。 笑えて、トキメいて、ちょっと泣ける。 現代×異世界×職場コメディ、開園!

【アラウコの叫び 】第1巻/16世紀の南米史

ヘロヘロデス
歴史・時代
【毎日07:20投稿】 1500年以降から300年に渡り繰り広げられた「アラウコ戦争」を題材にした物語です。 マプチェ族とスペイン勢力との激突だけでなく、 スペイン勢力内部での覇権争い、 そしてインカ帝国と複雑に様々な勢力が絡み合っていきます。 ※ 現地の友人からの情報や様々な文献を元に史実に基づいて描かれている部分もあれば、 フィクションも混在しています。 また動画制作などを視野に入れてる為、脚本として使いやすい様に、基本は会話形式で書いています。 HPでは人物紹介や年表等、最新話を先行公開しています。 公式HP:アラウコの叫び youtubeチャンネル名:ヘロヘロデス insta:herohero_agency tiktok:herohero_agency

サイレント・サブマリン ―虚構の海―

来栖とむ
SF
彼女が追った真実は、国家が仕組んだ最大の嘘だった。 科学技術雑誌の記者・前田香里奈は、謎の科学者失踪事件を追っていた。 電磁推進システムの研究者・水嶋総。彼の技術は、完全無音で航行できる革命的な潜水艦を可能にする。 小与島の秘密施設、広島の地下工事、呉の巨大な格納庫—— 断片的な情報を繋ぎ合わせ、前田は確信する。 「日本政府は、秘密裏に新型潜水艦を開発している」 しかし、その真実を暴こうとする前田に、次々と圧力がかかる。 謎の男・安藤。突然現れた協力者・森川。 彼らは敵か、味方か—— そして8月の夜、前田は目撃する。 海に下ろされる巨大な「何か」を。 記者が追った真実は、国家が仕組んだ壮大な虚構だった。 疑念こそが武器となり、嘘が現実を変える—— これは、情報戦の時代に問う、現代SF政治サスペンス。 【全17話完結】

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

【アラウコの叫び 】第2巻/16世紀の南米史

ヘロヘロデス
歴史・時代
【毎日07:20投稿】 動画制作などを視野に入れてる為、脚本として使いやすい様に、基本は会話形式で書いています。 1500年以降から300年に渡り繰り広げられた「アラウコ戦争」を題材にした物語です。 マプチェ族とスペイン勢力との激突だけでなく、 スペイン勢力内部での覇権争い、 そしてインカ帝国と複雑に様々な勢力が絡み合っていきます。 ※ 現地の友人からの情報や様々な文献を元に史実に基づいて描かれている部分もあれば、 フィクションも混在しています。 HPでは人物紹介や年表等、最新話を先行公開しています。 公式HP:アラウコの叫び youtubeチャンネル名:ヘロヘロデス insta:herohero_agency tiktok:herohero_agency

伯爵家の三男に転生しました。風属性と回復属性で成り上がります

竹桜
ファンタジー
 武田健人は、消防士として、風力発電所の事故に駆けつけ、救助活動をしている途中に、上から瓦礫が降ってきて、それに踏み潰されてしまった。次に、目が覚めると真っ白な空間にいた。そして、神と名乗る男が出てきて、ほとんど説明がないまま異世界転生をしてしまう。  転生してから、ステータスを見てみると、風属性と回復属性だけ適性が10もあった。この世界では、5が最大と言われていた。俺の異世界転生は、どうなってしまうんだ。  

日本新世紀ー日本の変革から星間連合の中の地球へー

黄昏人
SF
現在の日本、ある地方大学の大学院生のPCが化けた! あらゆる質問に出してくるとんでもなくスマートで完璧な答え。この化けたPC“マドンナ”を使って、彼、誠司は核融合発電、超バッテリーとモーターによるあらゆるエンジンの電動化への変換、重力エンジン・レールガンの開発・実用化などを通じて日本の経済・政治状況及び国際的な立場を変革していく。 さらに、こうしたさまざまな変革を通じて、日本が主導する地球防衛軍は、巨大な星間帝国の侵略を跳ね返すことに成功する。その結果、地球人類はその星間帝国の圧政にあえいでいた多数の歴史ある星間国家の指導的立場になっていくことになる。 この中で、自らの進化の必要性を悟った人類は、地球連邦を成立させ、知能の向上、他星系への植民を含む地球人類全体の経済の底上げと格差の是正を進める。 さらには、マドンナと誠司を擁する地球連邦は、銀河全体の生物に迫る危機の解明、撃退法の構築、撃退を主導し、銀河のなかに確固たる地位を築いていくことになる。

処理中です...