アガルタ・クライシス ―接点―

来栖とむ

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 京都の郊外にある閑静な住宅地に、太田結衣の祖父の家はあった。古い日本家屋を改装した平屋建ての家は、手入れの行き届いた庭に囲まれ、夏の陽射しを優しく遮る大きな柿の木が玄関先に影を落としている。
「おじいちゃん、今日も暑いね」
 縁側で麦茶を飲みながら、結衣は祖父に声をかけた。考古学の教授を退官してから五年になる祖父の太田博文は、七十五歳とは思えないほど背筋がしゃんとしていて、穏やかな笑顔で孫を見つめている。
「そうじゃな。でも、この家は風通しがいいから、エアコンなしでも過ごせる」
 確かに、古い家ならではの高い天井と、計算された窓の配置のおかげで、自然の風が心地よく流れている。結衣は毎年夏休みの半分をこの家で過ごすのを楽しみにしていた。
 都市部とは違う時間の流れ方、鳥のさえずりや虫の声に包まれた静寂、そして何より、祖父との他愛もない会話。歴史には興味が持てないはずの結衣だが、祖父が語る考古学の話だけは別だった。遺跡から発掘された土器の破片一つ一つに込められた古代の人々の思い、発掘現場での驚きや発見の瞬間。そうした話を聞いていると、遠い昔の世界が目の前に浮かび上がってくるような気がするのだ。
「今年の夏は特に暑いようじゃが、結衣は元気そうじゃな」
「うん、体調もばっちり。毎日朝のランニングも欠かさずやってるし」
 結衣は腕を曲げて力こぶを作って見せた。その様子を見て、祖父は微笑ましそうに笑う。
「そういえば、結衣の父親も子供の頃から病気知らずじゃった。義明が小学生の頃、インフルエンザが学校で大流行したことがあったんじゃが、一人だけかからなくてな。担任の先生が心配して病院で検査を受けさせたこともあったよ」
「へえ、お父さんもそうだったんだ」
 結衣は興味深そうに聞いた。母親からも同じような話は聞いていたが、祖父から直接聞くとまた違った感じがする。
「不思議なもんじゃよ。太田の血筋は代々そうなのかもしれんな」
 祖父はそう言いながら、どこか複雑な表情を浮かべた。その表情の意味を結衣は理解できなかったが、何か深い事情があるのかもしれないと感じた。

 昼食後、結衣は祖父の書斎で本を読んでいた。書斎の壁一面に並ぶ本棚には、考古学関係の専門書がぎっしりと詰まっている。海外の発掘調査報告書、古代文明に関する研究書、神話や伝承を扱った民俗学の本……結衣には内容は理解できないが、祖父の学問に対する情熱が感じられる空間だった。
「結衣、お客さんが来られるから」
 祖父が書斎に顔を出した。
「お客さん?」
「うむ、昔一緒に研究をした仲間でな。今は大学で教えておる」
 結衣は本を閉じて立ち上がった。祖父の研究仲間というと、同世代の高齢の学者を想像していた。
 ところが、玄関で祖父に挨拶をしているのは、驚くほど若い男性だった。長めの髪に整った顔立ち、細身で背が高く、まるでモデルのような容姿をしている。結衣は思わず見惚れてしまった。
「花巻吾郎です。よろしくお願いします」
 男性は丁寧にお辞儀をしながら自己紹介した。若さに似合わず声も落ち着いていて、知的な印象を与える。
「こちらは私の孫の結衣じゃ」
 祖父に紹介されて、結衣は慌てて挨拶した。
「太田結衣です。よろしくお願いします」
「こちらこそ。お祖父様からよくお話を伺っております」
 花巻は優しい笑顔で答えた。その笑顔に、結衣の心臓が少し早く鼓動するのを感じた。
 祖父と花巻が書斎に向かう後ろ姿を見送りながら、結衣は考え込んでいた。祖父が「昔一緒に研究をした」と言っていたが、花巻はどう見ても三十代前半にしか見えない。祖父との年齢差を考えると、一緒に研究をしていた時期があったとは思えないのだが……。
「まあ、きっと指導学生だったとかそういうことかな」
 結衣は一人で納得すると、台所に向かった。お客さんには何かお出しした方がいいだろう。

 冷蔵庫から水羊羹を取り出し、お皿に盛りつけながら、結衣は書斎から聞こえてくる話し声に耳を澄ませた。専門的な用語が飛び交っているようで、内容はよく理解できない。でも、二人ともとても真剣な様子で話しているのが声の調子からわかった。
 冷えた麦茶を入れて、お盆に水羊羹と一緒に載せる。夏の定番の組み合わせで、祖父も気に入っている。
 書斎の襖を軽く叩いて、「失礼します」と言いながら入った。
「ああ、結衣。気を使ってくれてありがとう」
 祖父が振り返って微笑んだ。机の上には、小さな箱と、その中から取り出されたらしい指輪が置かれている。
「お邪魔でしたか?」
「いやいや、ちょうどいいタイミングじゃ。のどが渇いておった」
 花巻も手を止めて、「ありがとうございます」と丁寧に礼を言った。近くで見ると、本当に整った顔立ちをしている。結衣は頬が少し熱くなるのを感じた。
 お盆を机の端に置きながら、結衣は二人が見ていた指輪に目が留まった。銀色の金属でできているようで、表面には複雑な文様が刻まれている。三つの渦巻きのような模様が組み合わさった、見たことのないデザインだった。
「なんか変わった模様の指輪ですね」
 結衣が興味深そうに言うと、祖父と花巻が顔を見合わせた。
「これは古い時代の装身具でな。最近発見されたものなんじゃ」
 祖父が説明してくれた。
「へえ、どこで見つかったんですか?」
「九州で。土砂崩れの後に見つかったそうです」
 花巻が答えた。その声には、何か複雑な感情が込められているような気がした。
「触ってみてもいいですか?」
 結衣が聞くと、二人は再び顔を見合わせた。
「ああ、構わんよ」
 祖父が許可してくれたので、結衣は指輪を手に取った。思ったよりも軽く、でも確実な存在感がある。表面の文様は非常に精緻で、まるで現代の技術で作られたもののように滑らかだった。
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