アガルタ・クライシス ―接点―

来栖とむ

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 森川は立ち上がり、ドアに鍵をかけた。それから結衣の前の椅子に座った。
「驚かせてしまうかもしれないが、私は君のお祖父さんや花巻先生と同じ組織の人間だ」
 結衣は息を呑んだ。
「組織の……?」
「そう。君の安全を守ることが、私の仕事の一つだ」
 森川は真剣な表情で続けた。
「最近、君の周りで危険な動きがあるかもしれない。だから、学校にいる間は私が君を守る」
「でも、どうして教師として……?」
「自然に君の近くにいるためには、これが一番いい方法だった。私にはマナはないけれど、不安なことは何でも相談に乗るよ」
 そう言うと森川はポケットから一本のボールペンを取り出した。
「これを君に渡したい」
 それは一見、ちょっと高級そうな普通のボールペンだった。シルバーの胴体に、シンプルなデザインが施されている。
「ボールペン?」
「試しに、胴体の一部を捻ってみてくれ」
 結衣が言われた通りにすると、胴体の一部がスライドして、隠されていた側面が現れた。そこには、複雑な魔法陣のような文様が刻まれていた。
「これは……」
「この前の指輪と同じような効果があるらしいよ」
 森川は説明した。
「君のマナが活性化されている今なら、これを使って自分を守ることができるかもしれない」

 結衣はボールペンを手に取った。確かに、指輪に触れた時と同じような、微かな暖かさを感じる。
「でも、私、まだ使い方がわからなくて……」
「無理に使おうとしなくてもいい」
 森川は優しく言った。
「でも、君の安全のためにも、ぜひいつも身につけていてほしい。何かあった時の、お守りとして」
 結衣はボールペンを握りしめた。重みはそれほどでもないが、確実に何かの力を感じる。
「先生……いえ、森川さん。私、まだよくわからないんです。自分に本当にそんな力があるのか、何をすればいいのか……」
「それは当然だ。君はまだ高校生なんだから」
 森川は微笑んだ。
「でも、焦る必要はない。君には選択する権利がある。まずは普通の学生生活を送ればいいし、この先何があってもすべて君の意志で決めればいい」
「ただし」
 森川の表情が少し厳しくなった。
「君を狙ってくる者たちがではじめるかもしれない。だから、少なくとも自分の身は守れるようになってほしい」
 結衣は頷いた。
「わかりました。このボールペン、大切に持っています」
「ありがとう。それと、何か異常を感じたり、危険を感じたりしたら、すぐに私に連絡してくれ」
そう言って、森川は小さな紅葉の飾りがついたストラップを、結衣のスマホに取り付けた。
「はい、これで大丈夫。これ、先日まで広島にいたから、もみじ饅頭をモチーフに作ってもらったんだ。可愛いでしょ」
森川はストラップの饅頭部分を指差した。
「この真ん中を押さえると端子が出てくる。それをスマホに挿すとすぐに、私たちの誰かと繋がるようになっているから。世界中どこでも、地球上にいさえすればいつでも大丈夫だからね」

 外国語室を出た結衣は、廊下でしばらく立ち止まっていた。手の中のボールペンが、現実を実感させる。
 自分の人生が、確実に変わり始めている。普通の女子高生として過ごしてきた日々は、もう戻らないのかもしれない。
 でも、それが必ずしも悪いことだとは思えなかった。もし本当に自分に特別な力があって、それで例えば誰かを助けることができるなら……。
「結衣ちゃん、どうしたの?」
 佳織の声で現実に戻った。
「あ、佳織。何でもないよ」
「森川先生と何話したの?」
「えっと……宿題のことかな」
 結衣は曖昧に答えた。友人にも話せない秘密が、また一つ増えてしまった。
「そっか。でも、森川先生って親切そうでよかったね」
「うん、そうだね」
 二人は教室に戻りながら他愛もない話をした。でも結衣の心は、もう以前とは違っていた。
 放課後、結衣は祖父の家に電話をした。
「おじいちゃん、新しい先生が来たよ」
「ああ、森川君だね。良い人だから、安心しなさい」
「でも、急に環境が変わって、少し戸惑ってます」
「そうだろうね。でも結衣、君は一人じゃない。多くの人が君を支えてくれている」
 祖父の優しい声に、結衣は少し安心した。
「ありがとう、おじいちゃん」
「何かあったら、いつでも連絡しなさい」

 その夜、結衣は自分の部屋で宿題をしながら、机の上に置いたボールペンを見つめていた。
 今日から、自分の生活にはもう一つの側面が加わった。表向きは普通の学生生活、でも裏では特別な力を持つ者として、危険から身を守らなければならない。
 窓の外では、いつものように虫が鳴いている。平和な夜の音だが、その平和がいつまで続くかわからない。
 結衣はボールペンを手に取り、もう一度魔法陣を見た。指で触ると複雑な文様が、月明かりでうっすらと光っているように見える。
「私にできるのかな……」
 不安はあるが、同時に期待もある。もし本当に特別な力があるなら、それを良いことのために使いたい。
 明日からまた学校が始まる。森川先生という心強い味方もできた。一歩ずつ、自分なりに進んでいこう。
 結衣はそう決心して、ボールペンを胸ポケットにしまった。きっと、これから色々なことが起こるだろう。でも、怖がってばかりいても始まらない。
 新しい自分として、新しい人生を歩んでいこう。
 そう思いながら、結衣は宿題に戻った。まだ当分の間は、普通の高校生として勉強も頑張らなければならないのだ。
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