アガルタ・クライシス ―接点―

来栖とむ

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 使節団一行はゆっくりと歩みを進め、王の玉座へと向かった。皆、背筋を伸ばし威厳を保とうとしているが、その緊張は誰の目にも明らかだった。
 謁見の間は想像以上に広大で、天井は高く、壁には歴代の王の肖像画が掲げられている。床は磨き上げられた大理石で、足音が静かに響く。両側に並ぶ宮廷の重臣たちの視線が、使節団の一挙手一投足を見つめていた。
 外務省の田中は、事前に学んだ礼儀作法を頭の中で反復していた。間違いは許されない。日本の威信がかかっている。
 財務省の佐藤は、騎士の扮装をした自分が場違いに見えないか心配していた。しかし、周囲を見回すと、様々な身分の者が謁見の間にいることがわかり、少し安心した。
 国土交通省の山本は、この歴史的瞬間に立ち会えることに感動を覚えていた。異世界の王との初の正式な外交接触。後世に語り継がれることになるかもしれない。
 玉座の前に着いた一行は、事前に教わった通りに片膝をついた。しかし、花巻吾郎ことユリナスは立ったまま優雅に礼をし、美佐江ことサミュエラは綺麗な仕草で完璧なカーテシーを披露した。
 レフュラン王は威厳に満ちた表情で使節団を見下ろしていたが、その目には好奇心と期待が宿っているのが見て取れた。
「立ちなさい」
 王の声が謁見の間に響いた。低く、しかし温かみのある声だった。
 使節団は立ち上がり、改めて王を見上げた。五十代半ばと思われる王は、確かに君主としての風格を備えている。

 田中が一歩前に出て、代表として口を開いた。
「レフュラン王陛下、この度は貴重なお時間をいただき、心より感謝申し上げます。私どもは遥か東の国より参りました使節団でございます」
 田中の現地語は流暢で、宮廷にふさわしい丁寧な表現だった。事前の特訓の成果が表れている。
「我々の目的は、この美しい王国との友好関係を築くことです。また、現在この地域で起きている問題について、情報を交換し、可能な限りの協力をさせていただきたく存じます」
 王は満足そうに頷いた。
「東の国からの使節団を心より歓迎いたします。長い旅路、お疲れでした」
 王の返答も礼儀正しく、外交的な配慮に満ちていた。
「貴国との友好関係を築けることを、私も心から願っております。この謁見を機に、両国の絆が深まることを期待しています」
 謁見の間に安堵の空気が流れた。第一段階は順調にクリアしたようだ。
「ところで」
 王が少し身を乗り出した。
「貴国からの贈り物を拝見させていただきましたが、素晴らしい品々でした。特に香辛料と絹、そして真珠の美しさには驚嘆いたしました」
 使節団が持参した贈り物は、現代日本の技術で作られた最高品質のものだった。香辛料は純度が高く、絹は美しい光沢を持ち、真珠は完全に球形で傷一つない。
「お気に召していただけて光栄です」
 田中が答えた。
「我が国の職人が丹精込めて作り上げた品々です」

 王は腹心の部下たちと目配せを交わした後、使節団に向かって言った。
「少し協議の時間をいただきたく思います。しばらくお待ちください」
 使節団は別室に案内され、宮廷の侍従から茶と菓子が振る舞われた。
 その間、王は最も信頼する重臣たちと密議を行っていた。
「陛下、いかがなさいますか?」
 宰相が慎重な口調で尋ねた。
「この使節団にどこまでの情報を開示すべきでしょうか?」
「贈り物の品質を見る限り、相当な技術力を持つ国のようだ」
 王が考え込みながら答えた。
「それに、山﨑殿の推薦もある」
「そうですね」
 外務担当の重臣が付け加えた。
「山﨑殿はこれまで我が王国に数多くの利益をもたらしてくださいました。その方の信頼する使節団なら、ある程度は信用できるでしょう」
「それに」
 軍事担当の重臣が指摘した。
「同行者の中にユリナス・ラグナリアとサミュエラ・ラグナリアがいることも見逃せません。隣国の皇室に繋がる血筋の方々です」
「確かに」
 王が頷いた。
「そして、クロストロフまで同行している。この周辺国で最も有名で信頼される傭兵だ」
 重臣たちの間でしばらく議論が続いた後、王が結論を下した。
「よろしい。正直に話すことにしよう」

 使節団が呼ばれたのは豪華な会議室のような部屋だった。そこで、王から重要な情報が伝えられた。
「現在、ナリア皇国で起きている内乱について、我が王国が把握している情報をお伝えします」
 王の表情が厳しくなった。
「まず、皇国からの情報は入りにくくなっています。通常の交易路も断たれ、外交官の往来も途絶えています」
 使節団のメンバーは真剣に聞き入っている。
「皇国からは正式な援助要請は来ていません。そのため、レフュラン王国としては調査のため密偵を送る程度のことしかできない状況です」
 田中が質問した。
「密偵からの情報はいかがでしょうか?」
「非常に深刻です」
 王が重々しく答えた。
「火薬を使った攻撃が行われているようですが、我々の知る火薬とは比べ物にならない威力があります」
 サミアが小さく頷いた。確かに、地球の現代兵器とアガルタの従来兵器では威力が段違いだ。
「機関銃らしきものを持って一斉攻撃している、見慣れぬ兵士団の存在も確認されています」
 自衛隊の隊員たちが緊張した表情を見せた。現代の軍事技術が使われているのは間違いない。
「そして、プロネス族の体質上、夜間に攻撃されることが多いようです」
 ヨルンヘルドが拳を握りしめた。故郷の人々が毎夜恐怖に怯えていると思うと、居ても立ってもいられない。
 王は使節団を見回してから続けた。
「お聞きしたいことがあります」
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