アガルタ・クライシス ―接点―

来栖とむ

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 その頃、アガルタの別の場所では、李教授たち五人が石造りの屋敷で震え上がっていた。
 周りを巨体の男たちで囲まれているからだった。その男たちは皆、屈強な肉体をしており、頭にはさまざまな獣の姿の兜をかぶっている。
 鷲の被り物をした男が、先ほどから何度も李教授たちに話しかけてきた。しかし、何を言っているのかさっぱりわからない。
 上から大きな声で話されるので、李教授たちは恐ろしさしか感じなかった。
「一体、何を言っているんだ……」
 李教授が震える声で呟いた。
 張研究員も青ざめた顔で、ただ頷くしかない。
 その時、凛とした声が響いた。
「下がりなさい」
 その声を聞き、巨体の男たちが道を開いた。
 そこに、黒猫の被り物を頭に乗せた女性が立っていた。すらりとした体躯で、威厳に満ちた雰囲気を纏っている。
「お前たちは地球から来たのか?」
 女性が英語で尋ねた。
「そ、そうです!」
 李教授が安堵の声を上げた。
「やっと通じる言葉を話す人が……」
「どうやら、怖がらせてしまったようだな」
 女性が苦笑いした。
「謝ろう。彼らに悪気はない。ただ、お前たちが何者なのか確認したかっただけだ」
「あ、ありがとうございます」
 張研究員がほっとした表情を浮かべた。
「しかし、何をしにここへ来たのだ?」
 女性が真剣な表情で尋ねた。
「偶然なんです」
 李教授が説明した。
「遺跡を調査していたら、偶然開いていた門を発見して……気づいたら、この世界に来てしまっていたんです」
「そうか」
 女性が頷いた。
「それならば、次に門が開いた時に帰るがいい。それまでは、ここで過ごすといいだろう」
「本当ですか?」
「ああ。我々は、無害な旅人を歓迎する。しかし、我々は地球と交流を持たない」
 女性が鋭い視線を向けた。
「こちらでのことを、戻っても軽々しく話さないことだ。わかったか?」
「は、はい!」
 李教授たちは一斉に頷いた。
「では、部屋を用意させよう。食事も出す」
 女性が巨体の男たちに指示を出した。
 李教授たちは、ようやく安堵のため息をついた。しかし、自分たちが一体どこに迷い込んでしまったのか、まだ理解できずにいた。
 アガルタという世界は、彼らの想像を遥かに超えた場所だったのだ。

 巨体の男たちに案内されて、李教授たちは屋敷の一室に通された。
 部屋は広々としており、石造りの壁には美しい彫刻が施されている。窓からは柔らかな光が差し込み、思ったよりも快適な空間だった。
「ここが我々の部屋か……」
 李教授が部屋を見回しながら呟いた。
 壁の彫刻をよく見ると、古代エジプトの様式に似ている。しかし、よく見ると細部が異なっていた。
 やがて、使用人らしき人物が食事を運んできた。木製の大きな盆には、見たことのない料理が並んでいる。
「これは……」
 張研究員が料理を見つめた。
 焼いた肉、色とりどりの野菜、そして香ばしい匂いのするパン。どれも素朴だが、心を込めて作られたことが伝わってくる。
「食べても大丈夫でしょうか」
 作業員の一人が不安そうに尋ねた。
「毒が入っているようには見えませんね」
 李教授が慎重に匂いを嗅いだ。
「それに、殺すつもりなら、わざわざ食事を出す必要もないでしょう」
「そうですね」
 張研究員が頷き、恐る恐る肉を一口食べた。
「……美味しい」
 その言葉に、他の者たちも食べ始めた。確かに、素朴ながらも美味な料理だった。
 食事をしながら、五人は小声で話し合った。
「一体、ここはどこなんでしょうか」
 若い作業員が尋ねた。
「アガルタ……伝説の地底王国」
 李教授が答えた。
「しかし、本当に実在するとは……」
「山海経の記述は、やはり真実だったのかもしれません」
 張研究員が興奮を抑えきれない様子で言った。
「あの巨体の戦士たち、獣の兜……まるで古代の伝説そのものです。特に、あの黒猫の被り物をした女性……神話に出てくる女神バステトそのものって感じでした」
「確かにな」
 李教授が頷いた。
「周りにいた男たちも、壁画で描かれている神ホルスやアヌビスのようだといえば、そう思えてくる」
「もしかして」
 張研究員が続けた。
「『西遊記』に出てくる猪八戒や沙悟浄って、ここの人間ということは考えられませんか?」
「まさか……」
 李教授が一瞬考え込んだ。
「いや、あり得るかもしれんな。古代の旅人がこの世界を訪れ、その経験を物語として残した。そう考えれば、多くの神話や伝説の謎が解けるかもしれない」

「あのー、我々はどうすればいいんでしょう」
 別の作業員が不安そうに言った。
「次の門が開くまで待つようにって言っていましたし」
 李教授が冷静に答えた。
「幸い、彼らは敵意を持っていないようです。むしろ、保護してくれている」
「でも、言葉が通じないのが問題ですね」
「あの女性は英語が話せました」
 張研究員が指摘した。
「ああ。我々にとっては、まさに女神だな」
 李教授が苦笑いした。
「何か必要なことがあれば、彼女に頼めばいいでしょう」
 食事を終えると、頭に金色の蛇を模した飾りをつけた女性が現れた。その装飾は、まるで古代エジプトのファラオの冠のようだった。
 女性は何か言葉を発したが、やはり理解できない。しかし、その仕草から、どこかへ案内しようとしているようだった。
「ついて来い、ということでしょうか」
 李教授が立ち上がった。
「行ってみましょう」

 女性に導かれて、李教授たちは屋敷の奥へと進んだ。長い廊下の壁には、精緻な彫刻が施されている。よく見ると、それは神と蛇が共に描かれているように見える。古代エジプトやインドの壁画に見られる特徴だった。
「この模様のようなものは……ヒエログリフに似ている」
 李教授が立ち止まって壁を凝視した。
 その先には、人間と動物の頭を持つ神々の姿が彫られていた。
「古代エジプトの神々ですか?」
 張研究員が驚いて尋ねた。
「いや、似ているが微妙に違う」
 李教授が首を振った。
「しかし、何らかの繋がりがあるのかもしれない」
 さらに進むと、別の壁画が目に入った。そこには、僧侶のような人物が旅をしている様子が描かれていた。
「これは……西遊記ですか?」
 李教授が驚愕した。
「いや、きっとこれは『大唐西域記』に近い描写だろう」
「こちらを見たまえ。輝く星に導かれ進んでいる僧侶たちの絵がある。たしか、東方の博士たちを導いた不思議な星の話があったな」
「『ベツレヘムの星』ですか……まさか、それらの物語も、この世界と関係があるのでしょうか」
 張研究員が興奮した声で言った。
「もしかすると、古代の人々は本当にこの世界を訪れていたのかもしれない」
 李教授が呟いた。
「そして、その経験を神話や伝説として後世に残したのだ」

 やがて、大きな扉の前に立った。
 女性が扉を開けると、そこには信じられない光景が広がっていた。
「これは……」
 李教授が息を呑んだ。
 目の前に広がっていたのは、まさに桃源郷と呼ぶにふさわしい庭園だった。
 色とりどりの花々が咲き誇り、その間を清らかな小川が流れている。水は透き通っており、底の石まで見える。川のほとりには柳のような木が枝を垂らし、風に揺れている。
「美しい……」
 張研究員が感嘆の声を上げた。
 庭園の奥には、小さな滝があり、その水音が心地よく響いている。滝の周りには苔むした岩が配置され、まるで自然の芸術作品のようだった。
 空を見上げると、柔らかな光が庭全体を包んでいる。しかし、太陽は見えない。どこか遠くから、間接的に光が届いているようだった。
「地底にこんな場所が……」
 李教授が呟いた。
 庭園には、見たことのない植物も多くあった。青く光る葉を持つ木、虹色の花びらを持つ花、そして果実が宝石のように輝いている植物。
「これは学術的に非常に価値がある」
 張研究員が興奮して言った。
「この植物たちを研究できれば……」
「しかし、ここは我々の世界ではありません」
 李教授が諭すように言った。
「軽率な行動は慎むべきです」
 女性が庭園の中を歩き始めた。李教授たちもそれに続く。
 小川を渡る石橋を歩いていると、水の中に魚の姿が見えた。しかし、その魚は普通の魚ではなかった。鱗が金色に輝き、まるで生きた宝石のようだった。
「信じられない……」
 作業員の一人が目を丸くした。
 庭園の奥には、東屋のような建物があった。女性がそこで立ち止まり、手招きをした。
 東屋の中には、石造りのベンチが置かれている。女性が座るよう促した。
 座ると、目の前には庭園全体が見渡せた。花々、木々、小川、滝……すべてが調和して、完璧な美しさを作り出している。
「まるで絵画の中にいるようだ」
 李教授が感動を込めて呟いた。
 風が吹き、花の香りが漂ってくる。甘く、しかし爽やかな香りだった。
「こんな場所が本当に存在するなんて……」
 張研究員が感慨深げに言った。
「山海経の記述を、もう二度と疑うことはできませんね」
「ああ」
 李教授が頷いた。
「古代の人々は、本当にこの世界を知っていたのかもしれない。そして、それを後世に伝えようとしたのでしょう」

 しばらくすると、黒猫の被り物をした女性が再び東屋にやってきた。
 案内していた女性が、深々と頭を下げ、優雅に礼をした。その所作は、明らかに身分の高い人物に対するものだった。
「やはり、この方は……」
 李教授が小声で呟いた。
 猫の被り物をした女性が、李教授たちに向き直り、英語で話し始めた。
「我々は、あなたたちの世界との交流を望んでいません」
 女性の声は穏やかだが、確固たる意志が込められていた。
「そのため、あなたたちには不自由な思いをさせることになりますが、この宮殿内でだけ過ごしていただきたい」
 李教授たちは黙って頷いた。
「しかし、この庭園はぜひ楽しんでください」
 女性が庭園を手で示した。
「ここは、我々の祖先が何千年もかけて作り上げた場所です。あなたたちのような客人に見ていただけるのは、光栄なことです」
「ありがとうございます」
 李教授が深々と頭を下げた。
 女性が去った後、李教授は複雑な表情で庭園を見渡した。
「李先生、どうされましたか」
 張研究員が尋ねた。
「私は……学者として、真実を世界に伝える義務があります」
 李教授がゆっくりと語り始めた。
「この世界の存在を、人類は知るべきです。科学的に、歴史的に、これは人類史上最大の発見です」
「しかし?」
「しかし……」
 李教授が庭園の美しさをもう一度見つめた。
「この世界を守るためには、秘密にしなければならないのかもしれない」
 五人の間に沈黙が流れた。
「もし我々が世界にこの存在を公表すれば、何が起こるでしょうか」
 李教授が続けた。
「各国が競ってこの世界に侵入し、資源を奪い合い、この美しい庭園も破壊されるかもしれない」
「そんな……」
 張研究員が呻いた。
「学者としての義務と、この世界を守る責任」
 李教授が拳を握りしめた。
「どちらを選ぶべきなのか……」
 風が吹き、花びらが舞った。その美しい光景が、李教授の葛藤をさらに深めていった。
 地球とは異なる世界。しかし、そこには確かに文明があり、人々がおり、そして美があった。
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