アガルタ・クライシス ―接点―

来栖とむ

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 その日の夜、義昭が帰宅したのは遅い時間だった。
 玄関で靴を脱ぐ義昭の姿は、明らかに疲れているように見えた。
「お帰りなさい」
 結衣が出迎えた。
「お父さん、疲れてるみたいだね。久しぶりに肩を揉んであげようか」
「本当か?嬉しいな」
 義昭が笑顔を浮かべた。
 リビングのソファに座った義昭の肩に、結衣が両手を置いた。
「じゃあ、いっきまーす」
 結衣が冗談めかして言いながら、肩を揉み始めた。
「かっちかち、すごく凝ってる」
 結衣が呟いた。
 その瞬間、結衣の手が止まった。
 父の肩の様子が、まるで手に取るようにわかったのだ。
 見えるわけではない。しかし、血管一本一本、筋肉や筋のつながりが、はっきりと感じ取れた。
「どうした?」
 義昭が心配そうに振り返った。
「パパは働きすぎじゃない。すごく凝ってる」
 結衣は何事もなかったかのようなふりをして、再び肩を揉み始めた。
 結衣の頭の中で、以前読んだ医学書の内容が蘇ってくる。
(どうして凝るんだろう)
 結衣は考えながら揉み続けた。
 やがて、いくつかの血管が細くなって血液の流れが悪くなっているところがあることがわかった。筋肉に疲労が溜まっている様子も感じ取れる。
(これが改善すれば……)
 結衣はそう思いながら、揉み続けた。
「うまくなったなあ。すごく楽になった」
 義昭が感心したように言った。
「最近、結衣は偉いのよ」
 母が台所から顔を出した。
「医学書だって読んで、熱心に勉強してるからじゃない?あなたからも褒めてあげてね」
「すごいな、結衣」
 義昭が娘を誇らしげに見た。
「ありがとう」
 結衣が照れくさそうに笑った。
 その時、結衣は義昭の肺に違和感を感じた。
「ねえ、パパはまだタバコ吸ってたりする?」
「こっちに帰ってからは吸わないけど、現地では少しな」
 義昭が申し訳なさそうに答えた。
 結衣には、義昭の肺にこびりついた体に害をなすものがわかった。おそらくニコチンやタールだろう。
(これを体外に排出できたら……)
 結衣はそう思いながら、肩を揉み続けた。
 突然、義昭が激しく咳き込んだ。
「パパ!」
「大丈夫、大丈夫」
 義昭がティッシュを取り、咳をした。
 ティッシュには、黒っぽい痰が出ていた。
「なんだこれは……」
 義昭が驚いて痰を見つめた。
「体の中の悪いものが出たんだよ、きっと」
 結衣が優しく言った。
「そうか……」
 義昭が娘の頭を撫でた。

 その夜、自室に戻った結衣は、スマホにもみじ饅頭型の端子を取り付けた。
 すぐにスマホから声が聞こえた。
「結衣さん?」
 その声は森川のものだった。結衣は安心した。
「森川先生」
「どうしました?何かあったんですか」
「実は……」
 結衣は、父の肩に触れた時に体のことがわかったこと、それを治そうと考えていると肩こりも治り、肺にあったニコチンかタールのようなものも体外に出たことを話した。
 しばらく沈黙があった。
「すごいことだよ、結衣さん」
 森川がゆっくりと言った。
「結衣さんがいつも人のことを考えているから、きっとそういう力が出たんだ」
「でも、私……」
「不安なのはわかります。でも、これは素晴らしい能力です」
 森川が優しく続けた。
「上に報告することになると思います。もしかしたら、検査とかをするかもしれません。いやじゃないですか?」
 結衣は少し考えた。
「検査があったら、受けます」
 結衣がはっきりと答えた。
「自分のことをもっと知りたいから」
「そうですか」
 森川の声が、どこか誇らしげに聞こえた。
「結衣さんは本当に強いですね。きっと大丈夫です。私もできる限りサポートします」
「ありがとうございます、森川先生」
 結衣が微笑んだ。
「森川先生がいてくれて、本当に良かった」
「こちらこそ。結衣さんのような生徒に出会えて、光栄です」
 通話を終えた結衣は、窓の外を見た。
 夜空には星が輝いている。
 自分の中に眠る力。それがこれからどうなっていくのか、結衣にはわからない。
 しかし、森川先生がいてくれる。それだけで、結衣は前に進む勇気を持てた。
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