アガルタ・クライシス ―接点―

来栖とむ

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 中東の砂漠地帯、午前二時三十分。夜空に一機のB-2爆撃機が飛んでいた。
「ゴースト・ライダー01、目標まであと五分」
 管制塔からの声が、パイロットのヘッドセットに響いた。
「ゴースト・ライダー01、了解」
 機長のトム・ハリソン中佐が応答した。

 眼下には、月明かりに照らされた砂漠が広がっている。その中に、異様な構造物が見えた。
「衛星リンクの再確認」
「OK、良好です」
「副操縦士、目標を確認できるか」
「確認しました。円形構造物、螺旋状に上昇している建造物。間違いなく目標です」
 副操縦士のマーク・チェン少佐がモニターを覗きながら答えた。
 バベルの塔。伝説の塔を模した建造物が、砂漠の真ん中に聳え立っているのが目視でも確認できた。衛星写真で何度も見た光景だが、実際に目にすると、その異様さに息を呑む。
「高度を下げる。爆撃コースに入る」
 ハリソン中佐が操縦桿を握った。

 B-2爆撃機は、その独特の三角形のシルエットで夜空を滑るように飛んでいく。ステルス性能により、敵のレーダーには映らない。
「目標まであと三分」
「爆弾投下システム、起動」
 チェン少佐が計器パネルのスイッチを操作した。
「GBU-57、準備完了」
 GBU-57――通称「バンカーバスター」。地下深くまで貫通してから爆発する、特殊な爆弾だ。重量は約十三・六トン。これまでに開発された通常爆弾の中で、最も強力な貫通力を持つ。
「目標、ロックオン」
 ハリソン中佐がモニターを凝視した。
 赤外線カメラが捉えたバベルの塔が、画面に映し出されている。建物の中には人影が動いているのが見える。
「投下位置まで、あと六十秒」
 チェン少佐がカウントダウンを始めた。
「五十秒……四十秒……三十秒……」
 機内に緊張が走る。
「二十秒……十秒……」
「爆弾投下!」
 ハリソン中佐がスイッチを押した。
 機体の底部が開き、巨大な爆弾が静かに放たれた。重力に引かれて落下していくGBU-57。その姿は、まるで神の裁きを下す槍のようだった。
「投下完了。離脱する」

 B-2爆撃機が急上昇した。
 爆弾は、正確にバベルの塔の中央部に向かって落ちていく。
 五秒……四秒……三秒……
 爆弾が塔に命中した。
 最初の瞬間は、小さな閃光だった。しかし次の刹那、地獄が解き放たれた。
 巨大な爆発。炎の柱が夜空を貫いた。
 地下深くまで貫通してから爆発したため、塔の基部が完全に破壊された。構造を失った塔は、まるでスローモーションのように、ゆっくりと傾き始めた。
 轟音。
 砂漠に響き渡る、崩壊の音。
 数千トンの石材が、重力に従って落下していく。塔の上部が崩れ、その衝撃で中層部も崩壊し、やがて全体が瓦礫の山と化した。
 砂煙が空高く舞い上がり、数キロメートル先からでも見える巨大な煙の柱となった。

「目標破壊を確認」
 チェン少佐が報告した。
「完全に崩壊しています」
「任務完了。基地に帰投する」
 ハリソン中佐が機首を返した。
 B-2爆撃機は、静かに夜空に消えていった。
 残されたのは、崩壊したバベルの塔と、立ち上る煙だけだった。

 同時刻、中東の別の場所では、A国海兵隊特殊部隊が最終準備を整えていた。
「全員、装備チェック完了」
 隊長のジェームズ・マクレガー大尉が部下たちを見回した。
 二十名の精鋭。全員が実戦経験豊富な特殊部隊員だ。最新の装備を身につけ、夜間暗視ゴーグル、消音銃、通信機器を携帯している。

「これより、オペレーション・ゲートキーパーを開始する」
 マクレガー大尉が地図を広げた。
「目標は、常時開いている門の確保だ。敵の警備兵は約三十名と推定される。我々は三班に分かれて行動する」
「第一班、門の直接確保。班長はジョンソン軍曹」
「了解」
 ジョンソン軍曹が敬礼した。
「第二班、周囲の警戒と敵の排除。班長はロドリゲス軍曹」
「イエス・サー」
 ロドリゲス軍曹が頷いた。
「第三班、撤退路の確保。班長はワン軍曹」
「了解しました」
 ワン軍曹が応答した。
「作戦は静かに、迅速に。できる限り無血で門を確保する。しかし、抵抗があれば容赦するな」
 マクレガー大尉が真剣な表情で言った。
「では、出発する」

 部隊は三台のハマーに分乗し、目標地点に向かった。
 約三十分後、目標の五百メートル手前で車両を降りた。
「ここから徒歩で接近する。完全な静音行動だ」
 マクレガー大尉が小声で指示した。
 隊員たちは音もなく前進していく。訓練された動きは、まるで影のようだった。
「警備兵、十二時方向に三名」
 偵察担当のスミス伍長が報告した。
「了解。迂回する」
 部隊は警備の目を逃れ、慎重に門に近づいていく。
「門を視認」
 マクレガー大尉が双眼鏡で確認した。
 そこには、古代の遺跡のような石造りの門があった。そして、門は微かに青白い光を放っている。常時開いている門だ。

「門の周囲、警備兵八名」
「了解。第一班、左から。第二班、右から。同時に制圧する」
 二つの班が、静かに分かれて移動した。
「三、二、一、今だ」
 マクレガー大尉の合図とともに、隊員たちが一斉に動いた。
 消音銃から放たれた麻酔弾が、警備兵たちに命中する。兵士たちは音もなく倒れていった。

「門、確保!」
 ジョンソン軍曹が報告した。
「第二班、周囲に敵影なし」
 ロドリゲス軍曹も報告する。
「第三班、撤退路確保完了」
 ワン軍曹が親指を立てた。
「よし」
 マクレガー大尉が頷いた。
「これより、この門はA国の管理下に置く。工兵隊を呼べ。門の周囲に防御陣地を構築する」
「了解」
 通信兵が基地に連絡を取り始めた。
 オペレーション・ゲートキーパーは、完璧に成功した。

 ナリアの皇都ルクナーダ、宮殿内部。
 突然、地球からの兵士たちがバタバタと動き始めた。
「おい、どうした!」
 プロトア族の兵士が、慌てて走っていく地球の兵士に声をかけた。
 しかし、兵士は答えずに走り去っていった。
「何が起こっているんだ……」
 宮殿内が、突然の混乱に包まれた。
 地球の兵士たちは、次々と武器や装備をまとめ始めている。明らかに撤退の準備だ。

「リーダー!大変です!」
 プロトア族の過激派リーダー、ザルゴンのもとに部下が駆け込んできた。
「何事だ!」
 ザルゴンが怒鳴った。
「地球の兵士たちが、勝手に撤退を始めています!」
「何だと!」
 ザルゴンが立ち上がった。
「説明を求めろ!彼らは契約を破るつもりか!」
 ザルゴンが宮殿の中庭に出ると、そこには撤退準備をする地球の兵士たちの姿があった。
「おい、これはどういうことだ!」
 ザルゴンが、兵士たちのリーダーらしき男に詰め寄った。
 男は中東系の顔立ちで、偽装した自衛隊の制服を着ている。
 男は何か言葉を発したが、それはアガルタの言語ではなかった。アラビア語のようだ。

「通訳を呼べ!」
 ザルゴンが叫んだ。
 やがて、通訳ができるプロトア族の兵士がやってきた。
「何と言っている!」
「えっと……地球で、彼らの基地が攻撃されたそうです」
 通訳が震えた声で答えた。
「何?」
「バベルの塔が破壊され、門が奪還されたと……」
「くそっ!」
 ザルゴンが地面を蹴った。
「裏切られたのか!」
 地球の兵士たちは、次々と門に向かって移動していく。もう振り返ることもない。

「リーダー、我々はどうしますか」
 部下が不安そうに尋ねた。
「撤退だ」
 ザルゴンが歯ぎしりしながら言った。
「しかし、その前に……」
 ザルゴンの目が、宮殿の奥を見た。
「あの金色の機械を……」

 後宮に囚われていた皇帝のもとに、異変の知らせが届いた。
「陛下!」
 使用人の一人が興奮した様子で駆け込んできた。
「宮殿内が大混乱です!地球の兵士たちが撤退を始めました!」
「本当か!」
 皇帝が立ち上がった。

 ちょうどその時、ユリナス、久世、瀬崎の三人が後宮に到着した。
「陛下、お聞きになりましたか」
 ユリナスが息を切らしながら言った。
「今が好機です!宮殿を奪還できます!」
「しかし、我々だけでは……」
 皇帝が心配そうに言った。
「ナリアの兵士たちに連絡を取れますか?」
 久世が尋ねた。
「ああ、できる」
 皇帝が頷き、特殊な笛を取り出した。
「これは、ナリアの民にしか聞こえない周波数の音を出す笛だ」
 皇帝が窓に近づき、笛を吹いた。
 人間の耳には何も聞こえないが、ナリアの民には届く音だ。

 数秒後、宮殿の外から光の信号が上がった。
「応答がありました!」
 ユリナスが興奮して言った。
「ナリアの兵士たちが待機しています」
「よし」
 皇帝が決然と頷いた。
「作戦を開始する。我々は秘密の通路から脱出し、正面から攻めるナリアの兵士たちと合流する」
「了解しました」
 ユリナスたちが敬礼した。
「ナリアを取り戻す時が来た」

 同じ頃、皇都から離れた場所では、サミアたちが穏健派プロトア領主サザルンの城にいた。
「報告します!」
 斥候が馬を走らせて城に戻ってきた。
「皇都で異変が起きています!地球の兵士たちが撤退を始めたようです!」
「本当か!」
 クロストロフが立ち上がった。
「今がチャンスです、サザルン様」
 サミアがサザルン領主を見た。
 サザルン領主は、プロトア族の中でも穏健派の代表的存在だった。灰色の肌と尖った耳を持つが、その目には深い知性と優しさが宿っている。年齢は三百歳を超えているが、まだ壮年の姿を保っている。

「ついにこの時が来たか」
 サザルンが立ち上がった。
「兵を集めろ。出撃する」
「はい!」
 部下たちが駆け出していった。
 やがて、城の中庭に兵士たちが集まってきた。その数、約五百。
「皆、聞け」
 サザルンが高い場所に立ち、兵士たちに語りかけた。
「我々プロトア族は、長年ナリアの民と共存してきた。確かに、我々には不満もあった。しかし、それは対話によって解決すべきことだった」
 兵士たちが黙って聞いている。
「ザルゴンは、我々を利用して自分の野心を満たそうとしているだけだ。彼は、真のプロトアの利益など考えていない」
 サザルンの声が力強く響く。
「今こそ、我々が真のアガルタの平和を取り戻す時だ。ナリアの民と共に戦おう!」
「おおっ!」
 兵士たちが歓声を上げた。
「では、出撃する!」
 サザルンが剣を抜いた。
「ナリアとプロトア、共に!」
「共に!」
 兵士たちが唱和した。
 五百の兵士が、皇都ルクナーダに向かって進軍を開始した。

「サザルン様は、本当に立派な方ですね」
 サミアがヨルンヘルムに言った。
「ああ」
 ヨルンヘルムが頷いた。
「この戦いが終われば、ナリアとプロトアの関係も変わるだろう」
「そうなればいいですね」
 サミアが微笑んだ。
「そして、クロストロフ。お前も活躍する時だぞ」
 ヨルンヘルムが友人の肩を叩いた。
「ああ、任せろ」
 クロストロフが力強く頷いた。
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