アガルタ・クライシス ―接点―

来栖とむ

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 結衣はユリナスのそばに近づいた。
 そして、そっと手を伸ばした。
 触れた瞬間、結衣の体に電流が走ったような感覚があった。
(これは……)
 結衣の頭の中に、情報が流れ込んできた。
 血管の損傷。筋肉の壊死。神経の断裂。骨の亀裂。
 そして、何か異質なエネルギーが体内に残留している。
(わかる……全部わかる……)
 結衣は目を閉じて集中した。
(でも、どうやって治せばいいの……)
 結衣はポケットからペンを取り出した。
 ユリナスからもらった、あの魔法のペン。
 ペンを持ち、ユリナスの傷に向けた。
 集中する。治癒のイメージ。
 しかし、うまくいかなかった。
 ペンを使うと、確かにマナは操作できる。しかし、傷の細部がぼやけて見えなくなる。
(だめだ……ペンだと、感覚が鈍る……)
 結衣は困惑した。

 その時、ユリナスが微かに動いた。
 目が、ほんの少し開いた。
「ゆ……い……さん……」
 か細い声が聞こえた。
「花巻さん!」
 結衣が顔を近づけた。
「意識があるんですか?」
「かばん……」
 ユリナスが震える声で言った。
「鞄……を……」
「鞄?」
 サミアが慌てて鞄を取った。
「これのこと?」
 ユリナスが微かに頷いた。
 サミアが鞄を開けると、中に小さな箱があった。
 箱を開けると、そこには美しい指輪が入っていた。
 銀色で三つの渦巻きが描かれている。以前、祖父宅で見たことのある指輪だ。

「これを……ゆいさんに……」
 ユリナスが言った。
「わかりました」
 サミアが指輪を取り出し、結衣に差し出した。
「これを、あなたに」
「でも……」
 結衣が戸惑った。
「いいんですか?」
「ユリナスが、そう言っています」
 サミアが結衣の左手を取り、薬指に指輪をはめた。
 その瞬間――
 結衣の手首から先が、微かに光り始めた。
「え……」
 結衣が驚いて自分の手を見た。
 青白い光が、手全体を包んでいる。
 そして、不思議な感覚が体を満たした。
 力が、溢れてくる。
(これは……)

 結衣は再び、ユリナスの傷に手を触れた。
 今度は、すべてが鮮明に見えた。
 一本一本の血管。一つ一つの細胞。損傷の状態。そして、残留しているエネルギー。
(わかる……すべてわかる……)
 結衣は目を閉じた。
 深く集中する。
 まず、残留しているエネルギーを取り除かなければ。
 結衣は意識を集中し、そのエネルギーを捕まえた。
 ゆっくりと、体外に引き出していく。
 黒い霧のようなものが、傷口から滲み出してきた。

「何だ、あれは……」
 医師の一人が呟いた。
 黒い霧は空気に触れると、消えていった。
 次に、血管を繋ぐ。
 断裂した血管を、一本一本丁寧に。
 神経も繋ぐ。
 筋肉を再生させる。
 しかし、ユリナスの体には筋肉が不足していた。
(足りない……新しい組織を作らないと……)
 結衣は決断した。
 他の部分の筋肉から、少しずつ組織を取り、傷の部分に再構成していく。
 骨も修復する。
 皮膚を再生させる。

 新しい皮膚が、徐々に形成されていく。
 結衣の額に汗が浮かんだ。
 集中力が必要だ。一瞬でも気を抜けば、失敗する。
 周囲の人々は、ただ見守るしかなかった。
 サミアが祈るように手を組んでいる。
 クロストロフとヨルンヘルムも、固唾を呑んで見守っている。
 医師たちは、信じられないという表情で結衣を見ている。
 森川も、緊張した顔で立っている。
 時間が過ぎていく。
 一時間。
 二時間。
 結衣は一度も手を離さず、治療を続けた。

 やがて、黒く焦げた皮膚が、かさぶたのようにポロポロと剥がれ始めた。
 その下から、白い新しい皮膚が現れる。
「まさか……」
 医師が驚愕の声を上げた。
「再生している……」
 右手の皮膚が、徐々に元に戻っていく。
 頬の火傷も、消えていく。
 脇腹の傷も、閉じていく。
 そして――
 結衣が深く息を吐いた。
「終わりました……」
 結衣がゆっくりと手を離した。
 ユリナスの右半身は、完全に治っていた。
 傷一つない、美しい肌。
 まるで、最初から怪我などなかったかのように。

「信じられない……」
 医師たちが呆然としている。
「奇跡だ……」
 サミアが泣き崩れた。
「兄さん……兄さん……」
 クロストロフとヨルンヘルムも、涙を流していた。
「ただし」
 結衣が説明した。
「筋肉を他の部分から再構成したので、しばらくは足がふらつくかもしれません」
「え……」
 医師の一人が驚いた。
「筋肉を再構成?そんなことが可能なのか……」
「全身の筋肉量が少し減っていますが、命に別状はありません」
 結衣が続けた。
「栄養を取って、リハビリをすれば、すぐに元に戻るはずです」
 医師たちは、結衣を見つめた。
 その目には、畏敬の念が宿っている。
「君は……一体……」
 一人の医師が震える声で言った。
「何者なんだ……」
 結衣は答えなかった。
 ただ、ユリナスの顔を見ていた。

 ユリナスの顔色が、徐々に良くなっていく。
 呼吸も、安定してきた。
 やがて、ユリナスの目がゆっくりと開いた。
「サミア……?」
 ユリナスが微笑んだ。
「兄さん!」
 サミアが抱きついた。
「よかった……本当によかった……」
「俺たちも、ここにいるぞ」
 ヨルンヘルムが笑った。
「心配させやがって」
「すまない……」
 ユリナスが謝った。
 そして、結衣を見た。
「結衣さん……ありがとうございます」
「いえ」
 結衣が微笑んだ。
「助けられて、よかったです」
 その時、結衣の体が揺れた。
「結衣さん!」
 森川が慌てて支えた。
「大丈夫ですか?」
「はい……ちょっと疲れただけです……」
 結衣が答えた。
 しかし、その顔は青白かった。
「少し休みましょう。その後、すぐに本土に戻ります」
 鮎川が決断した。
「太田さんも、検査が必要です」
「わかりました」
 結衣が頷いた。
 医師たちが結衣を車椅子に座らせた。
「太田さん」
 一人の医師が言った。
「あなたは……聖女のような方だ」
 結衣は首を振った。
「私は、ただの高校生です」
 しかし、その場にいた全員が知っていた。
 この少女は、普通の高校生ではない。
 医学を超えた奇跡を起こした、特別な存在だと。

 結衣を乗せたV-280が、沖縄本島に向かって飛び立った。
 伊平屋島に、夕日が沈んでいく。
 その光景は、まるで神々しい絵画のようだった。
 奇跡が起きた島。
 聖女が降臨した島。
 この日のことは、後世まで語り継がれることになる。
 しかし、結衣自身は、そんなことを知る由もなかった。
 ただ、誰かを助けられて良かった。
 それだけで、十分だった。
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