極秘結婚は夢物語のようで

鳴宮鶉子

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『“謎解きらぶバトル”の主題歌を瀬川遥翔がどうしても杉宮ちゃんとデュエットしたいときかなくて、受けてくれない?』

   東夢プロダクションの映画監督の相楽明人氏からリモート通話がかかってきてた。担当の田辺さんには断ったのに、監督から直々依頼がきて、断るに断れず、無言になる。

『作品を読み込んでマッチする曲に瀬川遥翔が仕上げてくれた。杉宮ちゃんの小説のファンだと彼が言ってたよ。天才アーティストとデュエットなんて光栄な事だし、引き受けなさい』

 遥翔とこんな関係になってなかったら、喜んで引き受けていたと思う。
 遥翔は私にとって、尊敬している人で目標だった。

 無言でいたことを了承と受け取られ、相楽監督に曲のデータを送りつけられ、レコーディングについての場所と時間は後日メールすると一方的に言われ、リモート通話を切られた。

 遥翔に文句を言いたい気分だったけど、今日はゲーム開発会社の方に顔を出してるから、たぶん夜中まで帰ってこない。

 腹が立つから夜中に入って来れないように、ドアチェーンをする。

 遥翔は心知れた仲が良い男性アーティスト仲間とは何度かデュエットしてる。だけど、女性アーティストとは1時もデュエット曲を出してない。
所属事務所や友人を通して女性アーティストから熱いアプローチを受けているけれど、1度も応じた事がない。

「シンガーソングライターの女の子達から……干されそう」

   胃がズキっと痛んだ。


kaho:今週の金曜日の夜に飲み会しない?

北川るみ:いいねぇ~、赤坂のSTAR LIGHTで集まらない?

悠華:19時~でいい?


 YouTubeとニコニコ動画に楽曲を配信している女子のグループLINEの着信通知がピコピコ光る。

 LINEを開かなくても短文だから、用件はわかる。既録にならないよう気をつけながら、LINEメッセージを読む。

kaho:美蓮も参加できるよね?

 気づかないふりをしようと頭に過ぎるも、2時間もの間、ひっきりなしにLINEメッセージが届いてるから無理がある。

 このグループLINEに28人のメンバーが登録してる。
 
 グループのリーダー的存在にいるkahoからLINEメッセージが届いたから、メンバー全員がすぐに返信を返す。
 アーティストとしては人気は無いけど両親が芸能界の大御所だから、怒らせたら怖い。
 
杉宮美蓮:小説の締め切りに追われてまして、ちょっと厳しいです。すみません。

 ヒエラルキーがキツく、居心地が悪いからなるべく参加しないようにしてた。

kaho:夜中まで呑んでるから、来て。待ってるから

 グループ内のメンバーで仲良くしてる子が何人かいる。
 だからリーダー格に目をつけられて、仲間外れとかされたら怖い。

ーー kahoの目的はわかってる。

 全く相手にされてないのにkahoは遥翔にかなり熱をあげてる。
 だから、デュエット役を譲れと言ってくるんだと思う。


「……ご無沙汰してます」

 「ーー本当に締切に追われてるのね。身体、大丈夫??」

   いつもはサクサクと話が思いつくのに、遥翔とのデュエットとkahoからの呼び出しが心労となり、筆が進まなく、かなり窮地に立たされてる。

「ーー明後日の午前9時までに入稿しないといけないので、コーヒーを1杯だけ飲んだら帰られせて下さい」

 締切1週間前はドアチェーンをかけて遥翔を締め出してる。寝室のベッドの前にカレンダーを貼りつけて締切日を目立つように記入してる。

 だからさすがに遥翔も邪魔しには来ない。デュエット曲に関する話をしないといけないけど、それどころではなかった。

「美蓮ちゃん、あのね、瀬川遥翔とのデュエットを譲ってくれない?」

「……相楽監督と瀬川遥翔に言って下さい。私には権限はないので」

「私からお願いして聞き入れてくれないから美蓮ちゃんにお願いしてるの」

「ーー私の方からも相楽監督にらkahoさんの方が適格だと伝えます」

 案の定、kahoからお願いされ、事前に考えていた返答をする。

「美蓮ちゃんはアーティストより小説家と脚本家の仕事の方が忙しいですもんね。来てくれてありがとう」

  コーヒーを飲み干し立ちあがると、kahoは引き留める事なく、帰る事を許してくれた。

    2晩徹夜でなんとか書き上げ、出版社の担当に原稿のデータをメールで送りつけ、ベッドに横になり、眠りにつく。
 納得がいけるラストに仕上げる事ができず、自己嫌悪に陥る。

*****

「美蓮、起きろっ!!」

 気持ちよく寝ているのに、誰かが身体を揺すって、私を起こそうとする。

「……2晩徹夜だったの。今日は1日中寝て過ごす」

「原稿は提出したんだろっ。こっちも早々に仕上げないといけないの。起きろっ」

  鼻を摘まれ、唇を重ねられ、キスではなく、窒息させられそうになり、目を開ける。
 目の前には遥翔がいて、真面目な表情をして、寝ている私を見下ろしてた。

「相楽監督から曲のデータを受け取っただろっ。歌詞は俺のでいく?美蓮が書き直してもいいが?」

 寝ぼけ頭でまくし立てるように言われ、返答に困る。

「……デュエットする気ないから、聴いてない」

「ーーはっ、まだ、そんな事言ってるの?あの作品の主題歌はデュエットが合う。相楽監督も俺と美蓮でいくって言ってる」

「……その事なんだけど、私とでなく他の女性シンガーで良くない?遥翔とデュエットしたら、女性アーティストの仲間内から妬まれるの。だから、無理!!」

「仲間内なんて気にするな。所属事務所が同じメンバーとグループLINE登録して定期的に集まってるみたいだが、生産性ないし、意味ないから抜けた方がいい」

 遥翔が言う通り、あのグループ化したメンバーとは関わらない方がいいのはわかってる。

 私立中高一貫女子校時代、同じ学年内なのに、見た目や成績、親の職業などで上下関係があり、息苦しさを感じてた。
 リーダー格の機嫌を損ねたら、総スカンされたりと制裁を受ける事になる。
 
「アーティスト仲間とは毎日顔を合わせたり、一緒に仕事をするとかないだろっ。何に怯えてるのかがわからない。その仲間内に仲良くしたいやつがいるのか?」

「……わからない。絡む事ないから」

「女性シンガーソングライターとして今勢いがあるのは美蓮だと思う。歌唱力もあって表現力ある。デュエット相手、誰でもいいわけじゃない。3日後にレコーディングだから、今から打ち合わせと練習するから、着替えたらウチにこい」

 シンガーソングライターとしても、動画サイトのチャンネル登録数と再生回数はそれなりにはある。 
 だけどわメジャーデビューしてからはまだ1年満たない。
 CMソングも何曲か歌わせて貰ったけど、自作のアニメとドラマの主題歌ばかり歌わせて貰ってるから、アーティストとしては評価されてる気がしなかった。

 だから、遥翔が私の事をアーティストとして評価してくれてた事が嬉しかった。

 遥翔は、映画化する小説をかなり読み込んでくれて、楽曲もだけど素敵な歌詞をつけてくれてた。

****

「……小動物みたいだな。可愛い」

 品川にあるソミーミュージックレコード社内にある第1スタジオ控室。

「自作のCG使ってメディアに姿を晒さないから、実物どんな子かと思ってたけど、そこら辺のアイドルやモデルより可愛いじゃん!!」

  SNSではごくたまに自身を曝け出してるけど、MVやテレビ出演などの取材を受ける時はポカロの影響で自作のCGを使ってる。

「ーー須藤さん、杉宮さんが怯えてる」

   遥翔と仲がいい俳優でアーティストの須藤聡太がなぜかいた。

「久しぶりに瀬川くんと会いたいなっと思って」

  須藤さんが遥翔の首に腕を回し、戯れつく。

 2人は仲が良い。プライベートでも呑みに行ったりしてる。
 仕事関係では、遥翔が須藤さんに楽曲を提供したり、意気投合した時にノリでデュエット曲を出したりしてる。

「須藤さんがドラマの撮影で予定が詰まってたからでしょ」

「レコーディングが終わったら、呑みにいくぞーー!!杉宮さんもいこうっ」

 俳優業がひっぱりだこで多忙な須藤さんは、今日はオフらしくレコーディング中ずっと控え室からゲキを飛ばしてた。
   
 遥翔に3日3晩、みっちり指導されたのもあり、レコーディングは卒なく行われ、5時間ほどで終わった。



「杉宮さん、歌唱力、スゲー!痺れたわ!!」

「……ありがとうございます」

「ーーじゃ、呑みに行こっか。瀬川くん、もう出れる!?」

 断わろうと思ってたのにフレンドリーな須藤さんに右手を掴まれてしまった。

「杉宮さん、ハタチ過ぎてるよね?」

「……はい」

 哀しい事にちびで骨格が細いから中学生に間違えられる。

「未成年をBARに連れて行ったら、捕まるからな。行こうぜっ!!」

****

 ソミーシティービルからタクシーを走らせ5分。グランドプリンセスホテル銀座で降り、最上階にあるBAR サンタマニアのVIPルームに入る。

 須藤さんが事前に予約を入れてくれてたようで、すぐに豪華な料理が運ばれてきた。

 ウェイターとバーテンダーが部屋から出ていき、須藤さんと遥翔と3人になる。
 帆立と真鯛のカルパッチョに鴨肉のロースト、サーモンのマリネなどお洒落な料理が目の前に並び、空腹が抑えられず、皿に盛り付け、口に運ぶ。


「瀬川くんのかわいい仔猫ちゃんにやっと逢えた」

「…………」

 ブランデーの水割りを呑みながら遥翔とハマってるスマホゲームの話をしていた須藤さんが、私の方を見て、にっこり微笑む。

「……美蓮、須藤さんは話した。この人は信用できるから」

 結婚してる事は極秘で誰にも話さないと約束していたのに、遥翔は須藤さんに話してた。


「親友の瀬川くんを俺は裏切ったりはしない。美蓮ちゃん、安心して!!」

 遥翔が須藤さんの事を慕ってる事を知ってる。歌唱力も演技力もトップクラスで、私の小説が原作でドラマした“ギフテッドからの挑戦”IQ200オーバーの中学生に振り回される教師役を完璧に演じてくれた。

「結婚してる事を隠してるから、一緒に外出とかしてないんだろっ。アーティスト仲間として仲良くしてるように見せかけて、呑みとか遊びに行こうや。」

 チャラそうに見えるけど、須藤さんは信頼できる人だとは思う。遥翔と12年親しくしてるらしい。
 2人のコラボ曲の“グレーゾーンとブラック”と別バージョンで出した“マチガイダラケ”。
 創作活動を共鳴しあっている2人の関係が羨ましかったりする。

「無花果、流行ったな。あれがフィーバーしたの5年前だから……美蓮ちゃんが15歳の時か。知ってる?」

「はい。パカロPの時代からから遥翔さんのファンでした」

 遥翔の影響で小学5年生の時にパカロを始め、それだけで物足りなくなり、中学生になってからパソコンを駆使してオリジナル作成とCG映像を作成するようになった。

「じゃあ、尊敬してる憧れの人と美蓮ちゃん、結婚したんだ」

「……はい」

 この結婚には終わりがある。
 だから、その日が来た時に別れを受け入れられるよう、遥翔を夫だと思わないようにしてた。
 

 
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