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第三章 平民ライフ出張編

50.彼と彼女は準備に励む。

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(side ラディンベル)
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 どうやら、俺たちの業務体制が変わるようだ。

 急な呼び出しを受けて、リディとサティアス邸に行ったら。
 お弁当屋さんの体制を、シフト制にすることを勧められた。

 まさか、そんな話だとは思わなかったけれど。うん。まあ。
 シフト制については、以前からリディとも話はしていたし。
 この前、俺の家族がこっちに来た時も結局ヘルプを頼んだくらいだし。
 俺としても正直に言えばシフト制に魅力を感じないわけでもない。

 でもね。お弁当屋さんはリディがやりたがってたことだし。
 自分のお店ができたことを喜んでたリディを知ってるから。

 できれば、今のように、リディの主導のままで。
 お店を開けている間は、ずっとそこにいて。
 お客さんと交流しながら楽しくやっていければいいと思っていた。

 けれど、確かに義父上やデュアル侯爵の言うことは尤もで。
 俺たちに突発的な仕事が多いのは事実だ。
 リディの思い付きが絶好調の時は、特に。

 しかも、レンダルからランクルム公爵がいらっしゃるとなれば。
 その対応をおざなりにはできない。
 お弁当屋さんに勤務しながらってわけにはいかないよね。

 それに、多分リディも思い当っていたと思うけれど。
 今回のランクルム公爵の視察のことだけじゃなくて。
 今後もこういうこと、出てくる思うんだよね、やっぱり。

 ということで、俺たちはその勧めを受け入れて。
 ランドルのお弁当屋さんにもシフト制を導入することになったから。
 これからは、イレギュラーな仕事も増えていくことになりそうだ。

 とはいえ、とりあえずは、目下の課題からだよね。
 今回は特にやることが多いから。

 まずは、お弁当屋さんの体制変更と雇用に従業員教育。
 そして、温室での栽培検証。
 あとは、何よりもランクルム公爵を迎え入れる準備だ。

 お弁当屋さんについては――――。

「サナちゃん、カレンちゃん。このお店も遂に変わるときが来たわ!」

 そんな風にリディが無駄に大袈裟に宣言をしたものの。

「え、リディアさん、どうしたんですか?何か変なもの食べました?」
「妙に気合入ってますけど。力入れすぎると疲れますよ?」

 と、気の抜けた返事しかもらえなくて、リディが拗ねてしまった。

 それを何とか宥めて気を取り直して。
 そして数々の要望を受け入れて新体制を取ることを伝えたら。
 別の意味で驚かれた。

「ええ!商会のお仕事、クビになっちゃったんですか?」
「何かしちゃったんですか!?」

 ん?俺たち、一体、どういう目で見られていたんだろうか。

 確かにね、商会の仕事もやってることは伝えてある。
 だから、お弁当屋さんにがっつり時間をかけられないって話はしたけどね?

 もしかして。
 商会の仕事だけじゃ稼げなくてお弁当屋さんをやり始めた。
 けれど、商会をクビになって、仕事がなくなってしまった。
 だから、お弁当屋さんに注力することになった。

 …………そんな風に思われたんだろうか。
 なんてことだ。

「違うよ。むしろ、商会の仕事が増えそうなんだ。だから、こっちに来れない日も多くなると思うんだよね」
「そうよ?もう、わたしたちを何だと思ってるの?」
「え、それは……「バカップル?」」
「「は?」」

 いやいやいや、色々おかしいよね?

「商会でもバカップルっぷりを発揮して、うんざりされたのかと」
「え、わたしたち、そんなに?」

 リディも、何を真に受けて確認してるの?

「そんなことしてないし。そんな理由でクビになんかならないよ」
「えー、無自覚?」

 なんだと?
 いや、まあ、俺たちが浮かれてるのは認めるけれど。
 他人様に迷惑をかけるほどじゃないと思うんだけど。

 そうは思うけど、そう話せばこの話はいつまで経っても終わらない。
 もう強制終了しよう。

「とにかく。要望も貰ってるしね、そろそろ受け入れようと思ったんだよ」
「あ、それにね。わたしたちが来れる日は減るんだけど、来た日は特別メニューを出す予定よ?」

 リディはまだちょっと聞きたそうにしていたけれど。
 俺の言葉を聞いてハッとして、俺の意図に気づいて話を逸らしてくれた。

「特別メニューですか?」
「そうよ?いつものお弁当に加えて、他のお弁当も作ろうと思うの」
「わー!本当ですか!?」
「時間も延長されて販売数も増えてハンバーガーもいつでも買えるってだけでもすごいのに、更に特別メニューなんて!それは喜ばれますね!」
「それ、私たちも買えますか?」
「もちろん優先販売するわよ?」

 リディがそう言ったら、ふたりは俺たちのバカップル?ぶりのことなんてすっかり忘れたかのように、特別メニューに心を奪われていた。
 まあ、よかったかな?

 特別メニューは、いつも食材を卸してくれる業者さんに、その日に多く手に入った食材を追加してもらって、その食材を見て考えることになっている。
 こんなの、レパートリーの多いリディだからこそできる芸当だけど。
 実は、俺も、どんな料理ができるか楽しみにしてるんだ。

「じゃあ、今度、新しい従業員を連れてくるから、仲良くしてね」
「「はーい!」」

 今回は売り子さんだけ追加ってわけにはいかないし、料理人も、ってことになると採用も大変だと思っていたけれど。
 募集をかけたら、想像以上の応募数があって驚いた。

 ちょっと収拾付かないくらい集まってしまったから、商会に丸投げして。
 よさそうな人を採用してもらったんだよね。

 そうして、新しい料理人に調理指導をして。
 売り子さんにも商品と会計計算を覚えてもらって。
 みんなで相談してシフトを組んでもらって。

 お弁当屋さんのほうは、順調に新しいスタートを切れるところまで来た。
 トラブルなく進んで何よりだ。

 そして、栽培検証については――――。

 実は、こっちのほうは問題が出てきたんだよね。
 いや、栽培自体はうまく行ってると思う。

 早く結果を知るために魔法を使って成長を促してはいるけれど、精霊の加護も入れずに植物の力だけで育つようにしているから、概ね、実地と同じような結果が出ているはずだ。その成長具合は問題ないんだけど。

「ねえ、ラディ。ハーブやスパイスって結構安価よね?」
「そうだね。言ってみれば脇役だし、高くしたら売れないと思うよ」
「広大な面積使ってこれだけ手間をかけてたら割に合わなくない?」

 そうなんだよね。
 どうやら、土とかいうよりも、レンダルの気候に合わないようなんだよね。
 ――リディのすごいところは温室に気候まで再現したところだ。万全過ぎ。

 育つは育つんだけど、とにかく手がかかる。
 うまくはいかないもんだね。

「それに、ハーブに至っては香りも弱いし」
「それは、致命的なんじゃないの?」
「そうなのよ。温室まで設置するとなればそれだけでも費用が嵩むものね。ハーブとスパイスはやめて、綿と大蒜、あと、生姜とかに限定したほうがいいかも」

 綿と大蒜はうまくいっているんだよね。
 ここで生姜の話が出たってことは、ついでに育ててたのかな?

 ならば。当初と話は変わってしまうけれど。
 できないものを無理して作っても時間とお金の無駄だしね。
 これは、進言して再検討してもらったほうがいいな。

「そうだね。デュアル侯爵に相談しよう」
「そうよね。検証結果をまとめて送っておくわ」

 栽培検証なんて、最初はそこまでやる必要ある?って思っていたけど。
 こういうことがわかると、やるべきだったんだなって思い知らされる。

 やっぱりリディはすごいな。
 自分はアイデアを出すだけで再現は人任せ、なんてよく言うけれど。
 そんなことない。リディだって成功させるためにがんばってる。
 こういうことがある度に、俺は、何度だって尊敬して惚れ直すんだ。

 ――――そうして、またサティアス邸への召集がかかって。
 栽培検証報告とランクルム公爵おもてなし計画についての会合が開かれた。

 視察の時期が近づいてきたからね。
 いくら視察だって言っても、公爵を蔑ろなんかにできないから、ちゃんともてなす準備もしなくてはならないのだ。

「リディア、ラディン。今回は検証お疲れ様。面倒かけたね」
「検証しておいてよかったな。始めてしまっていたら、損失が大きかった」
「最初はそこまでやらなくていいのにって思ったけど、やっておくものね」

 義母上の言葉に、義父上や侯爵も頷いているけれど。
 やっぱり皆様方もそう思ってたよね。

「陛下にも話したよ。リディアの提案通り、ハーブとスパイスは中止になった」
「伯父様、早速ありがとう。でも、今更変更して大丈夫?」
「うん。まだ種を渡したわけじゃないしね、栽培内容はどうにでもなるよ。今、変更による利益を再計算してるけど、そっちも問題なさそうだよ」

 それを聞いて、リディはほっとしたようだった。
 まあね、進言しておきながらできなかった、なんてね。
 そんな結果にならなくて本当によかったと思う。

「ランクルム公爵も、温室を見せて説明すればわかってくれるだろう」
「そうだね。さすがに失敗がわかっててやるはずもないしね」
「公爵が来る前にわかってよかったよ、本当に」

 そうして、レンダルでの栽培内容はあっさりと変更になって。
 残すは公爵のもてなし問題だけとなった。

「今回いらっしゃるのは、ランクルム公爵だけなのかしら?」
「あと、子息のルドルフ殿も来るそうだよ」
「えっ」

 思わず、声を出してしまった。
 慌てて謝って頭を下げたけど、ちょっと、それはびっくりだ。

「ルドルフ様ってご長男よね?ラディ、面識あるの?」
「あ、うん。学園で時々声を掛けてもらってたよ。同じ騎士科だったし」
「へぇ……、そうだったのね。でも、どうして驚いたの?」

 いや、だって。
 ルドルフ様は騎士として優秀で、騎士団からも声がかかっていて。
 高等学院に進んでいたけど、卒業後は、すぐにでもどこかの部隊の隊長になるんじゃないかと言われていたほどだったのに。
 そんな人が視察なんかに来れるんだろうか。

 そんな話をしたら。

「ああ、それは辞退したそうだよ。弟君のことがあったからね。それに、今回の農地のこともあるから、騎士団も辞めて公爵の仕事を手伝うことにしたようだ」

 うわー、まさかそんなことになってたとは。
 あの腕前が埋もれるなんてもったいないと思うけど、しょうがないのかな。
 ほんと、あの王子たちの暴走は、余波が大きいよね。

「そうか。面識があるなら、子息はラディンに担当してもらおうかな」
「え、あ、はい。わかりました」

 案内とか質問に答えたりすればいいのかな?
 後でやることをしっかり確認しておかないと。

「公爵は私が担当しよう。お二人にはここに滞在してもらう予定だ。リディアのところでも問題はないだろうが、使用人はいたほうがいいだろうからな」

 そりゃそうだよね。
 我が家だと、魔道具があるとはいえ、全部自分でやらないといけないからね。

「わたしたちは、お出迎えとか、案内のときだけ来ればいいかしら?」
「そうだな。畑の視察のときは私たちがお連れするから出迎えてくれ」
「基本はそれでいいと思うんだけどね。公爵と子息が分かれて視察する可能性もあるから、二案考えておいたほうがいいかもしれないよ」

 侯爵のその言葉で、視察のスケジュールを二案組んで。
 リディは、公爵向けのメニューを決めてくると言って料理長のところに行った。
 農地で栽培する大蒜や生姜を使った料理を毎日組み込むそうだ。

 そうして、俺たちはランクルム公爵を迎えるべく準備に勤しんだのだった。
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