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第五章 平民ライフ旅行編

116.彼と彼女は理解できない。

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(side ラディンベル)
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 本当に面倒な娘だと、改めて思う。

 もともとそんな気はなかったけれど。
 俺たちは、カタナ屋さんとキモノ屋さんで散財してしまった。

 とは言え、カタナ屋で散財したのは模造剣を何本も買ったリディだし。
 キモノも高かったけど、正直、リディのドレスだってそれくらいする。

 普段、俺たちはあまり贅沢品を買うことはないしね。
 商会の新規事業の成功の度に報奨金を貰ってるし。
 実は、実家に融通している品の代金も、律儀に支払って貰ってるから。

 俺にだってそれなりに貯えはあるわけで。
 今回の旅行に際して、ある程度のお金は持ってきていたんだ。

 だから、お金を使うことに戸惑いはなかったし。
 あのキモノは両方リディに似合ってたから後悔はしてないんだけど。

 まあ、確かに、散財したことには変わりない。
 ということで、今後は買い物を控える予定だったんだけど。

 リディが実家のお土産を心配してくれたんだよね。

 それに、リディも律儀だからね。
 今回お世話になった方々に御礼をしたいと言っていたから。

 俺たちは市場に繰り出したんだ。

 予定通り、材木屋さんと魚屋さんに御礼をして。
 タイミング良く、実家のお土産も確保することができて。

 予定をすべて済ませて、広場で休憩していたら。
 あろうことか、あの魅了娘に絡まれてしまった。

 王都に護送されて、引き続き聴取を受けているはずなのにね。
 なんでこんなところにいるのかと思えば。

 悪びれもなく、脱走してきたって言うし。
 リディに対して物凄く失礼だし。
 腕輪まで反応してるし、精霊だって臨戦態勢に入ってる。

 何よりも。
 俺がこの娘を気に入っていると思われているのが気に入らない。

 相変わらず面倒な娘で辟易するよね。

 でも、リディがサクッと捕縛してくれたから。
 俺たちを監視?していたギルド職員のジーンさんに丸投げして。
 俺たちはさっさと退場しようと思ってたんだけどね。

 ジーンさんが使えなさすぎて驚いた。
 いや、年長者に失礼な言い方だけど、そうとしか言いようがないんだよね。

 魅了娘自身が禁術の使い手だってことに気づいてなかったどころか。
 魅了娘を鑑定してなかったなんて。

 シズレのギルドは一体どんな捜査をしていたんだ。
 犯罪捜査に慣れてなくて、先入観で進めてしまったのかもしれないけれど。
 さすがにどうかと思う。

 まあでも、リディが説明してくれたしね。
 今度こそ、お役御免になるかと思いきや。

「いや、だから、君たちが連れて行ってよ」

 まだ言うか。
 リディもさすがに呆れてるね。

 禁術の使い手に脱走されてるんだよ?

 俺たちに張り付いてたんだし、魅了娘の担当からは外れているにしても。
 もう少し危機感を持ったほうがよくないかな?

 とは思えど、そんな説得をする義理もないし。
 こんなにやる気のない人に任せるのはよくない気がしてきた。

 ということで。

「公爵家の方か騎士団の方かはわかりませんが、いらっしゃいますよね?」
「………俺たちにも気づいていたのか」

 実は、俺たちを監視していたのはジーンさんだけじゃないんだよね。
 多分、ジョージ様の手の者だと思う。

 最初はリュート様からの指示かとも思ったけれど。
 リュート様って公爵家当主にしては善良すぎるし。
 真面目で正義感強くて、裏工作をするよりも正面からくるタイプだと思うんだ。

 ジョージ様だって善良だけど。
 俺たちへの接触も過剰だし、騎士団によく呼ばれてたしね。
 純粋に気遣ってくれていた部分もあるとは思うけど、探られてもいたとも思う。

 でも、俺たちに何をしてくるでもなかったし。
 逆に、守ってくれたこともあるから。

 ―――ここ数日の外出時に嫌な気配を感じることがあったんだけど。
 いつの間にかその気配が消えていたのは、多分彼らのお陰だと思う。

 だから、監視兼護衛なのかな、って思って放置していたけど。
 こうなったら協力してもらうしかないよね。

「お任せできますか?」
「…………致し方ない」
「は?ちょ、ま、」

 今更ジーンさんが焦ってるけど、彼に任せるのはやめだ。
 リディもそう思ったのか反論してこないしね。

 とはいえ、公爵家にしても騎士団にしても、彼らは騎士だからね。
 魔法に長けてはいないから、魅了娘を運ぶには不安があるということで。

 結局、俺たちも同行することになってしまった。
 まあ、しょうがないか。

 防音結界の中でずっと騒いでいたらしい娘に手刀を落として気絶させて。
 ジョージ様の手の者がすぐに馬車を手配してくれて。

 王宮まで娘を運んだら、王宮は相当バタついていた。
 そりゃそうか、脱走されたんだもんね。

 だから、俺たちの登場には、驚かれながらも感謝されて。
 王宮の一室に連れて行かれて。
 魅了娘の現聴取担当さんに今回の状況を説明していたら。

 バタバタと駆けてくる音が聞こえて。
 ノックと同時にジョージ様が入ってきた。

 駆け付けた時間や服装からして、王宮にいたのかな?

「………本当に、申し訳ない」

 この謝罪には、魅了娘のことに加えて影のことも含まれているんだろうけど。

 俺たちに思うところがないわけじゃないけど。
 ジョージ様のほうにも色々あるんだろうしね。

 筆頭公爵家のご令息に、いつまでも頭を下げさせるわけにはいかないから。
 謝罪を受け入れて頭を上げてもらった。

「魔術師団には、君たちに手を出すなと伝えておいたんだが」

 そう言って始まった、事情説明という名のジョージ様の言い訳によると。

 どうやら、ジーンさんは実は魔術師団の人で。
 ―――鑑定魔法が使えるためにシズレのギルドに派遣されているらしい。

 魔術師団長は、公爵家に侵入させた間者が捕えられても諦めていなくて。
 俺たちの腕輪や秘術を盗む機会をずっとうかがっていたそうだ。

 そして、あわよくば。
 俺たちを鑑定してやろうと企んで、ジーンさんをつけていたようなんだけど。

 対して騎士団は、できれば俺たちを取り込みたいと思っていたらしくて。
 情報を集めつつ、懐柔するようにジョージ様に指示していたようだ。

「いや、でも、話しかけていたのは、それだけが理由じゃないんだぞ?君たちと話すのは普通に楽しかったし、純粋に興味深いことも多くて……」

 それはわかってます。

 俺たちだって楽しくなかったわけじゃないしね。
 相手に打算しかなかったら、そうは思わなかったと思う。

 そう伝えたら、ジョージ様は少しだけホッとしたような顔になって。
 俺たちの意を汲んで、騎士団や魔術師団への説得を約束してくれた。

「ん……、ここは……?」

 そうこうしていたら、魅了娘が目を覚ましたようだ。

 そして、手足を縛られて魔封じをされている状況に悪態をつきながら。
 周りを見回し始めたと思ったら。

 リディに目を留めた途端に目尻を釣り上げた。

「またあんたの仕業なのね?!」
「………また?」
「あの時だって、あたしを一緒に連れてったら男たちを取られると思って言いがかりをつけてきたんでしょう?!いくらあたしに勝てないって思ったからって、犯罪者に仕立てあげるなんてひどいわ!」

 え、この娘、何言ってるの?
 リディも理解ができないのか、口を開いたまま固まってる。

 あの時、っていうのが盗賊討伐時のことだということはわかったけどね。
 それ以外のことは、俺にも全く理解できない。

「今日だって、男に捨てられそうになったからって捕まえるなんて!」
「は?」

 さすがに声が出た。
 俺がリディを捨てようだなんて思うわけがない。

 誤解されてはいないと思うけど、思わずリディを抱き寄せちゃったよね。
 それでリディも我に返ったのか、目をぱちぱちさせて。

「前回シズレに送り出したのも、今日捕縛したのも、貴女が魅了魔法を使ったからなんですけれど」

 娘のよくわからない言い分を否定したんだけど。

「だから、あたしはそんな魔法使ってないってば!そりゃ、あたしはモテるけど、それは魔法を使ったからじゃなくて、あたしが可愛いからよ!可愛いんだから、男が集まってきちゃってもしょうがないでしょう!?」

 斜め上の返答が返ってきた。

 いや、ほんと、この娘、何言ってるの?
 これがこの場にいた全員の総意だと思うんだけど。

 ひとりだけ強者がいた。

「君が、可愛い………?」

 ジョージ様、なぜ、それを口に出してしまうんだ。

 そんな俺たちの気持ちを含んだ視線と。
 わなわなし始めた娘に気づいたジョージ様がハッとしたけど。
 今更だよね……。

「あ、いや、こ、好み、だからな……。あー、なんだ、その……、君を可愛いと思う輩もいるかもしれないよな。失礼した」

 それ、なんのフォローにもなってないと思うんだけど。

 案の定、魅了娘は、怒りで物凄い形相になってるし。
 リディは娘に怖れたのか、俺にしがみついてくるし。
 ほかの人たちも視線を彷徨わせている。

「何よ!あたしが可愛くないって言いたいの!?」
「いや、だから、好みの問題であってだな」
「金髪の貴方も何黙ってるのよ!あたしのことが好きなら反撃しなさいよ!」

 は?金髪、ってことは、俺のことなんだろうか。

 厳密には金茶だけど、まあ、金髪に見えないこともないし。
 ほかの男性陣は、皆、黒髪か濃い色目の髪色をしている。
 この中ならば、やっぱり、金髪っていったら俺だよね……。

「もしかして、俺?」
「そうよ!あたしのこと覚えてたじゃない。あたしに一目惚れして忘れられなかったからでしょう?」
「は?」

 なんだ、そのとんでも思考は。

「いや、君を覚えてたのは、君が警戒対象だったからなんだけど」
「は?警戒対象……?」
「禁術の使い手なんて要注意人物、警戒するに決まってるよね?」
「なっ……!貴方までそんなことを言うの!?あたしは、魔法なんか使ってないって言ってるじゃない!」

 この娘、どうあっても魅了魔法について認める気がないらしい。

 この様子ならば、シズレのギルドが苦戦したのもしょうがないのかな。
 だとしても、ジーンさんの適当さ加減はやっぱりどうかと思うけどね。

 なんて思ってたら、ずっと黙ってた聴取担当さんがここで口を開いた。

「君の認識がどうであろうと、君が魅了魔法を使ったことや、君が身に着けていた首飾りが魅了の魔道具だったことは事実だ」
「だーかーらー!!あたしはそんな魔法の使い方を知らないし、だいたい、あの首飾りが魔道具なわけないでしょ!?雑貨屋で買った安物なんだから!」
「……雑貨屋で買ったのか?」
「あ………」

 おっと。どうやら、まさかの新事実が発覚したようだ。
 でも、娘は、この後、だんまりを決め込んでしまった。

 となれば、俺たちにできることはもうないしね。
 いい加減、帰らせてもらうことにしたんだよね。

「立ち会ってただけなのに疲れたわ……」
「確かに。とんでもない娘だったね……」
「お酒飲みたい……」

 あ、それは賛成だ。
 ちょっと飲まないとやってられないくらい、精神が疲労してる。

「帰ったら、せっかくだし今日買った米酒飲もうか」
「米酒……!じゃあ、ほっけとししゃもの出番ね!」
「そうなの?」
「米酒にぴったりよ。……あっ!そうだわ!鮭の中骨煮もよさそうよね!他には何がいいかしら?梅キュウリとか?肉味噌キャベツとか?シエル様たちには、いくらをお出ししようかしら。あとは……」

 ああ、もうリディの頭の中は今日の献立一色だな。
 でも、気分が上がったみたいでよかった。

 俺も、今日は珍しい料理が食べれそうで楽しみだ。
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