上 下
129 / 149
第六章 陰謀巻き込まれ編

124.彼と彼女は無茶振りされる。

しおりを挟む
(side ラディンベル)
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 リディには悪いことしちゃったな。

 リディの新しい企画書を見つけて。
 今後の為に提案だけでもしておこうと会議に出してみたところ。

 すべて承認されたのはよかったけれど。
 新しい食材のお豆腐にね、義母上が想定外の食いつきを見せた。

 太りにくいってことにかなりの関心を示したんだよね。

 リディもそうなんだけど。
 義母上だって全然太ってなんかいないのに。
 女の人って難しいよね。

 ともあれ、まあそんな訳で、お豆腐の商品化が急務になってしまった。
 ―――義母上のあの圧に対抗できる人なんかいない。

 リディはレシピ本の制作も抱えてるのにね。
 結局、リディの仕事を増やすことになっちゃって申し訳なく思ってる。

 基本的にはドラングルのレシピ本作りが最優先なんだけどね。
 時間を見つけては、デュアル領に行ってお豆腐作りを伝授してるんだよね。

 リディ曰く、教えちゃったら後は任せるだけだから。
 覚えてもらうまでが大変なだけ、って言ってたけど。

 負担を増やしてしまったこともあるし。
 俺もできるだけのことはしたいと思う。

 ということで。
 最近の俺は、デュアル領に行くリディの護衛はもちろんのこと。
 レシピ本用の食材調達がメインの仕事だ。

 リディが手順を纏めている間に買い付けに行っているんだよね。

「ただいまー」
「おかえりなさい。いつもありがとう」
「このくらい何でもないよ」

 本当にね。

「っていうか、ラディ。お買い物、すごく気を遣ってくれてるでしょ?」
「ん?撮影に使うからね、色とか形は気にしてるけど」
「やっぱり……。面倒かけてごめんなさい」
「リディが気にすることじゃないよ。それに、リディがよく言うように、料理も見た目が大事って、俺もそう思うから。目で楽しめるともっと美味しくなるよね」
「そうなんだけど、実際に買うとなると大変だろうなって」

 まあね。
 確かに、毎度、いい具合の食材が手に入るとは限らない。

 でも、さすがにこれだけ買い物に行ってるとね。
 顔も覚えてもらえるから、お願いも聞いてもらいやすいんだよね。

「お店の人に良くしてもらってるから問題ないよ。これからも期待してて」
「そうなの?ほんと頼りになるわ。じゃあ、今日もがしがし料理するわね!」
「うん。俺も手伝うよ」

 こんな感じでね、俺たちは、連日料理三昧だ。

 そうして、お豆腐作りも、何度か通って何とか覚えてもらって。
 ドラングルのレシピ本の撮影も漸く半分を超えた頃―――――。

 なぜか、王太子妃殿下からお呼び出しがかかった。

「妃殿下から?何だろうね?」
「魅了の件なら、陛下か殿下からだものね。ほかに何かあったかしら?」

 手紙には詳細が書かれていなかったから。
 本当によくわからないまま王宮にあがったんだよね。

「リディア!ラディンベル!忙しいのに申し訳なかったわね。よく来てくれたわ」
「レイラ様、ご機嫌麗しく」

 以前お茶会をしてからというもの。
 リディは妃殿下に相当気に入られているらしく。
 名前で呼ぶように言われている。

「いやだわ、そんなに堅苦しくしないで」

 そう言われてもね……。

 俺たち平民だしね、素直に気安くはできないわけですよ。
 使用人さんたちの目もあるしね。

「それはそうと、あなたたち、また凄いもの作ったんですって?」
「え?」

 これは、何のことを言っているのだろうか。
 俺としては、どれも『凄いもの』だと思うから。
 一体どれのことなのかわからない。

「太らない食べ物と屋内で使える運動器具のことよ!」

 ……………なるほど。
 妃殿下は、関心を示すものが義母上と同じらしい。

「あの、お豆腐のことでしたら、太りにくい食べ物ではありますが、食べ過ぎたり、お豆腐しか食べないというのも体にもよくないのですよ?」
「そうなの?」
「はい。栄養……、体を整える成分を多く含んではいますけれど、万全ではないのです。お肉やお魚も一緒に食べたほうが体にはいいかと」
「でも、お肉は太るのでしょう?」
「確かに、お豆腐に比べたら、お肉や、そうですね……、お米やパンなんかも太りやすいのですが、お豆腐とは違う成分が含まれています。その成分も体には必要ですから、気になるようであれば、量を調整するのがよろしいかと」
「そうなの……」

 そう言えば、リディが前に言ってた気がする。

 ひとつの食材ですべての栄養をまかなうのは無理だと。
 だから、色々な食材をバランスよく食べるのがいいって言ってたな。

「リディアも、そうやって食べ物に気を遣っているの?」
「わたくしは、その……、食べるのを我慢できないので」

 うん、リディは食べるのが好きだよね。
 美味しそうに食べるリディはかわいいから、ずっと見ていられる。

「運動して熱量を消費しています」
「まあ!それで、あの運動器具なのね!?」
「はい。……というか、もしや、もう、献上させていただいたのですか?」
「あら?あれはまだ発売されていないの?」

 妃殿下にそう言われて、リディからは顔を向けられるも。

「私もまだ聞いていませんね……」

 俺だって知らない。
 っていうか、もう出来てるとか早くない?

 多分、俺たちが既に使っていたランニングマシンやバランスボールだけで。
 リディが追加でお願いした器具はまだ出来てないと思うけど。
 それにしたって早い。

「では、いち早く王宮に持って来てくれたのかしら?」
「恐らくはそうかと」
「まあ!そうでしたの。デュアル侯爵にはいつも王家を立てていただいて。陛下もお喜びかと思いますわ」

 うーん。王家を立てるというよりは。
 陛下に後から色々と言われたくないだけだと思う。
 もちろん、そんなこと、口にはしないけどね。

「クリスやアランも大層気に入って、時間を見つけては走ってますわよ」
「まあ!」

 室内なら人目を気にせずできるしね。
 護衛の心配も減るし、王族にはいいかもしれない。

「私もやってはみたのだけど……。自分の体力のなさを痛感しましたわ……」
「最初は誰もがそうだと思いますわ。歩くだけでも運動になりますから、ゆっくりした速度で始められてはいかがでしょうか?」

 まあ、確かに、散歩代わりもひとつの手ではあるけれど。
 そもそもの話、お妃さまがそこまで運動する必要はなくない?

 そりゃ、リディは最初からがんがん走ってたけどね?
 幼い頃からバスケやってたリディを普通の令嬢と同列に置いてはいけないよね。

「あっ!もしかして、今日は運動器具の使い方のご相談で?」

 それはどうだろう?
 だったら、クリス殿下も同席しそうなものだけど。

「え?……ああ!そうでしたわ。違いますのよ、今日は他のご相談がありますの」

 やっぱり違ったけれど、漸く本題を思い出してくれたようだ。

 本当に何の話なのかな?って思ってたら。
 妃殿下は後ろに控えていた使用人を近くに呼び寄せた。

「料理長、はご存じですわよね。こちらは、我が子の乳母のカレンですの」

 そう紹介されてお互いに挨拶をしたのはいいものの。
 料理長と乳母という組み合わせにはちょっと驚いたよね。

「先ほどもそうでしたけれど、リディアは食べ物に関する知識が豊富でしょう?以前も産後の私のことを気遣ってくださいましたわ。それで思ったんですのよ。もしや、赤子にも最適な食事方法があるのではないかって」

 なるほど。
 それで、このふたりなのか。

 俺は当然詳しくないけれど。
 大人と赤子の食事が違うことくらいはわかる。

「大変光栄なのですけれど、買い被りでございますわ。わたくしもすべてを把握しているわけではございませんので……」
「ええ、ええ。ですが、ご存じのことはありますでしょう?」

 そう言って、妃殿下はこちらにずずっと迫ってきた。

 この圧、最近感じたのとすごくよく似てるんだけど。
 やっぱり妃殿下と義母上は同類なのか……。

 とりあえず、リディ。
 こうなったらもう逃げられないね。

「えぇ……っと、そう、ですね……。乳児に蜂蜜が良くないことはお耳に入れたことがあるかと存じますが」
「そうですの!?」

 妃殿下には驚かれたけど、乳母は知っていたようで何より。
 もちろん俺は知らなかったよ?

「え、ええ……。あとは……、塩分が高いものもお控えくださいませ。味付けは薄味がよろしいかと思います」

 大人でも塩分の摂り過ぎはよくないって言ってたしね。
 幼い頃から濃い味付けに慣らさないほうがいいってことかな?

「それと、稀に、特定の食品に過敏な反応を示す場合がございます。卵やミルク、小麦が代表的なのですが、食べると皮膚に炎症を起こしたり、重度の場合は呼吸もままならなくなりますのでお気を付けくださいね」
「まあ!そんなことが?」
「必ずしも発症するとは限らないのですが……。先ほどの食品以外でも、海老や大豆などに反応することもあるそうです。もし拒否反応が出ましたら、該当食品は控え、別の食品で栄養を補っていただければと」

 そうして、リディは、よくある食材の特色を説明してくれたんだけど。

 肉や力になる食材に、骨を強化する食材。
 血液をつくる食材に、消化を助ける食材等々。

 大人にもためになる話に、俺たちは聞き入ってしまったよね。

「はぁ……。そうですのね……。子供の食事には気を付けなくてはいけないことがあるとは思っていましたが、想像以上でしたわね。まさか、そんなこともあるなんて。リディアに相談して本当によかったですわ」

 妃殿下の心からの言葉に、俺も全力で同意する。
 ふと見れば、料理長や乳母も激しく頷いていた。

「本当にありがとう。この御礼は必ずいたしますわ」
「え?いえ、あの、わたくしはただお話しただけですし、御礼なんて……」
「そのお話に価値があったのですわ」

 確かに価値はあったけども。

 リディの性格や思考から言って御礼を固辞するのもわかる。
 ただ、妃殿下はひかないだろうし、ここの王族って結構義理堅いんだよね。

 これはどう決着をつけるのがいいんだろうか。
 なんて思ったときだった。

 誰かが近づいてくる気配がしたと思ったら、周囲もざわざわしてきたから。
 何事かと思えば。

「ああ、よかった。まだ王宮にいてくれて助かったよ」

 クリス王太子殿下がやってきた。
 妃殿下も驚いているところを見るに、想定外のことのようだ。

「唐突だけど、リディア、他国語はどのくらい話せる?」

 本当に唐突すぎる。

「クリス。突然やってきたうえに、藪から棒に何なのです?」
「茶会の邪魔をしてすまない。だが、リディアの助けが必要になってね」

 リディの助け?

 リディに何かさせるってこと?
 危ないことなら反対したいんだけど。

「………レンダルに接している国の言葉なら何とか、という程度ですけれど」
「ガルシアやファーレスも?」
「そのあたりでしたらある程度は。ワドレやエラシオンも少しなら。でも、それよりも西の国の言葉はちょっと難しいですね……」

 は?リディ、そんなに話せるの?

 ワドレやエラシオンはレンダルよりも西側の小国なんだけど。
 そんな国の言葉まで勉強したってこと?
 リディ、凄すぎない?

「これは想像以上だな。ならば、大陸の東側の国の言葉なら話せると?」
「日常会話程度ですよ?」
「十分だ」

 そう言ったクリス殿下は満足そうだけど。
 俺はそろそろ話の核心を知りたい。

「リディア。忙しいところ申し訳ないのだけどね、ジングに行って事情聴収してきてくれないかな?」

 …………なんか、すごい無茶振りがきた気がする。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

【完結】留学先から戻って来た婚約者に存在を忘れられていました

恋愛 / 完結 24h.ポイント:14pt お気に入り:168

規格外で転生した私の誤魔化しライフ 〜旅行マニアの異世界無双旅〜

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:668pt お気に入り:138

婚約破棄された伯爵令嬢は仕事に生きることにした。

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:14pt お気に入り:116

婚約破棄されたけど前世が伝説の魔法使いだったので楽勝です

sai
ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:901pt お気に入り:4,185

伯爵令嬢は執事に狙われている

恋愛 / 完結 24h.ポイント:14pt お気に入り:449

処理中です...